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第十七話:「オサキさま、オサキさま、どうぞおいでくださいまし!」

挿絵(By みてみん)


紀緒志(きおし)の運転する自動車によって、

四人は正午前には、軽井沢の町からは

かなり山を登ったところにひっそり佇む、

古い稲荷神社に到着した。


鳥居の前で紀緒志(きおし)が車を停めると。


四人はゆっくりと降車する。


「うわあ」

紀緒志(きおし)が率直な感想を述べた。

「古ぼけているけど、でっかい鳥居だな。

へえ・・・こんなところに

こんなに大きな神社があったなんて

知らなかった」


「そうねえ・・・でも、

草ぼうぼうじゃない?

これ、廃神社だと思うけど」

(しのぶ)は、林の中に埋もれて

昼間から薄暗い、この朽ちかけた神社に、

どこか不気味さを感じているようだった。


「でも、お兄さん。まもなく正午ですよ?

このあたりでは食事をするところもないし。

早めに引き返さないと、ランチの時間が・・・」


紀緒志(きおし)のその言葉を聞くなり、

勇作(ゆうさく)美鈴(みすず)は視線を合わせ、

目の力で、「うん」とお互い、頷き合った。


「そうだな」

わざとらしく勇作(ゆうさく)は言う。

「残念ながら、これは廃神社だね。

中には何もなさそうだ。

早めにランチに戻ろうか。

あー、でも、せっかくきたから、

少し境内の中でも散歩してみようかな」


「そうね」

美鈴(みすず)もわざとらしく頷く。

「でも、お兄ちゃんが散歩するなら、

わたしも行くわ。

お兄ちゃんがマムシにでも噛まれたら

心配だもの。一緒に行こう。

紀緒志(きおし)さんと、(しのぶ)ちゃんは

ここで待っていてね」


そして、勇作(ゆうさく)美鈴(みすず)の兄妹は、

並んで鳥居をくぐる。


「あ・・・美鈴(みすず)ちゃん、大丈夫?

そういうことなら、私たちも一緒に」

(しのぶ)がそう声をかけると、

「あ、いいのいいの!

すぐ戻るから、二人は待っていて!」

美鈴(みすず)が言葉を返す。


勇作(ゆうさく)美鈴(みすず)の二人の後ろ姿は、

鳥居の向こうの、草ぼうぼうの境内の奥に、

だんだん、見えなくなっていってしまった。


「うへえ。気味悪い神社だね。

ここは、お言葉に甘えて、

僕らはここで待ってようか」

紀緒志(きおし)がそう言ったものの、

(しのぶ)はその隣で、しきりに首を傾げる。


「んー。勇作(ゆうさく)さんと美鈴(みすず)ちゃん。

なーんか、様子が変ね。わたしたちに何か

黙っているような・・・?」


「考えすぎだよ!

単に、仲良しな兄妹なんだろ?

いつも二人で行動していたいんだよ。

羨ましいねえ。でも、仲の良いとこ、

僕は二人兄妹ともよく似てるよねえ」


「うーん」

(しのぶ)紀緒志(きおし)の言葉を無視しつつ、

しきりと、首を傾げる。

「やはり・・・なーんか、あやしい・・・」


*****


勇作(ゆうさく)美鈴(みすず)の、稲井(いない)家の兄妹。


紀緒志(きおし)たちがついてきていないことを確認すると、

社殿の裏手に、さっと駆け足で回った。


「この辺なら、オレたちが何をしていても、

彼らからは見えないよな?」

勇作(ゆうさく)が言う。


「ええ。大丈夫だと思う」

美鈴(みすず)が、答える。


「よし。美鈴(みすず)・・・

なんか適当な硬貨、持ってないか?

安いのでいいんだ」

「あー・・・五銭でいい?」


美鈴(みすず)は、大正五銭銅貨を一枚、

勇作(ゆうさく)に手渡した。


「それじゃ、始めるか」

勇作(ゆうさく)美鈴(みすず)は、

銅貨を草むらの上に置き、

その上にかがみこんで、

それぞれの人差し指を、銅貨の上に乗せた。


「オヤカタさまから教わったやり方だ。

これでうまく、呼び出せればいいけど」

「まぁ、やってみましょうよ」

「よし・・・いくぞ」


そして兄妹は、

二人で声を合わせて、

こう叫んだ。


「オサキさま!オサキさま!

どうぞおいでくださいまし!!」


ボンッ!


という破裂音と共に、

林の奥から煙が舞い上がり。


そこから、ひらりと宙返りをして、


なんとまぁ、

見事に全身が真っ白の毛に包まれた、

美しい大きなキツネが一匹、

兄妹の前に、すとんと着地した。


「出た・・・!」

美鈴(みすず)は、

突然の破裂音に驚いたのと、

現れたキツネの

あまりの美しさに感動したのとで、

顔を真っ赤にして興奮していた。


いっぽうの勇作(ゆうさく)は、

使用した銅貨をつまらなそうに

宙に放り投げて、キャッチすると、

「そっから出てくるのか・・・

じゃあ硬貨を使わせるのは何の

意味があるんだ・・・?」

とブツブツ、呟いた。


それにしても。


座っているだけでも

人間の背丈くらいはある、

常識外れの大きさの、その白キツネ。


切れ長の目を、すうっと二人に向けて、

「ああ。東京のコワッパからきいてたよ。

あんたが勇作(ゆうさく)かい?」

と、なんだか酒で喉を傷めた

大衆居酒屋の女主人のような、

ぶっきらぼうな女の声で、言った。


「ああ!女性なんだ!よかった!

それで、わたしにも見えるのね!」

美鈴(みすず)は感動してそう叫ぶ。


「あたいのこと?

女性っつうか、メスというか、だけど。

それがどうかしたってのかい?」


「この妹ですが・・・」

勇作(ゆうさく)が横から出てきて説明する。

「女の妖怪しか、見えないんです」


「へえ、そいつは珍しいね」


「ともかく」

勇作(ゆうさく)は、丁寧にお辞儀をする。

美鈴(みすず)も、あわてて、それに倣う。

「お初に、お目にかかります。

稲井(いない)勇作(ゆうさく)と、美鈴(みすず)と申します。

昨日より信州に逗留することになりました。

なにとぞ、よろしくお願いいたします」


「ふん。東京のコワッパは元気かい?」


「・・・オヤカタさまのことですか?」


「あんたらはオヤカタさまっていうのかね?

あいつも偉くなったとはきいていたがオドロキだね」


「そりゃ、オサキさまに比べれば、

我らのオヤカタさまも、新参でしょうね」

勇作(ゆうさく)がおだてると、

オサキと呼ばれた女キツネは、

少し機嫌をよくしたようで。


「まぁね。あたいはね、

言っちゃなんだけど、

あの九尾のキツネが日本に来たときの

合戦にも参加しているんだ。

東京のモノノケたちとは年季が違ってね」


美鈴(みすず)勇作(ゆうさく)を振り返り、

「ねえねえ、お兄ちゃん、

九尾のキツネと戦ったって、

なんか、そんなに、すごいことなの?」

と素朴に訊いてきた。


「しい!機嫌を損ねるようなことを言うな!」

勇作(ゆうさく)は小声で美鈴(みすず)をたしなめると、

前へ進み出て、こう言った。


「オサキさま。

信州へ来て早々に、

実に、困ったことになりまして」


「おや」

それを訊いて、オサキも眉をひそめる。

「いやな予感がするね。

何があったんだい?」


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