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4 開かずの扉、その先へ

 

 職員室に入って、来留芽は細のデスクに向かった。生徒会顧問の先生の元へ行く麓郷先輩と恵美里とはすぐに分かれることになる。あちらは奥の三年のクラスを受け持つ先生達の島にいるが、細は一年生のクラスを受け持つ先生達の島に机があるからだ。


「京極先生」

「むぐ……どうした、来留芽……じゃない、古戸」


 ちょうど弁当を食べているところだったらしい。来留芽に気付いて一旦食べるのを止めた。どうやら油断していたらしく、来留芽に対して名前呼びになっていた。

 普段ならば来留芽はそのことに笑うのだが、今は小さく肩をすくめるに止めると声を潜めて慎重に話を切り出す。


「職員室前で『用務員の松山さん』がうろついていたの。先生を呼んでとお願いされて来たんだけど……細兄、何かした?」


 来留芽は声を潜めて尋ねた。

 霊能者はあやかしから依頼を受けることもある。しかし、依頼を持ちかけられるまでにそれなりの信頼関係を結んでいないとそのようなことは起こらない。『用務員の松山さん』については細から聞いただけなので来留芽は直接関わっていない。その彼が細を頼ってきたということは二人の間にそれなりの親交があったということになる。


「何かしたってわけじゃない。少しばかり話をする間柄ってだけだな。でも、この学校であの人と会話するほどの関係になっているのは俺くらいなんだろう。伝言助かった、来留芽」


 さらりと来留芽と名前で呼ぶ細。オールドアの細モードだから仕方ないのかもしれないが……。幸い誰も聞いていないようだからいいが、あまり親しげにしていると疑われるだろう。

 心の中はそんな思考が渦巻いていたが、きっちり隠しておく。仮に疑問を持たれても疑いの目がいくのは細だ。取り繕いもしなかったことをあとで思い返して慌てるがいい。


「うん。人手がいるようだったら呼んで。恵美里も手伝ってくれるらしいし」

「ああ、その時は頼む。じゃあ、ちょっと話してくるとするか」


 実は、オールドアの中では社長に次いで安定感のある細もたまにうっかりミスをする。松山さんがかなり実体に近いように見えるからといって人に目撃される場所で話し始めないことを祈っておこう。


「来留芽ちゃん」


 細を見送るとちょうど麓郷先輩と恵美里が戻ってきた。少しだけ明るい顔になっている。何か分かったのだろうか。


「恵美里。何か分かった?」

「鍵を借りた人を絞れたぞ。昨日借りたのが生徒会長と会計の斉藤で、今日の昼までに借りたのが副会長だった」


 答えてくれたのは麓郷先輩だった。


「三人ですか。大分絞れましたね」

「そうだな。ちなみに借りた理由も聞きだしておいた。生徒会長と斉藤は忘れ物で、副会長は星夜祭の二年のロッカーの鍵を借りに来たらしいな」

「……星夜祭関係の副会長が怪しい……でしょうか……」

「どうだろうな。個人的には、副会長はともかく生徒会長はシロだと思う」


 そう話しながら職員室を出る。出口ですれ違った先生が首をひねりながら呟いた言葉を偶然来留芽は聞くことが出来た。


「京極先生、どうしたんだろ。あんな何も無いところに会釈して……俺の気のせいか?」


 来留芽は「あ、やってしまったな」と思い苦笑いをする。どうやら不安が的中したようだ。

 その先生のつぶやきは麓郷先輩と恵美里も聞いていたらしく、特に先輩は吹き出していた。


「おいおい、京極先生は大丈夫か?」

「かなり……実体を持っている……ように見える幽霊でしたから……」


 見える人ほど引っかかりやすいという罠。それにどうやら細は引っ掛かってしまったらしい。

 三人が少し笑いながら職員室を出るとその京極先生……細に行き当たる。


「来留芽、日高。まずいことになった、手伝ってくれ」


 細は完全に裏の仕事モードになっており、来留芽達を見て真剣な表情を浮かべてそう言う。日中というこの時間に裏関係のトラブルが発生したことが確定したのだろうか。細の焦りが伝染したかのように来留芽達も体を強ばらせた。


「あー、先生。そこまでのことが起こっているなら俺も手伝いましょうか?」


 そのある意味鬼気迫る様子に麓郷先輩も手伝いを申し出る。それを聞いて細が正気に戻り、巻き込むことを考えて逡巡(しゅんじゅん)した。


「あ……。あーっと、麓郷は……」

「俺、霊感あるし、寺の息子なので」


 裏に関係がある、ということだ。もし先輩が本当に裏には関係のない一般人だったらもっとまずいことになっていたかもしれない。記憶を消すことは出来るが、本当のところを言えばそれも完全ではないのだ。この辺りの問題には慎重に対応するのだが、細の様子を見るに相当せっぱ詰まった事態なのだろう。

 麓郷先輩が裏に関わりがあり、自分から巻き込まれてくれると言ってくれて少しだけホッとした。

 無理矢理記憶を弄ることも、脅迫して口止めすることもしなくて済むからだ。来留芽はもう割り切っているが、恵美里はそうではない。きっとショックをうけるだろう。彼女には裏の闇の部分を知るのはまだ早い。


「そうだな。とりあえず、松山さんから聞いたのは旧校舎の開かずの扉が開けられたということだ」


 来留芽達は顔を見合わせる。先程それについて話したところだ。早速懸念が当たってしまったということか。


「それは急いだ方がよさそうですね」

「……あの……開けた人は分かっているのですか?」

「ああ。一年二組の斉藤だ。昨日かなりのもやをまとっていたからおかしいと思っていたんだ。何かやらかしてもおかしくないと思っていた」


 斉藤……もしかして、斉藤涼子のことだろうか。斉藤という名字はそんなに珍しくも無い。しかし、もしこれが共通していたら、一年一組の飾り問題も一気に解決するかもしれない。


「京極先生。その人って、もしかして斉藤涼子という名前ですか?」


 来留芽達は早足でとりあえず旧校舎に向かう。歩きながら麓郷がそう尋ねると、細は驚いたようにそちらへと顔を向けた。


「ああ、そうだ。良く分かったな……もしかして、すでに何か問題でも起こしていたか?」

「いえ、俺達は日高のクラス……一年一組の飾りが無くなったことで持ち出した犯人を特定しようとしていたところだったんです。で、斉藤はその……疑うに足る行動をしていて」

「一年一組の飾り? あー、そういえば袋の中身が白黒の何かだったような……」


 細が何かを思い出すように考え込んでいた。呟かれた言葉はある意味決定的だ。というか、白黒というところで自分が副担任をしているクラスのテーマだと気付いて欲しかった。細自身も飾りを作らされたというのに思い当たらなかったのは余程作業的にこなしていたからだろうか。

 しかし、来留芽にはそれ以上に気になることがあった。


「細兄、式神をつけていた? もしかして、今斉藤さんの位置が分かる?」

「あ……。詳しくは分からないが、おそらく彼女はこっちの校舎に戻ってきているはずだ。扉を開けて袋を放って去ったのだと思う。俺が式神を潜り込ませていたのは袋の中だったから、本当に斉藤本人の動きは良く分からないんだ。しかも、今は妙に繋げにくいし」


 一瞬、罰が悪そうな表情を浮かべたのは式神を潜り込ませるというのが一種のストーカー行為になるからだ。いくら本人を心配してのこととはいえ、いい大人が……それも教師が女子高生をつけ回すようなことをしてはいけないということは分かっているはずだ。

 しかし、今回ばかりはそれが吉と出た。来留芽のクラスの飾りは細が式神を探知し、取りに行けば良いからだ。つなげにくいとは言っているが、つながらないとは言っていない。


「それでも斉藤の行方が曖昧なままというのは少しマズいですよね。知らずに扉閉めたら助けに向かえませんし」

「あー、それなら何とかなるかもしれない。一年二組にも護符を貼っておいたからそれを通して確認できる」


 学園長からの依頼に必要な措置だったとはいえ、護符でもそういうことが出来るということが知られたら社会的にダメージを負いそうである。ただでさえ霊能者にはピンからキリまでおり、風評被害がひどいというのに。

 ただ、細においてはそのような悪用をしないと信じている。


「見えたぞ。斉藤は教室にいる」

「じゃあ気兼ねなく扉に向かえますね」

「それでも一応誰も入り込んでいないか確かめておかなくてはならないからな」


 麓郷先輩は斉藤が扉の向こうに入り込んでいないと知ってすこし気が緩んだようだが、細はまだ気を抜くには早いと注意する。そうそう楽は出来ないものだ。

 一同は旧校舎にたどり着いた。見るからに何か出そうな雰囲気のある校舎は、事実、そういう噂の宝庫だ。そして、実際に開かずの扉が現れているのだから笑えない。


「……また、分かりにくい開かずの扉だな」


 細がそうぼやくのも仕方がないほど扉は擬態していた。……擬態と言っていいだろう。今回現れたのは普通の教室のドアの形だったからだ。


「開かずの扉ってもっとこう……いかにもな感じを期待していたんですけど」

「まぁ、打ち捨てられた西洋屋敷なんかにはそういったデザインで出てきそうだな」


 妙に気が抜けてしまったが、一つ深呼吸して切り替える。そして細は無造作に扉を開けた。そして道が勝手に閉じないように固定すると共に普通の人が入ってこられないように目を誤魔化す呪符を貼っておく。

 扉の中を後ろから覗いた麓郷先輩は呻き声を上げた。


「うわぁ……」

「狭間の中でもなかなか面倒な出入り口だな」


 扉の先は教室ではなく、ぐにゃりと歪んだどこかだった。この光景も普通の人は見られない。斉藤涼子は開かずの扉を開けられたのだろうが、狭間の世界を見ることはかなわなかったのだろう。彼女が見ることができなくて幸いだった。


「ここを抜けてしまえばあやかしが住まう妖界になるが、今回はそこまで行かなくても良いだろう」


 それだけ言うと細は何の気負いも無く扉の向こうに入っていった。実はオールドアの面々にとって狭間の世界は大変馴染みがあったりする。人里に間違えて出てきてしまったあやかしを送り返すのによく通る場所だからだ。しかし、それにしても普段使う入り口でも無いのにこんなに無警戒でいられるのは……社長と細、樹くらいだ。特に今回は潜り込ませたという式神が指標になっているのもあるかもしれないが。


「麓郷先輩、続いてください」


 逡巡している先輩を促す。入るのが遅れてあの中で迷子になるとか洒落にならないのだ。


「ああ、悪い。俺はあまりこういう所に入ったことがなくてな……」


 それでも関わったことはある、と言って彼は鋭く息を吐いて入っていった。


「恵美里は大丈夫?」

「うん……」


 恵美里は本当に初めての体験だ。少し腰が引けている。

 そんな彼女を安心させるようにその肩をポン、と叩いた。


「最後尾を私が行くから心配しないで」


 このような場所に入ったとき、危険なのは先頭と最後尾だ。だから今回は先頭を細、最後尾を来留芽とした。


「うん、大丈夫……行けるよ」


 そして二人の姿も扉の向こうへ消えていった。あとに残ったのは奇妙に歪んだ異界への入口だ。

 狭間の世界は現世と妖界の間にある空間である。妙な力が働いているようで、その中の景色は様々だ。この世のものとも思えない花畑だったり、地獄のような直視するに堪えない光景だったりする。


「今回は無難な景色だね」

「……こ、これで無難なの?」


 来留芽達がいるのは一本の道が通った林である。ただし、当然普通の林では無く、全てが鏡で出来ていた。樹皮も枝葉も鏡。そこらに生えている草も道も空さえも鏡。非常に迷いそうな景色だが、地獄風景よりはずっとましだ。来留芽が無難だと言ったのはトラウマになりそうな光景では無いことに起因する。初めて入る恵美里にとっては無難な所だと思ったのだ。ちなみに来留芽が初めて狭間で見た光景は地獄風景だった。それに比べれば何だって無難に思える。


「行こう。はぐれたら合流が大変だから」


 恵美里の呟きには答えずに先を急ぐ。ぐずぐずしていると本当にはぐれかねない。例えそうなったとしても旧校舎に戻ることは可能だが、それは些か情けないというものだ。


「全員ついてきているか?」

「大丈夫」


 そのまま少し歩いたところで細が立ち止まり聞いてきた。来留芽達もちゃんと追いついている。ここで止まったということは……


「見つけたぞ。……いや、それは少し違うか? この近くにあるのは間違いないんだが、どれが()()か分からない」


 そこは特に特殊な場所のようだった。あらゆる鏡面に目的の袋が映っている。


「細兄。式神の反応で分からないの?」

「それが、なぜか分からないんだ。ここに映っているどれにも反応がある」


 全てに本物の反応があるということはここの鏡は普通の鏡では無いということだろう。あれらを仮に『妖し鏡』と言おうか。この領域は鏡に映る全てが本物になる……とても危険な場所だと考えられる。


「これ、やばくないですか。迂闊に姿を写してしまえば鏡の中の自分と入れ替わってしまう恐れがあるのでは……」

「その通りだよ、麓郷。今はこちらの姿があの鏡に映り込まないように細工しているから大丈夫だけど、全員が好き勝手に動いてはその術の範囲から出てしまうかもしれない。気を付けるように」

「はい……」


 とはいえ、どうやって本物を取り出せば良いのだろうか。頭がこんがらかってくるだろうが、鏡に映っている袋はすべて本物ではあるのだ。しかし、それは狭間において本物と()()()()()()()()というだけで、狭間から出すと存在しなくなってしまう。


「参ったな……」


 こういう場合、樹や薫ならば簡単に見つけ出してしまう。樹のあれで意外と繊細な術、薫の野生の勘が活躍するからだ。細や来留芽も失せ物探しの術は使えるが得意では無い。この空間を考えると今見えている全てに反応してしまいそうだ。


「先生。簡単な方角なら俺が定められます」

「本当か?」

「はい。どうやらこの像は本物に比べれば存在感が薄い気がするんです。おそらく本物を映したものを映し続けているからだと思うんですが」


 つまり、まず本物を一つの妖し鏡が映し、その鏡の中の本物をまた別の妖し鏡が映していく……それを延々と繰り返し、妖し鏡が途絶えた位置が今来留芽達のいる場所になる。そして、存在感については今来留芽達が見ているものが映したものの映したものの……というものになるため、見方によっては本物と違う感じを受けるのだろう。しかし、来留芽はその感覚が良く分からない。ここは先輩に頼るしかなさそうだ。


「そうだな……鏡を誤魔化すのは呪符に切り替えるか。これでもまだちょっと安定性がないから怖いが……」


 細から渡された呪符を持って来留芽達は奥へと進んでいく。妖し鏡と普通の鏡が混在しているから混乱しやすい。見失わないようにしなくては、と気合いを入れて歩いて行った。



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主人公以外の視点他あります
 『蓮華原市の番外』
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