表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻舞台  作者: 海北水澪
2/2

第2章

 風呂から上がって用意されていた服に着替える。脱衣場にもある扉はちゃんと浴場にもつながっていた。浴場も脱衣場と同じくらい広かった。あの男の人は相当風呂にこだわっているのかもしれない。

「あれ?」

 着替えている最中あることに気が付く。途中で彼女にもらったペンダントがないことに気が付いた。どこかで落としてしまったのだろうか。人からもらったものである以上雑に扱うことはあまりよくないことだ。手早く着替えを済ませて来た道をたどっていく。じゅうたんが敷き詰められた長い廊下をくまなく探して歩いていく。

「どうかしたかな」

「あ……」

 捜し物に熱中して玄関近くまで戻ってきていることに気が付かなかった。男は上下共に黒い服を着ていた。外に出ていた時とそんなに変わっていないような気がしないでもない。

「いやなんか落し物をしてしまったみたいで」

「何を落としたのだろう」

「金色のペンダントみたいなものなんですけど」

「うーん、見てないなあ」

「そうですか」

 ここまで来てないということはおそらく外に落としてきてしまったということなのだろうか。今すぐに外に出たいところなのだが雨が降っている現状では見通しが悪いのでやるべきではないかもしれない。

「どんどん雨脚が強くなってきているなあ。夕方までにはやむといいんだが」

 男の言うとおり玄関横の窓ガラスには大粒の雨が叩きつけられていた。僕が外にいた時よりもその粒は大きい。目ではっきりと見えるくらいにだ。

「まあ雨がやむまでゆっくりして生きたまえ。ここでくつろぐのも、落ち着かないだろうから移動しよう」

 男に促されるまま、ぼくはついて行く。風呂場があるのとは反対側の廊下を少しだけ進んだ。そこに開けたままの扉があり、見た感じ部屋の中は電気がついている。中に入ると豪奢な作りをした椅子やソファー、果物が置かれたテーブルが鎮座していた。どうやらそこはリビングのようだった。一般的なリビングと違うところといえば部屋の奥の方にイーゼルが置かれていることだ。何個も置いてあって、そのすべてに絵が描かれている。僕は思わずそのイーゼルの一つに近寄り絵を覗き込んだ。

「おや、そういったものに興味を持つとは。君の年では少し珍しいかな」

 男が近くの椅子に腰かけて窓の外を眺めている。僕はそれを横目に胃絶句に飾られた絵を順番に見ていくことにした。全部色が塗られている。どれもがごく彩色で目立つような色ではなく自然な色だった。

 しかしそれ以上に目を引いたのは絵の題材だった。どれもこれもビルが倒壊していたり街が火に包まれていたりと暗い雰囲気の絵が多い。

「以前、私が仕事で描いていた絵なんだ。諸事情で表には出さなかったんだがね」

 僕に対して笑顔を向けてきたけど、何かさっきとは違う気がする。裏があるような気配を感じさせるというか企んでいるというか。やはり僕をここに呼んだのも……。すぐにでも逃げ出したくなってきたが雨がやむ気配はない。というか雨粒が大きいとか思ってたけど外がもう見えなくなっていた。

「お腹すいたな」

部屋を出てキッチンへ向かう。用事は済ませたのだがどこの部屋に戻ればいいかわからなくなってしまった。広い家もこういう時困る。そもそも何色の扉を開けたかも思い出せない。廊下が延々と続いてるところにある部屋だと目印が何もないと現在地もわからなくなりそうだ。

「ここかな」

 ためしにドアを押して中へ入っていく。室内にはなぜかライトが一つ置かれていてそれ以外に明かりはない。物置か何かなのかな。だとしても荷物が少なすぎる気がする。机が置いてあってその下にダンボールが一つだけ放置してあった。机の上には何の装丁もなされていない本が置いてある。革づくりの立派な表紙だ。

 思わず手に取ってしまい頁をめくっていく。文章の作り方からして日記というよりちゃんとした小説だった。内容はこんな感じ。

異変というものは突如として始まる。 

 背筋が凍りそうになる。がそれ以上に続きを読んでみたくなり頁をめくっていこうとするけどそれはかなわなかった。

 カチャリとドアが開く音がして、すぐに本を机の上に戻す。ドアを開けたのはメイドの紀香さんだった。

「あ、あの」

「お戻りにならないので探しに来てみれば……。何をしてらしたのですか」

 つかつかとブーツの音を鳴らしてこちらに近づいてきた。手に持ったランタンで映し出された顔は相変わらずの無表情で笑顔を一切見せないから怖い。というか今回は怒っているんじゃないか。

「よろしくないですね。勝手に人様のものを見るというのは」

 僕の隣に紀香さんがやってきてさっき僕が読んでいた本を手に取った。彼女には全て見抜かれてしまっていたみたい。

「どうした」

 低い男性の声が部屋に響く。あの男、紀香が旦那様と呼ぶこの屋敷の主もやってきたらしい。紀香さんと違ってライトを持っていないのでこの距離だとどんな表情でこっちを見ているのかはっきりわからない。顔を見ないと、って思ったのはさっきまでと声のトーンが全然違ったからだ。優しいという印象があまり感じられない。

「旦那様。彼がこの本を読んでいたので」

 歩み寄ってきた男の人に紀香さんが本を手渡す。受け取ると僕の方を見てきた。その顔に笑みはない。

「ああ、これか。それなら別に構わないさ。ここに置きっぱなしにしていた私も私だ。許してあげていいんじゃないか紀香」

「旦那様がそうおっしゃられるのであれば」

 あっさりとゆるされてしまった。

「それで君はこの本を読んでどう思ったのかね」

「どう、、て言われても」

「何でもいいんだよ。何か感想とかがあるんじゃないか」

 紀香さんの持っているカンデラが男の人の顔を映し出す。部屋に入ってきたときと比べれば笑ってはいる。ただ心からそう思っているとは僕には見えない。目が笑っていないんだもの。

「そう、ですね。しいて言うなら独特っていうか。現実と夢が交錯していくっていうのが」

「なるほどなあ」

 僕の感想を聞くと部屋の箸へと歩いて行った。カーテンを開きテラスへと続く窓が現れる。けれど窓があっても室内が全然明るくならない。さっきと比べて空が暗くなってる。まるで夜だ。雨雲に覆われているというレベルの話じゃない。

「あと、奇妙だなって思いました」

「それはそうだろう。この世界は全て私が描いたシナリオ通りのことをじっこうしているだけなのだから」

「え?」

 一瞬何を言っているのかわからなかった。ゆっくりと隣の紀香さんの反応をうかがってみる。彼女は何食わぬ平然とした顔で立っている。さっきまでと同じように。

「そ、それは」

「あり得ないとでも言いたいのかな君は」

「お客様は理解に苦しんでいるようですね」

 紀香さんが代わりに口を開いた。

「旦那様のお話をお聞きになってください。ただそれだけでいいのです」

「は、はい」

 口調は穏やかだったが有無を言わせぬ迫力があった。反論したら絞め殺してきそうだよ。

ただでさえこの人は何を考えてるかわからないのに。別に紀香さんに限ったことじゃないんだけど。

「私は今まで多くの作品を作ってきた。むろんこの世界の在り方や将来的にどうなるのかといったことを題材にしたものも存在している。」

 男が窓の方に歩み寄った状態で口を開いた。

「まあ中には秘術と呼ばれる作品を題材にしたものも存在しているのだが」

 僕の反応など特に気にもしていないようだった。自分の喋りたいことを喋ってる感じ。創作をする人なんて大体これくらいエゴが強かったり自分本位じゃないとやってくのがある意味ではきついのかな。そうじゃないと大成しないっていうか。

「そしてあるとき一つの考えを思いついた。自分の作った作品を現実で再現したらどうなるのだろう、と。そして結末の存在しないままそれを行ったらどうなるのか」

「できるのか、そんなことって言いたげな顔をしていらっしゃいますね。それができるんですよ、旦那様なら」

「待て待て紀香。その仕組みはちゃんと私が話すつもりだ」

「申し訳ありません、出過ぎた真似をいたしました」

「数年前、私は魔術に関する書物を見つけた。そこに書かれていたことは私の期待に応えるのに十分といっていいほどだった。一生かけてその本に書かれていることを実行しても人生に飽きが来ないくらいに」

カーテンに手を書けると開け窓が現れる。窓をたたきつける雨は、もう降ってはいなかったが空は相変わらず墨で塗られたかのように暗い。雨はとっくにやんでいるのに、空が真っ暗なままってどういうことなんだろう。それもやっぱりこの人が関係してるのかな。

「その中にあったのだ。私の望みを具現化する力と方法が」

 男の発言は熱を帯びていく。終わる気配は一向に見えない。

「ありきたりの結末と簡単に予想ができる未来なんて面白くはない。だからこそ私は試す新たなる時代の創造者となり。自分の予想を覆すために!」

 最後の方で語気を強めて男の人が窓を開ける。外はテラスになっているみたいだった。

「さあ見るがいい。天使の復活を!新たなる時代への幕開けとなる創造者たる姿を」

 男が風呂頃から何かを取出し天に掲げる。それはナイフのようなものだった。柄の部分に色とりどりの宝石が埋め込まれていた、儀礼用に使うものなのかもしれない。そして掲げたナイフの上に雷鳴が轟き光が降り注ぐ。

「アハハハハハハ!!!!!」

 笑い始め、光を帯びたナイフを彫像の方へと向けた。光が彫像へ降り注ぐと彫像の姿が大きく変わり始める。

「さすがですね、旦那様」

「ウソだ、こんなことって」

「はっきり見てください、これが現実なのですよ? 少年」

 紀香さんが淡々と事実を告げてくる、

「止める方法などありはしない。覚醒したノヴィスエットをなあ!」

 天使の姿へと変貌した彫像はゆっくりと手を動かしあげる。天使といっても、その姿は禍々しい。邪神や魔神と呼ぶほうがふさわしいかもしれない。顔つきこそ天使のような慈愛に満ちた顔をしている。けれど一歩間違えば、無表情の能面と大差がない。その笑顔は嘲笑に近いものだ。逃げまどい苦しむ人間たちを見下す。

 ノヴィスエットと呼ばれた存在は、その場から動くことはなかった。いや、あえて言うんなら動く必要がないのだ。ただその場所に鎮座しているだけで、あらゆるものが破壊する力を持った天使。いや天使の姿を騙った邪神。腕を少しあげるだけで、掌から火の玉を街へ向けてはなっていく。そして激突した建築物が崩れていく様を黙って見つめていた。

「そういえば君をこの屋敷に呼び出した理由を話してはいなかったね」

「え?」

「まさか、雨に濡れているから君を家にかくまったなんて思っていたんじゃないだろうかね、違うよ」

「じゃあ、なんのために」

「君が身に着けている、これを手に入れるためだよ」

 男が、金色のペンダントを見せてきた。それは僕の足元に落ちていたものであってなくしたと思っていたものと同じ存在だ。

「……!」

「さて種明かしも済んだし、ノヴィスエットの降臨も見た。もういいだろう。君の命はここまでだ。紀香」

「はい旦那様」

 紀香さんが肩から一瞬手を放しすぐにナイフを握る。そしてそれを僕の首筋に、沿わせてきた。恐怖で体が動かない。

「短い人生です少年」

 動けないでいる僕に、紀香さんがナイフを動かした。その瞬間、地面が大きくぐらついた。ノヴィスエットの攻撃がこの近くに命中したのかもしれない。

「っ!」

 その反動で紀香さんが、バランスを崩す。男の方もテラスにぶつかった。その時にできた一瞬のすきをついて僕は紀香さんの拘束を解いて廊下へ飛び出す。でもどこへ行けばいいかわからない。走り始めるとすぐに紀香さんが追いかけてきた。結構足が速い。

「私から逃げられるとでも思ってるんですか」

 あっという間に追いつかれてしまい、彼女の腕が僕に触れるんじゃないかって、いうくらい近づいたとき。

「!?」

「なんですか!」

 廊下の窓ガラスが割れて何かが飛び込んできた。

「お前は、こんなところまで」

「久しぶりね、この程度の封印でもしいて、私を締め出したつもりかしら」

 黒い塊が起き上がって僕の前に立ちはだかる。よく見ると女の子だった。それも僕が道中あった黒い服を着てた。違うところといえば、外で会った時はコートの前ボタンを止めていないってこと、そして刀を持っていたってこと。

「ありがとう、君のおかげ」

「僕は何もしてないけど……」

「貴様、どうやって入ってきた!」

 紀香さんに遅れて男もやってきた。その顔には先ほどまでの笑みといったものは、もうなかった。怒りに満ちている。

「これのおかげ」

 目の前の女の子が提げていた刀を見せつける。鞘の部分に施された、龍の装飾に触れると金色のペンダントへと姿を変えた。そう、僕が河原で拾って彼女にあげたあれだ。だとすれば男が見せてきたあれはなんだったのだろう。

「馬鹿な、そのペンダントは私が」

「それはフェイクよ、そんなことにも気づかないなんて詰めが甘いのよ。蠣崎或科」

「っ!」

 蠣崎或科。僕も名前だけはどこかで聞いたことはあった。小説や絵画、舞台演出など芸術に関連するもの全てで成果を出している人間だ。最近姿をくらましたっていうニュースを聞いていたけどまさかこんなところにいたなんて。

「紀香、2人を殺せ」

「仰せのままに」

 紀香さんがナイフを構えなおして、僕たちを殺そうと突っ込んでくる。さっきの少女が僕の前に立ちはだかってナイフの攻撃から守ってくれた。さっきのペンダントを刀の形に戻して。あれ、本来の形状ってどっちなんだろう。

「しつこい、ホムンクルスのくせに」

「何を、この吸血鬼が」

 黒服の女の子は本気で闘う気がないみたいだった。鞘に入れたままで紀香さんと応戦しててあくまで防御をするだけって感じ。

「YAAAA!!!」

 彼女が叫んだかと思えば刀に力を入れて紀香さんを突き飛ばす。それだけでは済まさずコートの中に手を突っ込んで、ナイフを数本取り出して或科と紀香さんへ投げつけた。

「こっち」

 怯んだすきに僕の手をつかんで走りだした。そして玄関ホールまでやってきて外へ出ていく。眼下には町を破壊していく天使の姿が映っていた。火の手はさっきよりもずっと広がっている。そして木々の隙間に隠れた。

「危なかったね」

「助けてくれてありがとう、えっと」

 お礼を言おうとして彼女の名前を僕は知らなかった。

「ん、私の名前かな。そうだなぁ」

 少女が少しだけ考え込む素振りを見せる。そして。

「レグルス。って呼んでほしいな」

「うん、わかった」

 レグルス、確か獅子座の一等星の名前だった。彼女は、獅子座と何か関連性があるのだろうか。気になるけど今はそんなことに、気を割いている場合じゃない。

「なにはともあれ、あいつを止めないとね」

「できるの?蠣崎或科はそんな手段はないって」

「それがあるのよ、君の力が必要だけど。協力してくれるよね」

「アイツを止めらるなら」

「ありがとう」

 それじゃあ、というとレグルスが僕の首筋にかみついてきた。一瞬のことで何が何だかわからなかったけど、痛いとかなんだか感じたことのない感覚が体中を駆け抜けていく。

「何して……」

「動かないで、もう少し」

「っ……!」

 さっきよりも牙の食い込みが深くなった気がする。当然あの変な感覚も、強くなっていくわけで。

「もういいよ」

 彼女が口をゆっくりと離した。牙から血が滴っていて唇についている分を指で拭う。そして指に付着した分を刀を抜き刀身に塗り始める。何か文字のようなものを、書いているらしい。書き終わるとそれを地面に突き刺した。

「地を守護するものよ。吸血鬼公爵レグルスが命ずる。我が願いと導きに応じてその姿を現したまえ!」

 刀を差した部分から赤い光が漏れ出し、線となって山の下まで続いていく。どこまで行くのかと思ってみてると、この町で一番大きな湖まで到達した。湖面が真っ赤に染まると発光する。そして。

「くるよ」

 湖面を割って何かが飛び出して、空中へと向かっていく。そして天使の前へ、立ちはだかる。竜だ。真っ黒い体をして肘から刀のようなものが生えている。目は青く染まっていて瞳が確認できた。天使とは違って、瞳があるだけで感情が感じられるというか生気があるように思える。能面のような顔をした表情のない天使とは正反対だ。

「あれって」

「言ったでしょ、この町には龍が眠っているって」

 龍、本当にいたんだ。おとぎ話とかただの言い伝えの類だと思ってたのに。もっというと彼女が、嘘をついていたんだとばかり。

「勝てるかどうか分からないって言う顔をしてるね。大丈夫だよ。龍は秩序を乱す者の存在を決して許したりはしないから」

「秩序?」

「そう。私も実はその役割を、少し担っているの。むろんこの地域だけね。さっきの行動で分かると思うけど実は吸血鬼なんだ。吸血鬼っていうとさ、血を吸って人間に害をなすようなイメージがあると思うんだけどね、本来は違う使命も担っているの。それが地を守るってこと。地を守ることで人を守る、そして対価として時々血をもらっ、て生きていく……ただ人間の中では吸血行為が恐ろしいっていう印象があるから地を守るって大義は徐々に忘れられていったみたい」

 僕は何も言わずただ彼女の話に耳を傾けていた。してくれる話はやっぱり現実離れしていて普通だったら、絶対信じないんだろうけど状況が状況だからすんなり聞けてしまう。

「それとこの刀ね。これは秩序を守るために絶対に必要なの、龍を呼び起こし乱れた世界を元に戻すためにね」

「だから、僕が持ってたのを欲しがってたんだ」

「そういうこと、本来であれば私が肌身離さず持っていないといけなかったんだけど、蠣崎或科があのメイドを私にけしかけてきた時に紛失してしまったのよね。アイツに渡さないようにどこかに投げるのが精いっぱい」

「覚悟はよろしいですか、お二方」

「紀香、分かっているな」

 レグルスが状況を説明してくれている、後ろから氷のような感情を押し殺した声が飛んでくる。僕は一瞬背筋が恐怖で固まり動かせなくなった。指に至るまで力が入らないとか思ってると急に何かが振れる。レグルスが僕の手を握ってきたのだ。

「離れちゃダメ。私のそばにいればね平気」

「殺す!」

 紀香さんがブチギレたらしく、ナイフをもう1本抜き出してこっちに突き付けてきた。構える寸前に逆手に持ち替えたり、投げたりするけど何の意味があるんだろう。ただ見栄えがいいからってだけなのかな。

「かかってきなよ、私は負けない」

レグルスが鞘から刀を引き抜き紀香さんを迎え撃つ。彼女が繰り出すナイフの斬撃を軽くさばいていった。僕には何が起きているのかよく分からないけど、吸血鬼には全部見えているみたい。やっぱり普通の人間と視覚やら感覚やらが違うんだ。

「悪いけど、あなたたちと遊んでいる時間はないの。だから、ね!」

「ぐはっ!」

 レグルスが刀でナイフをはねのけ、紀香さんの鳩尾へけりを叩きこむ。後方へ吹っ飛び木に彼女の体が叩きつけられた。少しの時間倒れていたけど、また立ち上がったからやっぱり死んでない。そもそも普通の人間じゃないらしいけど何者なんだろうか。

「さあ、いくよ」

「う、うん」

 レグルスが紀香さんともめている間にも街の被害は拡大していた。最初は火炎放射攻撃しか使っていなかったものの、それ以外の攻撃を繰り出していた。空をもっと深い闇の霧で暗黒へ閉ざして稲妻を人々へ浴びせる。

「ならば!」

 蠣崎或科の背後から影が飛び出してきた。それは影のように、見えたが影ではない。影に似た黒い何か。それがこっちに迫ってくる。よく分からない存在だけど、僕にはこれと同じものを見たことがあった。夢の中で追いかけてきたあれだ。

「厄介なものを使うのね」

 さっきみたいにレグルスが僕の腕をつかんで走り出す。が、そうもいかない。走るより早く蠣崎或科の放った、黒い存在が僕らに襲いかかってきたから。そんな追求から逃げられるはずもなく。

「うわっ!」

「往生際が悪いこと。行儀がよくないのは嫌われるわ」

 僕の方が影に囚われてしまった。体全体に巻き付いてきて動きを制限する。レグルスから離れてしまい、手を伸ばそうとするが届かない。よく見るとレグルスの体にも黒い影が巻き付いていて木に括り付けれれている。

「さあ紀香、行けるか」

「ええ」

 復活して紀香さんが僕の隣にやってきて腕をつかむ。かなり力が入っていて痛い。

「悔しいですか、吸血鬼。泣き叫べばいいでしょう」

「馬鹿にして!」

「そっくり返してあげますよ、その言葉」

「何する気かしら」

「最後の扉を開くことにした」

 影を展開したまま、蠣崎或科が感情のこもっていないような、声で言い放つ。その直後僕の腕に激痛が走った。

「痛っ!」

「フフフ。女の子みたいでかわいいですね、怖いですか?」

 僕の頬に指を這わせて無表情が基本だった、彼女の顔に笑顔が浮かんでいる。この攻撃したりいたぶったりするのが好きなのか。それで相手が嫌がるのを見ると快感を感じる。サディスティックで冷血だなんて最悪の組み合わせだよ。そのサディスティックな紀香さんがナイフで僕の腕を突き刺していた。レグルスにかまれたときと違って、痛いという感覚しかない。不快だ、早く抜けばいいのに。やめろ、抜けと言いたいのに声が出せない。

「でも望むべきはもっとあなたに泣き叫んでいただきたいのですがね」

「何してっ……」

「私好きなんですよ?あなたみたいな従順そうで、おとなしくてかわいい男の子をいたぶったりするのが。だって最高じゃないですか。苦痛にゆがむ顔とか泣き叫ぶ声とか絶望して命乞いする顔とか!!」

 聞いてもいないのに自分の性癖を披露してきた。僕が抗議の声をどうにかあげた瞬間ナイフをさらに差し込んできた。急所でもないような部分を切りつけてきていったい何がしたいんだ。

「でもそれがこれ以上できないというのは惜しい限りです」

「つくづく性格の悪い女ね、動けないからっていい気になって!」

「なりますよそれは。愉悦ってやつですか!あなたのプライドを踏みにじる。そしてこの少年をいたぶって、泣き叫ばせる。一度にこんな快感を味わえるなんてなかなかないですから!」

 紀香さんが叫ぶと僕の腕からナイフを引き抜いた。また激痛がする。刃の部分にべったりと血が付いていた。自分の指でその血痕を、なぞり始めるけど気持ち悪くてしょうがない。というか何かに使う気なのかそれともただ僕を傷つけて楽しんでるだけなのか。

「紀香、本来の目的を忘れるな」

「わかっていますよ、旦那様」

 蠣崎或科にたしなめられた、紀香さんがいつも通りの無表情に戻る。エプロンの中から本を取り出して、適当なページを開いた。一瞬見えた表紙から僕が部屋の中で盗み見たシナリオ集か何かだ。そのまま何を始めるかと思えば、ナイフについた血を指でなぞりそのまま何かを書き始める。

「さらなる力の開放と新たな呪いを我が天使に!」

「これが最後の手だ」

 紀香さんが血で文章を書き終えると、天使の姿が変貌を始める。翼が開き背中から触手のようなものが四本、飛び出してきた。それに呼応するように腕全体に赤い線が、浮かび上がってきた。人間ほど生々しくはないが血管を思わせる。

「もはや天使でも何でもないわ。体裁すらこだわらなくなるなんて」

 翼が開いて宙へ浮かび上がると触手を駆使して龍を叩きのめす。劣勢に追い込まれているけど、それでも立ち向かって火炎放射や冷凍弾を口から放って攻撃を繰り返すがあまり効いている様子はない。

「Ahhhhhhhhhhhh!!!!!!」

 それどころか天使の攻撃がどんどん威力を、増しているような気がしてきた。すぐに気がするんじゃなくて確証のあるものだったと、気づくんだけど。泣き叫ぶような声を天使があげ、それに呼応するように大地が割けていく。同時に触手の先から、火球を放って手から光弾を打つ。とどまるところを知らない。気持ち悪い声を上げるし耳を防ぎたいけど相変わらず体が動かせなかった。どうにか解けないのか、この拘束。

「血さえ、君の血さえ使えれば……」

「無駄ですよ、吸血鬼」

「どうかね、自分が結局何もできなかった、という無力感に打ちひしがれるのは」

「ええ、最悪よ」

「さらなる力を解放したノヴィスエットに、あの龍は叶いません、まあ体に傷をつけるくらいのことはできるかもしれませんがね」

 或科と紀香さんの言葉通り、さらに進化した天使は、それまで不利な状況に置かれていた龍をどんどん圧倒していく。 

「傷……?」

「嬉しそうですね、ですが傷がつけられた程度では勝てません」

「そう、ね。普通の存在ならね」

 レグルスが意味深な対応をする。相変わらず拘束されたまんまだしどうやって逆転する気なんだろう。どんなに追い詰められても余裕そう。ただの例外は僕が紀香さんに危害を加えられた時。

「心配そうな顔しないで。私に任せておいてよ」

 龍に対して触手を伸ばして先端の鏃を突き刺そうとする。龍のほうはかわそうとするが見事に命中してしまった。しかし龍の方もただ攻撃されるだけで終わらせる気はなかったらしく、触手に噛みつく。腕やら体に比べて、攻撃が通りやすいらしい。触手から血が噴き出し龍へと飛び散る。が、怒りに触れたのか、指先を剣に変えて体を貫く。それも一回だけじゃなく何回も。体を貫いているので見ていて痛々しい。

「無様だな」

「その言葉が言えるのは今のうち」

 止めを刺すのかと思った瞬間、何かがおかしい。龍が天使の剣を振り払うと、背中にあたりの火炎が集結していき翼へと変えていく。巨大な炎の翼。翼が生えたせいで東洋の龍と西洋のドラゴンを、いっしょくたにしたような姿になった。

「バカな」

「傷さえつけらられば十分よ。やつの体内にある血を回収してそれを龍に吸収できるようにすれば」

「レグルス!」

「私たちの勝ちよ」

「今更世迷いごとを」

「願って」

 レグルスが僕に問いかける。

「何を」

「勝ってほしいって。大丈夫、今の状況ならあなたが願えば確実に勝てるわ」

 そんなことはずっと思ってる。ただ勝てるかどうか、わからない状況に追い込まれてそれに確証が持てなくなっていた。

 姿に変異が見られた竜が火炎を口から放つ。宙に浮いた天使が右手であっけなく防いでしまうが、それでは終わらない。天使は攻撃を膜のような盾を、召喚して防いでいるのだがその盾にひびが入り始めていた。そして防ぎきれなくなったのか、盾がガラスのように砕け散る。破片が街へ、雨のように降り注ぐ。ここで終わらない。触手で跳ね返そうとするがそれすら飛び越え火炎が天使の体に襲い掛かる。

「そんなバカな・・・・・」

 蠣崎或科が膝をつく。炎上した天使の体はバランスを崩して、地上へと落下していった。天使へ龍が滑空姿勢をとって天使へと突っ込んでいった。もがくノヴィスエットに斬撃を食らわせ、体を切り裂いていく。

「AHHHHH!!」

 ヒステリーを起こした女性のような声を出して、手をあげた。満身創痍なのかその手は震えている。この期に及んでまだ攻撃をする、意志が残っているのか。構えを取った龍に対して天使が、攻撃をするべく掌に火球を召喚しようとするが、その瞬間。

―腕から崩壊を始めた。血管のようなものが巻き付いている腕が瓦解しはじめて白い粒子があたりに飛び散っていく。もはや攻撃を繰り出すことはできない。そのまま龍が空気を吸い込んで火炎放射を放つ。防御の手段もとれないノヴィスエットを、業火が包み込んでいき爆発四散した。

「私たちの勝ち」

「そんな、どうして」

「あなたたちが調子に乗りすぎたからよ」

 龍は水の中へと戻っていきあたりには、水の粒が降り注ぐ。レグルスが影を引きちぎって拘束を解いた。ほどいた瞬間、銃声が鳴り響いて僕のすぐそばに血痕が飛び散る。レグルスがどこからか拳銃を取り出してそれで紀香さんを撃ったんだ。

「龍には彼の血を触媒にすることで復活してもらったわ。あなたたちも彼の血を使って天使の力を発揮させようとしたみたいね。それが失敗」

 負傷したとはいえ、紀香さんはこちらを睨みつけ、まだ反撃する気力があるみたい。けれど或科のほうは膝をついてうなだれている。完全に心が折れてしまったのかな。でも追い打ちをかけるようにレグルスは喋るのをやめようとはしない。

「天使の中に血が宿った。そして強化した状態で龍に対して猛攻撃を加えたのよね。けれど同時に龍の体をボロボロにした、そして負けじと龍だって、天使に対して攻撃を加えた。あなたの指摘通り文字通り傷しかつけれれなかったけれどね」

「まさか……」

「そうよ、あなたたちは自信ありげだったけれどそ、もそも傷がつけられた時点でこっち側の勝利。切った先から血が飛びそれを龍が吸収した。で、龍は力をさらに引き出したってわけ」

「お前さえ、いなければ。私の完璧な作品を」

「何が完璧なのかしら。結末の決まっていなかった駄作じゃない)

「旦那様を愚弄するとはこの小娘。そんなことを言って許されるなんて」

 紀香さんが殴り掛かるが、右目を切りつけた。絶叫しながらその場に座り込んでしまう。

「思ってるわ。分からないならもっと行ってやるわ。生きてて自ら筆を折って未完にするなんて一流のやることじゃない。たいしたのことのない三流作家ね。いや作家を名乗るのもおこがましいよ」

 刀を僕のそばに投げつけ影が崩壊し自由に動けるようになった。レグルスが僕の隣にやってきて日本刀を引き抜く。そして彼女は僕の服へ銃を突っ込んできた。周りにわからないように。

「私が合図をしたら撃ってね」

 そしてシナリオ集を地面に叩きつける。恐らくさっき盗み出したんだ。

「この吸血鬼、何を……」

「この二つが答えなんでしょ。この世界を緻密に支配して、動かすための舞台演出装置」

 もう一つ盗んだのか万年筆を取り出してその場でへし折る。あれも世界とやらを支配する装置の一部分なのかもしれない。

「見抜かれた以上お前だけは……!」

 狼狽した様子の或科がふたたび、影を動かしてレグルスを拘束しようとしてきた。しかしそれより早く。

「今よ!それさえ破壊すれば総てが解放されるわ」

 少女が叫ぶ。紀香さんが苦痛に顔をゆがめながらも、痛みをこらえて僕の方へ向かってくる。けれど僕はその前にレグルスから、受け取った銃の引き金を引いた。弾丸が白い本へ向けて放たれる。見事に着弾したことで炎上を始めた。影をさばいたレグルスが追加攻撃と言わんばかりに着火した本を蹴とばす。

「やめろ!」

 怒りの形相で叫んだ或科が走ってきた。そして僕の前にレグルスが立ちはだかると切り捨てて進みゆく。

「解放するためには最後にあなたを倒すこと」

 その場で倒れこんだ作家の背後から紀香さんが向かってきたところで、どこからか飛んできたからわからない、白い光が僕の目の前を支配していく。そしてそのまま意識が途絶した。

「はっ!」

 気が付いたときには青空が映っていた。光の閉ざされた、昼とも夜ともわからない真っ暗な空ではなかった。

「眼覚めた?」

 僕の隣にはあの少女。レグルスの姿があった。というか彼女はあのレグルスなのだろうか。本人だって確かめるすべなんてあるのかな。

「うん。ねえ今までの出来事は夢?それとも現実?」

 僕の質問を聞いてレグルスは微笑する。何かを知っているようだけどそれは……。

「さあ、どうかしら」

 僕の疑問に彼女は答えてくれない。ただただ曖昧にして僕に笑いかけるのみだった。傍らに白い本を置いておくだけで……。

「あるいは、全ては蠣崎或科が作ったシナリオのこと……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ