ふたば、入部する
次の日。今日から新しい学生生活が始まる。ふたばは起き上がると、歯を磨いて、顔を洗って、パジャマを脱いで、着替え始めた。
「ふう」
鏡の前に立つと、まだ見慣れない自分の姿が映っていた。パッチリとした大きな瞳が、こちらを見ている。確かに、ルックスは悪くないと思う。そこらのアイドルよりも、客観的に見て優れている。オレンジ色の、肩まで伸びた髪を掻き上げて見る。
「あの娘よりも上かな」
スタイルも昨日あった海月よりナイスバディーだと言える。事実、この年齢にしては、ふたばはグラマラスだった。
「てか、何で張り合ってんだ俺は」
ふと冷静になる。生来の負けず嫌いがこんなところでまで発揮されるとは、彼女自身意外だった。
さっさと朝食を終えて、学校へ向かう。いつも、公式のデュエルや大会などで、学校を欠席していたので、ふたば自身、友人は少なかった。しかし、そんなふたばにも、唯一、心の許せる同性の友人がいないでも無い。
「よう、地井」
ふたばは後ろから、見慣れた男子生徒の肩を叩いた。背が低くなっているので、やや背伸びしないと肩には触れなかったりする。
「ん、え、君、誰?」
当然の反応が待っていた。クラスメイトの地井智は、その端整容姿を鼻に掛けることも無く、女子達は勿論、同性からも信頼されていた。ふたばの記憶が正しければ、クラスの学級委員もしていたはずだし、彼自身、男子マジックボール部の部員だった。
「やっぱり、わからないか。俺だよ。星野双葉」
「星野、まさかアイツの名前を聞くとはね。はは、確か、世界大会のJr部門で優勝したらしいね。正直凄いと思ったよ。ついこの前まで、隣にいたような奴が、今や、雲の上の存在だからね。でも、いくら、星野に憧れているからって、勝手に名前を拝借しちゃダメだよ」
「違う、俺は星野双葉だ。お前のクラスメイトで、お前に何度も誘われたのに、マジックボール部に入らなかった奴だよ」
「驚いた。そんなことまで知っているのか」
地井智は驚いた様子だったが、やはりまだ、星野双葉と今のふたばを同一人物とは思えない様子だった。
「おい、確か、去年の冬頃だっけ。お前が、女子マジックボール部員の月本ユカと破局したのは」
ふたばの言葉に、智は凍り付いた。確か、その話は星野双葉にしかしていない。何だかんだ、口の硬い奴だと思ったから、勇気を出して打ち明けたのだが、まさか、こんな見ず知らずの女子生徒から、そんな地雷話を改めて聞かされるとは、彼自身、予想もしていなかったことだ。
「馬鹿な、ななな、なぜ、それを」
「ふん」
「クソ、星野の奴。誰にも言うなって、あれほど頼んだのに」
「おい、待てよ。俺は誰にも話してないぜ」
「いや、君じゃない」
「だからぁ、俺が星野双葉何だよ。一番の親友の隠し事なんて、話すわけ無いじゃん」
言いながら、ふたばは照れ隠しにそっぽを向いた。すると、智の顔付きが変わった。
「そのツンツンした感じ。君は、本当に、俺の知っている星野なのか」
「そう言ってるだろ。バカ」
「で、でもどうして、そんなことに」
「うちのじじいのせいだよ。アイツの作った変な薬で、性転換した。それだけだ」
「確かに、あのじいさんならやりかねない。そして、中々、うん、僕好みじゃないか」
「バ、バカ。俺は男だ」
「冗談だよ。そう言えば、昨日、女子の方で騒ぎがあったようだけど、アレって、お前が関係してるのか。雨の中、天王寺部長と、知らない生徒がデュエルをしていたって」
「そうだよ。ま、実質的には俺の負けだけどね」
ふたばは悔しそうに視線を落とした。
「まあ、天王寺部長は、あの歳でプロのスカウトも来てるからな。無理も無いさ。しかし、女の子の身体じゃ、男の時とは色々と勝手が違うだろ」
「ああ、リーチも短くなってるからな。打つ際の力加減も、加える回転も、何より体力も落ちているから、効率的に立ち回らないと、途中でガス欠起こしそうだ」
「そうじゃなくて、トイレとかお風呂とか」
「んああ、トイレは座ってした。大便をする感覚だな。風呂は、まあ色々あった」
学校に着くと、早速、昨日戦った天王寺美月に呼び止められた。一日振りに出会った彼女は、昨日とは大きく雰囲気が変わっていた。
「あ、ああ、あんたまさか」
「やあ、星野双葉さん」
美月の腰まで伸びていた髪の毛が、見事なショートヘアーになっていた。元々、ボーイッシュな雰囲気だった彼女が、より中性的に見える。
「どうしてだよ」
「ほら、負けたら、髪を切る約束だろ」
「だって、昨日は引き分け。それどころか、あんたは勝ってたのに」
「引き分けだから、両者共に罰ゲームを受けるなんてどうかと思ってね。ほら、君の入部届だよ」
上手くしてやられた。相手が、女の命とも言える髪の毛を切って来たのだ。今更、自分が入りたくないなんて言えない。ふたばはサラサラと素早く、「星野ふたば」と書いた。
「ふたばさんね。これからよろしく」
美月はニコニコと満面の笑顔のまま、右手を出して、握手を求めた。ふたばが訝りつつも、恐る恐る反対の手を差し出すと、彼女の方から握った。