第三十三話:勇作、黒澤兄妹に秘策を授ける
長い夜が明けまして、
朝がめぐってまいりました。
これから赤鼻のワレーリイを
なんとか自分たちで探し出し、
捕まえてここまで引きずってきたい!
・・・と意気込んでみたものの、
昨夜、あれだけの戦いを演じた後だ、
みんなガックリ、疲れている。
「ああ、そういうことでしたら!」
溌剌とした15歳程度の少女の姿をした「婆さま」
(何度もしつこいが、ややこしい呼び名である)が、
「あなたたちが休めるような場所がありますわ」
と、雫谷を下ったところにある、
古い旅籠を紹介してくれた。
なるほど、そこは。
見かけは、客の少ない、さびれた古い旅籠である。
しかし、そこを営んでいる老夫婦、
実は「妖怪」が見えるらしく。
人間と妖怪が一緒になっている集団が来ても、
特に驚くこともなく、
かつ、「婆さま」の口ききで。
勇作たち一同を快く迎え、
二階の和室を貸してくれた。
「ああ、、、疲れた」
昨夜、赤鼻のワレーリイとの
大妖術戦をやったばかりのルサールカ。
老夫婦に布団を敷いてもらい、
男性陣と同室であることも構わず、
それにくるまって、まもなく、
すうすうと寝息を立てて、昼寝を始めた。
「みんなも少し仮眠をとったほうがいい。
この後、また大忙しになるんだから」
勇作がそう言いながら、
自分も、どかっと畳に仰向けになり、
天井を見上げながら、目を閉じる。
「勇作さん」
藤田が畳から立ち上がり、声をかけた。
「申し訳ございませんが、私は出かけますよ。
これだけのオオゴトになった以上、
東京の内務省に報告に行かないといけません」
「ああ、わかってるよ。用事を済ませてきてくれ」
勇作は目を閉じたまま、そう言う。
「どうも。最終決戦には間に合うように、
なるべくすぐに、戻ってまいります」
「うん」
藤田はゆっくりと立ち上がり、
部屋を出て行った。
「さてと。紀緒志と忍、それから美鈴。
今のうちに休んだほうがいい」
残る人間三人に勇作がそう言うと、
紀緒志と忍が、
改まったような顔をして、
勇作の横の畳の上に、
折り目正しく、正座をした。
「なんだい?二人とも」
怪訝な顔をして、勇作が目を開ける。
「あのう、お兄さん?」
紀緒志が、もじもじと、話し始めた。
「さっき・・・忍と話をしたんですが」
それを受けて、忍が口を開いた。
「昨夜から、一緒についてきたけど。
そのう。。。わたしと兄は、妖怪が、どうしても、見えなくて」
「うん」
「昨夜から、足手まといになっていないかと、心配なんです。
そのことを、兄とさっきから話していたんですが・・・」
「ほう」
ひょいと、勇作は起き上がって、あぐらをかく。
「これ以上、俺たちと一緒に行動するのは、しんどくなったかな?」
「いえ、違います。逆ですよ!」
紀緒志が、あわてて言った。
「そのう。悔しいんですよ!
僕ら二人、妖怪が見えないせいで、何の役にも立たなくて、
守られてばっかりで。こんなに、お兄さんや美鈴ちゃんが
がんばっているのに・・・」
「そう」
忍がそれを受ける。
「ねえ、勇作さん。美鈴ちゃん。
何かその・・・私たち、他に、できることって、ないの?
自動車を出す運転手役だけじゃ・・・なんか、申し訳なくて」
それを聞いて、
勇作と美鈴は、目を合わせる。
兄妹の間で、目と目の力で、
何かの疎通が、できた様子だ。
美鈴は、黒澤の兄妹のほうを向いて、言った。
「そういうことなら・・・
わたしがやろうと思っていた、大事な買い物を、
お二人にお願いしようかな?」
美鈴のそのコトバに、黒澤の兄妹はきょとんとする。
「え?買い物?」
*****
しばらくして。
旅籠からは、紀緒志と忍が、
意気揚々として飛び出してきた。
二人は電話で呼び出したタクシーに乗り、
「軽井沢駅へ!東京行の汽車に間に合わせたいんだ!早く」
と、運転手をけしかける。
紀緒志も忍も、
勇作と美鈴から、
何やら、とても大事な仕事を言いつけられたようで。
それなら、自分たちも役に立てると、
どうやら、張り切っているようでした。
さてはて。何を頼まれたのやら。




