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転生

適当に広辞苑から出した「黒褐色」、「ボストン」、そして「先縄文時代」を組み合わせて小説を作ってみようという試みでした。短く、最近書いたものなので、まだまだ修正が加わることもあるでしょう。

 私は窓の外を見た。東京は混んでいる。もう十二月にもなったというのに、寒くなっただけで雪が降る気配はない。街道にはクリスマスに向けてもう飾り付けを始めている店が立ち並ぶ。外は少し薄暗くなっていた。

 突然、私の携帯電話が鳴った。息子からだ。

「あぁ、親父ぃ、今日遅くなるっておふくろに言っといてくんねぇ? 今から大学のやつらとカラオケ行くからさ」

 私は憤慨した。「またか! お前、単位が足りないのに遊んでばかりじゃ・・・・・・」

「ブチッ」息子は電話を切った。

 私は携帯電話を下ろし、ため息をつく。

 部下の坂本がコーヒーを持ってやってきた。

「またため息ですか? 局長。あまり無理しないほうがいいですよ」

「すまない」私はコーヒーを手に取る。

 トランシーバーが鳴り、私はコーヒーを置いて答えた。

「・・・・・・何!」私は坂本に号令をかけた。「事件が起きた! すぐに現場に行くぞ!」

「あ、はい、局長!」坂本は慌てて自分のコートを取りに行った。私も自分の茶色のトレンチコートを羽織り、早足で地下の駐車場に止めてある車へと向かった。私は助手席に座り、坂本が運転席に座った。

 駐車場の黒いアスファルトを私達を乗せた車が駆けていった。

「場所はどこですか、局長」と、坂本が聞く。

「ちょっと待て、今通信しているところだ・・・・・・よし、分かったぞ。新宿の一番街通りだ!」

 坂本は見事なハンドル捌きで新宿一番街通りへと向かった。

 およそ二十分で到着した。現場には警官が数名いた。私は車から降りて警察手帳を見せ、警官たちがブロックしている建物の中に入った。内装は、一見普通の焼き鳥屋であった。

 長く急で狭い階段を上がると、嫌な予感がした。こういうのを、長年の勘というのだろうか。トランシーバーでは、ただ重大な事件があったということしか知らされなかったのだが、私は空中の僅かな死臭を嗅ぎ付ける。

 二階から上は、客をもてなすための個別の部屋になっていたようだ。警官が前に配置されている部屋のふすまを開けると、そこには、小柄な、五十代後半ほどの男が倒れていた。髪の毛の色は黒褐色で、白髪が混じっていた。横向きになっていた顔には、大きな鼻、手入れされてないあごひげ、そして大きく青色の虚ろの目が見えた。男の背中には、後ろから料理用の包丁が刺されており、あたりの畳は真紅に染まっていた。

「殺害です。三十分ほど前に、ここの主人が発見しました。今身元を確認しているところですが、ポケットに入れてあった財布からは現金とカード類が全て抜き取られていたことから、強盗殺人ではないかと疑われています」と、後ろに立っていた金髪の婦人警官が補足してくれた。私は金髪の婦人警官とは珍しいと思ったが、その警官の方を見ることは出来なかった。何故なら、私の服装や年からだろうか、現場の警官のほとんどは私を小説に出てくるようなかなりの凄腕人物と取り違えたらしかったため、捜査を進めてくれるだろうというような無言の期待の視線を私は背中に感じた。それがプレッシャーになっていたため、私は余所見などせず捜査に集中してしまった。

「わかった」と、私は答え、財布を見せてくれと頼んだ。しかし、鑑識がまだ終わっていないので駄目だと断られた。仕方が無いので、ここの店の人に会わせて貰った。

 店の主人は、背は普通で、筋肉質で、眉が太い、角刈りの男だった。横にいた奥さんは、小柄で、神経が滅入ってるようであった。

「お願いします、早くこの事件を解決してください! あんなことが起こったあとじゃ客も来たがりませんよ!」と、主人は懇願した。

「あの部屋に客を入れましたか?」と、私は聞いた。

「いいえ、入れてませんよ。あの部屋は畳が汚れていたんで、畳替えするために空けておいたんです」

「いつからですか?」

「六日前ほどからです。頼んでいた畳屋が最近つぶれてしまってたので、新しい畳屋に頼んだんで」

「では、今日、この時間までに入れた客はいますか?」と私は聞いた。

「確か・・・・・・大柄の婆さんと小柄な爺さん、会社員の集団、髪が長いのっぽの女、そして痩せた男が来ましたね。あんなアメリカ人は間違いなく来ませんでしたよ。でも最初のパニックでみんな店を出ちまったんで誰がいなくなったかはわかりませんね」と、主人は答えた。

「では、被害者とは面識は無いんですね?」と、私は聞いた。

「ありません」と、主人は固く答えた。

「では、奥さんのほうは?」と、私は聞いた。

「・・・・・・ありません」

と、奥さんはやっとのことで言った。やはり、自分が働き、かつ暮らしていた(どうやらこの建物の最上階である三階は店の人が住むところになっていたようだった)家で誰かが殺害されたことが、ショックだったのであろう。

「他にこの建物に常にいる人間はいますか?」と、私は聞いた。

「子供が二人、小学六年生の息子と小学一年生の娘がいます。今は警察の人に保護してもらってますよ。あんなのを子供に見せるわけにはいかねぇじゃないですか」

 私はもう一度建物の中に入り、三十分ほど見回りなどをした。思うようには捜査が進まず、それほど収穫があったわけでもなかった。ただ、殺害が起こった部屋以外の部屋の隅々までチェックしてわかったのは、ここの主人が異様に几帳面であることだった。

 私は一階のカウンターがある部屋、トイレなどを隅々までチェックした。ここで分かったのは、せいぜいトイレの壁が薄いということぐらいであった。

 二階の殺害が起こった部屋では、いくらか謎の収穫があった。おかしいことに、被害者がいた部屋は店主のいう通り閉められていたはずなのに、かすかに血の匂いの向こうに催眠ガスのようなにおいがした。しかし、血の匂いですぐにかき消されてしまったので、私はただの気のせいだと思った。

 私は建物の外に出て、坂本を探した。坂本は角の自動販売機でコーヒーを買っていた。

「坂本!」と、私は車に乗り込み、空けた窓から顔を出し坂本に声をかけ、「鑑識が終わるまでは暫く何も出ないだろう。戻るぞ」と言った。

「ハイ、局長! ちょっと、この『枝豆クリームコーヒー』っての買わせてください」と、坂本はコーヒーを買ってから車に乗り込んだ。

「よくそんなの飲めるな」と、私は緑色のコーヒーを飲む坂本に驚いた。

「まあ、コーヒー命っすからね」坂本は運転しながら答えた。


 警察庁に戻ると、倉山次長が私を廊下で呼び止めた。

「君! 郷田君! 何故わざわざ新宿署の管轄の事件にまで手を出しているのかね!? 捜査局の局長が易々と動き、現場に行ってはならぬ!」

 私はそのまま倉山次長に廊下で説教された。また、これで何度目だろうか。

「君の処分は追って考える。全く、君も捜査局長ならもっと慎重に行動したまえ。これに懲りて管轄外の事件には手を出さないように」

 倉山次長の説教が終わると、廊下の角の裏から坂本が出てきた。手にはまた違うコーヒー「古代中南米のオリジナル・コーヒー」を持っていた。

「局長、何で管轄外なのに行ったんでしたっけ?」

 私は考えた。「・・・・・・一応呼ばれはしたんだが、まあとっさに勘が働いたんだな。この事件は行くべきだと」


 次の日、部下の喜田がやってきた。私の同期で、鑑識課長を務めている。

 喜田は小声で話してきた。「面白いことがわかったぞ、郷田。昨日の、お前がわざわざ新宿署の管轄の事件にまで行って捜査しただろ」

「何でお前が知ってるんだ」と、私は聞いた。

「何でって、俺がお前を推薦したからだよ。現場に金髪の婦人警官がいただろ。あれは色々複雑なわけあってあの署に配属されてる、元捜査官なんだよ。今回の事件、ちょっとおかしいから現場に来てくれって頼まれてな。だがそのときは手がいっぱいだったんでお前の電話番号を教えたんだよ」

「お前か・・・・・・これで何度目だ」と、私は呆れて言った。

「まあまあ、これ聞けよ。面白いことになったんだぜ。今回の新宿一番街通りの事件、あの殺された外国人はな、なんと国際テロリストグループの幹部だったんだぞ! それで、更に、この警察庁に、脅迫状が送られてきたんだぜ! あの事件の捜査をやめないと、日本の国会議員や警察幹部たちを一人ずつ殺していくって・・・・・・。今それで上層部は大騒ぎだ。ちなみに、あの事件の鑑識は終わったからお前も好きに捜査していいぞ。勿論、上からの許可が出たら、だがな」

 喜田はそう言い終わり、またこそこそとした足並みで自分の鑑識課に帰っていこうとした。

「ああ、そうだ、言い忘れてた。このことで実際はこの事件は警察庁全体の問題となったから、昨日次長が説教で言ってた『処分』はなしになるんじゃないか? 管轄外にならないし・・・・・・」

「聞いてたのか」と、私はまたため息をした。

 私は捜査局に戻った。まあ、しかし、これでこの事件はどうなるのだろうか。国際テロリスト組織の幹部を殺せるほど敏腕なやつを下手に刺激して、国会議員や警察幹部が犠牲になることになるのか? しかしこのまま引き下がったら警察としての威厳が保てない。そんな脅迫であったらしょっちゅう来ている。私は席にもたれこんで考えた。


 しかし、三日後、警察庁内で、新宿一番街通りの強盗殺人事件は証拠不十分、容疑者特定不可能のため打ち切りとなり、形だけ外向けに捜査することになった。しかし実際は公安部が極秘に動いているらしい。それ以上は私でさえ知らされなかった。

「坂本、これを用意してくれないか」と私は坂本に頼んだ。

「口紅、おもちゃのトランシーバー、コーヒーパウダー、イヤホン、科学捜査研究所特性発信機、科学捜査研究所特性夜間ビジョンスコープ二つ・・・・・・こんなの何に使うんですか?」

「いいからそろえるんだ。手に入れた後はその紙は焼いて捨てろ」

と、私は言った。


 一週間後、私は新宿のあの店に坂本を連れて行って見た。店はあの後評判が落ちてしまっため、イメージを帰るために外装を変え、内装も変えたらしかった。私が店に入ると、店主は少し驚いたような顔をした。以前に比べるとだいぶ痩せていた。

「何です、珍しいですね」

「クリスマス・イブに空いてるいい飲み屋と言ったらここぐらいなんでね」と、私は言った。

「もしかして捜査ですか? 捜査ならもう終わったと思いましたよ! 警察なんてもう一週間も誰も何も捜査してないじゃないですか。あっしの店の評判をがた落ちにさせた犯人を捕まえる気はないんですか!?」と、店主は私達に罵声を浴びせた。

「仕方ないじゃないですか、そんなに早くつかまるもんじゃないですよ、だってまず被害者が部屋に入るところ目撃されて無いじゃないですか」と、坂本が通販で手に入れた「先縄文時代の土の味コーヒー」をやけ飲みながら言った。

「坂本、捜査情報を喋るんじゃない」と、私は坂本に厳しく言った。

「何だか彼は今日やけになってますね、何かあったんですか?」と店主が聞いた。

「いやなに、最近ふられたんですよ。好きだった事務の女子が別の国際捜査課の外国人に惚れてたんで」と、私は説明した。

 突然、店に一人の外国人男性が入ってきた。金髪で顔が長く、体格はよく、漆黒のスーツとネクタイを着用していた。

「ヘイ、マスター、ブラック・カクテルを一つ」

 突然、店主は動揺したように見えた。普通の人なら気づくほどじゃない表情の変化だ。だが、長年凶悪犯罪者の捜査・取調べをしてきた私にはその微細な変化が大げさすぎるかのようにわかった。

 私は店を見回した。この店は、和風の飲み屋だ。ブラック・カクテルなどという飲み物はない。

「オー、間違えマーシタ。勘違いです」

「・・・・・・では、こちらの席へ・・・・・・」主人は暗い顔をして言い、カウンターで私達との反対側の席にその男を座らせた。

 既に悪酔いし始めていた坂本は、「こら、外国人、いくら日本語読めなくてもブラック何とかなんてないのは分かるだろ、このバカヤロウ!」と野次を飛ばした。

「何だと、このソノバ・・・・・・」と、外国人は立ち上がり、坂本の胸倉をつかんだ。

「あ、待ってください!」と、私は二人の間に入って離した。「本当にすみません、こいつは・・・・・・最近恋人を外国人に失ったものでこんなに悪酔いしてるのです。どうか見逃してやってください」

外国人は、何とかなだめることが出来た。

「全く・・・・・・では、マスター、焼き鳥を一つとビールを一本」と、その男は言った。

それから二時間、私もその男もずっとカウンターで飲んでいた。しかし、その男はこっちのことが気になるようで、他の客が去った後もこちらを見続けていた。坂本はとっくに酒のコーヒー割りで酔いつぶれていた。私は何からちがあかないような気がしたので、立ち上がった。

「ふぃ〜、飲んだ飲んだ。ご主人、トイレはどこですか?」と、私は教えてもらい、千鳥足でトイレに向かった。

 私が見えなくなったとたん、その外国人は立ち上がり、主人と何か喋り、主人を連れ出す音が聞こえた。さすがにカウンターに酔いつぶれた坂本の下にトランシーバーを仕掛けておいたとは気づいていなかったのだろう。私は自分が持ってるほうのトランシーバーにつないだ音漏れ防止のイヤホンで、外国人が出て行くのを確認すると、トイレから飛び出て、坂本を揺らして起こそうとした。だが、起きなかったので、持っていたコーヒーパウダーを酔った坂本の鼻の穴に詰めた。

「ぐおっ! ごほっ、ごほっ! コーヒーだ!」と、坂本は目をぱちりと覚ました。

「急いで、今出て行った外国人を追うぞ!」と、私は言った。

「え? 外国人なんて出て行ったんですか?」と、坂本はまだ寝ぼけた様子で言った。外で、車が走り去ってゆく音が聞こえた。

「ああ、今出て行ったさ、店主を連れてな!」と、私は坂本を急かし立てた。

 私は坂本を車の助手席に半ば放り込み、自分は運転席に座って、ノートパソコンを開き、科学捜査研究所特性発信機からの電信を受信し始め、ノートパソコンを坂本に持たせた。

「うわ、局長、このために発信機なんか欲しかったんですね! でも、何につけてるんですか?」と、坂本は聞いた。

「お前とあの外国人の喧嘩を仲裁した時、サッと外国人のスーツの内側に一瞬であの粘着性の発信機を取り付けた。その信号を今追っているんだ。行くぞ!」と、私は一気にアクセルを踏んだ。

「あー、局長が飲酒運転してる〜」と、坂本はまだ酔っていた。

「大丈夫だ。私は最初っから水しか飲んでいない」

「でも、顔が赤いじゃないっすか」

「これは口紅を薄めてぬったものだ。顔の汗を拭うふりをして、すこしずつ付けていったのだ」

「は〜」

 車は一時間ほど走り続けた。常に車に気づかれるほどは近づかず、距離を置いたり近寄ったりした。もうずいぶんと暗くなっていたので、追跡中の車も識別できたはずがない。ガソリンがなくなりそうになるところで、路上で乗り捨てられた車の所に来た。その先には、立ち入り禁止と書かれた道があり、本来ならばそこを封鎖しているはずの金網は乱暴に壊されていた。

「発信源はまだまだ北上していますが、速度から言って徒歩でしょう」

と、坂本はコンピューターを見て言った。

「ではわれわれも歩くぞ」

「え〜、勘弁してくださいよ! もう今日はずっと警察庁と警視庁を行ったりきたりしてて、疲れてるんですから!」と、坂本は文句を言ったが、渋々、コンピュータの画面の明度を低くして車から出た。

 一メートル先も見えないほどの暗さだったので、私と坂本は夜間ビジョンスコープを着用し、歩き始めた。

 歩き始めてから三十分ほどして、やっと前方の二人が持っていた懐中電灯の明かりを見つけた。まだ二人は歩いていた。我々もそのまま追跡した。

 しばらくすると、光が見えた。二人はある物体の前で止まって話している。よく見ると、廃屋であった。二人はお互いから2メートルほど離れていて、我々からはほんの8メートルも離れていなかった。しかし、電灯が一つつけられていたので、充分に二人の顔を見れた。私と坂本は気づかれないように近寄り、会話が聞こえるようにした。

 外国人の大男が先に喋った。「・・・・・・チャーリーを殺したのはてめえか」

 店主は黙っていた。

「あぁ? どうなんだよ!」と、大男は店主に近寄った。

「近づくな!」

と、急に店主が吠えるように言った。「ジャック、お前なら俺の腕前も知ってるだろう」

 大男は下がった。「だが、てめえだってわかってるはずだ、俺の専門の武器を。気づいてはないと思うが、俺が・・・・・・」大男は分かり易すぎるスイッチを取り出した。「・・・・・・このスイッチさえ押せば、てめえは粉々になる」

「・・・・・・」

「俺はここに殺し合いをしに来たんじゃねえんだ。てめえのナイフ捌きの相手をするつもりはねえよ。てめえの腕と目なら、チャーリーの変装でさえ見抜き、簡単に殺せるだろう。そんなことより、もうボスは首を長くして待っていたんだぞ、てめえが組織に戻るのを」と、ジャックは声を低くして言った。

「言っただろ、俺はもうその世界から抜けたんだ。平和に暮らしているじゃないか」

「おいおい、何の勘違いだ? この世界からは一生足を洗えないんだよ! 一度手を染めたからには、てめえはもう一生マフィアだ!」

「俺はもう、お前のようなガツガツした、役に立たない社会悪にはなりたくねぇんだよ!」

「何だと、てめえ!」

 ジャックはスイッチを押す動作をしたが、しかし、それと同時に、リュウは既にジャックの懐に飛び込んでいた。勝負は一瞬にしてついた。私や坂本には何が何だかわからなかった。青い閃光が見えたと思ったら、ジャックの胸には青白いナイフが深く鋭く突き刺さっていた。ジャックの下には真紅の血が滴り落ちていた。

「ちく・・・・・・しょう!・・・・・・」

ジャックは悔しそうに倒れ、息途絶えた。

 店主は肩で息をしながら、死体を眺めていた。

「そこまでだ!」と、私は立ち上がった。手には拳銃を持ち、震えながらも店主の胸に焦点をあわせていた。「武器を捨て、後ろを向くんだ!」

 店主はひどく驚いた様子だった。しかし、やがて悟ったようにため息をつき、言った。

「刑事さん、まさか追跡されてるとは・・・・・・その調子だと、今の話も聞かれてたようですね。見ての通り、俺は裏の世界の人間だ」

 私は拳銃を手に、店主を睨み続けながら言った。「ああ、お前は国際・犯罪組織の一員だろう」

 店主はまた驚いたようだった。「俺が言わなくてもわかってたんですか・・・・・・ホント、すごいですねぇ、ここまで追跡されてきたことも気づきませんでしたよ」

「店で言われた言葉、ブラック・カクテルとは、何のことだ」と、私はすごむようにして言った。

「何のことない、私がかつて所属していた国際犯罪組織のマフィアの名前ですよ」

「警視庁・警察庁に脅しの手紙を送ったのもお前か」

「はい、あれは俺がやったもんですよ」

「さあ、武器を捨てろ、話は署で聞く」

と、私は一歩、また一歩と、店主に向かって歩き始めた。

 店主は静かにうつむいていたままであったが、顔を上げてこっちを見た。

 私は止まった。

 店主は寂しそうな目で言った。「昔はちと名を上げてたんですよ、諜報員として、スパイとして、そして終いにゃマフィアとしてね。しかし、俺は今の妻にあってからは、変わったんだ。転生したんだ。社会悪の人生はもう懲り懲りで、東京でしがない焼き鳥屋をやっていこうと思ったんです」

 私は黙っていた。坂本が私と同じぐらいに店主に近づいた。距離はもう5メートルしかなかった。店主の呼吸が段々整っていくのさえ伺えた。私は店主の一挙一動を見逃さんために、彼を凝視していた。

 店主はナイフを捨てた。青白いナイフは土の上に鈍い音を立てて落ちた。店主も私を凝視したままであった。「そうしたら、元の仲間がしつこくしつこく追ってきやがって、そのたび名前を変えて引っ越して、それはもう子供達にとっても辛そうでしてね。そうしたら、あの日殺したやつは、子供達を殺すと言って来やがったんですよ。そうしたらもう黙らせるしかなくて・・・・・・。しかし、今度はこのジャックって野郎が・・・・・・」彼は一度悲しそうに目を瞑った。「俺のいない間に妻を誘拐しやがって・・・・・、あいつはもう行方もつかめないほど遠くに飛ばされて、非人道的な仕打ちを受けてる。そうしたらもう自分が抑えられなくて、それで向こうの話し合いの誘いに乗って、それで今に至るんですよ、刑事さん」

 私も坂本も黙って息を飲むしかなかった。

「・・・・・・」私の脳裏に、妻や、息子の顔が過ぎった。

 店主は突然素早くしゃがみ、倒れたジャックの体から素早く何かを取り出した。ダイナマイトであった。

「何をするつもりだ! それを捨てろ!」と、私は銃を持って更に近づいた。

「おっと、近づかないでくださいよ、刑事さん。あんたのように真っ直ぐ生きてる人間を犠牲には出来ない。この倒れてる野郎はダイナマイトのジャックって言ってな、爆薬を専門にしたやつで、この後ろの廃屋も実は爆薬とガソリンでいっぱいなんですよ。私を脅すためにそうしたんでしょうね。このダイナマイトに火をつけさえすれば・・・・・・」

「やめろ! やめるんだ!」と、私は更に近づいた。

「言ったでしょう、あんたのようなちゃんと生きてる人は殺せない。俺は・・・・・・妻のために足を洗いましたけど、結局はこの始末・・・・・・普通の人にはもうなれないってことですよ。もうこのまま楽になりますよ・・・・・・こんなろくでなし親父ですまなかったと子供に伝えてください。クリスマスプレゼントの一つさえあげられやしない。それどころか親父は二人殺して刑事に銃をつきつけられてる。こんなやつは死んだほうがいいクリスマスプレゼントかもしれません」

と、店主はポケットに入ってたライターを取り出した。

「やめろ! やめないと撃つぞ!」と、私は店主に向かって走り始めた。

「やめてください! 危ないですよ局長!」と、坂本は私を精一杯止めた。

 店主は火をダイナマイトに付け、廃屋の壁のそばに手をかざした。ダイナマイトの導火線がジリジリと不気味な音を立てて鳴った。

「あの二人を孤児院に入れてやれるなら、なるべく遠くの所をお願いしますよ――」

 火が導火線の全てを焼き尽くし、ダイナマイトの本体に触れたと思ったら、ダイナマイトは破裂し、とてつもない熱気と光を放出し、店主の上半身を粉々に爆破させた。それが起こったと思ったら、廃屋が炎上した。

 とっさに、坂本は、「局長、危ない!」と言って、私を地面に叩き伏せ、自分も伏せた。

 炎上した廃屋の炎が、中の爆発物に移った。


 後日、私は病院を退院した。全治三週間の大火傷だ。しかし坂本の方は、もっとひどく、五日間生死の境をさ迷い、全治七週間の怪我となった。私は、店主の最期の言葉の通り店主の子供たちを世界中からの犯罪組織の被害者の子供が集まる、ボストンの極秘孤児院施設に送った。

 結局犯罪組織の手がかりはそこで終わった。ジャックと店主の遺体は爆風で回収不可能なほど吹き飛ばされた。変装して店に入ったであろう最初の被害者のチャーリーという男の遺体からは事前に店主が証拠となりうるものは全て抜き取っておいてた。犯罪組織の一員であることをばらさないためであろう。

 私は結局病院の中で寝正月を過ごすことになった。勝手に捜査したということで、クリスマスのその日から私は局長ではなく捜査一課の課長に格下げされていた。捜査で得た情報を倉山次長らに話すと、そのリュウの単なる因果応報だろう、くだらんと鼻で笑って済まされた。

 しかし、私は今でも思う。犯罪者でなくとも腐ってる人がいるこの世の中、一度犯罪に手を染めたものは、本当にもう二度と普通の人生を歩んではいけないものなのか――。

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