5 踊る模型
実はあやかしだった北野は来留芽が呪符を回収すると元の姿……生徒の姿に戻った。しかし、先程よりも妖力が削られたのか、影が薄くなっている。もちろん、比喩的な意味だ。
「はぁ、とんでもない目に遭いました……調子に乗るのは止めておきましょう。しばらくの間はこの学園全体を見ることができなくなりましたが、会長、貴方だけは厳重に監視しますから」
「はいはい。……さて、古戸さんは何か知っているんですよね? 教えていただけますか。後ほどでいいので」
「別に今話しても大丈夫ですが。会長が紫波の縁者というならば……裏に通じているとも言えますから。ただ、決して他に話さないでいただきたいです」
小野寺先輩も八重も来留芽のことは知っている。北野はあやかしだから知られても問題ない。そのことを察したのだろう。会長は苦笑を浮かべていた。
「……紫波の縁者とされるのはあまり面白くありませんが……確かに母方の祖母は紫波ですからね。もちろん、誰にも話しませんよ。では、話していただけますか」
「私はオールドアの社員で、この学園には依頼を受けたので入学しました。依頼というのはもちろん、裏関係のものです。紫波のような上の人は知らないかもしれませんが」
紫波家は裏ではかなり勢力の大きい家だ。しかし、もっとも傲慢な老害が巣くう家でもある。あの家は鬼を目の敵にしているからオールドアの社員の一人がかなりの迷惑を被ったのだ。その話を知っている来留芽としては嫌味を込めずにはいられない。
「所々に嫌味を交えるのは止めていただきたいですね。紫波家は僕も嫌いですから。情報はあまり回って来ないんですよ。それにしても、依頼ですか……裏関係のものならばあまり干渉しない方が良さそうですね」
「個人的にはこの学園の噂で危険なものを知っていたら教えてもらいたいところですが」
「今度リストにして渡します。ああ、そういえばオールドアから出向しているのは君だけですか?」
「いいえ。京極先生もオールドアから来ています。……邪魔はしないように」
釘を刺すつもりでそう言ったのだが、会長は何故か目を見張って驚いていた。
「……京極先生? あの人、京極家の方でしたか。あの家の者がよくもまぁ教師になどなれたものですね。……分かりました。邪魔はできませんね。もし何か助力が必要になったら遠慮無く頼ってください。できることならば頑張らせてもらいますから。……ところで、彼女達にも今の会話は聞かれてしまったのですが大丈夫ですか?」
会長はその目を庇っていた小野寺先輩と八重に向けた。
「大丈夫です。彼女達は先日起こった事件でこちらのことを少し知っているので」
ここまで放っておくことになってしまった二人に向き合う。今会長とした話を言いふらさないように釘を刺すためだ。
「小野寺先輩、八重。今私達が話していたことはまるっと忘れてもらえると助かります。あなた達が関わっていい事じゃないので」
「そうさせてもらうよ。関わっても私は役に立てないだろうし」
「私も、話さないよ。信じてもらえるとも思えないし」
もともと彼女達は無闇矢鱈に吹聴する質ではない。だからあまり心配はしていなかったが、言質を取っておくに越したことはない。
「ところで会長。七不思議巡りはここが最後ですか?」
「いえ、理科室が最後ですよ。北校舎の一階と少し遠いですが、時間的にちょうどいい感じになるので」
北校舎の一階……確か、理科室とかがあったはずだ。そこでの怪異となると……脳裏に浮かぶものがあった。
「定番(のもの)ですか?」
「定番? 北校舎の一階て何があったっけ……」
「古戸さん。ネタばらしはだめですよ」
この学校の地図を一生懸命思い出そうとしている八重を見て笑みを深め、会長は来留芽の方を向き、唇に人差し指を当てて話さないようにと念押ししてきた。
「ええっ! 来留芽ちゃんに教えてもらえないの……どうしよう、怖いかもっ」
定番だから命の危険はないだろう。遠くから気付かれないようにそっと見ればおそらくは。
「では、行きましょうか」
来留芽達は屋上の出入口に向かう。その影になっているところでは捕らえた呪詛らしきものが拘束を抜け出そうと奮闘していた。無駄な足掻きをするものだと思いながら冷ややかにその様子を見る。
そんな来留芽の視線に気付いたのか、北野がソレを見つけてしまったようで、小声で囁いてくる。
「……古戸さん。あれもらってもいい?」
「もらってどうするの」
どうせ処分するものだから、野放しにしない限りは譲ってもいい。あやかしなりの有効活用方法があるのだろうか。
「あれ、実はいい妖力の補充になるんだ……」
「へぇ」
「もちろん、あれを妖力として取り込めるのは僕みたいに定まった形がないモノに限るんだけどね」
……呪詛を取り込める存在がいるのなら呪を取り込める存在もいそうだ。そしてそういった存在は来留芽にとって危険かもしれない。注意しておかなくてはならないだろう。
「呪詛のような効果が消えるのなら」
「消える消える。ただの妖力の塊になるからね」
それなら、いいか。そう思って来留芽は許可を出す。
「……いただきます」
まさかの食事扱いだった。本当に哀れな呪詛だ。しかし来留芽を狙ってきたこともあり、ざまぁみろとしか思わない。
「古戸さん? 君達は今何をしていたのですか?」
どうも遅れすぎたらしい。様子を見に来た会長に見咎められてしまった。そういえば、紫波の血を引くならば会長はああいったものを見ることができるのだろう。先程は気が付かなかったようだが。
「ええと……『十三段目』の正体です。あれは」
「十三段目……? まさか」
サッと青ざめる会長。そのまさかが来留芽の身に起こったのである。
「十三段目、私だけ数えてました。たぶん概念系の妖化ですね。それで、こちらの命を狙ってきたアレは私に危害を加えることができずに弾かれました」
「人の噂が力を持ってしまったと。よくある話ですがまぁ、君が裏に関わっているのなら対策の一つくらいはしているでしょうからね……無事で良かったです」
それにしても、どうして来留芽を狙ったのだろうか。基準が分からない。どのみちアレが話せるわけでもないから分からなかったことだろうが、すっきりしない。
「あれ、八重と小野寺先輩……どうしたの」
少し下りた踊り場のところで唖然としている八重と小野寺先輩がいた。
「じゅ、十三段目を数えてたって……来留芽ちゃん、大丈夫なのかい!?」
「大丈夫ですから」
会長との話はどうやら聞こえていたらしい。宥めるのに苦労した。
所変わって北校舎の一階。ここに来るまでに来留芽達は南校舎の一階まで今回は横着してエレベーターで下りた。そして渡り廊下を渡って北校舎に入るといったルートを行った。会長の目的の場所はそこから左手側の廊下だ。
「気付いてしまった人もいるみたいですが、ここは定番の怪談話です。
――ある日、タタッ……タタッという音がこの先から聞こえてきました。恐る恐るこの角から廊下を覗くと……踊る人影がいたのです。よく見ればそれは人体模型と骨格標本でした」
有名どころの怪談話だ。『踊る人体模型』もしくは『踊る骨格標本』。『理科室の怪』とまとめて言うこともある。
ガラガラ……
その時、どこか近くの教室の扉が開かれた音がした。
「おかしいですね。今日は北校舎の一階で活動する部はないと聞いていたのですが」
「え……。まさか、幽霊?」
「どうでしょうか。ちょっと覗いてみましょう」
と言って会長が壁の角から廊下を覗こうと動くと、奇妙な音が響いてきた。
タッ、タタッ……
「え、ちょっと待って今の!?」
会長の足が止まり、八重が混乱したようにこちらを向く。来留芽としても、まさかという思いで顔が強ばっている自覚がある。
「……見てみましょうか」
まずは会長がそっと角から覗く。来留芽達もその後ろから覗いてみた。
タタッ……タタッ……
間違いない。人体模型と骨格標本が踊っている。目を擦ってみても確かに踊っている。無駄に技術が高い社交ダンスだ。骨格標本の方が女性パートらしい。
「ひぃっ……」
八重が思わずといった体で悲鳴を上げてしまった。それに反応してか、グリンとこちらを向く模型カップル。
数秒互いに見つめ合い、固まる。
次の瞬間、人体模型の方が陸上選手のようなきれいなフォームで猛然と走ってきた。
「いぃ~~やぁあああ~~!!」
八重が悲鳴を上げて南校舎の方へ走って逃げる。それにつられて皆反転して走るが、来留芽は懐から封じの呪符を取り出せたので、走ってくる人体模型に向き合いその顔面に押し付けた。人体模型が止まったのを見て恐る恐る離れると、北校舎の扉閉めてそこにも念のため呪符を貼る。
「ここまですれば流石に追いかけてこないはず」
あとは生徒がアレに遭遇しないことを願うのみだ。いや、早い内に何とかしておくべきだろうか。
「古戸さんっ! 大丈夫ですか?」
「封じて来たからあそこから追いかけてくることはないはず」
「そうですか。小野寺さん達には部室に戻って落ち着いたら帰るように通達しておきました」
では、会長はなぜここまで戻ってきたのだろうか。来留芽がその疑問を浮かべていることに気付いたのか、思うところを話してくれた。
「基本的に『理科室の怪』は命に関わるような話は聞きません。あれがどうして追いかけてきたのか理由が分かれば放っておいてもいいはずです。僕一人では決心がつきませんでしたが、古戸さんは……呪術師ですか? それならば何とかなると思います」
……会長は確か鬼の力と紫波の力があるということだった。万が一襲いかかってきても会長の力で止められるそうだ。その隙に来留芽があれを封じることができる。
確かに、二人なら何とかなりそうだ。
「では、今から開けるので何が起こってもいいように準備を」
まずは扉の封を解く。
「うわぁ……」
開ければ目の前に人体模型である。呻きたくもなる。しかも、完全な封じには至らなかったようで、少し見えている目玉の主張が強い。
「……とりあえず、支配を試してみます。『汝、我が軍門に下れ』」
その会長の言葉を聞いて人体模型の抵抗が激しくなった。
「会長、下がって。骨格標本が来た」
先程まで廊下の角から頭を覗かせてこちらの様子を窺ったり引っ込んだりと忙しく動いていたのだ。しかし、会長が支配を目論んだからか飛び出してきたのである。
ひょっとして、彼氏(人体模型)を助けようとする彼女(骨格標本)なのだろうか。さしずめこちらは彼氏(人体模型)を隷属させようとする悪役ということか。
来留芽達の目の前で骨格標本は彼氏にすがりつつ土下座してきた。
「……こちらの言葉の意味は理解している?」
カクカクと頷く骨格標本。それならば、交渉の余地があると言える。
「とりあえず、状況の認識のすり合わせから始めましょうか」
会長の言葉に来留芽は頷き、骨格標本と話すことにする。とはいえ、向こうは言葉を話せないから「はい・いいえ」で答えられる内容にしなくてはならない。
「まず……私が彼を封じたのはこちらを襲ってくるように見えたからなんだけど、彼にはこちらを襲う意思があったの?」
骨格標本は悩むようにこちらと彼を見ている。はい、ともいいえとも言えないらしい。
「うーん……こちらとしては、人に襲いかかってこないなら放っておいてあげられるんだけど、人を襲わないと約束できる?」
これには「はい」という答えだ。
「あなたは彼がこちらを襲わないと保証できる?」
これには何度も頷く。それならば、と人体模型の顔面に押し付けた呪符をペリッと剥がす。
動けるようになった人体模型はこちらを気にせずに腕を回したり首を回したりと体の調子を確かめるかのように一通り動くと、骨格標本の彼女に頭を叩かれて渋々といった様子でこちらに頭を下げてきた。その拍子に内蔵諸々がポロリと落ちそうだったのはご愛嬌か。確かマジックテープか何かで固定されていたはずだが落ちそうになるとはこれ如何に。
「まぁ、うん、こちらも驚かしたようでごめんね」
「これからは、できれば踊るのは夜遅くにしてもらいたいですね」
ともかく、これで『踊る模型』事件は収束したということでいいだろう。あとは学園長と社長に報告を上げなくてはならない。
「これで一件落着でしょうか。古戸さんも部室に戻ったらもう帰って構いません」
「分かりました」
この分だと他の定番七不思議があってもおかしくない。しかし、理科室も既に調べていたのだが、遭遇は今日が初めてだった。出会おうと思って出会えるものではないということかもしれない。
「小野寺さん達にも説明しなくてはいけませんね……」
「そこは追及されない限りは『もう解決したから』でいいと思います。少なくともオールドアではそうしているので」
「そうですね。大抵は煙に巻く方を選びますね」
裏のことに表の一般人を深く関わらせてはいけない。これは腐っても守るべき一線である。部活動初日からこのような騒動が起こるとは思いもしなかったが、無事に解決して何よりだ。
部活之事Fin.
四月のお話終了記念として活動報告の方に小話を書いてあります。
スピンオフ的な何かとなっております。
興味のある方はどうぞ。




