小さな天才現る
かつて世界を魔王が支配していた。地は枯れ、海は荒れた。しかし、神によって選ばれし、勇者によって魔王は倒され、世界は光を取り戻した。それから、数千年の月日が流れ、場所は、アメリカ西部にある、ワールドワイドスタジアム。物語はここから始まる。
「さあ、始まりました。マジックボール世界大会Jr部門決勝戦。ただいまより始まります」
その大会はテレビで全国放映されている。魔王が死に、世界が娯楽で溢れ、始めに広まったのが、スポーツだった。そして、スポーツの中で、最も民衆から指示されたのが、マジックボールという、魔法弾を打ち合う。テニスに酷似したスポーツだった。
「日本代表、星野双葉選手、前へ」
オレンジ色の髪の毛をした、頭部の先端にあるアホ毛が何とも、特徴的な、華奢な、まるで少女のような可憐な容姿をした美少年が、純白のウェアを着て、スポットライトの前へ姿を現した。手には、マジックボール独特の、柄の長いラケットが握られている。
「アメリカ代表、ギブソン・グレイ選手、前へ」
対する、相手は金髪の少しやんちゃそうな今時の若者という感じの少年だった。彼の碧眼は、真っ直ぐ、星野双葉を見つめている。彼は非常に好戦的なようだ。
「さあ、決闘スタート」
マジックボールでは試合のことをデュエルと呼ぶ。古代からの名残らしい。
「行くよ」
双葉は持っている銀色の玉を、軽く放った。そして、それを力強くラケットで打った。
ボールは右方向に激しく回転しながら、青く発光していた。透明なシールドと呼ばれる、所謂ネットを越えて、相手のエリアへ入る。
「ちっ、回転が温いんだよ」
ギブソンは素早く、放たれた玉を打ち返した。今度は、ボールが赤色に発光した。
「今の本気じゃ無いよ」
双葉は言いながら、得意気にウインクをした。そして、右足を一歩前に出すと、身体の重心をその右足に集中させ、やや、前のめりになった。渾身の力を込めて、ボールを打ち返す。
ギュルギュルギュルと、横方向に激しく回転するボール。青く光るボールが凄まじい速度で、シールドを超え、ギブソンの前に向かって来る。
マジックボールに置いて、最も重要なことが二つある。一つは、回転である。このスポーツはボールに回転を加えることで、テニス以上に変化が起こる。ボールが消えたり、増えたり、熱を持ったり、反対に冷たくなったり、魔力の籠もったボールは、打ち手の力で変幻自在にその姿を変える。
そして二つ目が、魔力である。打ち手はボールがガットに触れる瞬間に、体内にある魔力を込めて打つ。そのため、ボールは打たれた瞬間に、打ち手によって、その色を変える。双葉なら青色。ギブソンならば赤色である。
「ちっ、スピンショットか」
双葉の得意技スピンショットが放たれた。全身の力を集中させて放たれる打球は横方向に激しく回転。文字通りスピンしながら、ギブソンのラケットを上空へ吹き飛ばした。
「ぐああああ」
ギブソンは手首を押さえて倒れた。しかし、持ち前の負けん気ですぐに起き上がる。
「はぁはぁ、テメー、舐めやがって」
「ふふ、次は本気で打つからね」
「い、今のが本気じゃねぇのかよ」
試合は星野双葉の圧勝で終わった。彼は14歳にして、18歳までが参加できる、世界大会Jr部門を制覇してしまった。
14歳。そんな多感な歳で王座を獲得すれば、誰だって傲慢になるだろう。故に、この後の、彼の態度や言動を咎めることはあまりにもナンセンスである。
ヒーローインタビューが始まった。キラリと頬を濡らす汗を、タオルで拭いながら、現れる双葉を、マスコミが一斉に取り囲み、シャッターの嵐と、たくさんのマイクで待ち受けた。
「世界大会Jr部門優勝おめでとうございます。率直に、あの今の感想をお願いします」
おどおどした若い女性インタビュアーが、自分の半分の年齢しか無い少年に、震えながらマイクを向けた。
「ふん、あのさ、もっと気の利いた質問無いの?」
渡されたペットボトルの中身を、グイッと飲み干して、双葉は言った。
「あ、あのでは」
「良いよ。感想でしょ。案外弱かったよ。ギブソン・グレイと言えば、日本でもそれなりに有名だったよね。でも、ちょっと本気出したからこれだよ。もう戦う相手かいなくて、逆にイップスになりそう」
双葉は増長を極めていた。この世の全てが自分を中心に回っていると思ったし、事実、マジックボールで強いということは、これ以上無いぐらいに、この世界においては名誉なことであり、周りもチヤホヤした。
「次はオリンピックかな」
そんなことを言いながら、双葉は会場をあとにした。
数日後。双葉は録画していた試合を自宅のテレビで見ていた。
「じいちゃん、見た。俺の強さ。ギブソンの奴、驚いてるね」
「双葉、いい加減にしてくれ。もうこの試合を見るのは、10回目だぞ。普通のバラエティーも見たい」
「無駄だよ。じいちゃん。全部、俺の話題で持ちきりだからさ。死んだ母さんも喜んでくれるかな」
ふと、そんな切ないことを言いながら、双葉はテレビに夢中になっていた。
「ま、お前が勝てたのも、この天才博士、星野剛造のトレーニングメニューのお陰じゃがな」
白髪の腰の曲がった老人は、ヘンテコな形をしたトレーニング器具を眺めて言った。
「いやいやじいちゃん。俺、そんなもん使ったこと無いし」
「まあ、細かいことは良いじゃろ。それより、これ、どうじゃ。ワシが作った、最新のスポーツドリンクじゃ」
「ふうん、それ、何か良いの?」
「まあ、飲んでみろ。これを飲めば、明日からはマッチョマン確実じゃ」
「それも何か嫌だな。まあ良いや。貰うよ」
双葉は渡された緑色の妖しげな液体をゴクゴクと飲み干した。それが悪夢の前兆、増長した自分への天罰とも知らずに。
「うまいよこれ。飲みやすい」
「そうじゃろそうじゃろ」
剛造は嬉しそうに何度も頷いた。何だかんだ孫が可愛いらしい。事実、試合を録画していたのもこの老人である。
次の日。
「な、何じゃこりゃゃゃゃゃゃ」
昨日よりも少しだけ声が高くなった双葉の絶叫が響き渡る。彼の物語が、本当の意味で始まった瞬間だった。