第二十一話:その名は「赤鼻のワレーリイ」!
さて、その夜。
勇作はまたしても、
あのオープンテラスの
バーレストランにおり。
そこでの勇作、
もう今夜は「彼女」を
迎える気まんまんのご様子。
あらかじめ、
ウェイターに注文していた品々が、
そのテーブルの上には揃っており。
氷でキンキンに冷やされた、
ウォッカのガラス瓶。
魚卵や白身魚のすりみを載せたクラッカー。
そして、大根おろしを乗せたタマゴヤキ。
そんなメニューを前にしたまま。
しばらく、夏の夜の
涼風に当たりながら待っていると。
ノースリーブの真っ白な
サマードレスを着て、
うなじから両肩、両腕の、
それこそ真っ白な肌を
あらわにした、
金髪碧眼、美貌のロシア妖怪、ルサールカが、
また昨夜のように現れて、
勇作の向かい側に座った。
勇作がにこやかに、
「こんばんは。昨晩、あれだけ飲んで、
二日酔いになっていないのか?」
と茶化したところ、
ルサールカはキツい視線を向けて、
「午前中はずっと、
部屋で頭痛に苦しんでたわ。
まったく、、、よく覚えてないけど、
昨日はどんだけ私に飲ませたのよ?」
それから、
テーブルに並んでいる、
酒とおつまみを見て、
「・・・と、苛立ちながらも、
料理の匂いを嗅いで、
結局ここに座ってしまっているあたし、
自分でも、情けない」
と、ため息をついた。
勇作はそんなルサールカに
無言でグラスを渡し、
そこにキンキンに冷えたウォッカを
たっぷり注いでやる。
ルサールカは美しい目で
勇作をじっと見つめる。
「・・・あんたが、タダで、
二晩連続、奢ってくれてるとは
思ってない。
何を求めているの?」
「情報だよ。
昨日は、途中で逃げられたからね」
「何の情報?」
「君と一緒に船に乗って、
日本に入ったという妖怪のこと。
この信州の地元の妖怪が一人・・・」
勇作がそう、
話している途中で。
どうやってかぎつけたのだろう?
同じテーブルに、
ふいに現れた美鈴が座った。
「あら、お嬢さん、こんばんわ」
ルサールカが美鈴に目をやる。
勇作はため息混じりに、
美鈴をこづいて、
「なんで来たんだよ?」
と言った。
「私だって話を聞きたいよ。
それと、こんなにキレイな
妖怪さんを相手に、
お兄ちゃんが変な気を
起こさないように見張らないと」
「ほんと、かわいい妹さんね。
うっかり、くすぐり殺したくなっちゃう。
ぜひ、ご一緒したいわ。お酒はどう?」
ルサールカは美鈴の風貌と
しっかり屋さんな話し方が
一発で気に入ったのだろうか。
やけに上機嫌になった。
「よせ、まだ美鈴は酒が飲めない」
勇作があわてて
ウォッカ瓶に向かって伸びかけた
ルサールカの手を止める。
「それで、話の続きは?
あたしと一緒に日本に来た妖怪の
ことを知りたいって?」
「ああ。すでに、地元の妖怪が
一人、凍気で殺されかけた。
放ってはおけない」
「凍気で。なるほど、、、」
ルサールカは、くいっと、
ストレートのウォッカを飲み干した。
「あんたはそいつのこと、
知ってるんだろう?」
勇作は、
ルサールカにウォッカのおかわりを
注ぎながら、今一度、
踏み込んで、質問する。
そのルサールカ。
しばらく、
注がれたウォッカの表面を、
じっと見ていたかと思うと、
くいっとそれを飲み干して。
「赤鼻のワレーリイよ」
と、一息に言った。
「・・・赤鼻のワレーリイ?
あいつが軽井沢に来ているのか?
なんてこった!」
勇作の表情がたちまち曇る。
「お兄ちゃん、なにそれ?
ヤバいやつなの?」
勇作は美鈴のほうを向いて、
ため息混じりに説明する。
「ロシアには、マロースコという
冬の妖精がたくさんいる。
たいていは子供好きな、
憎めない連中だが、
中には、シベリア一帯で怖がられている
凶暴なマロースコもいる」
ルサールカがそれを受け続ける。
「赤鼻のワレーリイというのがね、
その中でもほんと、最悪な奴よ。
私としたことが、
ロシアから逃げる船に乗るために、
あいつに頼み込んだんだけど」
「自分から頼み込みにいったのか?
へえ、勇敢だな」
「あいつはあいつで、
あたしを子分にでも
したかったんだと思うわ。
でも、あたしのほうから、
スキをみて、逃げ出したのよ。
なんていうか、そのう、、、
日本に来て、なんか、
いろいろ、よからぬ仕事を
始めようと思ってるらしくて。
ついていけないなって思って」
「零下50度のシベリアの冬を司る
マロースコの一人。
悪いが、信州の雪女一人じゃ、
とうていかなわないわけだ」
ルサールカは、勇作から
新しいウォッカをグラスに
注いでもらいながら、
「それで、この情報を得て、
あんたはどうするの?
赤鼻のワレーリイと戦うつもり?」
「まさか」
勇作は皮肉な笑みを浮かべる。
「とてもかなう相手じゃない。
そもそもオレは戦いには向かないよ。
話し合って落とし所を
探るほうの人間でね」
「ふうん」
ルサールカは、ウォッカをくいっと、
またグラス一杯分、カラにする。
「すごいね、あんた。
話し合いでなんとかするって。
アタマいいんだ?
さぞかし、もう、
赤鼻のワレーリイとお話する内容は
出来上がっているんだろうね」
「いや」
勇作は首を振った。
「まだ、何も考えてはいない」
「ぶひゃひゃひゃ!
おもしろいねえ、あんたは!」
唐突にルサールカが、
変な笑い方をしたので、
美鈴は椅子から
飛び上がって驚く。
「お兄ちゃん、、、」
美鈴が、
おそるおそる、
勇作に耳打ちした。
「いまの笑い方、なに?ビックリした」
「美鈴、
この人をまた、
部屋までかついでいく
ココロの準備をしておけよ。
今の笑い方は、、、
この人の悪い酒癖が
出始めるキザシだ、、、」




