4 先輩の相談事
静谷と名乗る幽霊の相談を受けてから数日経った。あれから彼がオールドアを再び訪れることはしていない。無事に成仏してくれただろうか、と思いをはせる。もし、まだ成仏していないとなったら……また一段と厄介な状態になったということになる。
「ねー聞いた? STINAが活動休止だって」
「ええー!? 嘘でしょ? 有名になってきたばっかじゃん」
「ルイ様が見られなくなるのかー」
「あ、カナはルイ様派なんだ。私はシュウくん派なんだけど……グループごと休止だったっけ?」
「そうそう。だからルイ様もシュウくんもノブ様もユーリ様も見られなくなるってこと」
「「いやぁーー」」
放課後に細のところへ向かおうと廊下を歩いていると上級生の女の子三人が姦しく話していた横を通り過ぎた。最近は芸能関係のテレビを見ないからSTINAと聞いてもどんなグループか分からない。気になったのは静谷という幽霊が話していたグループ名だったからだ。彼女達が話していた中に出てきた名前……おそらくはそのメンバーのものだろうが……どうして三人が様付けで一人が君付けなのだろうか。そんな疑問が浮かんだが、聞こうにも知らない先輩だったから聞けなかった。
「やぁ、来留芽ちゃん。この階に何か用でもあるのかい?」
来留芽が目的の部屋を探して視線をさ迷わせつつ歩いていると正面から小野寺先輩と夏目先輩が歩いてきた。
「小野寺先輩。それに、夏目先輩も。ええと、歴史研究室に向かおうと思ったのですが……」
「歴史研究室? こことは真逆よ?」
そう言われて来留芽は固まる。
「え……と、京極先生に教わった通りに向かったのですが」
そこまで言ってふとあることを思い出した。そういえば細には方向音痴の疑惑があったな、と。本人は認めていないが、薫などはたまに心配して探しに向かうくらいだ。
「京極先生もこの学校に来たばっかりだから慣れていないのかもね」
それでも二ヶ月は経っているのだ。来留芽でも自分がよく使う教室の場所はもう覚えた。さらに言うと歴史研究室は細のホームだ。場所を覚えていないなどということはあり得ない。
「本当に慣れていないだけならいいですが……」
「どういうことかな?」
「もしかしたらですが、細兄……京極先生は方向音痴かもしれないと思いまして」
はっきりとは言っていなかったがその気があると思っている。それなのに目的の教室を自分で調べなかったのは来留芽の落ち度だ。
「まっさかぁ~……あれ、でも京極先生は校内のいろいろなところで見かけるけど、あれって単に追っかけから逃げているだけではなくて迷っていたってこと? 助けた方が良かったのかな……」
「今度から迷子だと仮定して助けることにしよう。来留芽ちゃんも京極先生に用があるならちょうどよかったかな? 一緒に行こう」
断る必要もないので来留芽は二人と一緒に歩く。
「椿ちゃん、来留芽ちゃん、最近話題のSTINAって知ってる?」
来留芽はたいして知らない(グループ名しか知らない)ので名前だけ、とだけ言って素直に横に首を振る。
「ああ、新人のグループだったかな。活動休止だとかで女の子達が騒いでいた」
「椿ちゃんも女の子だけど……まぁ、その活動休止というのが納得いかなくて。有名になってきたばかりだから」
「確かに、今が売り時ではありそうだね。理由とかは知っているのかい?」
「公式の発表はないみたい。噂ではメンバーの不和でとか、ルイ様の声が出なくなっちゃったからとかあったかしら」
「声の件が本当なら歌手人生にも関わりそうだね」
大変だ、と小野寺先輩は頷く。夏目先輩も同じような反応だから二人ともそこまで熱心なファンというわけではないのだろう。これが先程すれ違った上級生のようなファンだったとしたら頷くどころじゃないだろう。大騒ぎしそうだ。
「そういえば先程すれ違った上級生がそのSTINAのことを話していたのですが、三人のメンバーは様付けなのに一人だけ君付けで呼んでいたみたいです。何か理由があるのですか?」
「君付けってことはシュウ君のことかな? あれはね~……彼の容姿が関係しているのよ」
「容姿?」
グループ名しか知らない来留芽では容姿と言われてもよく分からなかった。
「シュウ君は四人の中で一番童顔なのよ。だから、君付けされているのだと思うわ」
……それは、本人からしたらあまり嬉しくないかもしれない。童顔だからということはそのシュウという人は可愛い系の男の子だと考えられる。しかし、男の子にとって可愛いは誉め言葉にはならないらしいから(樹談)、本人は内心複雑だろう。
「二人とも、京極先生が見つかったよ」
「え?」
小野寺先輩が二人の会話を遮って言う。だが、今来留芽達がいるのは歴史研究室がある階より一つ上だ。
「本当だ。これは方向音痴説が正しいかな」
細が行くとすると職員室か歴史研究室に限られてくる。部活の顧問もしているが、その場合は外に向かうので今は関係ないだろう。
「京極先生~」
「お、夏目に小野寺に来……古戸か。珍しい組み合わせだな」
彼は三人の姿を見て少しホッとしたように息を吐いていた。
「京極先生に用がある者同士で出会ったので探したんですよ」
「それはすまなかったな。古戸はわざわざ探さなくても場所を教えたはずだが……」
「それ! 来留芽ちゃんから聞きましたが、真逆でしたよー!」
「可哀想に、相当探したと思いますよ」
夏目先輩と小野寺先輩が細の両隣へ移動し、立ち止まる。細はそれにつられるようにして立ち止まったが、両サイドを戸惑ったように見ていた。
「ええと……俺の勘違いだったみたいだな」
「先生って方向音痴じゃないですか?」
「いや、それは……うん、そうかもしれない。だから、悪いが歴史研究室の場所を教えてもらえないか」
「いいですよ。というか、この下の階のすぐそこです」
「惜しいところまで来ていたのか」
「いや、上の階に来ている時点で惜しいとかないと思います」
今いる場所のすぐ下だというなら階段上がって目に入るはずだからだ。そうでなくてもせめて自分がよく使う教室がある階くらいは覚えておくべきだろう。覚えていても方向音痴では辿り着けないのかもしれないが。
「分かった分かった。それはともかく、行くぞ」
これ以上は追求されたくないのか細は強引に話を切り上げた。そして、階段を降りてすぐに歴史研究室が見える。来留芽達は思わず細を見てしまった。その細は「そう言えば見覚えがある」と一人頷いていた。そのあとすぐに三対の視線に気が付きほんのりと頬を染めて教室に歩いていく。薫には恐れられている細だが、こういう可愛らしいところもあるのだ。
「さて、まずは小野寺と夏目の話を聞こうか」
「栞、私からでいいかい? ……京極先生、実は、私の母が悪夢に悩まされているようなのです。事故で亡くなったお婆さんが血塗れで手を伸ばしてくるそうです。そのお婆さんはたまたま母が目撃した事故の被害者の一人らしくて……その、出来れば四月に私が世話になったあの護符を頂きたいのです」
死亡事故を目撃してしまった人が変調を訴えることはある。しかし、幽霊関係かどうかの判断は難しかったりする。人が死に触れるのはそれだけで心の負担となってしまうものだからだ。
話を聞いて、夏目先輩が驚いた顔で小野寺先輩の方を向いた。
「椿ちゃんのお母さんもそうなんだ。京極先生、私も同じ内容を相談したかったのです。ただ、私の方は叔母さんとその旦那さんが悩まされているようなんです。もちろん、事故の現場にいました。夢の内容は椿ちゃんが話したものと同じ感じで、一つ違うのは日が経つにつれてだんだん血塗れになっていったというところです」
三人が同じような内容の夢を見るとなると幽霊関係の可能性が高くなっただろうか。疑問点としてはどうやって幽霊が三人の人間に対して影響できるほど強い力を持てたのかというところだが……今の時点でそれが分かることはない。
「事故からどれくらい経っているか分かるか?」
「大体一月ほどです。事故があったのは五月の中旬だったはずです」
「一月か……これが本当の幽霊ならあまり余裕がなさそうだ。三人分を作ろう。受け取りはオールドアでいいか?」
「はい。グルマップで調べれば出てきますよね?」
「ああ。心配なら来留芽を呼び出して一緒に行けばいい」
あ、細兄油断したな。学校で人目があるときに名前呼びはしない約束だったのに。
来留芽は心の中で笑う。こういった不注意が続くようなら誤魔化す方法を考えておいた方が良いかもしれない。そう考えている傍らで小野寺先輩と夏目先輩は細に頭を下げていた。
「「ありがとうございます」」
「細兄。私の方は何?」
「来留芽の方は……すまない、古戸の方はこれを社長のところに持っていってほしいと頼むために呼んだんだ」
そう言って細が取り出したのはガッチリ縛られ呪符で厳重に封がなされている小箱だった。
「何これ」
「『鳥居越学園の七不思議』の一つ、『怨嗟の沼』の正体だ。中には小さい壷が入っていて、おそらくはそこに怨み言などを閉じ込めたんだろう。一応封はしてあったが経年劣化していた。周囲にはまだ濃い念がまとわりついていたな」
そういえば学園の怪奇現象の調査のためにここに入学したのだったと来留芽は思い出す。四月の夜桜、五月の呪詛塊の騒動のせいですっかり薄れていた。
「きょ、京極先生! それのこと、詳しく教えてもらえませんか!」
「どうした、急にテンションを上げて。……そういえば、小野寺の部活は……なるほど、そういうことか。教えてもいいが、他言無用だぞ? 心霊研のメンバーにも話すのは禁止だ」
「構いません! 私の好奇心が満たされれば良いので」
びっくりするほどの自己中発言だった。いっそ清々しい。細も苦笑している。
そんな彼等から視線を逸らして来留芽は小箱をじっと見つめた。怨念をまとめて収納しているだろう小箱はよく見れば“もや”が漏れている。これだけのことをしてもまだ抑えられないとは、少し心配になる。
細が小野寺先輩に話をしているのを横目に来留芽は懐からあるものを取りだした。
「……という状況だったな。今回みたいに危険なものもあるから興味本意で手を出すなよ」
ちょうど細の話も終わったらしい。二人ともこちらを振り向くと驚いた顔をした。
「来留芽ちゃん……その箱、そんなに呪符を貼ってあったっけ」
「いえ、これは私の呪符です。ちょっとまだ危ないと思って」
「そうか? かなり力を込めた呪符を使ったから大丈夫だと思っていたが」
「完全に封じられてはいなかったみたい。まだもやが出ていたし」
「それで呪符と数珠で補強したのか。……ちょっと待て。その数珠はどこから持ってきたものだ? 妙に強い霊力が込められているじゃないか」
やはりそこは気になるだろう、と来留芽は頷いた。それに対する答えはちゃんと用意してある。全ての責任を樹に被ってもらう答えを。
「樹兄からもらったもの」
「また樹か……毎回毎回どこから持ってくるんだ、あいつは」
「樹兄って結構色々な方面に伝があるから特定はできないと思う」
「だろうな。っと、もういい時間だから三人は帰れ。ああ、そうだ小野寺、夏目。護符の効果の有る無しに関わらずお母さんと叔母さん達とオールドアに来れないか?」
「胡散臭いって言われそうですが……何とか引っ張ってきます」
「夏目は、どうだ」
「大丈夫だと思います」
「それなら、三日後オールドアに来てくれ。休日だから……午前十時ころでいいか?」
「「はい」」
そのまま解散ということになった。家に戻ってから来留芽はSTINAについてほとんど聞けていないことに気付いた。
「あとは自分で調べるしかないのか」
そして調べてみたSTINAというグループは……
静谷という幽霊が生前に楽曲提供し、彼の心残りの歌を歌ってもらいたいというグループ。来留芽達若い世代に支持されている新人。しかし、その歌唱力・表現力には目を見張るものがあるという。
メンバーの名前はシュウ君こと和泉秀、ノブ様こと三井和信、ユーリ様こと坂田悠里。そして、リーダーがルイ様こと……穂坂ルイ。来留芽のクラスメートと同じ名前だった。
「……まさか、ね」




