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五人目

著者:白笹那智

 冷たく光を反射させる石の回廊が俺の仕事場だ。横幅十メートル。天井はサーカス団の練習が行えそうな程高く、通路の左右には等間隔に石柱が並べられている。その全てが大理石で造られているという豪華さだった。

 そんな所に金を掛けるくらいなら、ギャラを弾んでくれれば仕事に身も入るだろうに。黒い戦闘服とバイザー付きのメットを着せられ、黒塗りのM4カービンを持たされて石柱ごとに立たされている俺の部下たちは、見るからに退屈そうだ。かくいう俺も、馴染みのダイナーでウエイトレスをしているトウコをどうやってデートに誘おうかという事しか考えていなかった。

なぜトウコは俺に靡かないのか。今世紀最大の謎だった。


 回廊の端で「待て」と小さく声が上がる。顔を向けると、白い詰襟の服に身を包んだ男が降参するように両腕を掲げているのが見えた。部下の二人が素早く近づき、銃を構えて白服の男を挟み込む。

 部下は「トイレなら貸せねぇよ」とか、「ここはおもちゃ売り場じゃないぜ」などとつまらない事を言いながら白服の男を銃口で突いている。舞い込んできた暇つぶしを精一杯楽しもうとしているようだ。俺は溜息をつきながら『遊ぶな。拘束して連れてこい』と無線に呼びかける。


 一瞬の出来事だった。白服の男の袖口から二丁の銃が飛び出し、部下の頭部を同時に撃ち抜いた。飛び散るバイザーの破片がキラキラと輝きながら、スローモーションで宙を舞う。

 即座に動ける者は居なかった。白服の男は平然と進み出て、部下たちの前に身を晒す。部下たちは反射的に銃口を向ける。『撃つな!』と俺は声を張り上げた。部下たちの射線が重なってしまっている。白服の男は俺たちへ堂々と身を晒すことで、こちらは逆に攻撃をする事ができなくなっていた。


『真っすぐ撃つな。同士討ちになる。足元を狙え』

 一斉に銃声が轟く。しかしM4カービンの銃弾は動揺が伝わったかのように弾道がぶれ、大理石の床を弾けさせたり、石柱を砕くばかりで白服の男にはかすりもしない。

 一方で白服の男の銃弾は吸い込まれるように部下たちへ突き刺さる。男のハンドガンからはフルオートで銃弾が放たれていた。グロック18か。当然銃弾は直ぐに尽きるが、そのたびに袖口から新たなマガジンが現れた。


 白服の男はフルオートハンドガンの過大な反動を利用し、グルングルングルンと身体を回転させながら進む。キンキンと音を立てる薬莢が場違いに輝いていた。

「くそ、ハリウッドヒーロー気取りか。変人め」

 酷い冗談のようで、冗談にしても趣味が悪すぎる光景だった。俺は次々に身体に風穴を開けられたり、バイザーを砕け散らせる部下たちを見ながら舌打ちをする。

 俺たちは様々な訓練を積んできたが、一人の相手を多数で囲んで銃撃戦を行うというのは、完全に想定外だった。しかも相手は身を隠すこともなく、木漏れ日の中で踊るように部下たちを殺戮していく。

 こちらは完全に浮足立っていた。たった一人の男に三十人の警備部隊が全滅させられる。そんな馬鹿げた可能性に俺の背筋は凍り付いた。


「門の前で防衛線を築け。死守するんだ」

 無線機を放り投げ、声を張り上げる。何があろうと仕事はこなす。プロとしてのプライドが恐怖を散らした。

 白服の男はついに弾切れを起こす。ホールドオープンしたグロック18を放り投げる男へ、チャンスと見た部下たちが命令を無視して詰め寄る。

 白服の男は部下の死体からM4カービンを蹴り上げた。M4カービンは吸い込まれるように男の手元に収まり、次の瞬間には慄いて足を止めてしまっていた部下たちを薙ぎ払う。


 一人残された俺は、白服の男と向かい合った。

 生まれついての殺し屋というものがいるのなら、こういう男の事をいうのだろう。

 眩暈がするほどの銃撃戦を繰り広げていたというのに、仮面のような顔にはどんな感情も浮かんでいない。汗一つかかず、息も上がっていない。殺戮マシーンという言葉が脳裏に浮かび、俺はそれを鼻息で吹き飛ばした。行きつけのダイナーにはあらゆるコミックが揃っている。そのせいで俺の脳内までアメコミに染まっていたようだ。


 胸をぶち破りそうな程に早鐘を撃っていた心臓は、夜明けの海のように静まっていった。腹を決めるしかない。

 俺は腰から二丁のハンドガンを抜き、一丁を男へ投げる。素早く視線を這わせる男へ、コインをちらつかせる。

「決闘って訳でもないが、地面に落ちたときだ。オオカミ野郎」

 白服の男はM4カービンを投げ捨て、俺の銃を拾う。ざっと確認し、小さく肩を竦めた。男は少しだけ笑ったように見えた。


 コインを弾く。硝煙の臭いを掻き混ぜながら、クルクルと跳ね上がる。コインが二人の視線の高さに重なった瞬間、白服の男が駆けだした。

「だろうと思ったよ!」

 俺は男の胸へ銃口を向ける。引き金を引く前に、手の甲で払われた。代わりに鼻先へ突き付けられた銃口をお返しに左手で弾く。男は構わずに銃弾を放つ。耳元で炸裂した発砲音は俺の聴覚を根こそぎ奪い取った。自分の息遣いすら遠い。好都合だ。俺はうるさいと集中できない性質でね。


 二人はお互いに銃口を突き付けながら、銃弾を放たれる前に銃口を逸らす。

 ゼロ距離での銃撃戦は、ナイフでの戦いに似ている。互いに腕を絡め合い、銃口を逸らす。一瞬でも銃口が相手に重なれば構わずに引き金を引く。むせ返るような硝煙の臭いと衝撃波に脳味噌が悲鳴を上げる。はたから見ればキャットファイトのように見えるかも知れないが、俺はとにかく必死だった。


 眉間へ照準を合わせ、即座に引き金を引く。必殺と思えたそれも、腕を弾かれて石柱を砕いただけだった。スライドが下がり、ホールドオープンした。弾切れだ。

 白服の男は即座に飛び込んできた。身体を密着させ、避けようのない距離で銃弾を撃ち込もうとする。俺はそこで初めて足を使う。殆ど転ぶようにして態勢を崩し、足払いを見舞う。あっさり避けられた。しかし狙い通りでもある。

 そのまま地面を転がった俺を追って、銃弾が床を弾けさせる。ガチンという音がした。あちらも弾切れだ。お互いに死体から拳銃を抜き取り、転がりながら銃弾を放つ。当たらない。わかっていた事だ。距離を置いて撃ち合いをしても決着はつくまいと思っていた。白服の男もそう思っているはずだ。俺たちはまた、体当たりをするように腕を絡ませた。


 不意に男の気が逸れたように思えた。チャンスか。いや、罠か。

 死体の山が動いた気がした。

 一瞬だけ視線を向ける。確かに動いている。


 辛うじて生き残った部下が一人、逃げるように地面を這っている。床に赤い筋を描きながら、必死に生きようともがいている。

 突然だった。男が俺に背を向け、床を這う部下へ銃口を向ける。俺は反射的にその腕を払った。

 払った男の手には、何も握られていなかった。


 とんでもない衝撃が腹を貫いた。痛みは無かった。とにかく熱かった。熱くて熱くて、俺は立っていられなかった。崩れ落ちる俺の目に映ったのは男の背中と、後頭部を撃ち抜かれる部下の姿だった。


 ああ、なんてこった。なんという間抜けだ。

 俺ってこんなに部下思いだったんだな。知らなかったよ。助けられなかったけれどな。俺らしいけれどな。

「ちくしょう。デート、誘えなかったなぁ……」

 ダイナーの塩気が利き過ぎたチーズバーガーと脂っこいフライドポテトが無性に食べたくなった。トウコの笑顔が恋しくて恋しくて、心臓がキュッと悲鳴を上げた。

 ああ、ちくちょう。ちくしょう。ビンタされても良いから、無理やりキスくらいしておけば良かったなぁ……。

 薄れゆく意識の向こうで、門が蹴り破られる音を聞いた。

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