表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

2 赤い希望


 年老いた(きこり)に、小さなタネをもらった。


「たくさん食わんと、大きくなれんぞ。ボウズ」

「それは父さんに言ってよ」

 小さな手の平にタネを乗せ、リットが唇を尖らせる。


「毎日ニンジンばかりなんだから」

「ほっほっほ。そうか、そうか」

 長いあごひげを指で撫で、樵は何度も頷く。


「それなら、これは良いじゃろう」

「本当?」

「上手に育てれば赤い、丸いやつが採れるはずじゃ。ほっほっほ」

「それ、美味しい?」

「美味しいとも、美味しいとも」


 ほっほっほ、と樵が笑う。






「それで、タネを蒔いたのか」

 昼下がりの木陰にサフィルドとリットが座っている。

 サフィルドが(くわ)に付いた土を、左手だけで器用にこすり落とす。


「十粒だけだったけど。芽が出るかな?」

「んー? 毎日リットが世話をすれば、すぐ芽は出るさ」

 リットが表情を輝かせた。余程、ニンジンに飽きていたらしい。


「赤い、丸いやつかぁ。ラディッシュかな」

「ラディッシュ!」

「バターで炒めると、美味いんだよな。赤ワインに合う」

「赤ワイン!」

「リットはまだ、飲めないだろう」

 むっと、リットの頬が膨らんだ。


「おれだって、赤ワインぐらい飲める!」

「そう言って、三日前にべろんべろんに酔っぱらったのは、誰だ」

 しゅん、とリットが俯く。初めて経験した二日酔いを思い出しているらしい。


「お前も十八を越えたら、酒の旨さがわかるようになるだろ」

「本当?」

「あと八年後の楽しみだな」

 きらっと翡翠色の目が光った。もう笑顔になっている。


「子どもって、ホントよく表情が変わるなあー」

 サフィルドが左手でリットの頬をつまんだ。


「ちょっと、父さん! 土が付く!」

「うん。男前だ、リット」


 のほほんと、サフィルドは取り合わない。






 成長が早い種類だったのだろう。

 樵からもらったタネから、すくすくと青葉が伸び、収穫期を迎えた。

 緑の茎の根元、赤い肌が土から見える。


 忌まわしい、オレンジ色の野菜ではない。


「やった!」

 リットが葉と茎を両手で持つ。引っ張る。抜けない。


 引っ張る。

 抜けない。

 引っ張る。

 抜けない。

 踏ん張る。

 抜け――た。

 勢いそのままに、後ろにひっくり返った。


「いった!」

 地面に尻もちをつき、それでも、その野菜を手放さなかった。

 赤く、丸い、根菜。


「ラディッシュ!」

「おお。見事な……」

 サフィルドが噴き出す。何がおかしいのか、けらけらと笑う。


「良かったなー、リット。今夜のメインディッシュは、それだ。くくっ」

「どうして、そんなに笑うの? 父さん」

「んー、リットが面白かったから」

 怪訝そうにリットが眉を寄せた。


「ほら、日が暮れる前に収穫しよう。バターで炒めると、美味いぞ」

「ラディッシュ!」

「くくっ!」

 涙目で笑うサフィルドの横で、リットが籠いっぱいに収穫していく。






 隙間風が吹く家の中に、バターの香りがする。

サフィルドが、収穫した根菜をフライパンに入れた。一口大に切られた根菜は、じゅう、と音を立て、焼かれる。左手で器用にフライパンを振って、サフィルドは満遍なく火を通す。


「ほら、できた」

 リットが持つ皿へ、バター炒めを移す。ほこほこと湯気が立っている。フライパンを片付け、サフィルドがリットと共に、テーブルへ座る。


「いただきます」

「いただきます!」

 表情を輝かせて、リットがフォークで根菜を口に運んだ。


 その目が丸くなる。

 バターの香り。


 食べ慣れた味。


「――ニンジン?」

「ぶわっはっは!」

 サフィルドが爆笑した。


「……父さん」

 ごくん、と飲み込んで、リットがサフィルドを睨む。

「ニンジン、だって、知ってた?」

「俺はラディッシュだって断言してないよ。ぷっくく」

 肩を震わせて、サフィルドが笑う。

 見る見るうちに、リットの目が冷めていく。


「いやー、面白い。樵のじいさんが間違えたのか、確信犯か知らんが。確かに、赤くて、丸い、野菜だな。そういう種類のニンジンだな!」

「……笑うな、くそ親父(おやじ)

「いや。だって、面白いもん」


 リットは唇を噛んだ。一瞬だけ俯いて、ゆっくりと顔を上げる。


 現実に向き合う。


 さくり、とフォークを差した。口へ運ぶ。

 バターの香り。

 食べ慣れた味。


「……ニンジンだ」

「ぶわっはっは!」

 サフィルドが、指で涙の滲む目元を拭う。


「良かったな、リット。人を容易に信じるなっていう、教訓になったな」

「親父は信用ならないことを学んだ」


 赤い希望は裏切られた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 赤い希望と言うからトマトかなと思ってました。 京人参のような赤色の濃い、または紫人参だったのでしょうね。 面白かったです!
[一言] 気になっていたリットの子供の頃の話、嬉しいです。楽しそうでいい親子ですねえ。リットが天真爛漫で、お父さんもいい性格。でも、ああ、人参哀歌。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ