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蓮華原市のあやかし奇譚  作者: しまもよう
渡世・古戸伝説
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4 えぐすぎる、渡世家


 そして――大戦中のことだったか。協会を回せる人が(ことごと)く亡くなり、仕方なく渡世家・古戸家に泣きついたらしい。


「――で、私の所にやって来たと。お前達が私達を追い出したというのに、いざ危機に直面すればこちらにすがりつくのか」

「我々が厚顔であることは自覚しております。しかし、このままではあやかしの暴走が起こり、怨霊が町に溢れ出したままになってしまう。それはこちらが望んだことではないのです」

「無論、私達もそれは望んでいない。……実を言うとかつて手を結んだ古戸家と話し合い、ある計画を進めている」

「ある計画、ですか?」

「ああ。怨霊は私達がどうにかしなくてはならないが、あやかしについては人の戦争のとばっちりだ。滅ぼすのは(いささ)か忍びない……として隔離することにした」


 当時の渡世家当主、渡世(わたせ)総司(そうじ)が衝撃的なことを言い放った。奇想天外と言わざるを得ない。隔離など、想像すらしていなかった。


「そのようなことができるのですか?」

「古戸家の抱える呪を純粋な霊力に変換し、別世界を創り出す。渡世の能力で調整すれば崩れることはないだろう。念のため緩衝(かんしょう)空間(くうかん)も作るから現世に影響を与えることはないはずだ」


 今でこそ妖界という形で存在しているが、あれは実はこの頃に()()()()()()だった。


「それは……分かりました。それほどのことができるというならば信じましょう。こちらは協会で貴方方をよく思っていない方々が馬鹿なことをしないように見張っておきます」

「それは助かるな。私達としても命を覚悟して計画しているから」


 詳しい話はあまり知られていないが……軽く聞いたところ、古戸家の呪法を用いた術と渡世の夢渡りを応用した術を掛け合わせて妖界を形成したのだそうだ。しかし、その大規模な術が負担となって古戸家の呪法を使ったという古戸(こど)伊織(いおり)は亡くなってしまった。

 そして、その子世代から霊能者としての能力が低い不作世代となった。これは霊能者全体を見ても同様の傾向がある。だが、それでも渡世・古戸の両家の実力は抜きん出ていた。特に渡世家前当主の渡世守屋は協会の幹部を恐怖の底に突き落としたことは有名だ。

 それについても少し話しておくか。

 その悪夢がやって来たのは協会の幹部の席にある畑中氏が渡世の秘術を盗もうと動いたからだった。他の家も積極的に止めなかったためとばっちりを受けた。もっとも、あわよくば自分達も……と考えていたそうだから同情はできない。

 数十年前の協会会議のことだったそうだ。このとき、一色家と清水家は欠席していた。いろいろとごたごたがあったらしいからな。まぁ、結論から言うと行けなかったというのは幸いだったのかもしれない。


「皆さん。私事ですがね……実は、私と渡世(わたせ)香夜(かよ)の縁談がまとまりそうなんですよ」

「ほうほう。めでたいことだ。どんな風に迫ったのだ?」

「ハッハッハ。何、私と結婚しないと渡世家は没落してしまうと囁いただけですよ。あの女は金が好きですからすぐにこちらの手に堕ちてくれました」

「悪者ねぇ……結婚したあかつきにはわたくしもその子と友誼を結びたいものね。今から頼んでいいかしら?」

「もちろんですとも。私の妻となるからには……言うことは全て聞いてもらうつもりですからね。貴女と良い関係を築くように強く言い聞かせておきましょう」


 腐った男が、腐った手段で渡世を嵌めようとしていた。そして、その台詞を言い終えたときだった。会議室のドアが吹っ飛び、渡世守屋が鬼の形相でやって来て男に詰め寄ったのだ。


「誰が、誰の妻になるだって? ああ? 顔見せすら拒否されている阿呆とうちの香夜がどうして結婚することになる? ふざけんなよ、てめぇ」

「な、何だね、渡世守屋。お前はここに入る資格はなかったはずだ!」

「先代と協会が結んだ約定がある。知らないとは言わせないぞ?」


 妖界を創り出して混乱を未然に防いだ報償に協会に所属する者による無茶な要求は理由を提示できれば拒否することが可能になっていた。


「っ、とはいえ、我々に危害を加えることは許されないぞ」

「ふん……香夜と結婚することを諦めるんだな。そもそも、あいつはちょうど今日旦那と籍を入れに行っているが」

「な、何だって!? あれだけ脅したというのに……」

「語るに落ちたな畑中。覚悟はいいな? ……凶夢に逃げ惑うがいい」


 ゾッとするほどの無表情でそう言うと守屋は踵を返して扉が無くなった入り口から出ていった。その迫力に固まったままだった幹部達は呆然として見送っていたが……守屋が会議室から出ると同時に影からぬっと飛び出してきた異形にぎょっとする。……守屋の影だけではない。あらゆる影から蟲が、黒い人の手が、まるで地獄へと引きずり込むかのように体に巻き付き、纏わり付いてくる。


「あああああ……やめろ、止めてくれぇえええ!!」


 後から知ったことだが、それらは全て幹部達の夢だった。どこからが夢だったのかは分かっていない。ただ、彼等は度々同じ悪夢にうなされることになったという。


 そして、最も新しい伝説は古戸来留芽の両親が同じ時に協会に所属した時期の話だ。当初、幹部の人達もまさか、だのあり得ないだのと言って現実を直視していなかった。しかし、新年度が始まるとともに彼等が同時に協会所属の身となった。だからといって彼等の処遇を幹部が好きにできた訳ではなかった。触らぬものに祟りなし。少しでも渡世家や古戸家との関わりを絶っていたかったのだという。そこで、裏警察へ放り投げることにしたらしい。


渡世(わたせ)(さとる)古戸(こど)芽衣(めい)両者とも裏警察の所属を命じる。協会からの出向という形で世の中を守る職に就け」

「「分かりました」」


 裏警察は協会の一組織ではあるが、当時は協会の上層とはあまり関わりの無い状態だった。長官が品行方正を地で行っている人物で、馴れ合いを許さなかったのだ。そのような人物の元ならばいかに力のある渡世家・古戸家の者だろうと好き勝手することはできないだろうと思っていた。

 しかし、二人は予想を裏切る形で活躍し始めたのである。


「な、何故だっ!? 何故、あの長官の下お前達はこんなことができる!?」

「こんなこと、ですか。裏警察として普通の仕事しかしていませんよ。ただ……不正を正し、真に汚職している者をあぶり出しただけです」

「抵抗は見苦しいですね。大人しく罰を受けなさい」


 彼等は片っ端から不正・汚職・横領をしている人を捕まえて組織の風通しを良くした。その偉業を称えて裏警察に新たに部署が作られた。それが裏捜査室だ。

 ……ただ、あぶり出した方法だけは誰も知らない。関わった人は皆口を噤んでいる。恐らくだが、渡世守屋がやったように悪夢を見せたり、古戸家の呪法をちらつかせたりして脅したんじゃないか。実は昔からそれが裏警察のスタンダードだったらしいからな。長官も密かにそれに染まっていて何の疑問も感じなかったとか。うん、これで品行方正というのも間違っているわけではない。さらに言うと当時裏警察に所属していた人達はほとんどが両家のシンパになっているそうだ。洗脳の呪法的な物を二人のどちらかが有していたとしても俺は驚かない。



「……えぐい。えぐすぎる、渡世家!」

「まぁ、そうですね。そう言えば昔、そのエピソードは聞いたことがありますね」


 少し宙に視線を向けながら先輩が呟いた。俺は驚く。作り話のような話だったが、現実にあったのか。


「え、マジっすか、矢島先輩」

「ええ。叔母が井原(いはら)香夜(かよ)という名前で、旧姓が渡世でしたから。彼女から昔聞いたことがあります」

「ああ、そう言えば矢島はそうだったな。世間は狭いものだな」

「それで、室長。もしかして、今から今代の渡世とやり合うんすか?」

「馬鹿を言うな。こちらに義が無い状態であの家を……オールドアを敵に回せるものか。俺はいざというときはオールドアの方に味方するからな!」


 潔いほどばっさりと協会を捨てる発言をした室長。確か三笠家は協会の幹部だったはずだが……その地位よりも渡世家・古戸家が怖いのか……。


「それなら、慌てて手配していたのは一体……?」

「まぁ、念のためだ。幹部連中がごねたら取り出す伝家の宝刀を用意しただけだよ。最悪、俺が直々に向かって説明するしかないだろうからな」


 流石の三笠としても渡世を鎮める贄になるのは嫌だったが、そうでもしないと今の幹部連中は神経を逆撫でするようなことしかしないと分かりきっている。


「室長……ご武運を」

「ははっ……いっそあいつ等をさくっと倒して当主の地位を次期達に明け渡させようか、と思ってしまうんだよな……」

「それはまだ方々の準備が整っていないので耐えてくださいね」

「分かっている」



 そして、緊急会議の準備が整い、この日は珍しく幹部が勢揃いした。もっとも、本体ではない者がほとんどだが。


『それで、三笠の(せがれ)。我等を呼び集めたのは何故だ?』

『オールドア関係と聞いたが、大した用事で無ければ許さぬぞ、正一』

「緊急に招集したのは、オールドアから日高翡翠と日高恵美里の二人の入社許可申請があったからです」

『カカカカ……そう言えば、その二人は要観察対象だったのぅ』

『おや、そうだったのですか。畑中殿』

「私もそれについては知っていますが……確か夜衆の者が付いていたのではなかった?」

「その通りですよ。清水殿。しかし……あの親子がオールドアごときに取られるのは業腹ですね」

『ならば出雲殿がさっさと手に入れれば良かったものを』

「そうしたいのは山々でしたが、私達が本拠としている場所は彼女達の生活拠点からかなり離れていましたから」

『しかし……オールドアはたかがCランクの団体だぞ』

「ははは……私達のSランクとはかけ離れた評価ですね。そんなところに引き取られて大丈夫なのでしょうかねぇ」

『カカ……今更ランクが上がるというのも業腹ではあるのぅ』


 そのとき、バンッと大きな音を立てて会議室の扉が勢いよく開かれた。やって来たのは見事なほどのヤクザ顔……渡世守だった。


「話はまとまったか? さっさと許可を出してくれ」


 そのまま傲岸不遜に言い放つ。良い関係を結んでいないメンバーがいるこの場所で体面を取り繕う意義を感じないからだった。


『渡世っ!? 貴様、よくもこの場所に……!』

「ああ、畑中殿であられたか。叔母がよろしくと伝えて欲しいと言っていた」


 一番に攻撃の意思を見せた()を彼のウィークポイントを突く形で黙らせる。畑中は妻も子どももいる身ながら諦め悪く渡世香夜を想っていた。思わず黙ってしまった畑中をちらりと見て隣に座っていた線の細い男性が目の笑っていない笑みを浮かべながら守に問い掛けた。


「新たに社員を加えるというなら娘を返してもらっていいかい?」

「そういう話があったと本人に伝えておきましょう。一色殿。退職するかどうかは本人の判断ですが」

「ふん……」


 楯突く者達を遠慮なしに黙らせる守。幸い彼等もオールドアの逆鱗は知っているから最悪の言葉だけは口に出さない。


「……それで、三笠(みかさ)正一(しょういち)殿。貴方がこの会議の発起人のようだが、許可証はもらえるのか?」

『ダメじゃ、正一!』


 三笠家の当主の式神が何やら喚いているが、ここで断ってこちらに損害を出されたらたまったものではない。


「いや……許可は出さなくてはならないだろうな。だが、オールドアは致命的なまでに評価が低い。ちょうどいい、今から見に行ってやろう」

「何だと?」


 裏捜査室の室長が繰り出せる伝家の宝刀。それは“視察”というものだった。


「ちゃんと経営していれば急な視察でも対応できるだろう。まぁ、オールドアは分からないがな……ハッハッハッハ!」


 オールドアの社長の目の前でやるには大層勇気が要る悪役演技だったが、三笠は半ばやけくそでやりきった。あのヤクザ顔が発する怒気を正面から受け止める羽目になったが、引き攣りそうになる頬を無理矢理操作する。


「ほう……ならば、好きに視察するがいい。だが、大人数に押しかけられても困るな。知っての通り、うちは()()()ものだからな」

「ふっ……たかがCランクの団体じゃあ仕方ないだろうな」


 そのような流れで三笠がオールドアの視察に行くという話になったのである。後日、守が協会の会議室に殴り込みを掛けたという噂が協会全体を駆け巡った。それと同時にオールドアのランクが上がったことも。それを聞いて渡世・古戸伝説を知る、良識ある者達は苦笑いをした。


 何やらまた新たに伝説が加わったらしい、と。彼等にとってオールドアに所属する人達は異様に能力が高いということは自明なことだったのである。今までに下されていたランクがおかしかった。もしかしたら時代が動き出したのかもしれない……と思って水面下で行動する人すらも現れるようになった。



          渡世・古戸伝説はつづく.



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主人公以外の視点他あります
 『蓮華原市の番外』
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