8 うめの未練とは
あたしの話に女の子三人は目を輝かせていた。うめさんも微笑んでいる。来留芽ちゃんはちょっと分かりづらいけど、よく見れば瞳がね、雄弁に物語っているんだ。
「あたしと透は茜姉さんの計らいで余計な手出しをされることなく婚約することが出来た」
「「婚約っ!」」
あのときは本当に展開が早かった。茜姉さんが「ともちゃん、心配しないでねっ」とか良い笑顔で言ってきたときは何をするつもりなのか少しだけ不安に思っていたんだ。一色家と清水家の当主同士は不仲で、あたしと透が結ばれる可能性なんて無いと思っていたから茜姉さんが何をやらかすのか心配だった。
実際、あたしの心配をよそにやらかしてくれたよ。
「茜姉さんはあたしの兄さん達を使って家出中に友誼を結んだ人達と連絡を取って、あたしと透が婚約するということに両家の当主が口出せない状態を作り上げてしまった」
『茜ちゃんは昔から行動力のある子だったからねぇ』
「すみれおばあ様はうちの暁と夕凪のせいだと言っていましたが」
『ふふ。間違いなく茜ちゃんの生まれつきの性分ですよ。すみれの血でしょう。それに比べれば透は常識的に成長したのだろうねぇ』
「言われてみればそうですね」
透も茜姉さんの行動力には驚いていたね。そして気付いたら婚約披露宴の準備も整っていた。あたしも透も目を白黒させるしか出来ていなかった気がするよ。
「うめさん。最近、あたしは透と会っていないんです。何かあったのだろうと思っていましたが、おそらくうめさん関係で動いているのだと思います」
あたしは改まってうめさんと相対する。
『あらまぁ。それは……少し、心配ねぇ』
来留芽達には話が見通せないが、透という人間を知る二人の間には何か通じるものがあったらしく、二人で頷いていた。
「透からあなたのことを詳しく教えてもらったわけではありません。ですが、存在を仄めかされてはいました」
清水家で最も力のある巫女として。巴は幼い頃の遭難事件を経てそれを察するようになった。
『私の存在は隠されていたはずなのだけどねぇ。漏れない秘密はない、ということだろうね』
彼女は少し苦しげに眉を寄せて目を瞑った。そして、ひねり出すように言葉を紡ぐ。
『私の心残りを思い出したよ。あの子……透に清水家の当主の証を渡したかったんだよ』
「当主の証、ですか? 古い家、しかも不思議なことに関わる家はそういうものがあるんですね」
「どこにでも、というわけではないよ。でも……当主の証、ですか。今の状態でも継承の儀式を行えるのですか?」
『ちょっと厳しいねぇ。今の私は運命に逆らった状態だから、このままでは儀式の際に触れる神様の力で昇天しかねないね』
儀式どころではなくなってしまうのだ。
だだ、解決方法がないわけではない。
「人を霊媒にすれば良いよね。今回の場合、私がそれをするのは難しいけど」
何でも無いことのように言った来留芽に視線が集まった。巴は小さく頷きつつ、先輩方は小首を傾げて、そしてお婆さんは驚愕の表情で。
特にお婆さんからの視線の意味が分からず来留芽もまた首を傾げた。自分が出来ないにもかかわらず“人を霊媒に”と言ったことがいけなかったのだろうか。しかし、来留芽がそれを出来ない理由はしっかりあったりする。
例えば来留芽は霊媒としては優秀だが、神の力に触れるとあってはその抱える呪詛が問題になる。呪詛の中には神霊の力に反発するものもあるから、儀式で思わぬ事故が起こる可能性があるのだ。
「いつもは来留芽ちゃんに頼む案件だけどね。流石に無理か」
『あなた達、いつも人を霊媒にしているの? 何て危険なことを』
「いいえ。通常は形代を使います。今だって」
形代を使っている。そう言うように形代を指さした。
『……それもそうねぇ』
「今回は人の身でなければ力を使えないから、仕方がないのです」
『理解はできるけどねぇ……ああ、死んでしまったことが悔やまれる』
「霊媒は私が引き受けます。力の性質が同じなので、儀式で細かい作業が必要になっても大丈夫なはずです」
『お願いするよ』
ところで、その透という人の居場所は分かっているのだろうか。
そんな疑問がその場に浮かんだとき、巴は問題ないと言うように頷いて見せた。
「……そろそろ樹が調べ終わったころかな。来留芽ちゃん、扉を開けてみて」
その言葉に従い、来留芽は扉を開く。
「あ……え!? 来留芽?」
樹兄が扉を叩こうとした格好で固まっていた。
「ま、入って」
おそらく、性懲りもなく巴の部屋にも盗聴する何かを仕掛けていたのだろう。それを見つかったかして脅されて取引。何かあった際に調べ事をやらされるようになったのだと思う。
「お疲れー。樹。ほらほら、早く情報出しな」
「巴、人使いが粗いよ~! まったく……で、お望みの情報だけど、うめさんの遺体は遺族の人に引き取られてるっぽい。ただ、今の当主は関係していないらしいんだよね」
と、いうことは……
ここまで話しを聞いていたメンバーは互いに視線を交えて頷いた。
「透か」
「本部の清水は正式な当主じゃないってことはもっぱらの噂だし~。その鍵を握っているのが……いたのが? うめさんだったんだね。僕が追えなかったから、多分清水家関係の場所だと思うけどね~」
「透の元にうめさんの遺体があるのは間違いなさそうだね」
『それなら、私が頑張って自分の体に戻ればいいのかねぇ』
「かなりの時間体から離れていたみたいだけど、分かるものなのかな?」
小野寺先輩がふと疑問をこぼす。しかし、うめさんは自信ありげに胸を張って頷いていた。
『大丈夫でしょう。私、探し物は得意なのよ』
***
『この山に私の体があるみたいなのよねぇ』
「ここって……清水家の山ですよね」
うめさんに従って来留芽達は移動した。そして着いたところは……巴が遭難したという、あの山だ。
『もう少し奥の小屋にあの子がいるんじゃないかね』
うめさんは勝手知ったるとばかりにスッと森に入っていく。来留芽達もそれに続こうとするが……
「痛っ!」
結界があったらしく、弾かれてしまった。ただ、巴だけは通ることができた。
「巴姉。私達はここで待っているよ」
「ま、仕方ないよね~。個人的には継承の儀式を見てみたかったけど」
樹が残念そうに言っているがそれは来留芽も同じだ。小野寺先輩も夏目先輩も頷いている。しかし、彼女達については行けなくて良かったのではないかと思うのだ。裏に生きた人が戻ろうとするところが普通の場所であるはずがない。それに、おそらくこれはうめさんの意思でもあるのではないだろうか。だとしたら、来留芽はそれを守るだけだ。
「残念だったね、樹。今回ばかりは諦めな。あたしに着けてあったこれも返しておくよ」
「え~……気付いてたんだ。まぁ、仕方ないよね~……。じゃあ、こっちは面倒そうなアレを始末しておくよ」
アレとは、先程からずっと結界に体当たりしている鴉のことを指している。何度も何度もめげずにぶつかっている様は異様だ。狂気を感じる。
「十中八九、現当主の仕業だろうね。煮るなり焼くなり好きにしていいよ」
一体どちらの当主だろうか。巴が許可を出せるということは一色家の可能性もあるわけだが。とはいえ、あまり深く考える必要はないだろう。
「許可をもらったことだし、殲滅しますか~」
コキコキと首を鳴らして物騒なことを言う樹は既に獲物を狙う目で狂気の鴉を見ていた。あれらを打ち落とすのはストレス発散扱いか。
「私は先輩方を守っておくよ。樹兄は存分にやっちゃって」
もちろん、こちらを襲いに来たものに対しては全力で迎撃する。慈悲など見せずに。
「よし! 最近術を使うことがなかったし、久しぶりに確認しよっかな~」
何を確認するのかと言えば、それは樹が家にいられないと判断した原因とも言える術のことだ。あまりにも酷い内容のため、歴史上で情報を消されているらしい。
何故樹が使えるのかという謎は残っているが、おそらくは歴史上で消されたとはいえ、語り継いでいる人もいたのだろう。それをあの趣味で拾ったものと思われる。
「来留芽ちゃん、あの人……樹さん、は何をしようとしているのかな?」
良い笑顔の樹の方をそっと窺いながら小野寺先輩が聞いてきた。夏目先輩も頷いている。そんな彼女達を背に庇う位置を取りながら丁寧語を外して言う。今はそういったことに気を配れないのだ。
「禁術の類い。絶対に人に向けるなと強く言われるほど凶悪な」
「そ、そう……鴉に向けてもいいの?」
「あれは何らかの強い術が掛けられている媒体だから問題ない」
哀れな存在だ。よしんば術を解いたとしても普通の鴉としての生活は出来ないだろう。人の都合のいいように思考を変えられてしまった生物は最後には生きた骸となる。
「あの様子を見る限り鴉としての……生物としての本能は残っていないはず。そして残念ながら元に戻してやることは出来ない」
だから、何をしてもいいというわけではないが、樹が使う禁術は鴉を媒体にしている術者に向かうから少しは鴉も報われるだろう。
樹は鴉の猛攻を捌きながらも何事か呟いている。
「……よし、これで術者に向かう。……本当に、人の都合で命の芽を摘み取ってしまい、申し訳なく思うよ。でも、一矢を報いることは出来る。そうしたら、もう休むといい」
禁術といえども使い方次第だろう。鴉達は霊体となって一鳴きするとどこかへ飛んでいった。おそらくは術者のもとへ。復讐に向かうのだろう。
「……鴉達は死んじゃったのかい?」
動かない黒の骸を見て小野寺先輩が問いかけてくる。
「肉体の死としてはそうなるね~。でも、霊体としてはもう少しだけ生きる……というか、現世に存在していられるかな」
その疑問には樹が答えた。一仕事終えた体で伸びをしている。
「あの、先程の鴉はどこへ向かったのですか?」
見鬼の呪符の効果はまだあった。だから小野寺先輩にも夏目先輩にもあの霊体の鴉が飛んでいったのが見えたのだろう。
さて、どうしようか。と来留芽は考え込んだ。正直に言うのは躊躇われる。
「霊体は自由だから、きっと行きたい場所に向かったのだと思う」
「そうか……救われた、のかな?」
「それはもちろん。無理な使役から逃れることが出来たのだから、救われたと見ていい」
ふと、樹の方に視線を向ける。彼はにこにこ笑っているだけだった。一体どんな禁術を使ったのかは分からないが、鴉たちが本懐を遂げるかどうかは見ているはずだ。きっと、ひどい光景だろうに、平然としている様は少し怖く感じる。“裏”に生きる者はどこか狂ってしまう、もしくは狂っているというそれを樹にも見た気分だ。だからといって忌避することはしない。
来留芽もきっと同類なのだから。
***
一方、巴は結界の中に入り、何故か実体を持った幽霊と歩いていた。彼女が一時期住んでいた場所だけあって歩みに迷いが無い。
『もう少しで小屋ですよ』
「透はいるのかな?」
『いると思いますよ。……ここはあの子にとっても思い出の場所だからねぇ』
ほどなくして、小屋が見えてきた。住人が居なくなっても手入れはしていたのだろう。質素な小屋の周りには井戸や的場があり、いずれもきれいだった。
巴は小屋の周りに張られていた結界にそっと触れる。物理的にも侵入を阻む結界だ。それは透が得意としている種類のものでもあった。
「でも、あいつの結界なら入れる」
『あら。それじゃああの子もあなたを受け入れているのねぇ』
「っ!!」
うめさんの言葉に動揺して力の調節を間違えてしまった。巴と透は互いに受け入れている。そう、当たり前だ、婚約者なのだから。だが、透が懐いていたという彼女に言われると何故か恥ずかしくなってしまう。
その結果、バチバチと音を立てながら結界内に入ることになった。
「う、うめさん! 何言うんですか、もう……」
『うふふ。ごめんなさいねぇ。あ、悪いのだけど、そろそろ形代が限界なの』
「あ、はい。どうぞ憑依してください」
『妙に慣れているのねぇ。あまり無茶してはだめよ?』
はい、とは言えない。巴は曖昧に笑うだけだった。
そして、二人の姿が重なる。巴の意識は完全に沈み、うめの五感が明瞭になった。まるで若返った気分だと久しぶりに全盛期の力を感じ取り気分が高揚する。
『これは……幽霊が生者を狙うわけだわ。私は絶対に誘惑に負けるつもりは無いけれど……』
巫女としてのプライドがあった。ただでさえ未練が勝って幽霊になってしまったのだ。その上生者の体を乗っ取るという誘惑に負けてしまっては神様に申し訳が立たない。
「……巴? いや……これは、違う。もしかして……うめばあ?」
乱暴に侵入されたことで警戒しつつ透が出てきた。こちらを見て驚いた様子を見せる。
『そうだよ、透。……大きくなったねぇ』
清水家の贄として過ごしていたうめに気づき、その役目から逃がしてくれたあれはもう十年ほど前になるだろうか。あの後、一騒動あったようだが、無事で良かったと思う。巴のしてくれた話を聞いて当時のことを思い出していた。
「何言っているんだよ、うめばあ。あの後だって何度も会ってる。……まさか、記憶が?」
『幽霊になって大分経つからねぇ。だんだん私は消えていっているんだよ』
「……うん……うん、それが自然だな。うめばあは良く生きた方だよ」
涙をこらえるようにしている透を見て、余計に苦しませてしまったかねぇ、と幽霊となった自分を悔やむ。
『ありがとね、透。……私の未練を晴らしてくれるかい?』
「もちろん」
もう互いに何が未練なのかは分かっていた。清水家の当主継承の儀式だ。
そして、それは静かに始まる。
うめは、もう無いと思っていた自分の記憶が鮮明に浮かび上がってくるのを感じた。
十数年前にこの小屋へ飛び込んできた透に、清水家の当主としての格を見いだし、当主継承の儀式を提案した。内容を教えて……そのときに必ず言った言葉がある。
『透。ちゃんと覚えておくんだよ』
贄である自分が持つにはふさわしくない当主の証。それを正統な人物に戻すことをどれだけ夢に見ただろうか。逃げたくても逃げなかったその理由は全てこの当主の証にあった。
『正しきを知る人物に受け継いでもらうんだ。お前がつなげるんだよ』
――全ては、このために
当主の証とは、神様に認められた証となる。歴代当主が最強と言われたのはこれの影響も大きい。彼等が振るった力は必ず罪無き人々のためだった。正しきとは、神様を敬い、力・欲に溺れず、人々のために立ち回る、そういうことを言う。
始まりも静かながら、終わりもまた静かだった。しかし、当主の証が渡ったことによる変化は歴然としていた。
「これは……」
『だいたいの当主が最強だと言われていた理由だね』
彼の体の内から無限とも感じる力が湧いてきていた。その一方で、うめの方にはもうほとんど力が感じられない。
「でも、一体どこから湧いてくる力なんだ?」
『背中を見てみなさいな。竜がいるでしょう』
「ああ、そうか、これが当主の証か」
『本当は一人で受け継ぐようなものじゃないんだよねぇ。霊能者としての力が落ちてきているから』
無限に湧くような力を受け止められる器を持つ人間は昔なら探せば見つかった。けれど、時代を経るにつれて、清水家の血も薄まり、器を持つ人間が居なくなってしまった。だから、継承の対象を複数にする必要が出てくる。
対象を複数にするなら儀式も少し変えなくてはならなかったが、贄として有り余る時間を持っていたうめはとうに方策を見いだしていた。透には無断だったが、恐らく大丈夫だろう。
「これは、全てではないのか」
『そう。半分くらいかねぇ』
ニンマリとして言うので透は嫌な予感がした。
「……残り半分はどうしたんだ」
『この子……巴ちゃんに任せちゃった』
「なっ!?」
『うふふ。仲良さそうだし、大丈夫でしょう。お互いに支え合いなさいね』
「ちょっ、うめばあっ!」
『ざんねん。時間切れみたいねぇ。最後に透の元気な姿を見れて良かったわ』
巴の体が傾いでいき、うめの霊体がするりと抜ける。透は慌てて巴の体を抱き留め、呆然と見上げる。うめは次第にその姿を薄くしていった。笑顔を浮かべて。
『……あ、巴ちゃんに説明よろしくね。仲良くするのよ』
そして最後の最後に爆弾を放って、消えてしまった。
「……へっ?」
腕の中の巴を見れば、少しはだけた衣の隙間から見える肌に確かに竜の尾があった。へその上辺りまで、後ろから抱え込むかのように回されている。つまり、自分でも見られる位置なので誤魔化せない。
「やってくれたな、うめばあ~~~!」




