第三十九話:勇作、欧州戦争(第一次世界大戦)のことを語る
それにしても不思議なことだ、
人間というものの中には、
特に何も準備してきておらずとも、
偉い人の前で
「何か話せ」と
チャンスを与えられると、
その場で朗々と、
練られた演説のような言葉がでてくる、
そういう者がしばしば、いる。
それがつまり、いうところの、
交渉の才、説得の才、語りの才ということに
なるのだろうが、
「あなた方は、この軽井沢に、
修験者やお坊さんや神主さんたちを集めて
何をしようとしていたのですか?」
と、町のお偉い方への
質問から始めた勇作にも、
そういう才があるらしく。
何も準備はしてきておらず、
喋りながら話す内容を
考えているのだが、
あたかも何か演説の原稿を
事前に用意してきたかのような堂々さがあり。
「それは、もちろん」
町長が質問に答える。
「昼間、この町のあちこちに出た
妖怪たちを退治するためだ」
「なるほど、ですが、
ここでいう『退治する』とは、
どういうことを指すのですか?」
「それは、、、」
町長は少し戸惑い、考えてしまう。
そこに、勇作が追い打ちをかける。
「つまり、『殺す』ということですかね?」
「ううむ、、、」
町長がモヤモヤとし始めたのを見て、
ホテルオーナーの黒澤氏が立ち上がり、
町長の代わりに、こう言った。
「いや、言いにくいことだけどね、勇作クン。
まあ、、、我々がここで会議をしていたのは、
そういうことだ。『退治する』と言っていたのは、
つまり、妖怪たちを『殺す』つもりでいた。
そうしないと、我々が多大な投資をして
開発してきたこの軽井沢の評判は崩壊する。
そしたら、我々も、そしてホテルの従業員や、
町の人々も路頭に迷うんだ。死活問題なのだよ」
「しかし、ですね」
勇作は静かに話し続ける。
「妖怪たちを殺していけば、
軽井沢の町は平和な避暑地に、
戻るのでしょうか?」
お偉いさん方は、互いに顔を見合わせた。
「ちょうど良い例が、いま、まさに、
欧州で起こっている戦争です」
勇作は、そう続けた。
即興でこれを思いついて話しているとは、
なんとも、なかなかの語りの才と言うべきか!
「最初は、たった一発の銃弾でした。
それに対しての、セルビアへの報復。
セルビアが攻められたことへの、ロシアの介入。
ロシアが介入してきたことへの、ドイツの介入。
それがやがては、イギリス、フランス、トルコ、
アメリカと、どんどん広がっていき」
勇作は一同を見回した。
「すでに、死者は
一千万人を超えているそうです。
でもきっと、ドイツであれフランスであれ、
戦争開始を決断した人は、
こう思っているはずですよ。
『すぐにカタがつくと思っていたんだ。
こんなに長引いて、
こんなにたくさんの犠牲が出るなんて、
思っていなかったんだ』と」
会議室のみんなが、
しんとなって、
勇作の言葉を聞いている。
ルカだけが一人、
(あんた、今ここで考えて喋ってるよね?
よくスラスラと口が回るよねえ?)と、
全てを見抜いてニヤニヤしているが、
邪魔することなく、黙っている。
「最初は、たった一発の銃弾でした」
勇作は繰り返した。
「一発の銃弾に、
これくらいの仕返しをして片付けよう。
すると、それに対して、もっと大きい敵が、
これくらいの仕返しをしよう、と現れる。
戦いがどんどん長引けば、
『これだけ犠牲が出た以上、途中では引けない!』と
なりまして、、、いつまでも戦いが続くのです。
今、この軽井沢で起こっていることも、
欧州戦争に比べれば小さい話ですが、
同じことになると思いますよ。
妖怪を退治する。
退治された妖怪たちは怒って、
さらに数を増して攻めてくる。
皆さんもさらに広い地域から
修験者やお坊さんや神主さんたちを
かき集める。そうやってどんどん、
大きくなっていく。
一発目の銃弾の時に、
しっかりとカタをつけなかったら、
そう、なるんです」
「ふむ」
町長は頷き、言った。
「今の話は、とても分かった。
だが、それならば、君の提案は何かね?
妖怪がこれほど大勢暴れている状況を、
どうにかできるのかね?」
「あの妖怪たちが追っているのは、
赤鼻のワレーリイと呼ばれる、
たったひとりのロシア妖怪。
それを生捕りにすれば、あの妖怪たちは
納得して、また山へ帰っていくはずです。
そうすれば、軽井沢の町はまた、
妖怪とは無縁な、人間たちの町に
戻るでしょう」
「ふむ。それで?
君は、その、
赤鼻のワレーリイとやらの
居場所を掴んでいると言うことかね?」
町長の言葉に、勇作は頷く。
「しかし」
黒澤氏が首を傾げた。
「その、赤鼻のワレーリイとやらを
生捕りにするのは、誰がやるんだね?」
勇作は、にっこりと微笑んだ。
それを受けて、美鈴と 仁之助 も
顔を見合わせてにっこりと微笑み、
ルカは
「あちゃー、、、あたしも行くの?」
と、めんどうくさそうに、両手で顔を覆った。




