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2 ボーカルの異変

 

 手を伸ばしても彼女には届かない

 幸せそうに笑ってくれた彼女は今、絶望に捕らわれてしまっている。

 僕のせいだ。

 弱い彼女を守ると誓っていたのに。

 彼女を幸せにすると自分自身に誓ったのに。僕の死でその誓いが破られてしまった!

 一体僕はどうすれば良かったのだろう。


 いや、そんなことを考えている場合じゃない。今はかろうじてあの世にいっていない状態なんだ。それでも彼女の苦しみを和らげる何かが出来るはずだ。僕を忘れてとまでは言いたくないけど、死んじゃダメだと、後を追わないでと、伝えなくてはならない。


 そのために僕が出来るのは――



 ***



 ――Secret Message

 君が気付くか分からないけど 僕の気持ちを込めておくよ

 毎日の中に ガンバレのメッセージ

 どんなときも そばにいるよ 最愛の君へ――


「「「わあああああぁ!」」」

「どうも、ありがとうございました! これからも君達にSTINAを届けるよー!」


 おれは穂坂ルイという。鳥居越学園の一年だが、こうして歌手もやっている。我ながらなかなかキツイ生活を送っていると思うけど、新人として有名になってきてファンも一定数付くようになってきた。まさに今が絶好調! それに、今回の曲……『SECRET MESSAGE』の評判がとても良い。おれ達は自分達で曲を作ることもあるけどこの曲は静谷光久さんって人からもらった曲だ。どうやらSTINAのことを気に入ってくれたらしい。この曲は光久さんとその彼女さんとのやりとりを元にしていると話していた。参考までにどんなやりとりをしたのか聞いてみたけど、大量ののろけが返ってきて失敗したなと思った。ちなみにおれ以外のメンバーは地雷臭に気付くやいなや逃げやがった。


「穂坂さん」

「あ、大倉さん。久しぶりです。光久さんは元気ですか?」


 ライブが終わり、休憩しているところへ大倉さんが話しかけてきた。彼は静谷さんの補佐をしていた人で面倒見の良いお兄さんという感じの人だ。おれ達も大変世話になった。何というか……休憩を取らせるのが上手いんだ。最後の追い込みとして練習に没頭していたことがあったんだけど『食事はしっかり取れ』とちょうどきりの良いところで言われて、そのままスムーズに頭を切り換えられたんだよな。自分じゃああはいかなかったからやはり大倉さんの機を見る能力がずば抜けているんだと思う。


 その大倉さんは話しかけてきたときもどこか固い雰囲気だった。おれのことも名字呼びだったからな。


「実は……静谷さんが亡くなってしまったのです。それをお伝えしたくて」

「え……そ、それはお悔やみを……えっと」


 彼が話した内容は信じられなくて頭が真っ白になり、上手く返事を返せたか分からなかった。おれ達は彼の曲のおかげで全国へ知られるようになったと言えるから今度またお礼をしようと思っていたところなのだ。単純に作詞の極意のようなものを聞くのが楽しいということも会おうと思った理由の一つだ。それなのに彼の訃報を聞くことになり、皆衝撃で固まることになった。


「ええ……交通事故だったらしいです」


 大倉さんはそれだけ話すと去って行った。光久さんと比較的親しかったおれ達には話した方が良いと判断したんだろう。


「……マジか~」


 信じられない。信じたくない。その思いを全員が感じていた


「交通事故っつってたよな。仕方ないっちゃ仕方ないと思うけど……突然すぎだよな」


 大倉さんが去ってしばらくしてようやくおれ達の頭が追いついた。光久さんが亡くなったということを理解した。


「なぁ、光久さんさ、六月に結婚式だって言っていなかったか?」


 幸せそうにしていた


「言ってた。同棲している彼女さん……神無さんと挙式するって」


 彼女自慢を何度聞いたことか


「目前にしてこれかよ。やりきれないだろうな」


 けれど、もうどうしようもない


「おれだったら未練で化けて出るかも」

「そんな超能力持ってないだろー」


 いっそ、化けて出てきてくれたら……心の中ではそう思っていた。

 言葉の上では笑ったり出来る。冗談を飛ばす余裕も見せられる。しかし、全員が光久さんの死を重く受け止めていた。静谷さんにはビジネスとしても、プライベートとしても大変お世話になった。そんな彼の冥福を祈って何が出来るだろうか。


「せめてあの人の曲を忘れられないようにしたいな」

「そうだな。……あの人の曲は心に響くからもっと他にも歌いたかったな」

「俺も。けど、あの人はもういないんだから……」


 別物になりかねないけれど


「うん。おれ達がもっともっと有名になってあの人の曲を誰もが知る曲にしよう」


 心を込めて歌おう。忘れられないように。

 そう素直に思った。


「何年かかるか分からないぜ?」

「それでも、おれ達STINAなら出来るだろ」


 見知らぬ光久さんの彼女さんにも伝わるはず


「ふっ、リーダールイ様に俺達はついて行くだけだ」

「うへぇ。重圧だなぁ」

「リーダーに立候補したの誰だよ」

「おれです、ハイ」


 光久さんが亡くなったと聞いて喪失感は確かにあったけど、おれ達は皆じめじめしたのが嫌いだから早いうちに気持ちを整理した。おれも光久さんからもらった曲をもっと多くの人に知ってもらおうと活発に活動するようになった。



 そんな矢先のことだった。とある事件……おれ達にとっては大事件が起こったのは。


「次はSTINAさんね。スタンバイお願いします」

「はい」


 いつものように音楽が流れ、歌おうとする。しかし、声が出てこなかった。


「?」


 スタッフ達に疑問符を浮かべた顔で見られる。メンバーからも疑問に満ちた顔を向けられる。全ての人の視線がおれに集まっていたと思う。


(どうした、ルイ)

(声が出ない……歌えない!)


 幸いリハーサルだったからファンに無様な様子を見られることはなかった。裏に引っ込んだらちゃんと声が出る。けれど、いざ歌おうとすると声が出てこない。


「何で……今一番大切なときなのに」

「ルイ、あまり落ち込むな。ちゃんと病院行って見てもらえ」

「病院のどこに掛かれって? おれは健康そのものだ! 健康、なんだよ……病気なんかじゃない」

「心療内科、だな」

「おれのことはおれが一番よく分かっているよ。精神状態は良好だった! けれど、今声を出せなくなっている場合じゃないな」


 病院へ行っても知らないうちに貯め込んだストレスが~とか、おれとしては違うと思う診断内容ばかりですっきりしない。


「しばらくは休止だな」

「けど……」

「いいか、ルイ。メインボーカルのお前が居ないんじゃ意味が無いんだ」

「確かに今が勝負所だけど俺達が何よりも優先しなくちゃならないのはルイの回復なんだよ」

「それでどうして皆で休止することになる?」

「だってルイのことだもん、一人治療に専念するとか出来ないでしょ。焦って余計に悪化されるよりは余程マシ」

「うっ……」


 反論が出来なかった。確かに他のメンバーが仕事しているのに自分は声が出ないから治療と言う名の休みを取ってものんびり出来る気がしない。しかし……歌うことはストレスにはならないが、もしかしたら他のことで本当に疲れているのかもしれない。このところずっと光久さんの夢を見るのだが、それも疲れているのが理由なら納得がいくかもしれない。


 ――それにしては、リアルな夢で必ず記憶に残っているんだけどな……

 その夜もおれは夢を見る。

 また、同じ夢だ。白い霧の向こうからだんだん人影が近付いてきて……すぐそばに来て誰なのか分かる。


「光久さん……また、同じ夢か」

『ルイくん、頼みがあるんだ。神無を、助けてやって欲しい』


 少しばかりエコーが掛かったような不思議な声で話しかけられる。


「もう何度も聞きました。残念ながらおれは神無さんの顔も知らないし、どこにいるかも分からない」

『そうだよね……でも、僕が死んでしまったショックで落ち込んでいるはずなんだ。あの子に宛てた歌を届けて欲しい』

「……おれが出来ることがあればやるけど、今は無理なんだ。声が、出なくなってしまったから」

『あ……それは、たぶん僕のせいだ。君の意識に入り込んでいるから君に負担が掛かってしまったのか……』

「光久さんのせい?」

『たぶんね。……そっか。僕は迷惑を掛けることしかできないんだな……助けたいのに……』


 どうも単なる夢だと思えなくなってきた。どうせ活動休止するんだからこのことについていろいろ相談してみるか。

 この光久さんが本物の幽霊だとすると、おそらく彼の未練を晴らさない限りはおれから出ていくことはしないだろう。そして、おれの声も戻らないと。

 だったら騙されたと思って光久さんの未練を晴らすために動こうじゃないか。どうせ時間的余裕はあるのだから。


 それでもおれ一人だけで抱えるには重いというもので、夢の幽霊について誰かに相談したいと思うのだが、肝心の相談相手に困ることになった。芸能関係に知られるのだけは絶対に避けたい。だからSTINAのメンバーに相談するのはまずいだろう。口が軽いのがいるし。

 おれの事情を迂闊に漏らさず、情報網が広くて相談に乗ってくれそうな人物……そう考えて、一人だけ思い当たった。ダメ元で頼んでみようか。


 

 ***



「花丘くん。少し相談に乗ってくれないか」


 歌手として活躍している穂坂ルイが真剣な面持ちで頼んできた。親友の頼みを断るわけがないと、花丘は是と返し家に招く。


「ルイから相談されるのは初めてですね。で、内容は?」

「実は……おれさ、今少し活動を休止しているんだ」

「活動を休止? 今は大切な時期だって言っていましたよね」

「そう、そうなんだよ。だけど……おれ、歌えなくなっちゃったんだよね。旋律も歌詞もちゃんと覚えている。それなのにいざ歌おうとすると頭に霞が掛かったようになって声が出なくなるんだ」

「ストレスなどではないんですか?」

「健康そのものだぞ。歌手としての活動だって好きなことなんだからストレスになりようがない。このままだと歌手人生が終わってしまう。それは悔しいんだ」


 それはそうだろうなと思う。彼が一生懸命活動してきたのを知っている。こんな訳の分からないことで歌手人生を終わらせたくはないだろう。花丘は友人としても彼等の活動を応援してきた。その中で歌に対する情熱を目の当たりにしているのだ。今は何としてでも先に進みたい時期なのだろう。


「原因に思い当たることは何もないんですか?」


 彼は少しうつむき黙った後、覚悟を決めたように顔を上げてこう言った。


「花丘くんはその……幽霊とか信じるか?」


 ――なるほど、()()()の話ですか

 花丘は彼が言い淀んだことに納得する。少し前の花丘ならそれを聞いても信じることはせずに聞くだけ聞いて現実的な対処法を提案したことだろう。しかし、それはあくまでも過去の花丘の場合だ。今は違う。


「信じますよ。どんなことが起こっているんですか」

「信じてくれるのか! 実は毎晩おれがお世話になった人が夢に現れるんだ。彼はある女性を助けたいと言っていて……自分の歌を届けて欲しいと頼んできたんだ。詳しい話は聞けずじまいだけど……おれのところに来たってことはその歌を歌って女性を元気付けて欲しいってことだと思う」

「そうでしょうね。歌ってあげることは……ああ、声が出なくなっているのでしたか」

「それについてはどうやらおれに取り憑いている自分のせいかもしれないと言われた。たぶん彼の贈りたい歌を世に出せば……」

「その彼が成仏して声が出せるようになる、と言うことでしょうか。ひどく矛盾していますね」


 首を傾げて穂坂が陥っている状況の難解さを考える。穂坂も頭を抱えていた。


「そこなんだよな……歌えなきゃ彼を成仏させるのが難しいってか、無理。だけど彼を成仏させるには彼の歌を歌って世に出さなくてはならない。彼が成仏しないと歌えないみたいなのにどうしろと……。で、こんなことは警察とかに相談するのも出来ないし……スキャンダルになりかねないからさ」


 確かに芸能界に生きる人にとってスキャンダルは怖いだろう。少なくともまっとうであるという猫は被っていなくてはならない。


「しかし、曲を他のアーティストに託したりは出来ないんですか?」

「それもなー……出来ないことはないんだけど、たぶんそれじゃあ神無さんには届かないんじゃないかな」

「幽霊の彼が歌を届けたいのは神無さんという方ですか」

「そう。その彼女さんが光久さんの生前に歌を歌ってもらえるならSTINAが良いって言ってくれたみたいなんだ」

「ああ、なるほど」


 結局のところ、穂坂がどうにかするのが確実だということだろう。

 ――こういったことはやはり専門家に相談するべきでしょう。オールドアを紹介したほうが良いかもしれません

 そう思って穂坂に一つ提案する。


「僕にはそういう関係の専門家が知り合いにいます。そこは一般に知られてはいませんが確かに実績があるところです。僕の手には余りそうなのでそちらを紹介しようと思うのですが……」

「が?」

「そこは一応会社ですから、依頼するとなるとお金がかかります。ルイはどれだけ出せそうですか?」

「お金……何十万とかは無理だけど、一桁万円までなら何とか……」

「まぁ、恐らく相当難しい用件で無い限りは大丈夫だと思います。今から行ってみましょうか?」

「今から!? そんなに近くに幽霊関係の専門家がいるのかよ……知らなかった。あと、花丘財閥の情報網が怖ぇよ」


 これについては財閥の情報網を使ったわけではない。

 ――ですが、同じクラスの古戸さんが関わっている会社と知ったらもっと驚いてくれそうです

 そんな悪戯心は表に出さずに話を続ける。


「知り合えたのは全くの偶然です。あ、他言無用でお願いします」

「当然」



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