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第十八話:イヅナの仁之助、美鈴に憑りつき開始する

白キツネの「オサキさん」は、

勇作(ゆうさく)から雪女が

氷漬けにされて倒れているという

ハナシを聞くと、


「ありゃあ・・・」

と天を仰いだ。

「ナニモノのシワザだか知らないけど、

大変なことをしてくれたね。

よりによって雪女を凍らせて殺すたぁねえ・・・」


「この信州一帯には雪女がたくさん住んでいますよね」

勇作(ゆうさく)が言葉を続ける。

「彼女たちにこのハナシが伝わったら、

犯人探しと、復讐の、大騒ぎになるかと」


「うん。もし、伝わったら、ね」

オサキさんは、その吊り上がった眼を、

勇作(ゆうさく)のほうに向ける。

「で、あたいにどうしろっていうんだい?

このハナシをうまく握り潰せとでもいうのかい?」


「そんなことは無理でしょう。いずれはバレる」

勇作(ゆうさく)は、

紺の長着の間に手を入れて、

左胸のあたりをポリポリと掻きながら、


そっと白キツネの前に進み出て、こう言った。

「ただし。あの雪女が回復すれば、

ハナシは違いますよね」


「ほう。雪女はまだ生きていると思うのかぃ?」

「ええ。なんとなくですが」

「氷漬けにされて倒れているところを見たのにかい?」

「そうは言っても雪女ですから。

凍気にやられたように見えていても、

適切な治療をすれば、蘇るのでは、と。

というのも・・・いくら強烈な凍気を

食らったといっても、雪女ですから。

雪女が暑さで溶けて死ぬって話は聞いたことがあっても

雪女が寒すぎて死ぬことがあるのかってなると・・・」

「ううむ」


白キツネは少し、森の奥のほうを見つめてから、

また勇作(ゆうさく)のほうに目を戻した。

「あんたが、雪女が生きていることに賭けるってなら、

その雪女を雫谷(しずくだに)の婆さまのところへ

連れて行ってみてもいいかもねえ」


「え?なんです、それ?」


「まあ、信州・飛騨界隈の

妖怪たちの、病院みたいなトコだよ。

婆さまというのが、そこの元締めさ。

ま、役割としては、お医者ってとこかね。

大昔から、いろんな妖怪を

助けてきた婆さまだ。

あれに看てもらうのがいい」


「ありがとうございます。

その、雫谷(しずくだに)には、

どういけばいいのですか?」


「説明するのも面倒だね。

案内をつけてあげようか。

あ・・・そうそう」

白キツネは、先ほどから黙って

二人のやりとりを眺めている美鈴(みすず)のほうに、

顔を向けた。

「このお嬢さんが、女の妖怪しか

見えないって話も、気になっていたんでね。

あんた、いい素質を持っているのに、

まだ使い方がわかっていないんだよ。

いいことを思いついた」


オサキさんは、すうっと息を吸い込むと、

森の奥のほうに向かって、

「おおい、仁之助(じんのすけ)

ちょっとこっちへおいで!」

と大声で叫んだ。


まもなく。


さらさらさら、と

風が森の樹々の間を通り抜ける音がして。


その風と一緒に、さささっと、

灰色のリスによく似た小型の妖怪が、

四本足を巧みに使って、

まさに、風のように、駆けつけてきた。


「お呼びですか、アネゴ!」

白キツネの眼前で、その小妖怪はぴたりと停まる。

その声は小学生くらいの男の子の印象を与えた。


「こいつは驚いた。イヅナですか?」

勇作(ゆうさく)がその小さな妖怪を見つめて、言った。


「え?なになに?」

美鈴(みすず)が一人、

オタオタと戸惑っている。

そう、彼女には、

オスであるこの小妖怪の姿が視えないのだ。

そして、声も、聞こえていない。


「この子の名前は、仁之助(じんのすけ)さ」

オサキさんが言う。


「へえ。こんなかわいらしい妖怪に、

またなんとも古風な名前を・・・」

勇作(ゆうさく)がそうつぶやくと、


美鈴(みすず)がますますオタオタとする。

「え?かわいらしい妖怪?

そこに何かいるの?どこ?」


「この仁之助(じんのすけ)を、

雪女が倒れているところへ連れて行っておやり。

そのあとは、その子が、

信州界隈のイヅナどもを集めて、

うまくやってくれるさ。

そしてもうひとつ。

この子と一緒に何日か暮らせば、

そのお嬢さんの、妖怪を見る眼力も、

だんだん鍛えられてくるはずだよ。

というわけで、お嬢さん、

仁之助(じんのすけ)をあんたに

預けるよ。もともと寂しがりな子なんだ。

この町にいる間、あんたが、

よく世話をしてやってくんな」


オサキさんのその言葉を聞くと、

仁之助(じんのすけ)と呼ばれた、

リスのような細やかなその妖怪、

「おいらに飼い主ができるの?やった!」

と嬉しそうに飛び跳ね、


ひょいと飛び上がり、

美鈴(みすず)の肩の上にヒラリと乗った。


「うぎゃあああ!なに?

肩の上に変な感触が!」


美鈴(みすず)、落ち着け。

お前の肩の上に、オスの妖怪が乗ってるが、

その子は俺たちの味方だ!」


「えー?いま、私の肩の上に?

どんなやつ?ちょっと、、、

気持ち悪いヤツじゃないでしょうね?」


「リスみたいな、ペットみたいな

もふもふの奴だよ」


「え?リス?

うわあ、見たい!どんな姿なの、見たい!」


白キツネは、からからと笑い、

「そうやってしばらく一緒にいるんだね。

だんだん、見えてくるようになるさ」


「オサキさん、いろいろとありがとう」

勇作(ゆうさく)が言うと、

大きな白キツネはすくっと四肢を立てて、


「あんたのことを信用したから、

仁之助(じんのすけ)を貸してやるんだよ。

その子に何かあったら、承知しないからね。

そして、このことも忘れちゃいけないよ。

雪女を助けられるかどうかは、あたいにはわからないし、

よしんば、助けられたとしても・・・

あんたのもくろみ通り、

信州妖怪たちが騒ぎもなく収まるかどうかは、

まったく、わからないハナシなんだからね。

ま、うまくやんなよ」


そう言ってから、

出てきた時と同じように、

ひょいと軽快にジャンプして、

森の奥へと消えていった。

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