ふたば、レギュラーになる
結局、マジックボール部に入部させられたふたばは、そのまま自分の教室へ向かった。普段通っているクラスと同じだが、元々、大会などで欠席することも多かったので、不思議と、いつもの感じは無かった。
「教室に入ったら、黒板の前に立って、自己紹介するのよ」
担任の若い女教師に連れられて、ふたばは教室に入った。クラス内はガヤガヤとうるさい。だが、ふたばが中に入って来ると、途端に静かになった。
「転校生だ」
「うわ、超可愛くね?」
「顔小さい」
皆、ふたばを見て、口々に勝手なことを呟いている。
「皆、今日から同じクラスになった、星野ふたばさんです。分からないこととかたくさんあると思いますので、色々と教えてお上げて下さい」
担任に促されて、俺はペコリと頭を下げた。クラス内は俺の名前を聞くなり、その呟きをさらに大きくした。
「星野双葉って、アイツと同じ名前かよ」
「でも、ふたばって、ひらがなみたいよ」
俺は空いている席に座った。そして、休み時間になるなり、クラスの連中に囲まれる。
「ねぇねぇ、好きな食べ物って何?」
「彼氏はいるの?」
「血液型は?」
「家はどこ?」
質問攻めに遭い、困惑するふたば、辿々しくも質問に一つずつ答えて行く。しかし、それでも終わらない質問ラッシュに、とうとう耐えられなくなり、トイレに行くと誤魔化して、その場から逃げ出した。
「はぁはぁ」
酷い目に遭ったと思った。廊下の壁へもたれ掛かると、教室の中から、話し声が聞こえて来る。
「ふたばちゃんてさ、あっちの双葉とは違って、接しやすいよな」
「うん、同じ名字だと聞いた時は、どんな奴かと思ったけどさ、可愛いし、素直そうだった」
「星野と一緒にしたらあの娘に失礼だな」
勝手なことばかり言いやがって。ふたばは下唇を強く噛み締めながら、壁に手を突いた。亡くなった母も、別の学校に通っている姉も、勝つこと以外に、何も教えてはくれなかった。友達の作り方とか、勉強以外にも必要なことを何一つとして教えてくれなかったのだ。
自分は嫌われていた。そんなこと分かっていた。しかし、こうやって、言葉にされると、より迫るものがある。
「ちっ、勝手なことばかり」
ふたばは逃げるようにして、前も見ずに廊下を走った。すると、ドンと、見知らぬ男子生徒とぶつかり、彼女の軽い身体は簡単に吹き飛んだ。
「痛てて」
尻を強く打って、じんわりとした痛みが走った。すると、目の前にはぶつかってしまった男子生徒がいた。
「おい、テメー、痛いじゃん。何すんだよ」
男子生徒は3名ほどいた。彼らはふたばを取り囲むと、彼女をビビらせようと、溢れんばかりの罵詈雑言を浴びせた。
「うるせぇな。邪魔だ」
ふたばが起き上がり、男子生徒の一人に殴り掛かるが、寸前で避けられ、逆に背後を取られる形になった。腕で後ろから首を絞められ、身体を拘束される。すると、3人のうちの1人が、いやらしく手をワキワキとさせた。
「よく見たら、制服の上からでも分かる、中々ボリューミーなおっぱいじゃん。どれ、少し触らせてもらうぜ」
「や、止めろ。来るな。気持ち悪い」
まさに絶体絶命だった。まさか、自分の通っている学校が、こんなにも荒れていたとは知らなかったらしい。
「待ちな」
ドスの効いた女性の声が聞こえて来る。見ると、男子生徒の一人の腕を捻り上げながら、一人の女子生徒が颯爽と現れた。
「テメー」
その女子生徒は、女子にしては長身で、髪の毛は後ろで一本に結んでいた。一昔前のスケバンのような雰囲気を纏いながら、その女子生徒は、男子の顔を殴り付けた。
「この女ぁぁぁ」
俺を抑え付けていた男子も、俺を話すと、女子生徒に殴り掛かった。しかし、女子生徒には当たらない。それどころか、逆に腕を抑え付けられてしまう始末。
「離しやがれ」
「悪いけど、肩を外させてもらうよ」
「や、止めろ」
「ふん」
バキッという音がした。見ると、男子生徒は萎びた野菜のようかに弱々しく、廊下に這いつくばった。
「純情な乙女に、何してんだか。君、大丈夫。変なことされてない?」
「あ、いや、大丈夫」
その女子生徒は自らを、「木戸麻美」と名乗った。彼女は女子マジックボール部の2年生で、火口玲奈と同じ、レギュラーだった。
「へぇ、君、女子マジックボール部に入るんだ」
「うん、まあね」
休み時間、ふたばは麻美と話していた。すると、そこに、昨日戦った火口玲奈と、ふたばが助けた日向海月に、智の元カノにあたる、月本ユカ、金城真奈美に、海堂水樹の5人が加わった。ふたばからすれば、こんな大勢の、しかも異性と話すのは初めてである。
「ふん、天王寺部長が何の酔狂だか知らないけど、その娘を入れることにしたんだって」
「へぇ、でも玲奈ちゃんを倒して、部長とも良い勝負したんでしょ。凄いわ」
海王水樹は、水色のショートカットが特徴的だった。ふたばは直接、口を聞いたことは無いが、確か、彼女が書いた論文が、県で表彰されて、県の新聞に彼女が載っていたので、不思議と顔だけは知っていた。
「海王水樹って、聞いたことあるような」
「それはそうよ。我が学園一の天才少女だから」
海月は自分のことじゃないのに、嬉しそうに胸を張った。すると、それを玲奈が咎めた。
「あんたの事じゃないでしょ。あんたは早く、レギュラーになりなさいよ。皆で全国大会で優勝するって、一年の頃約束したのに」
「ごめん玲奈ちゃん」
海月は恥ずかしそうに、頭を掻いていた。
「じゃあなれば良いじゃん」
突然、ふたばはそんなことを言った。場の空気が凍り付く。それでもふたばは続けた。
「勝てばレギュラーになれるんだろ。なら勝てば良い」
ふたばの言葉に、玲奈が噛み付いた。
「あのね、そう簡単に言うけど、レギュラーってのは、そう簡単になれるものじゃないのよ」
「じゃあさ、そのレギュラーになったアンタは、日向のことを見下してるわけだ」
「はぁ?」
ふたばはムキになっていた。同じように玲奈も熱くなっている。二人の熱気を覚まそうと、部内の中間管理職こと、水樹が必死に宥めようとする。
「良いよ水樹、それならさ、なってもらおうじゃん、ふたばちゃんに」
言ったのは木戸麻美だった。彼女はふたばの方を見ると、ニカッと八重歯を見せて笑った。
「あんたが証明すれば良い。レギュラーになることがいかに簡単かってことをさ」
「もちろん」
やるからにはレギュラーになる。ふたばは当然そう思っていた。現状レギュラー枠は6名、正選手5名に補欠1名だった。そして、その全ての枠は埋まっている。まず、正選手として、天王寺美月、海王水樹、月本ユカ、木戸麻美、金城真奈美の5名に、補欠として火口玲奈がいる。ふたばがレギュラー枠に入るには、いずれの選手を倒して、自分の実力を認めてもらう必要があった。
「火口さんを倒した時点で、実力は認めて貰えるだろうけど、今回の大会はまず出場できないわね」
金城真奈美はそう言った。
「いや、分からないよ。天王寺部長の考えていることはね」
麻美は目を細めて空の方を見た。部長からすれば、今回の大会が最後となる。中等部最後の大会を、最高の結果を残して辞めたいに違いない。
麻美の予想は的中した。放課後、部員を集めた美月は、ふたばを新入部員として紹介する傍ら、以前の練習試合で敗北した火口玲奈を補欠から外し、代わりにふたばを補欠にすると発表したのだ。




