第二十五話:信州妖怪の大会議
まるで峠の茶屋娘のような
15歳程度の外見の「婆さま」の、
その溌剌とした足取りに案内されて、
勇作と 仁之助 は、
大空道の奥のほう。
広々と湧き出ている温泉の傍に、
ひろひろとゴザを広げた
ゆったりとした広場に到着した。
そこに広げられたゴザの上には、
まず、すっかり動けるようになったらしい
あの雪女が、厳しい顔をして座っていて。
この周りには、
いる、いる、いる!
一つ目のもの、
三つ目のもの、
人間ガタのもの、
動物ガタのもの、
昆虫ガタのもの。
多種多様な妖怪たちが
集まっており、
わいわいと話をしている。
その真ん中で、
議論の中心にいるのは。
勇作も廃神社で会ったことのある、
あの、白ギツネの、オサキさん。
それに向き合って立っているのは、
大きな蓑をアタマからすっぽりと被り、
そこからハダシの一本足だけを
にょきっと出して立っている、
雪降り入道であった。
そしてその雪降り入道は、
かなりイラついている様子で、
オサキさんに迫っていた。
「・・・しかしな、それじゃ、
ケジメってもんが立たねえんだよ。
信濃の雪女が氷の勝負に負けて
凍えさせられた、なんて評判が、
越前越中やら、みちのくのモノノケどもに
知られてみろ。
シメシがつかないだろうが」
凛とそれに向き合う
オサキさんも言い返す。
「ケジメをつけたいのは
あたいだって同じさ。
ただ、アタマに血が上った状態で
相手の正体もわからねえうちに
やみくもに外国妖怪と
戦いに出るってことが、
あたいは反対なんだよ。
だいいち、この大人数で、
軽井沢を片っ端から
外国妖怪狩なんて、
やり方も野蛮じゃないか!
関係ない人間や妖怪にも
面倒ごとが起こっちまうよ!
この信州に、東京から、
稲井勇作っていう、
使える人間が来ている。
あの子に敵のことを調べてもらってから、
どうこの件の始末をつけるか
考えても遅くはないだろ?」
雪降り入道は、
フンっと、蓑の下から息を荒げて、
「その稲井勇作って人間は
信用できる相手なのか?」
勇作は、おそるおそる、片手を上げた。
「あのう、、、みなさん」
その声に、百体ほどの妖怪が、
いっせいにギョロリと勇作のほうに
視線を向ける。いや、凄い迫力だ。
「ただいま、参りました。
稲井勇作です。
なにとぞ、よろしゅう」
「ひゃひゃひゃひゃ!」
甲高い笑い声を出したのは、
顔を真っ赤にして酔っ払っている、
常念坊だった。
お坊さんの姿をしているが、
脇に「いくら飲んでも酒がなくならない」
とっくりをかかえこみ、
酒臭い息をぷんぷんさせている。
「こいつあ随分なヤサ男さんが来てくれた!
あんた、いける口かい?酒飲むかい?」
雪降り入道はまた
フンっと息を荒げる。
「なんだあ、このヒョロヒョロは?
こんなのが役に立つのか?」
勇作は長着の間に手を入れ、
左胸のあたりをポリポリと掻き、
「すいませんね。見た目が弱そうで。
まあ、自分としては、
戦うよりと足で調停するほうの専門と
思ってまして」
その言葉に常念坊が、
ヒックヒックと、しゃっくりを交えつつ。
「調停?へえ?
そいじゃお前さん、
相手の外国妖怪の正体を、
もう掴んでるのかい?」
「いや、まだ調査中で」
ほんとうは赤鼻のワレーリイの情報を既に
掴んでいるのだが、勇作は敢えて隠した。
「そんなことをしてても、
ラチがあかねえ!
日本中のモノノケたちに、
このハナシが伝わるんだぞ!」
雪降り入道が
イラだった様子でそう唸る。
「オレたちが外国妖怪をさっさと
始末しないうちに、
他の土地へ行かれてしまって、
他の土地のモノノケに退治されたら
どうなる?
信州のモノノケは、
自分達のところを荒らした外国妖怪を
自分達で始末できねえってハナシが
日本中に広まっちまう!」
「だからさ!
日本中のモノノケたちに
このハナシが広まるからこそ、
慎重に行くんだよ!
相手の正体もわからずに挑んで、
今度は三人やられた、
今度は十人やられた、
そんなことになったほうが
信州妖怪の名折れだよ」
オサキさんが凛と言い返す。
「なぁ、みなさん、、、」
ザワザワと音を立てて、
大きな樹木の妖怪が、
体を起こした。
誰かが見るたびに葉の位置が変わるという
不思議な妖怪『なんじゃもんじゃ』だ。
「ここはひとつ、
意見が割れた時に、
いつもやる、あれ、やりませんか?
ちゃわんころがしに
決めてもらいましょう?」
その声を受けて、
真っ赤な肌をした、
小鬼の姿の妖怪が、
茶碗を持って一堂の真ん中に出てくる。
その妖怪『ちゃわんころがし』は、一同を見回し、
「そいじゃ、よいですかね?
あっしの茶碗投げで決めましょう。
茶碗が、この線より、
コチラへ転がったら、
雪降り入道の
言う通り、皆で軽井沢に向かい、
外国妖怪をシバきにいく!
コチラ側へ転がったら、
オサキさんの言う通り、
まずはこの(勇作を指差して)人間に
外国妖怪の正体を調べさせる。
よござんすね」
ちゃわんころがしは、
ぽんと、茶碗をひとつ、放り投げ。
落ちてきた茶碗はカラカラと
地面を転がり、
パタリと、倒れた。
「オサキさんの案で行く、
と、相成りました!」
妖怪ちゃわんころがしが叫ぶ。
オサキさんが凛と胸を張った。
「これで皆、文句はないかい?
まずは勇作さんに、
この雪女を襲った外国妖怪の
正体を突き止めてもらう。
その上で、あらためて、
外国妖怪狩をやるかどうか検討だ」
雪降り入道が声を上げた。
「しかたねえ。そうするか。ただし!」
オサキさんが雪降り入道を見る。
「なんだい?ただしって?」
「ノロノロやられちゃたまんねえ。
時間だけは切らせてもらうぜ。
待つのは、一日だけだ!
明日のこの時刻までに、
この人間が外国妖怪の正体を
突き止めてこなかったら?
その時は、オレの意見通り、
軽井沢一帯を皆で捜索して、
外国妖怪を見つけ次第、
根こそぎにする!
いいな」
「うーん・・・」
オサキさんは、勇作のほうを見て言った。
「あんた、どう思う?」
勇作は肩をすくめる。
「どう思うも何も。
この熱気じゃ、
一日で何かしらの成果を出さないと
皆さん納得してくれないんでしょ?
やりますよ。やりますわ。
何かしら、外国妖怪の尻尾を
掴んできますから、
それまでは、どうか皆さん、ここで穏便にね」
「ひゃひゃひゃひゃ!」
常念坊が上機嫌に笑った。
「この兄さん、侠客カタギだねえ、
あっさりしているねえ!
気に入ったよ!
出かける前に、一杯、どうだい?」
常念坊は、サカズキに酒を注ぎ、
勇作に手渡した。
「どうも」
勇作は妖怪一同にサカズキを見せ、
「それでは、一日中に、
外国妖怪の正体を掴み、
お知らせに、ここに戻ります」
と約束して、ぐいっと酒を飲み干した。




