頂上対決?
「雷神ステップか」
試合を見ていた、女子マジックボール部部長の、天王寺美月はボソッと呟いた。
雷神ステップとは、右足に魔力を集中させ、一時的に加速する、プロの間でも使える者は少ない、ある種の卓越した才能である。
「ふっ、全く不法侵入者にしては出来すぎだな」
美月はクリーム色の腰まで伸びた、美しい流麗な髪を掻き上げながら、優雅にコート内へ入った。そして、敗北のショックから立ち直れない玲奈の肩を掴んだ。
「火口さん。仇は討つから。外で見ていて」
「は、はい」
玲奈は今にも泣き出しそうだった。美月は敢えて、励ましたりせず、彼女をコートから出させると、自らもラケットを握り構えた。
「ふっ、君からすれば、退屈な試合だったかな」
「あんた強そうだね」
「どうだい。うちの部に入らない。君なら、すぐレギュラー入りできるよ」
「嫌だ。ラケットも持っていないような奴に、寄って掛かってボールをぶつけるような奴が在籍している部活には入りたくない」
双葉はキリッと、星屑加奈子達を睨み付けた。
「彼女らには私から言っておく。それでも嫌かい?」
「嫌だね。あっかんべーだ」
双葉は右瞼を指で引っ張って見せた。
「全く、わがままなお嬢さんだ。なら、勝負で決めよう。君が勝ったら、好きにすれば良い。その代わり、私が勝ったら、君には私の部に入って貰うよ」
「ふん、俺が勝った時の条件が甘いな。そうだ、俺が勝ったら、あんたのその長い髪をばっさり切って、ショートヘアにして貰おうかな」
双葉の提案に、その場にいた、コート上の二人以外の、全ての人間が凍り付いた。
「良いよ」
「何だよ。引くつもりは無いのか」
「当たり前だよ。こんな便利な手駒。逃したくないからね」
早速試合が始まった。その場にいる、日向以外の全員が部長である、天王寺美月を応援している。完全なアウェーの空気の中で、双葉のスピンサーブが、美月の頬を掠めた。
「ふうん、速いな」
「打ち返すとかしろよ」
「1点は様子見だよ。大丈夫。君に1ゲームたりとも落とさせやしない」
「吠え面掻かしてやる」
双葉はさらにスピンサーブを放った。美月はそれを優雅に打ち返そうとした。すると、打球の軌道が変わった。フワッと、美月のラケットを避けて、彼女の股下目掛けて落ちて行った。
「なるほど」
ボールは美月の股下を抜けて、コロコロとコート上を転がった。
「まさか、そんな、部長がサーブだけで2点も取られるなんて」
部員達の悲鳴が聞こえて来た。だが、美月はまだ余裕綽々という様子でいた。
「このまま終わらせる」
スピンサーブが放たれる。美月は先程と同じように、ラケットを振るうが、再び軌道が代わり、美月のラケットを抜けてしまう。しかし、先程とは違い、美月は、まるで軌道の先を知っていたかのように、ラケットの向きを変えて、それを打ち返した。
「ちっ、どうして分かったんだ」
「君の挙動さ。肩の上がる位置で軌道や回転数も変わるんだね。もうそのサーブは効かないよ」
「そうかな」
双葉はスピンショットで打ち返した。左右に激しく回転するボールは、弧を描きながら、美月の反対方向へ飛んだ。
「少し本気出すよ」
美月はバウンドしたボールを打ち返した。すると、ボールが金色に発光した。
「クソ、魔弾か。ようやく本気を出したな」
双葉は両手でラケットを握り締め、それを打ち返した。
「よく、返したね。でも、遅いよ」
あまりの強力な打球に双葉が仰け反った。その隙を美月は逃さず、空いている前衛のエリアへ、ポンと、軽く球を返した。
コロコロとボールが双葉の足下を転がった。
「くっ」
全く反応できなかった。それが双葉には屈辱で堪らなかった。ギブソンとの試合でもこんな気持ちにはならなかった。
「たかが、女子だと馬鹿にしてたよ」
双葉は懲りずにスピンサーブを放った。
「ふん、意地になってるね。でも、それが身を滅ぼすんだ」
美月はラケットを持ち直すと、ガットでは無く、ラケットの側面で打ち返した。
「あれが出るわよ」
一人の部員が期待で目を輝かせた。
瞬間、フッと放たれたボールが消えた。
「な、嘘だろ」
気付いた時には、ボールは双葉の足下にあった。
「見えなかったかい」
「速すぎて見えなかったわけじゃないみたいだな。本当に消えてるのかよ」
「バニッシュショット。私はそう呼んでいる。さあデュエルを楽しもう」
結局、このゲームを双葉は落としてしまった。そして、第二ゲーム。今度はあちらにサーブ権がある。
「ほら、バニッシュサーブだよ」
「また消えた」
ボールがシールドを超えた瞬間に消える。双葉は慌てて前に出た。
「本当にボールが消失しているわけが無い。そう見えているだけだ」
双葉はがむしゃらにラケットを振った。しかし手応えは無い。ボールはいつの間にか、双葉の後ろに落ちていた。
「まるで大人と子どもね」
玲奈が笑いながら言った。先程負けたことはもう忘れているらしい。
「ほら、構えるんだお嬢さん」
「分かってるよ。それとお嬢さんは止めろ。俺は男だ」
「あはは、こんな可憐な男がいたら、堪らないな」
いつの間にか雨が降り始めていた。何人かの生徒達はコートから離れて、校舎の方に移っていた。しかし、コート上の二人は、ずっと打ち合っていた。
「雨が降って来たね」
「ああ、でも止めないよ。止めた方か負けだからね」
二人とも引くつもりは無かった。しかし、雨はどんとん強くなって行く。そして、ついには、コートの一部が水没してしまった。
「こら、そこの二人、何してるの」
遠くから怒鳴り声が、ドンドン近付いて来る。すると、先に美月の方がラケットを降ろした。
「ゲームセットだよ。このデュエルは引き分けだ」
「ちっ、自分がリードしてるからだろ。汚いな」
双葉はずぶ濡れになりながら、傘を持って来た日向によって、更衣室に連行された。
「おい、離せよ。大丈夫だから」
「ダメだよぉ。風邪引いちゃうでしょ」
日向は双葉のスカートを掴んで、捲った。すると、黄色の男性用トランクスがチラリと顔を覗かせた。
「げげ、双葉ちゃん。色気なさ過ぎ。男性用下着とか有り得ない。折角可愛いのに」
「関係ないだろ。それに、俺は今はこんな姿だけど、本当はれっきとした男だ。それに、あのギブソンを倒したんだぞ」
「うわぁ、しかも、これってまさか」
日向は双葉の制服の胸元に集中した。そして、雨に濡れてべたついた生地に触れた。
むにゅむにゅと柔らかな感触があった。日向の不安は的中した。
「ちょっと、ブラしてないの?」
「ブラって、男がそんなもん着けられるか」
「ところで、あなたって、本当に、あの星野双葉君と同姓同名なの?」
「ん、ああ」
双葉は鞄からノートとペンを取り出すと、デカデカと自分の名前を書いた。そこには、「星野ふたば」と書かれていた。
「ああ、双葉じゃなくて、ふたば。ひらがななんだね」
「ま、まあな。いつも星野双葉と間違われて大変だったよ。はぁ」
どうやら、双葉改めふたばは、自分の正体を明かすことを諦めたらしい。最も、この身体では誰も信じてはくれないだろう。
「私はね、ちょっと、ペン貸して」
日向は星野ふたばと書かれている隣に、「日向海月」と書いた。
「ひなたくらげ?」
「そう、変な名前でしょ」
「はぁ」
結局、その日は学校へは行かず、そのまま更けた。日向海月が、必死にふたばのことを探していたようだが、上手く巻くことができた。
「ただいま」
家に帰るなり、剛造が走って来た。
「双葉、肝心なことを忘れとった。学校へ話を通すのをすっかり忘れておったわい。今、校長には事情を伝えておいた」
「事情って?」
「星野双葉は海外遠征でしばらく欠席する。代わりに、その間、従妹の同姓同名の星野双葉が在籍すると」
「よく、そんな無茶苦茶な話が認められたな」
「ま、ワシと校長は古くからの知り合いじゃからな。向こうも、勝手に色々と察してくれたようじゃ」
「都合の良い話だ」
ふたばはびしょ濡れになった制服を脱いだ。すると、剛造が慌てて、やって来た。
「こら、そんなところで服を脱いではいかん」
「ああ、何でだよ」
上半身裸にスカートという、何とも刺激的な格好のまま、剛造の方を振り向いた。
「のああああ、老体には刺激が強すぎるわぃ」
「はあ、野郎の裸なんか見て、興奮してんじゃねえよ」
「お前、今の自分の姿を鏡で見て見ろ」
ふたばは溜息を吐いた。自分の身体を見ると、男性の時とは異なる肉の付き方をしていた。程よく付いていた筋肉は、柔らかな脂肪と贅肉になり、腰の辺りはくびれている。スリムだけれど、肉付きの良い体型をしていた。そして、胸をそっと、右手で掴んで見る。少しだけ固い。片手で収まる小振りな大きさの乳房。乳首は薄い桜色をしていた。
「腕もプヨプヨだ。足もムチムチしてる。クソ、腹筋も割れてない」
「それが、第二次成長を迎えた、女性の肉体じゃ」
「肉体とか言うなよ。スケベ」
ふたばは渡されたタオルを、剛造の顔に投げ付けた。