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5 会えるなら、会いたい

次は3月13日の投稿を予定してます。

 

 これは、細が来留芽に電話するよりも少し前の話になる。

 夜も更けてから碓井は井谷の住むマンションを訪れていた。インターホンを押して様子を見る。


「井谷。俺だ」

「あ、係長。わざわざありがとうございます」

「いや、約束したからな。調子はどうだ?」


 靴を脱ぎつつ碓井はそう尋ねた。出迎えた限りでは普通の態度で大きな問題は抱えていないように感じられる。それは良いことだろう。しかし、彼には幽霊の話をしなくてはならない。幽霊という劇薬がどんな効果をもたらすのか分からず、それがかなりの精神的な負担となっていた。


「身体の方は問題ないです」

「心は?」

「それが、まだ……吹っ切れません。どうしたって出来ません。もう、一人で悩むのも苦しくて」


 井谷は浮かべていた笑顔をさっと消すと苦しげな表情へと変えた。あれは空元気だったのだろう。彼は碓井からの情報が無くても既に心が軋み、悲鳴を上げているのだ。


「……申し訳ないのですが、碓井先輩に相談したいと思って電話させてもらいました」


 碓井と井谷は仕事上の上司・部下関係ではあるが、同じ大学の出身であるため、先輩・後輩関係でもあった。井谷から先輩という呼称が出たということは、プライベートの話をして良いか尋ねているのである。


「ああ……好きに気持ちを吐いてしまえば良い。ただ……酔う前に俺から一つ報告というか、情報があるんだ」

「ええと……どういったものなのでしょうか」


 井谷は呷ろうとした缶ビールを静かに置いた。彼が碓井の言葉を待つために口を閉じて、その場には痛いほどの沈黙が落ちた。

 しかし、黙したままでいる訳にもいかない。


「その……な、井谷には辛い話題になると思うんだが」

「はい」

「彼女さん……六条美沙さんのことだ」

「はい……えっ」


 碓井は静かに話を切り出したのだが、言葉の意味を理解した井谷の動揺は大きかった。


「彼女は幽霊になっている可能性がある。俺の家まで憑いてきていたらしい。まだ、確定はしていないが……状況から見てそうではないかと言われたんだ。荒唐無稽(こうとうむけい)な話だろう。だが、本当なんだ」

「ゆ、幽霊ですか……?」


 井谷は驚きで目を見張っていた。実際に幽霊に遭遇しないと信じられないだろうとは思う。しかし、自分が嘘をついているわけではないと彼なら分かってくれるのではないかとも思っていた。


「信じられないか?」

「いえ……先輩は、美沙に会ったんですか?」

「彼女とは思えない姿だったけどな……」


 深夜に家の廊下で血を流しながら這っていた。一目見て異様な存在だと分かるため、細かいところまで見ようという気にはなれなかった。それに、そもそも碓井は六条美沙の顔形を知らないのだ。幽霊の細かい容姿まで見たところでそれが誰なのか気付けるとは思えなかった。

 碓井の正面で、井谷はうつむく。


「あんな死に方をしたんです。遺体の、あの状態のままの幽霊であれば……それは凄惨な姿でしょうね。納得はいきますが……」


 井谷は膝の上で手を組む。その手は力が入っているのか、震えていた。


「会いに向かうか?」


 無言で数分間うつむいた後、会うとも会わないとも言わずに井谷は話し始めた。


「……美沙が生きていた頃……もし自分がいなくなったらという仮定の話をしたんです」


 以前、聞いた覚えがある。そして、つい数時間前に碓井はそれをオールドアの二人に話した。


「美沙がいなくなったら僕はどうなるだろうと考えて……きっと悲しんで悲しんで生きる気力も失ってしまうだろうと思いました――まさしく、今のように。僕はどうしたら良かったのでしょうか。無理をしてでも、何が何でも一緒に居るべきだったのでしょうか。あのとき、もっと強く側に居て欲しいと言っていたら美沙は今も生きていたのでしょうか。

 僕の判断が間違っていたのかもしれません。自分の都合を優先して彼女のことを真剣に考えていませんでした。……僕の自業自得です」


 井谷は痛々しい自嘲の笑みを浮かべた。


「美沙は僕の心の支えだったみたいです。会えなくなってようやく思い知りました。会わせる顔がないという気分ですが、会えるなら、会いたい……です」

「そうか……」


 そして叶うなら彼女に連れられて死の旅へ行きたいと思っているのだろうな、と井谷の様子を見てそう思った。


「それなら……少し、電話してもいいか? 幽霊について調査を頼んであるんだ」

「それは、はい」

「悪いな。日にちについては向こうとも相談しないといけないから……。

 もしもし、こんばんは。碓井です。井谷と話が出来まして、幽霊が六条美沙であれば会いたいということになりました。……はい、そちらの都合の良い時間を伺いたいのですが。……こちらで指定しても? はい、少し待っていてください」


 碓井は井谷の方を向いた。電話に出た巴は時間の指定をせず、碓井達の都合の良い時間で構わないと言ったのだ。


「井谷、明日の夜は時間があるか? 夜八時くらいでもいいか」

「はい、大丈夫です」

「お待たせして申し訳ありません。明日の夜八時ころはどうでしょうか。俺と井谷で向かいます。はい、よろしくお願いします。それでは」

「井谷。明日の夜八時だ。それまでに覚悟を決めておけよ」

「はい……」



 ***



 一方の碓井家では樹と薫が幽霊相手に雑談の花を咲かせていた。現状に何も違和感を抱いていないことが分かる二人の様子を細は苦々しく思いながら見る。そして、ついでに大人しい六条美沙の霊にも気を付けておくことに決めた。今回はどうも普通の幽霊とは違うように感じる。気を付けておくべきだろう。

 電話を終えた細は今、廊下の影から仏間の様子を探っていた。


「おじいさんは生前にどんな仕事をしていたの~?」

『ワシの仕事は罪人の捕獲だった。警察組織の一つに所属していたんだ。懐かしいなぁ……もう何年前になるか……』

「へぇ。ちなみにどんな能力を使っていたんだ?」

『ワシは空間干渉系の術を使っていた。あの時はその系統の術を使える者がほとんど居らんかったから引っ張りだこであったな』


 空間干渉系の術。籠上氏の禁術にそういったものがあったな、と細は思い出す。現世と狭間もしくは妖界を繋いでしまう術だ。あれは樹も使えたはずだ。七夕の時に大いに世話になったのは記憶に新しい。

 そこまで考えて細は頭を抱えたくなってきていた。籠上氏は協会の幹部であり、実は昔から裏警察の上層にいた家系でもある。おじいさんの言葉が確かなら今の碓井家における異常は彼が引き起こしており、その能力からして籠上家の縁類であると推測できる。


「俺達の行動は筒抜けなんだろうな……。どうするか。明日の夜まで長い……電話ではああ言ったが、俺だけではキツいか。せめて二人の内のどちらかの正気を取り戻させないと」


 これからのの方針を定めてから細は覚悟を決めてぼんやりと明るい部屋へと踏み出した。


「すみません、遅くなりました」

『いやいや、こちらも楽しく話していたからな。ちなみにどんな内容だったんだ?』

「ああ、同僚に仕事の確認を取っていたんです」

『おお、そうであったか。別に君までここの家の問題まで手がけなくても良いのではないかね。そこの若者二人でも十分であろう』

「いえ、この家に来たので仕事はこなします。ところで、向こうに確認したところ、碓井さんの目的までは分からなかったようです。霊能者を呼んで行いたかったことを教えて頂けませんか」


 可能性を思いついてしまったからどうしてもはっきりと告げる気にはなれなかった。向こうからの問い掛けもこちらを探るような印象を抱く。だが、この問いかけから分かることもある。それは“結界内であれば探知は不可能である”ということだ。おじいさんが碓井家のおかしな空間を作り出しているということが前提での考察ではあるが……。

 今はそんなことに思考を飛ばしている場合ではない。


『ああ、それはもちろん、彼女のことだ。君達には六条美沙さんの問題を解決してもらいたい』


 おじいさんは六条美沙の霊を見ながらそう言った。細もその視線を追ってみる。長い黒髪を整えもせず流しており、体の各部分には赤黒い色がのぞく。亡くなったその時の体の損傷がそのまま現れているのだろうか。悪霊の禍々しさは確かに感じられるのだが…それにしては大人しいものだった。

 彼女に何の問題があるのか。彼女の事情を聞き、何が未練となっているのかを知らなくてはならない。


「分かりました。ところで、碓井さんはどのように彼女のことを知ったのでしょうか」


 不安はあるが、おじいさんについても少しは探っておかないと動けない。もし、自分がドジを踏んで怪我をしてもどうか許して欲しい、とオールドアで待機して居るだろう来留芽に向けて心の中で手を合わせておく。


『ああ、どうだったかな……確か、妻と話していて異変を感じたんだ。それで、調べてみればこの家に幽霊が入り込んでいてな。とりあえず宥めておいたのだが……見ての通りワシにはもう力が無い。だから君達のような霊能者を待っていたのだ』

「そう、でしたか……」


 言葉自体におかしいところはない。しかし、一度疑いを持ったからか素直に納得も出来ない。いやはや、どうしたものか。尻尾をつかめれば良かったのだが、言葉の応酬だけではぼろを出すことはないらしい。


「それでは、彼女から話を聞きたいので二階を借ります。い……I、手伝ってもらえるか」

「別に良いけど~。何をするの?」

「六条美沙さんから話を聞くんだ。ここじゃ何だから二階を借りよう」


 ついでに樹が自分のおかしさを自覚すれば良い。細が直接言うとおじいさんに気付かれてしまう恐れがある。しかし、自分で気が付くならば問題ないだろう。樹の狸ぶりは相当だから、きっと気が付いてもしれっと演技するに違いない。ひょっとしたら今の状況でも演技しているかもしれないのだが、当てにすることはできないだろう。


「六条さんは移動出来ますか?」

『二階……ニ?』

「はい。い……じゃなくてI、話するのに丁度良い部屋がどこか分かるか?」

「もちろん、任せて~」


 樹はVサインを見せると二階へ先導する。その後ろを六条が進み、最後尾を細が歩くことになった。階段を上がり少し周りを見回せば樹が仕掛けただろうカメラを見つけることが出来た。オールドアにも度々仕掛けられているからか、捜索能力が随分と上がっているようだ。そして地味に鍛えられている細はカメラが起動していないことまで分かった。樹の趣味も功罪あるな、と細は苦笑いをする。


「I、あれは動いてないようだが、いいのか?」


 樹は初め何を言われているのか分かっていないようだったが、細が例の高機能結界を張ってやるとビクッとして振り向いた。


「あ、あはは~。忘れていたみたい、だね……」

「今度から気を付けろよ」

「それは、もちろん。こんなドジは二度と踏まないよ~。ところで、話し合いに適した部屋というと、そこだよ。依頼人である碓井さんのお父さんの部屋らしいね~」


 確かに、寝室などではなくてどこかの会社の応接間のようだった。この部屋なら話をするのに丁度良いだろう。細は早速話を切り出す。


「さて、六条美沙さん。君の話を聞かせてもらえますか」



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主人公以外の視点他あります
 『蓮華原市の番外』
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