第三十四話:美鈴、潜水艦のことを思い出す
紀緒志と忍の兄妹が
去った後の、旅籠屋二階では、
昼寝を続けるルサールカを
そっと寝かせてやったまま、
勇作と美鈴の兄妹が、
畳の上に地図を広げて、
何やら熱心に、相談をしておりました。
やがて、美鈴が筆をとり、
せっせと、地図に何かを
描き込み始める。
そこに。
旅籠屋の階段を、
軽快にトット、トットと、
駆け上がってくる足音がして。
「勇作のアニキ、
美鈴のアネゴ、
待たせたな!」
と、あのリスのような愛嬌ある妖怪、
イヅナの 仁之助 が
ひょこっと和室に飛び込んできた。
「やあ、 仁之助 。
みんなは集まっているかい?」
「無論さ。表を見てみなよ」
その声を受けて、勇作が
二階の欄干から、外を見たみると。
いるいる!
旅籠屋の玄関前に、うじゃうじゃと。
地面に敷き詰められた西洋絨毯のように!
赤、青、緑、色とりどりの体毛の、
イヅナの大集団が、もこもこと
集まっていた。
その数、百匹は超えているだろう。
「すげえ数だ。ありがとう、 仁之助 。
これだけのイヅナを集めてくれれば、
行けそうだ」
「でもさ、赤鼻のワレーリイを、
どうやって探し出せばいいんだい?」
仁之助 がちょこんと
首を傾げて質問する。
「作戦は、こうだ。
まず 仁之助 、
お前がイヅナのみんなを、
昨夜、赤鼻のワレーリイと
戦ったあの場所へ連れて行き、
掘建小屋の匂いをみんなに
覚えさせるんだ」
「おいらたちの鼻のよさを
買ってくれてるのは、
ありがたいけどさ。
ひとつ問題があるぜ。
昨夜、赤鼻のワレーリイは、
空を飛んで、逃げちまった。
いくらおいらたちの鼻でも、
空を飛んでいったヤツの
匂いを追うことはできない」
「そうだな。そこで、
こういうときは、
総当たり法を使うわけだ」
「え?なんだい、それは?」
美鈴が筆を置き、
「できた! 仁之助 、
これを見て」
と、畳に広げた地図を指差す。
覗き込めば、それは軽井沢町の全体地図だった。
ただし。
美鈴の手によって、
全体を格子型に割り振られ、
タテに、
「いろは」の「い」から「ぬ」までのひらがな、
ヨコに、
「壱」から「拾」までの漢数字が、
振られている。
「なんだい、これ?」
仁之助 が怪訝そうに訊く。
それを受けて、美鈴が説明を始めた。
「軽井沢を、タテ10、ヨコ10の
マス目に切ったものよ。
たとえば、いちばん右上のマスは、
いろはの『い』と、
『壱』が交わるところだから、
『いの壱』と呼ぶことができる。
軽井沢をひたすら探し回るより、
イヅナたちが手分けをして、
それぞれのマス目を分担して捜索すれば、
きっと、誰かが、
赤鼻のワレーリイの匂いを
感づくはず。そして、
そのマス目が、赤鼻のワレーリイが
逃げ込んだ場所よ」
「なるほど!
みんなそれぞれに、
持ち場を割り振って、
そこを重点的に調べさせるんだな」
「できそうか、 仁之助 ?」
勇作が訊くと、
仁之助 は胸を張る。
「みんな、やる気まんまんで
集まってるんだ。
この方法できっと、
赤鼻のワレーリイのやつを
見つけ出すさ!
でも、この方法、
誰が考えたんだ?」
「これは美鈴の考えなんだ」
と勇作が言う。
「へえ?美鈴のアネゴ、
こんな方法、どこで習ったんだ?」
「、、、活動写真よ。そのう、、、」
美鈴は、恥ずかしそうに言った。
「イギリスの軍隊が、
ドイツの潜水艦を探して
沈める場面を思い出して、、、」
「え?潜水艦、、、美鈴のアネゴ、
そんな活動写真を見てるのかい?」
美鈴は顔を赤らめる。
「 仁之助 、どうか、
赤鼻のワレーリイの捜索、
頼んだぞ」
「ガッテンだ。任せときな」
仁之助 は、仲間達に
指示を伝えるため、
地図を口にくわえて、
階段を降りていった。
「これで、あとはイヅナたちからの
報告を待つしかないってことね?」
美鈴が兄を振り返って言う。
「ああ、そうだな。
でも、なんだろう、
さっきから妙な胸騒ぎがするんだ。
そのう、、、」
勇作は、ふうっと憂鬱そうな
ため息をついた。
「雪降り入道たちも、
そろそろ、軽井沢の町に到着している
時間だ。。。なーんか、凄く、
イヤな予感がするよ。
そろそろ、軽井沢の町中で、
何かしら騒ぎが起こっているんじゃ
ないかってな」




