双葉とふたば
「嘘だろ。はぁはぁ」
双葉は寝て起きるなり、自分の身体の変化に気が付いた。あるはずのモノが無く。無いはずのモノがある。慣れ親しんだ、朝になればそそり立つ相棒はおらず、自称、男らしい見事な胸板には、小振りな膨らみがあった。
「あ、あああ」
パジャマのボタンを引き千切って、胸元を露わにする。清らかなる桜色の乳頭が見えて、双葉は顔を真っ赤にした。
この年齢で、女性の裸体など見る機会も無い。特に、マジックボールのみに打ち込んで来た、少年からすれば、グラビアの写真集ですら、卒倒ものに違いない。
「あががが」
鼻血のプールに溺れて、双葉は気絶した。そこに、剛造が駆け付けて来た。
「あ、ああああ、双葉、どうしたんじゃ、その身体はぁぁぁ」
慌てて、孫の身体を持ち上げて、地下にある、自分の実験室に連れて行く。
「はぁはぁ、じいちゃん、ああ」
「落ち着いたか双葉よ。驚いたなぁ。何故、こんなことに」
「何故だと。おい、じじい。お前の飲ませたスポーツドリンクに何か入ってたんだろ」
「な、馬鹿な。ワシは本当に、お前のため思ってスポーツドリンクを作ったのに」
「クソじじい。嫁に先立たれたからって、俺を女にして、慰めて貰おうとしたんだろ」
「アホ、お前はアホじゃ」
双葉は寝かされていたベッドから起き上がると、大きな鏡の前に立って、改めて自分の身体を見た。
オレンジ色の髪の毛は、柔らかなウェーブが掛かっていて、肩まで伸びている。触ってみると、男の時とは髪質が違って、フワフワとしている。若干だが、良い匂いもした。肌もスベスベで、透き通るように白い。週刊誌のトップを飾れるレベルの美少女だった。最も、元々、中性的な美少年だったのだから、この変化も無理が無いように思えるが。
「しかし、ワシのドリンクが原因というのは正しいじゃろうな。それ以外に考えられん。取り敢えず、ワシは飲んだドリンクの成分を調べるから、お前は、学校に行け」
「学校になんか行けるか。この身体見ろ。男子の制服が入るのかよ」
「確か、冗談でお前に着せようと思っていた、女子制服があるじゃろ」
「あ、ああ。じじい。やっぱり変態だな。狙ってたな」
「もう、何とでも言え」
剛造はぶっきらぼうに答えると、それきり、双葉に背を向けて、いつものように実験室に籠もった。
「クソ」
着慣れない制服は予想以上に厄介な代物だった。スカートは、ズボンと違って、足下が空くので、スースーして気持ち悪い。ブラなんてしないから、シャツが乳首に擦れて、痛いやら擽ったいやら、何とも言えぬ不快感があった。
学校に着くと、ジャージを着た女子生徒と、白いユニフォームに身を包んだ女子生徒らが、コートで素振りやら、走り込みやら、朝練に勤しんでいた。
「女子マジックボールか」
双葉の通う太陽学園は、マジックボールの名門校の一つである。最も、プロにしか興味の無い双葉は、所属することは無かった。剛造も、お前がやると、強すぎて逆に風紀を乱しそうだからと、暗に入らないことを推奨した。
「ん?」
ふと、視線の先に一人の女子生徒が映った。彼女は赤い髪にポニーテールという出で立ちで、青いジャージを土や埃でボロボロになった状態で着込み、同じく青ジャージ姿の先輩らしき、タチの悪そうな連中に囲まれていた。
「ほら、日向。避けない」
先輩らしき女子生徒の一人が、ラケットでボールを打った。
「ぎゃ」
回転するボールが、日向と呼ばれたポニーテールの少女の右肩に命中した。
「ほうら、日向。しっかりしなきゃ。もう1球行くよ」
意地悪そうな女子生徒がさらにもう1球、球を打った。ポニーテールの少女は、言い付け通りに、避けようとせず、そのまま目を閉じた。
瞬間、目の前で閃光のようなものが走るのを感じた。目を開けると、そこには、オレンジ色の長い髪の毛をした少女の後ろ姿があった。彼女は手に、マジックボール特有の長ラケットを持ち、立っていた。
「な、何よあんた」
「ふうん、速い打球だけど、回転も掛かって無いし、魔力も籠もってない。これなら、テニスとか卓球に乗り換えなよ。どうせ、弱いだろうけど、今よりはマシになるんじゃない?」
少女は不敵に微笑んで見せた。ポニーテールの少女は思わず少女に訊ねた。
「あなた、名前は?」
「星野双葉。太陽学園二年生。あんたも先輩も弱そうだから、俺がレクチャーしてやるよ」
双葉は先輩の方を見た。
「ねえ、弱いもの苛めしたいなら、俺で試しなよ」
「生意気な奴ね。私は三年よ。二年のくせに」
「御託は良いから、早くして。少しイラついてるから」
双葉は勝手にコートに入るなり、ボールをコートの上でバウンドさせた。
「先輩風吹かせるなら、サーブ権は後輩に譲ってね」
双葉はボールを高く上げた。そして、それを思い切り打った。
「ちっ、太陽学園三年、星屑加奈子を侮るなぁ」
加奈子は放たれたボールを打ち返した。ボールは僅かに回転しながら、双葉の眼前目掛けて飛んで行った。
「回転掛けられるじゃん。じゃあ、これならどう?」
双葉は顔目掛けて飛んで来たボールを避けると、バックバンドで打ち返した。ボールは青く発光している。
「まさか」
「魔力を込めたボールだよ。これが打ち返せないなら、レギュラーにはなれないよ。きっと、残り一年間もずっと青ジャージだね」
「くそおおおおお」
加奈子は前に出た。そして、半ば突っ込むように、激しく回転と発光を繰り返すボールに向かった。
「ぎゃああああ」
ボールは僅かに軌道を反らすと、そのまま、加奈子の右肩に命中した。
「痛い、痛あああああ」
ダンゴムシのように、その場で丸くなり転がるように悶え苦しむ加奈子。双葉はそんな加奈子を見下ろして言った。
「さっきの仕返しだね。ほら、あんたもあの娘の右肩にボールぶつけたろ」
最早、その後は試合にならなかった。結局、加奈子は1ゲームはおろか、1ポイントすら得られなかった。