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蓮華原市のあやかし奇譚  作者: しまもよう
碧瑠璃祭之事
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11 歩く銅像

 

「……んん……」

「白鳥、目が覚めたか?」


 来留芽達が目覚めたあと、少ししてから白鳥に動きが現れる。それまでの間に樹は鏡をいじって物騒な機能を停止させていた。樹が言うには鏡はおそらく土地に影響されて妖鏡となってしまったのだろうとのこと。しかし、それも今日まで。妖鏡は力を持つ前にそれが散らされるように専用の布が被せられる。これでもう強い願いを持って鏡の前に立ったとしても鏡の中に囚われることはないはずだ。美舞先輩が話してくれた怪談話は名実共に想像上だけのものとなった。


「あ……京極先生っ!?」

「ああ。意識ははっきりしているみたいだな。起きられるか?」

「は、はい」


 目覚めてすぐに細の端正な顔を見る羽目になったら誰だって驚いて固まるだろう。このような時に細はデリカシーのなさを発揮する。


「白鳥先輩」

「あ、古戸さん……だったわよね? ありがとう」

「いえ。無事で良かったです」


 実際のところ白鳥先輩が目覚めるのは五分五分かもしれないと思っていた。鏡の中で青空が途切れるまでは来留芽や樹、薫も一緒にいられたのだが、穴から先は本当に一人で進むかのようだったからだ。その部分で気持ちが萎えてしまったら戻ってこられない……いや、戻ってこない可能性も考えていた。


「ええ。もう、気が付けたからね。私は現実の演劇部の皆がとても好きなんだって。皆様も、ありがとうございました」


 白鳥先輩は樹や薫にも向き直ると深々と頭を下げていた。


「じゃあ、白鳥。もう夜も遅いし急いで帰ろう。とりあえず白鳥の親御さんに連絡を入れてから……迎えに来てもらうのが難しいようなら家までは俺が送っていこう」

「はい。すみません、お手数おかけします」


 細は白鳥先輩を急かして校舎の職員室へ向かった。


「あの、京極先生」


 来留芽達のいる倉庫からだいぶ離れたところで、白鳥は遠慮がちに細に声を掛けてきた。細は早足に歩きつつ視線を向ける。


「どうした? やはり何かおかしいところでもあったか?」

「いえ、違います。その、聞いて良いのか分からないんですけど、あの倉庫にいた二人は誰なんでしょうか。教師、ではありませんよね?」


 ――何だ、そんなことか

 と思ったのだが、よく考えてみれば実に答え難い質問だった。言うのは簡単だが、あまり裏のことは話したくない。


「あー、あの二人は学校側で雇った調査員と言えば良いか? この学園の危険なところを調査しに来ているんだ」

「……()()()()()()()もですか?」

「――まぁ、そうなるな。これについては悪いがあまり話せない。できれば忘れていて欲しい」


 細は正直なところを告げる。本当なら記憶を消してしまいたいところなのだが、それをしてしまうと白鳥の精神的な問題が振り出しに戻ってしまう。それは彼女にとっても細達にとっても困るので今回は諦めることにした。

 とりあえず、目の前の生徒の問題を片付けよう。そう思った細は電話を手に取った。


「――はい。車でお迎えに来られると。分かりました、門は開けておきます。私は職員室の方にいますので、直接こちらまで来ていただければ。はい」


 白鳥の家へ電話したところ、すぐに迎えに来るという話だった。流石に遅いと心配していたのだろう。普通に子どもの心配ができる家庭なのだから、きっと彼女も家で落ち着けば正しく夢に向かって生きていけるはずだ。


「白鳥、親御さんが迎えに来てくれるそうだ。だいたい十五分らしい。そういえば、白鳥は自転車通学だったか?」


 車で十五分というとそれなりに距離がある。少なくとも徒歩で通える圏内にはないだろう。そう思って尋ねてみたら、確かに白鳥は自転車で通っているようだった。


「でも、家の車は自転車を乗せられないので今日は自転車を置いていきたいんですが」

「ああ……鍵をちゃんと掛けているなら、今日は見逃そう」


 それくらいの融通は利かせてもいいだろう。持って行けないものを持って帰れと言っても意味が無い。

 そしてきっかり十五分後、白鳥の親が迎えにやって来た。細に頭を下げつつ白鳥を引っ張って車へ連れて行く。ちなみに、筆記用具などの荷物は倉庫で倒れていた時点ですぐそばにまとめてあったので教室まで行く羽目にはなっていない。


「それじゃあ、お疲れ」

「はい、ご迷惑おかけしました」


 車が去って行くのを見て、そしてそのライトの光が完全に消えてから細は一つ深呼吸をして意識を切り替えた。


「さて――次は、二宮尊徳像だったか」



 ***



 ところで、細と白鳥先輩を見送った来留芽達三人はもう少しだけ鏡の調査をして問題ないとした後、倉庫を出ていた。今夜はもう一つの謎の解明に向かう。謎というのは来留芽のクラスメートである青山達がなぜか新校舎と旧校舎の間の場所で気を失っていたというものだ。来留芽は彼等を探しに行った際に旧校舎のところに何となく怪しく感じる二宮尊徳像を見ている。しかし、心霊研の会長である木藤によれば二宮尊徳像は“ない”とのことだった。


「とりあえず、私個人でも時間を見て旧校舎を見に行ったんだけど銅像は見つからなかった」


 二宮尊徳像については会長から話を聞いた日に確認しに向かったのだ。そのときはまだ旧校舎の前にあったのだが、その放課後に細を連れて見に行ったら忽然と姿を消していた。しかしその翌日から『歩く二宮金次郎』の噂が囁かれるようになったので、まだこの学園内にいる可能性がある。今日こそ見つけ出し、確認しなくてはならない。


「歩く二宮金次郎という怪談通りのことが起こっているってことか」


 薫はそう言いながら「あれ、二宮尊徳だっけか」と少しズレたことを気にしていた。名称はどちらでも同じ人物を示しているので構わないだろう。


「歩き回るのを探すのは骨が折れる」

「ああ、決まった位置にいないんだね~。時間に関わらず。ちょっと面倒くさそうではあるね~」


 しかし、実際に最初に見かけて以降見つけられていない。ちょっとどころではなく面倒くさいと来留芽は思っていた。


「とりあえず、旧校舎に行ってみないと。案内するからついてきて」


 来留芽の案内でやって来た旧校舎。そこは明かりも特についておらず、月明かりだけに照らされたその姿はどこか神秘的でもあった。実態は立入禁止にする程度には古く壊れかけており、見惚れる以前に倒壊する危険性の方がちらつく。


「二宮尊徳像について学園長先生に話を聞いてみたんだけど、あるともないとも言えないらしい」

「そりゃどういうことだ?」


 薫は怪訝な顔をして来留芽を見やった。


「認識が曖昧にされていると言えば良いのか……あったような気もするし無かったような気もするって」

「そりゃ、ボケてるって言うんじゃねぇの……」


 失礼極まりないその言葉には特に何も返さずに来留芽は黙殺した。


「それじゃあ、今からやるのは銅像を探すことかな~?」

「そうなる」


 三人で手分けして旧校舎やその周辺を探すことにした。樹や薫はそれぞれが単独行動をすると聞いて来留芽の方を心配そうに見る。しかし、きちんと準備してきたのだから大丈夫だと主張して単独行動の許可をもぎ取った。捜索の担当分けとしては樹と来留芽が旧校舎の周辺を、薫が校舎内を受け持つ。


「何か見つけたら連絡するようにね~」


 それぞれ伝達手段を確認してから三人ばらける。

 来留芽は校舎に沿って歩くようにして探索を始めた。建物すらも眠らせるかのような闇の中、聞こえるのはゲ~コゲ~コと響く蛙の恋歌くらいか。絶妙に雰囲気を壊している。


「……まぁ、この学園には沼もあるし」


 きっとそこで繁殖しているのだろう。

 少しだけ苛立った気持ちのまましばらく歩いて行くと、ちょうど中庭が見える位置にやって来た。来留芽はそこで妙な影を見つける。

 旧校舎の中庭には二本の桜の樹と椅子代わりなのか、丸太が置かれている。今はもう雨風にさらされて椅子としての機能は果たせないと思うのだが、そこに座っているような人影があった。


「空気椅子?」


 音として漏れたのは微かなものだっただろうが、人影は機敏に反応した。座った格好のまま首を持ち上げて来留芽の方を見たのだ。手には教科書を持ち、背には薪らしきものを背負っている金属質な人影は立ち上がると目を光らせた。それに嫌な予感を覚えた来留芽は咄嗟に呪符を取りだして使う。効果は『守護』だ。結界と言ってもいいかもしれない。二宮尊徳像が何をしようとしていたのかは分からないが、その目論見は失敗したはずだ。警戒すべきものが過ぎ去ったことを察知した来留芽は反撃に動く。それと同時に樹や薫への連絡手段を飛ばした。


「大人しく捕まれっ」


 目に見える攻撃と言える呪符は簡単に避けられてしまう。しかし、目に見えない呪は二宮尊徳像を捉えた。何かを掴んだ手応えに小さく気合いを入れたのだが、どうやってか振り切られてしまう。


「え……」


 そして銅像は来留芽がいる方向とは逆へ陸上選手顔負けの速さで走り去り、途中でフッと消えてしまった。本当に空気に溶けてしまったかのような、幽霊的な消え方だった。こうなってはもう追跡もできないので溜め息を一つ吐いて近くの壁に背を預け、ずるずると座り込む。体が徒労感に支配され動くのも億劫(おっくう)になった。


「……あれは一体何だったんだろう」


 裏に関わっていると確かにわけの分からないものに遭遇しやすい。しかし、あれは結構極めつけな部分かもしれない。来留芽でさえわけの分からないという現状に頭痛を覚えながら、それでも何とかあれの正体を考えようとする。


「ああ、もしかして。ああやって消えたということは実体がない?」


 思いついた可能性を確認すべく緊張を解いてしまった気合いを入れて体を動かす。向かう先は先程まで銅像が空気椅子をしていた丸太辺りだ。予想通りならばそこには()()()()()()()はずだ。


「やっぱり」

「来留芽~!」


 名前を呼ばれたので体を起こして振り向く。


「樹兄」

「連絡もらってすぐ動いたんだけどちょっと場所間違えて~……大丈夫だった?」

「まぁ、逃がしてしまったけど」


 失敗した、と気まずげな表情を隠すかのように横を向いてそう言った来留芽に樹は何を思ったのか頭を撫でてきた。


「来留芽が無事でいるだけで十分だよ~」


 来留芽は肩をすくめた。仕事なのに甘々すぎると返って身を引き締めなくてはならない、という気分になる。オールドアで兄姉代わりをしてくれる彼等は本当に優しくて困る。


「悪ぃ、遅れた!」


 ドスンと重そうな音を立てて降りて来たのは薫だ。旧校舎の三階あたりから飛び降りてきたように見えた。これでピンピンしているのが薫というものだ。鬼の子は物理的な意味で体が丈夫なのが特徴と言える。


「大丈夫か、見た目は問題なさそうだな」

「うん。とりあえず説明すると……」


 そう説明を始めようとしたら、懐中電灯が三人を照らした。またか、と思いつつ来留芽は腕で影を作って目が焼かれないようにする。やって来たのは当然、細だ。


「ああ、来留芽。こっちにも連絡来たが……もう解決したのか?」

「ううん、逃がした。でも、分かったこともある。あの二宮尊徳像は実体がない観念系。たぶん、人間が関わってる」

「人間が……」


 人が関わっているのだと聞いて細も樹も難しい顔になって考え込んだ。

 ちなみに、観念系とはあやかしとしての個になりきれていないものを指している。最近になって現れるようになった存在で、来留芽達としてもその全貌は分からず、名称も仮で付けているものだった。


「それだと~……力の媒体となっている人物を見つけ出さないと解決は難しそうだね~」

「完璧な解決は確かにそうするしかないと思う。でも、碧瑠璃祭の期間だけ何とかするということもできるよね? 私は実体があること前提で呪を使ったから逃がしたけど」


 一番問題となるのは不特定多数がやってくる碧瑠璃祭が行われている最中に現れてしまうことだ。それさえ乗り切ることができれば、後は腰を据えて見つけ出せば良い。もっとも、人間が関わっているのであれば簡単には見つけられなさそうだが。


「そうだな。碧瑠璃祭開始までにもう一度探してみるか。それで見つけて呪符か呪で何とかできればそれで良い。できなければ最終手段として旧校舎全体を封じるしかないだろうな」


 そもそも旧校舎は立入禁止なのでそうしたとしても何ら問題は無かったりする。

 この日の夜は謎を残したまま終えた。



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主人公以外の視点他あります
 『蓮華原市の番外』
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