第二十三話:妖怪病院「雫谷」(正確な場所は伏す)
そういうわけで。
しんしんと
夜闇に沈む軽井沢。
紀緒志の運転する
自動車が、夜の峠道を登っていく。
運転席には、黒澤紀緒志。
助手席には、黒澤忍。
そして後部座席には
勇作と美鈴が座っている。
美鈴の肩には、
妖怪イヅナの 仁之助 が
ちょこんと乗っかっている。
だが、この 仁之助 が見えているのは、
勇作と美鈴の二人だけ。
黒澤の兄妹には、
妖怪の姿は見えていない。
徐行で車を運転させながら、
「お兄さん?」
と紀緒志が心配げに訊く。
「本当にこの道で
いいんですかね?
だんだん人里から、
離れてきちゃった気がしますけど」
美鈴の肩の上で 仁之助 が
「合っているよ。このままひたすら、
峠を登っていってくれ。
もう少しだ」
と言った。
もっともその声は黒澤兄妹には
聞こえないわけなので。
勇作が
「大丈夫、合っている。
このままひますら、
峠を登っていってくれ。
もう少しだ」
とそのまま内容を伝える。
助手席の忍が後部座席を振り返り、
「ねえ美鈴ちゃん、
そろそろ説明してくれるよね?」
と、きつい表情で言った。
「え?何のこと?」
「このあいだから、
いろいろ理由をつけて、
私たちに自動車を出させているけど、
なーんか、私たちに秘密にしている
目的があるんじゃない?
特に今夜は、こんな時間に
急に出かけたい、なんて、
おかしいよ!
ぜひそろそろ、
隠していることがあるなら、
話してほしいものね」
厳しい口調で忍に
そう、詰め寄られ。
美鈴は困ったように、
勇作を見る。
「この人たちにも、
話してみてもいいかなあ?」
勇作は肩をすくめる。
「話してみたところで、
信じてもらえると思うか?」
「そうだよねえ・・・」
そのとき、 仁之助 が美鈴の肩の上で、
「ついたぜ!ここだ!」
と叫んだ。
紀緒志を促して、
自動車を停めさせる。
そこは、かなり山に分け入った、
峠のてっぺん。
車を降りて、 仁之助 が示した先に
懐中電灯を向けると、
なるほど、雑木林の向こうに、
小川に侵食されてできた谷がある。
だが、そこは。
雑木林の途中から急激な
下り坂になっていて、
下のほうでさらさらと、
小川が流れている音がするだけの、
他には何もない草ぼうぼうの土地だった。
「ああ!お兄さん、危ないですよ!
こんな暗い中で谷に近づくなんて!」
紀緒志がオタオタと心配そうにしている。
仁之助 が、美鈴の肩から
びょんと降り、勇作に言った。
「この下が雫谷なんだ。
道は悪いが、おいらが案内するよ。
来るかい?」
「ああ、行くよ」
勇作は頷いてから、
美鈴のほうを振り返り、
「お前は、みんなと一緒に、
ここで待っているんだ。いいな?」
と告げると、
懐中電灯の明かりだけを頼りに、
仁之助 に案内されて、
木の枝を掴み掴み、
ゆっくりと、谷の下に降りていった。
夜闇の中に残された三人。
「どう考えても、
おかしいわよ」
忍が、美鈴に言う。
「あなたのお兄さん、
何を隠しているの?
いい加減、話してくれない?
こんな夜道まで付き合わされて、
それで私たちには隠し事なんて、
そんなの、ナシよ」
そう言われて、美鈴も諦めたように
黒澤の兄妹のほうを振り返り、
「うーん。わかった。
たぶん信じてもらえないと思うけど、
できるだけ、説明してみるね」
と言った。




