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5 清水家の墓場へ

 

 月が顔を隠し、辺り一面が闇に包まれている。そのような中で、来留芽達はそっとオールドアを出て、清水家の()()へと向かった。追っ手は見つけ次第意識を奪い、暗がりへ放り込む。一晩くらい野外で寝たとしても早々に体調を崩すような柔い体はしていないはずだから別に構わないだろう。

 目的地に向かうにあたり、来留芽達は三グループに分かれる事にした。それぞれが露払いをしながら清水家の墓場と呼ばれる場所を目指すのだ。ただ、屋敷に入るには無色家の血を引く者が同行しなくてはならない。だから、茜、暁、夕凪、巴がそれぞれのグループに分かれている。


「これも紫波のか……くそっ! 対鬼に特化した武器だ」


 そう毒づくのは薫だ。彼は鬼の血を引いているため、その武器の効果が高い。


「薫兄にはキツいね。……これは本気で紫波が清流筆紋を狙っていると見るべき?」


 対鬼に特化しているということは毒を使うなどして身体能力を引き下げようとする武器だということだ。鬼は腕力自慢が多い反面、毒に耐性がつきにくかったりする。根性で我慢する事は出来るが、無効化は出来ない。そして、毒は当然人間にも脅威である。


「どうだろうね。薫、紫波が鬼に強いのはデフォだから。恨むんなら参加表明した自分を恨みなよ」

「んなことは分かってるぜっ……と……こいつもかよ」


 今来留芽は薫、巴と組んでおり、このメンバーは山間から向かうことになっている。追っ手もそんなにかからないだろうとの目論見からだったのだが……少し見通しが甘かったかもしれない。


「他の所は大丈夫かな……」



 一方、細、恵美里、茜の三人は裏手から向かっていた。こちらはいろいろと遠回りをするルートだからか、静かなものだった。だが、それでも気を緩めはしない。


「恵美里さん、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。あの……京極先生……仕事の場では恵美里、と呼び捨てでいいです……」


 霊能者としては完璧に後輩にあたるのが恵美里である。他のメンバーは互いに呼び捨てている中でさん付けは気を遣われているようで肩身が狭かったのだ。


「うーん、それはちょっとな……学校でやらかしそうだから難しいな。ただでさえ来留芽の名前で何度か失敗している」

「あ……確かにそうですね」


 そう言われて、ポンと手を打って思わず納得してしまった。恵美里の知る限りでも、細は学校でたまに来留芽を名前で呼び捨てしそうになっている。


「まぁ、善処はする」

「……アンタ達、のんきよねぇ」

「あ……す、すみませんっ」


 慌てて謝る恵美里に向けて茜はひらひらと手を振る。


「あー、別に良いのよ。見たところ、アンタはヒナでしょ? 始めっから気を張る場面に放り出しちゃ可哀想だもの」


 それに、露払い自体はしっかりやっているみたいだし? と茜がチラ……と細を見る。そんな意味ありげな視線を向けられても細は肩をすくめるだけだった。


「読めない奴。まぁ、もう少しだから頑張って」

「はいっ!」

「……あと、あまり大きな声を出さないでね」

「……はいぃ……」


 この三人は勝手口から屋敷に入る。カタ……と戸を開けて、台所へ。意外にも、台所は埃だらけではなかった。きれいにされている。


「……誰かが掃除でもしたのかしら?」

「透さん……ですか?」

「そうね。透が一番可能性あるわね。でも……そんなまめな子ではなかったと思うのだけど」


 しかも、最近は行っていないと話していた記憶がある。実の弟をよく知る茜は顎に人差し指を掛けて首を傾げた。そして、ゆっくりと台所を見回す。埃は積もっていないし窓も汚れは無い。蜘蛛の巣だって部屋の隅にも掛かっていない。


「茜さん、この屋敷には今は誰も住んでいないのか?」


 キョロキョロと見回していた細がそう尋ねる。


「そのはずよ。透は本邸か修行場で生活しているはずだし。何かおかしいところでも……!?」

「気付いたか」


 細の視線はかまどに固定されていた。振り向いた茜も気付いた。最近、かまどに火を入れた形跡があることに。


「誰かが……住んでいる、ということですか?」


 カクン、と首を傾げて恵美里が聞いた。細はなおも厳しい顔つきのままそれを肯定する。


「その可能性はある。だが……」

「アタシ達も知らぬ者を屋敷に住まわせたりはしないわ。けれど、透から何もなかった以上、ここに住んでいるのは母の関係者かもしれない。それか、一色家の当主が引き入れたか、ね」


 清水家の山と一色家の山は隣接しているので、入り放題である。線引きは昔から出来ていた故に何の対策もしていなかった。だから小さいときは山からもう一方の家へ逃げたり出来ていたのだが……それが仇となっているのだろうか。


「何かがいるというのなら、もっと慎重に動かなくてはなりませんね」

「そうね。他のグループにも忠告出来ればなお良いのだけど」

「一応式を放っておくか……」


 敵に見付からなければ忠告を届けることが出来る。だが、突貫で作った場合はセキュリティ面で弱いので敵方に捕まえられてしまったらかえって危険になる可能性があった。それに、位置情報を知られるリスクも負うことになる。


「やらないよりはましでしょう」


 細の式は静かに飛び立ち、台所はシン……と静かになった。



 そして、正面から向かっているのは暁、夕凪、樹の三人だった。この三人が行く正面突破コースが最短距離になるのだが、道がある故に予測がしやすく、幾重にも罠が仕掛けられている。だから、三人は道を使わずにその周囲の森をガサガサと進んでいた。


「あ~も~……めんどくさっ」

「露払いもしなくてはならないからね」

「だんだん面倒になってきた。奴等、思ったよりも弱いし……」


 森の中を駆け抜ける三つの影は立ちふさがるものをドカッとかバキッとか痛そうな音を立て()()()悉く倒している。夕凪がぼやいたとおり、通りざまの一撃で沈むのはいささか弱い気がする。


「もしかしたら、本命が先に行っているか別の方に行っていたりして」


 樹の言葉に双子はそろってフム……と考え込んだ。その可能性が無いわけではない。


「ヒナの方に行っていなければいいけどね」

「茜がついていれば大丈夫だろうさ」

「うちの細もついているからね~」


 だから心配する必要は無いだろう。今最優先でやらなくてはならないのは襲ってくる奴らの無力化だ。


「「「正直、格闘戦とか得意分野なんだよね(な)」」」


 それで沈んでくれるのだから、楽勝である。

 そして、そのまま屋敷へと一直線に駆け抜ける。たいしてスピードを落とすことなく。彼等の前に立ち塞がらなくてはならなくなった紫波家の霊能者にとっては不運なことに、この三人は肉体派だったのだ。


「到着~。とりあえず、後からこっちに来ようとした奴等は全部罠に嵌まってもらおっか」


 屋敷の玄関前に来ると、そう言って樹が術を使う。すると、一瞬だけ景色がぐにゃっと歪んだ。


「一体何をしたのかな?」

「これ、正規の術じゃないだろ」


 樹が何を使ったのかうっすらと分かるから顔が険しくなる。


「まぁ、禁術の類いだからね~。命は奪わないよ。あと、オールドアの面々と君達は対象外にしてあるから安心して~」

「それならまぁ、いいだろ。さて、他のメンバーはもう屋敷に入っているのか」


 靴を脱ぎつつ夕凪がそう呟いた。

 日本家屋なので、土足で上がることはできない。危険が予想されるとしても流石に他人の家に土足で上がる気にはならなかったのだ。

 三人は警戒しながらガララ……と扉を開ける。玄関は実にきれいなものだった。定期的に掃除されているようだ。そのとき、突然パタパタ……と小さい音が聞こえてくる。それは屋敷の奥から徐々に近付いてきているようだった。


「「!?」」


 双子が構えて奥を睨む。樹は自然体だが、目は鋭い。三人が睨んでいる中やってきたのは、白く小さい鳥だった。


「式、かな……?」

「それ以外に紙が飛ぶ理由がないな」


 攻撃する意思はないようだった。その鳥はパタパタと樹の所へ飛んでくる。そして差し出された手のひらの上にとまるとポンッと一枚の紙になった。


「……何者かが生活している気配アリ、だって」

「由々しき問題だね。透が住まわせているわけではないのだろうし」

「僕達の父親か、茜の母親が引き入れたのだろうな」


 それは茜と同じ見解だった。彼等は実の親にどれだけ迷惑を被ってきたのだろうか……と思わず考えてしまう。


「じゃ、行きますか~……鬼が出るか、蛇が出るか。少なくとも、生活能力のある存在が入り込んでいるのは確かみたいだから気を付けてよ」


 そして、三人の姿が屋敷に飲み込まれた。 



 ***



 ピン……と琴爪をつけた白魚のような指が弦を弾く。しかし、何か音が鳴るわけではなかった。それでも彼女は無言で弦を弾き続ける。音はしていないが、何かを奏でているようにも見える。


『……』


 そして、ふとその指が止まった。彼女はスッと静かに立ち上がる。その拍子に肩にかかっていた髪がサラリと揺れた。そのまま部屋の一角に向かうとコトリ……と置いてあった花瓶を別の場所に動かす。そして、その場で少し回すとカチリ……と音がして壁が口を開いた。

 そこへ彼女は慣れた様子で踏み込んで行く。


『侵入者が無色家に縁があるならば入って来られるでしょう。きっと……』


 ――紫波の操術師なんかに渡すものですか

 強い決意を秘めた目で彼女の口がそう動いた。そして、暗闇へと入っていく。その先は、無色家の秘密の部屋だった。壁には清流筆紋があり、その手前に祭壇のようなものが置かれている。その前に跪き、かつて祈った相手にもう一度請う。


『――無色の血に守護を。正しき継承を教えねばなりません。その恩恵に与ることが出来れば……きっと』


 数年前、紫波家の禁術によって無色忍葉という存在が現代に蘇った。そして、知った。彼女の無色家は()()()分かたれていたことを。それならば、これも何かの縁だとして二家の力になりたかった。

 しかし、忍葉の体は紫波柚姫という女に縛られていた。初めのうちは自由に動けたのは与えられた素朴な家だけ。あの女はあの手この手で彼女から情報を盗もうとしていた。


『無色のザイを受け継げるのは無色の血を引く者だけです。それを知ることが許されているのも、使うことができるのも』


 だから、忍葉から柚姫に教えられることなど何もなかった。彼女は長らく柚姫の術に抵抗し、そのうちに柚姫は忍葉をただの人形としても行使出来なくなってしまった。予想以上に忍葉の力が強かったからだ。主導権を握られる前に、と柚姫は忍葉を拘束し、封じることにしていたようだった。


『紫波柚姫は油断したのでしょうね……』


 クス……と微かに口元に笑みを零す。忍葉がここにいるのは禁術によるつながりを逆用して柚姫を誘導したからだ。今になって忍葉がいる屋敷周辺が騒がしくなっているのは、恐らくはそのことに柚姫が気付いたからだろう。だが、もう遅い。


『すでに操術師と人形というつながりを絶ちました』


 ――この身は人形なれども――


 紫波の能力で忍葉を見つけることは出来ないだろう。もっとも、つながりを絶ったことは忍葉に対するデメリットもあった。元の体が人形であったため、今の忍葉は魂だけで存在しているようなものなのだ。魂は容易く現世から出て行ってしまう。紫波の元にいれば魂はつなぎ留められていたのだが……。


『反撃は、出来ます。けれど……』


 今、忍葉に残っている時間はそう長くなかった。

 その瞳が見るものは、何なのか。



これからもストックがあるうちは定期的に更新します。

蓮華原市という街の不思議な物語を楽しみにしていてください。

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主人公以外の視点他あります
 『蓮華原市の番外』
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