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4 予感はあった

次は4月13日の投稿を予定してます。


 来留芽の警鐘は正しかったのかどうか。じっと見ていても特に変化がなかったその不自然に暗い方に突然ぽつりと白い点が現れたかと思うと、徐々に近付いてきた。


(何……?)


 つるりとした表面、愛嬌のある顔、海に生きる哺乳類としても知られている。

 それは、手のひらサイズのイルカだった。


「……かわいい」


 つい漏らした声にあわせてゴポリと泡が上へと上っていく。少し息が苦しくなってきていた。


「キュッ!」


 誘われるように来留芽はイルカの背中を一撫でする。次の瞬間、イルカから細の声が流れてきた。とたんにイルカがキリッと格好よく見えてくる不思議。


『来留芽、恵美里。悪いが一緒に戻れなくなった。気付いていると思うが、不自然な海域は狭間だ。お前達は近寄らないように。それと、防波堤がいなくなるから早めに樹達の所へ向かってくれ。俺のことは気にしなくて良い。夜に合流しよう』


 ――まさか本当に狭間が現れるとは


 細の言葉を聞き終えた来留芽は彼を心配する気持ちが僅かに浮かんだが、近寄るなと言われた暗がりをもう一度見ると振り切るようにして一気に浮上した。


「はぁっ……はぁ……。恵美里、戻るよ」

「え……く、来留芽ちゃん……大丈夫なの? 浮き輪……貸そうか?」


 息が上がっている来留芽を見て恵美里は真っ先に心配してあまつさえ命の手綱である浮き輪を譲ってくれようとした。

 しかし、来留芽は手のひらを見せてそれを止める。


「いい……から。恵美里、陸まで泳げないでしょ」


 恐らくは浮き輪を来留芽が使うことになったら彼女は泳ぎきれずに沈んでしまうだろう。細による特訓もそう早くに実を結ぶはずがない。


「あ……そう言えば……京極先生、じゃなくて、細さんは……?」


 ずいぶんと遅れて、思い出したかのように、ようやく細の安否を尋ねる恵美里は意外と薄情なのではないかと少しだけ思う。


「たぶん狭間を調べに行ってる。巻き込まれないうちに――戻るよ!」


 ちらりと背後を見た来留芽は慌てて恵美里を急かす。

 いつの間にか狭間が近付いていたのだ。あれ自体には意識などないはずだが、まるで何かの生き物のような動きを見せている。

 捕まったらどうなるか分かったものではない。


「へ……え……うん、分かった……!」


 来留芽の様子にただならぬものを感じたのか、恵美里は素直に陸を目指し進み出す。その補助をしながらも来留芽は狭間の様子を窺うのを忘れてはいなかった。


『――……けて……』


 それが聞こえて、来留芽の目が開かれる。しかし唇を噛み、悔しげに首を振った。


「……今はまずい。あまり追いかけてこられても困る」


 それは逃げようとする二人に向けて黒い“手”を伸ばして来ていた。少し進路を変えてみてもすぐに対応して追いかけてくる。ここまで執念深い狭間は初めてだった。捕まるようなへまをすることはないだろうが、陸まで来られたら面倒だという気持ちが脳裏に過る。


「樹兄や巴姉なら……」


 すぐに気付いて何か対策を取ってくれるかもしれない。しかし、海だということで開放的な格好になっている状態で普段と同じような仕事を期待してはいけないだろう。

 来留芽もそう、呪符など持ち込んでいないのだから。


「来留芽ちゃん……大丈夫……?」

「大丈夫。恵美里こそ、あと少し頑張って」


 来留芽は頭を振ると陸を見据える。

 とりあえず、今は弱音を飲み込んでおくことにした。そして、とにかく樹達のいる場所を目指そうと泳ぎ続ける。


「来留芽ちゃん! 恵美里ちゃん!」


 聞こえてきた声にハッとして顔を上げるとサーフボードに乗った巴の姿が目に入った。その顔に若干焦りが浮かんでいるのは来留芽達を追いかけるソレが目に入ったからだろうか。

 来留芽は片手を上げて位置を教えてから言う。


「巴姉! あれ、狭間らしいから近寄るのは危険かも」

「オーケー! 何とかするよ!」

「何とかって……」


 来留芽は呆れたように呟いたが、それが巴に届くことはなかった。あっという間に離れていくその背を唖然として見る。


「来留芽ちゃん……」

「うん、戻ろう、恵美里」


 少し心配するように来留芽の名前を呼んだ恵美里に視線を戻すと頷いた。

 巴が何とかすると言ったなら何とかなるのだろう。

 そう判断した来留芽はもう狭間を気にすることなく、幾分かゆっくりと泳ぎ出す。


「恵美里っ! 大丈夫だった?」

「お疲れ様~、来留芽、恵美里」


 何とか陸に上がった来留芽と恵美里は翡翠と樹に出迎えられた。特に翡翠は母親らしく恵美里をひどく心配した様子で頭や頬を撫でて無事を確認している。


「ただいま、樹兄」


 バカンス気分だったのにいきなり仕事の方からやって来たからか、それとも全力でそれなりの距離を泳いだからか。ひどく疲れた来留芽はふらりとよろめく。


「おっ……と、ちょっと日陰で休もうか~。桃爺スペシャルあるよ~」


 砂浜に倒れ込む前に受け止めたのは樹だった。彼の言った不思議な単語に来留芽は体を強ばらせた。彼の言う『桃爺スペシャル』は狭間の桃爺が暇つぶしに作成したジュースだが、なぜか疲労回復効果があったりする。

 ただし、味は飲む度に変わることに注意しなくてはならない。激甘もしくは激辛に当たったときは絶対に吹き出すこと間違いなし。そんな味でも効果があるという不思議には首を傾げざるを得ない。

 げんなりした顔を見せる来留芽は樹にしっかりと抱えられてふと気付く。


「樹兄、意外と筋肉ついてる」


 身内と判断しているがゆえの遠慮なさでぺたぺたと触れて確認する来留芽。樹は小柄ながら思った以上に鍛えていたらしい。普段はそう思わせない服装に態度なので知らなかったのだ。

 そんな来留芽の行動を樹は笑って見ていた。


「まぁね~。いつもの機材を運べるだけの力は必要だし~。でも、なぜか見て分かってもらえないのが残念なところだけど」

「童顔効果? ムキムキの子どもってあんまりいないから」

「はいはい、どうせ僕は童顔ですよ~。……話をそらさないの、来留芽。そんなに桃爺スペシャル飲みたくない~?」

「飲みたくない。妖酒の方がいい」


 即答し、つい、と視線を逸らす来留芽。桃爺スペシャルから話題を引き離したつもりだったのだが、あっさり戻されてしまった。


「あれは肉体的な疲労回復効果はないからね~。あと、どこに耳があるか分からない場所でそれを言うのはやめようか~」


 妖酒は普通の人が聞いたら“洋酒”と漢字に変換するだろう。未成年の来留芽と外見的に未成年の樹がそのような話をしていたら勘違いされてもおかしくない。


 ――まぁ、確かに警察呼ばれるのはごめんだけど


 そう思いながら、来留芽はビーチチェアに座り込む。パラソルのおかげで日差しが遮られ、暑さは少しだけましになっていた。


「あっつい……」


 それでも、かなり体力を消費した来留芽にとって日差しは悪影響でしかなかった。


「ちょっと熱中症ぎみかな~。スポドリの方がいい?」


 樹が持ってきた二択で躊躇わず手を伸ばしたのは当然スポドリの方である。


「先にそれ飲む」

「はいはい。あ、翡翠、これ恵美里にどうぞ~」


 来留芽にスポーツドリンクを渡した樹はついでながら翡翠にもスポーツドリンクと桃爺スペシャルを渡していた。


「あら、ありがとうございます」


 何も警戒せず(普通は警戒しないだろうが)受け取った翡翠を見て来留芽は少し不安になり、体を起こした。このままでは恵美里が何の心の準備もなく桃爺スペシャルの餌食になってしまうと感じたからだ。


「ちょ……恵美里、待って」

「ど、どうしたの……来留芽ちゃん……?」

「桃爺スペシャルは、待って」


 それは、危険物だから。と言う前に来留芽の視界が揺れる。


「ゆ……ゆっくりで良いから……ね?」

「うん。桃爺スペシャルは……味にムラがあって……覚悟して、飲まないと……」

「えっ……これ……そんなに覚悟がいるの?」


 恵美里はまじまじと桃の模様がある小さい瓶を見つめた。とても可愛らしい瓶だ。


「あ~恵美里はまだ知らなかったかな~? それはときに激甘、ときに激辛といった感じに味のロシアンルーレットになるんだよね~」

「えっ……」


 恵美里は本当かどうか尋ねるように顔を向けてくる。来留芽はビーチチェアにもたれながらはっきりと頷いた。


「だから、覚悟がいる」

「えぇ~……」


 桃は、甘いものだ。しかし、瓶の桃は桃爺が作ったものだということを表しているだけ。ただのブランドマークで味の保証をしているわけではない。


「でも“効果は”折り紙つき」

「その強調の……意味は……」

「分かるでしょ」

「うん……」


 二人して手の中にある瓶を見つめる。どれだけ見ていても味が分かるはずもないので来留芽は溜め息を吐くと顔を上げた。期せずして恵美里と目が合う。


「来留芽ちゃん……せーの、で飲もう……?」

「……分かった」


 そもそも飲みたくない来留芽だったが、渋々と頷いた。そして蓋を開けてアイコンタクトをすると同時にあおる。


「「せーの」」

「うっ……酸っぱい……!」

「ぐ……しょっぱい!?」


 恵美里には過度な酸味、来留芽には醤油味(薄めてない)が襲った。激甘激辛ではなかったが、何かが絶対的におかしい味付けである。


「二人とも、当たりかな~? はい、口直しに」


 まるで予期していたかのように樹はジュースを買ってきていた。来留芽と恵美里はそれらを受け取り、即座に飲み干す。


「当たりっていうか、外れのほうがしっくりくる」

「ちなみに、何味だった~?」


 少し笑ってそう聞いてくる樹が憎らしい。まずダメージが比較的ましだった恵美里が半笑いで報告していた。


「わ、わたしは……とにかく酸っぱかった……です」

「う~ん……過去の事例では梅味、レモン味、シークヮーサー味、グレープフルーツ味、お酢、クエン酸があったね~」


 それは実体験か、伝聞か。桃爺スペシャルはオールドアだけが買い取っているわけではないはずなので被験者……ではなく被害者……でもなく使用者はそれなりにいるはずだ。しかし、それにしてもよく知っているものだ。それは流石に、と思うような物も混ざっている。


「お酢……なんてものもあるんだ」

「くえんさんって……クエン酸?」

「わたしのは……クエン酸……かなぁ……?」

「酸っぱい系について聞きかじった限りではそんなものだったね~。それで、来留芽は何味だった? しょっぱいってことは塩? 味噌汁味なんかもあったと思うけど」

「醤油味。というかあれはもう醤油」

「それはまた……新しい、ね~」


 少し笑顔がひきつっている樹に向けて肩をすくめた。

 桃爺スペシャルの味で味噌汁は既に出ているのに醤油は初出らしい。何も嬉しくない情報だ。来留芽はまた一杯普通の飲み物を飲み干す。


「ところで、巴姉は無事?」

「あ~、うん」

「来留芽ちゃ~ん!」


 ちょうど話題に出したところでサーフボードを抱えた巴が戻ってきた。


「巴姉。お疲れ様」

「いや、あれもう力がなかったみたいで自然に消えちゃったんだ。たぶん心配はいらないよ。そっちは大丈夫?」

「大丈夫、でもない」


 憮然としてそう返すと巴は首をかしげて理由を問うように樹を見る。


「疲労回復に桃爺スペシャル渡したんだけど、当たり……いや、外れ? だったみたいでさ~」

「なるほど。何味?」


 その質問が即座に出るあたり巴もまた桃爺スペシャルの凶悪な特徴を知っていると分かる。被害者の一人なのだろう。


「醤油。恵美里はたぶんクエン酸?」

「う、うん……酸っぱさしかなかった……から……」

「あらま。災難続きだね二人とも」


 せっかく海水浴でリフレッシュしに来たのにねぇ。と言いながら巴は二人の頭をよしよしと撫でる。


「それで、あの狭間について分かったことあった?」


 撫でられるままになっていた来留芽が上目遣いにそう尋ねると手が止まった。


「それ聞いちゃうと仕事になるよ? 来留芽ちゃん」



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主人公以外の視点他あります
 『蓮華原市の番外』
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