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六人目

著者:鷹樹烏介



ガンカタ……。

それは、銃と、東洋の民族が編み出した訓練法『型』を組わせた造語だ。

延々と同じ動作を繰り返すのが『型』。

それは、やがて体に染みこみ、思考を介在させぬまま動くための基礎になる。

体にアドレナリンを巡らせつつ、頭はクールにという矛盾した状態を作り出す。


「正義の為に遣え」


そう師に言われて、文字通り血反吐を吐きつつ、私はガンカタを身につけた。

だが、今日、私は私のためだけにその技術を遣う。

復讐。その甘美な禁忌のために。

服は白の詰襟。

不退転の覚悟を示す『死装束』だった。

歩く。

大理石の床に、私の足音だけが響く。

もう一歩。

横幅十メートルほどの回廊。天井は見上げるほど高い。

もう一歩。

編上げの革ブーツの足音だけが、カツーンと響く。

もう一歩。

古代神殿のように石柱が並んでいて、その影から殺気が滲んでいた。

もう一歩。

そこで、一瞬だけ足を止める。

靴底が大理石の床と擦れて鳴った。

わかる。複数の気配。

微風が流れ、ガンオイルの臭いを運んでくる。

押し殺した呼吸音が聞こえる。

五感を研ぎ澄ますこと。それによって第六感を呼び覚ます。

これもガンカタの技術だ。

複数の鋭い吸気。

人間は行動を起こす一瞬、筋肉に酸素を送り込むため、息を吸う。

それが、聞き取れた。

私は両手を広げた。


カシャ!


バネ仕掛けで、袖口にパームされていた拳銃が飛び出て、私はそのグリップを掴んだ。

延々と並ぶ左右の石柱から、黒に統一されたバイザー付ヘルメットと防弾仕様のジャンプスーツ姿の男たちが、闇から生み出されたかのように飛び出してくるのは同時だった。

黒ずくめの彼らの手には自動小銃。

マズルフラッシュが散り、床にザラザラと空薬莢がこぼれて、かそけき金属音がした。

歩く。

幾つの銃口が、私の向いているのか、即座に分かった。

向けられる死の顎の向きと形。

それが一瞬で私の脳内で構築され、どの銃口から放たれた弾丸が、私にとって致命的なのかを判断する。

こんなこと、思考を介していたら、間に合わない。

『型』によって、自然と体が動く。

歩く。

歩きながら、左右の手がバラバラに動いて、別々の標的を捉える。

敵が防弾仕様と気付いたのは、初弾で。

以降は、バイザー狙いに自動修正された。

歩く。普通に歩く。

止まらない事が肝要だった。動く標的は狙いが難しい。

歩きながら撃つ。一発必中。視線など送らない。

だが、私の銃から弾が放たれるたび、バイザーが砕け、黒ずくめの男どもが吹っ飛ぶ。

まるで、スズメバチの巣を蹴り毀してしまったかのように、唸りを上げて銃弾が飛び交う。

それでも敵の弾は当たらない。

当たらないように、私の体がゆらりゆらりと動いているのだ。

拳銃がスライドバックしたままロックされる。

弾切れだ。

マガジンキャッチボタンを押す。

空のマガジンが、地面に落ちた。

好機と見て、残りの黒ずくめの男たち十人が、小走りに駆けながら肉薄してきた。

撃っても当たらないなら、距離を詰めるか、数を恃みに白兵戦しかない。

私は止まらなかった。殺到する敵に向って走る。

彼我の距離は十メートルも無い。ほんの一呼吸で激突する。

手首をある角度で捻ると、バネ仕掛けが作動して、マガジンが袖口から飛び出る仕掛けになっている。

それを作動させた。

マガジンをグリップを握ったまま拳銃に嵌め込む。

後退していた拳銃のスライドがカチンと嵌め戻り、初弾が薬室に装填される。

銃剣が突きだされてくる。それも予測出来ていた。

わずかに右に逸れて躱す。

同時に、前蹴りをそいつの胸に放っていた。

防弾ベストの下で、胸骨がメリっと折れる音が聞えた。

両手が別々に動く。

トリガーを引いた時は、バイザーが砕ける時だ。

ぶん回されてきた銃床を潜って躱す。

そのまま拳銃を突き上げて、顎の下に押し付けて撃つ。

内側からバイザーを突き破って、骨片と脳漿が飛んだ。

気が付くと、私以外、この回廊に立っている者はいない。

二十メートルほど先に、回廊のどん詰まりがある。大きな扉が見えた。

いるのか、そこに。

彗子をなぶり殺しにしたアイツが。

一瞬だけ、脳が灼熱する。

深呼吸一つ。血と硝煙の臭いが、私の炎を冷やす。

大扉の前に五人。そこが最後の防衛ラインらしい。

今までの戦いを見て、遠距離からの銃撃は不利と悟ったか、全員が自動小銃に銃剣を着剣している。

中央の一人が、私に銃を向けた。

まるで、カメラでフォーカスされた様に、その銃口が見えた。

私に命中する角度だ。

横に跳ぶ。今まで私が居た空間を火線が焼いた。

そこに、二人が銃剣を構えて突っ込んできた。

その切先を躱して撃つ。

そいつらは、微妙に角度をつけて、ヘルメットで私の銃弾を弾いた。

火花が散る。衝撃を受けて片方が、よろめいた。

ソイツの横にいたやつが、銃剣を突き上げてきた。肘でその切先を逸らす。

よろめいた男が、その間に体勢を整えた。

更に二人が私の背後に廻ったのも感じた。

左手を後ろの二人に、右手を銃剣を躱されてたたらを踏む男に向けて撃つ。

銃剣の男は、わざと前に倒れ込んで、私の火線から逃れた。

銃弾は床の大理石を砕いて跳弾した。

後ろの二人も、私の銃弾を躱したらしい。

こいつらもガンカタを遣うのか。


わかる。彗子を穢し殺した男は私のガンカタの兄弟子だった男だ。


そいつの手ほどきを受けた親衛隊がこいつらだろう。


なら、やりようはある。


残り一人が跳躍して銃剣を突き入れてくる。


策が読める。


これは、私の視線と意識を上に向けるためだ。


本来ガンカタは、個人技。


集団戦にアレンジしたのが、こいつらの失敗だ。


私は、上から、左右から、突き込まれる銃剣の角度を計算して、体を傾けた。


傾けながら、床に向って残弾を撃ち尽くす。


密集した体勢では、単独である私の方が有利だ。


同士討ちの可能性がないから。


対して、黒ずくめの男たちは、同士討ちの無い角度が限られる。


下から斜め上に。


その角度しかない。その角度で撃てるポジションは


「そこだ」


ガンカタの初歩を知っているとはいえ、地面に接している部分は衝撃を流せない。


床の男は、十発以上の着弾を受けていた。


防弾仕様のジャンプスーツとはいえ、何ヶ所も骨折しているだろう。


弾切れの拳銃を捨てる。


同時に、床の男から自動小銃を捥ぎ取る。


その小銃は、銃剣を上に床に立てた。


そこに跳躍してきた男が着地する。


下腹部から食い込んだ銃剣に、その男は串刺しになっていいた。


声も上げず絶命した男の手から、自動小銃を捥ぎ取る。


ぐるんぐるんぐるんとそれを回しながら、四方八方に弾を撒き散らす。


キンキンキンと排出された薬莢が大理石の床に落ちて跳ねた。


手にかかる銃の微妙な重さの差から、残弾数を察知して、最後の一発を撃つと同時に、私の背後で倒れた男の自動小銃を踏む。


男の胴を支点にシーソーのように自動小銃が跳ね起き、回転して空中に跳んだ。


手にしていた自動小銃を投げ、そのまま右手を上にあげる。


すっぽりと空中の自動小銃が私の右手に収まった。


私が投げた自動小銃の銃剣が喉に突き刺さってもがく男を撃つ。


バイザーが割れて、男は仰向けに倒れた。


最後に残った一人が、ヘルメットの中で絶叫しながら、銃剣を構える。


恐怖を感じとることが出来た。


だが、彗子はもっと怖かったはず。だから、私はコイツらを一人も生かしておく気はない。


私は突き込んできた来た銃剣を躱し、左手で銃身を掴む。


その上で、相手のバイザーに右手の自動小銃の銃剣を食い込ませ、トリガーを引いた。


一発、二発、三発、四発、五発……。


チチン、チリリンと空薬莢が床に散る。


そいつからもぎ取った自動小銃を肩に、大扉の前に立つ。


肩越しに背後を振り返った。


そこは、死体のが延々と続いていた。


ガンカタを復讐の為に使ってしまった。


後悔を断ち切るように、私は大扉を蹴り開けた。





文字数(空白・改行含む):3,509文字

文字数(空白・改行除く):3,298文字


作成日:2019年 01月12日 14時23分

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