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ディアレスト  作者: 北条渚
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第4章 修学旅行

「グッドモーニング。起きてる?こっちはもうすぐ、エダちゃんが迎えに来るから、さっさと準備して、小川駅のバス停に来てね。」

  「ああ…。」

    午前四時、マキからの猛烈なモーニングコールで目が覚めた。僕の親はまだ寝ているので、そっと出掛けることにした。今日はとてもよく晴れた、旅行日和だ。日頃の行いが良いのか、この三日間関西の方も天気に乱れは無いそうだ。信号がまだ点滅信号の交差点を自転車で駆け抜ける。三日間くらい、小川駅のバス停に自転車を放置しても問題は無いだろう。どうせ田舎だし。自転車の籠から中途半端にはみ出たカバンに気を使いながら、小川駅のバス停に着く。まだ、エダちゃんとマキは来ていない様子だ。鳥が囀るだけの小川駅のバス停。最初にここに来た時の静けさ見たいだった。一つクラクションが鳴る。振り向くと、マキを乗せた、エダちゃんの車が止まっていた。そうか、エダちゃんといえば、バスのイメージだったから気が付かなかった。

  「おはようございます。お邪魔します。」

  「はーよ!」

  「おはよう。」

   マキは子供のようにテンションが高かった。

  「わざわざ、すいませんね。東京駅まで送っていただけるなんて。」

  「いやいや。今日はちょうど東京に行く予定だったから大丈夫だよ。それでさ、マキ。あと二人はどこで拾えばいいの?」

  「えっとね…。タマツクリ中学校の交差点のコンビニ。」

  「了解。」

   交通量の少ない国道を掛け抜けて行く。初夏とは言えども、朝から暑かった。車中は大音量でクラシックが流れていた。これがエダちゃんスタイルなんだとか。

  「早朝だから、グリーグ作曲の『朝』ね。これは有名だから、トオル君も聞いたことはあるでしょ。」

  「へー。これ、『朝』っていうタイトル何ですか。曲は聞いたことあるけど、タイトルまでは知らなかった。」

  「あれぇ。そうなんだ。」

  「エダちゃんは、音楽好きでさ、もうマニアだよね。」

  「るっせぇ。」

   エダちゃんは、一体どのくらい趣味があるんだろう。楽しい人だ。ホント。

   車を走らせて十五分。交差点のコンビニで二人と合流した。

  「おはようございます。お願いしまーす。」

  「あいよ。」

  「師匠!おはようございます!」

   サチコもマモルもテンションが高かった。

  「マキ以外は皆、お願いしますって言ってるのに、マキはまったく…。まあいいけどさ。」

  「あれ?そうだっけ?」

  「とぼけるな。」

   車内は相変わらず、大音量でクラシックが流れている。

  「あ、これ、チャイコ作曲の一八一二年じゃないですか!」

   サチコが話しかける。

  「おう。知ってるの?いい曲だよね。」

  「この曲、俺も知ってるよ。最後、大砲をぶっ放す曲でしょ?サチコもお気に入りの曲だもんな。」

  「さすが幼馴染だな。」

   マモルには関心してしまった。

  「いや、コイツん家遊びに行くと必ず強制的に聞かされるから。」

   前言撤回。嫌々聞いてたわけか。僕は別にクラシックとか嫌いじゃないが、さすがに聞かされると嫌だよな…。

    午前五時、土浦北インターから常磐道に乗る。朝の高速道路は休日と比べて空いていた。利根川を渡れば懐かしき柏市。僕の住んでいた所からは結構離れているけど、故郷だ。出掛ける時はよくこの柏インターを使っていたのを覚えている。ここまで来ると、見慣れた風景だ。

  「エダちゃんって、バスの運転やってるだけあって、運転上手いよね。」

   マキが話す。

  「そう言って貰えると嬉しいよ。実際俺はバスに関してはまだまだ新米運転手だし、快適に乗ってもらえてるのかなって、たまに不安になるよ。」

   首都高を軽快に走る。エダちゃん曰く、平日でこの時間に混まないのは珍しいのだとか。車はやがて、隅田川沿いを走ると左手には先日開業したばかりの東京スカイツリーが大きく見えた。

  「東京スカイツリーって、ここら辺だったんだね。って、ことは、ここら辺が浅草?」

  「大まかにいえばそうだね。ちなみに皆の知っているロッコクはこのあたりも走ってるんだよ。」

  「マジで!すげー。」

   マモルが興奮している。

  「ロッコクって?」

  「ああ、国道六号線のことだよ。そうか、茨城の人しかそう言わないもんね。」

   そこから、しばらくは地元話に花を咲かせていたが、僕には半分しか分からなかった。

    午前五時五〇分に東京駅に着いた。時間も無かったので、エダちゃんに軽く挨拶をして別れた。新幹線のターミナル駅でもあるこの東京駅に、マモルは子供のように目を輝かせていた。

  「マモル。なんだか子供みたい。」

   サチコが僕に向けて話しだす。

  「ああ、そうだな。鉄道好きにはたまらないんだろうな。柏の友達もマモルほどじゃないけど、珍しい駅とかみると興奮してたもんな。」

  「そうなんだ。トオルはあんまり乗り物とか興味ないの?」

  「えっ?僕はそんなに興味はないよ。何か趣味でもあれば良いんだけどね。あはは。」

   確かに、僕にはこれと言った趣味はないな。ユウヤと話しても僕は聞いているばかりだしな。

  「じゃあ、トオル。一緒に音楽やろうぜ☆」

  「また勧誘か!」

  「私は諦めないよ~。」

  「だから、考えとくって。」

  「もう。いつもそればかり。」

   マキの部活勧誘は今でも続いていた。

    マモルの案内で、東京駅の集合場所までスムーズに行けた。五分と掛らなかった。六時集合とはいっても、学年の半数はまだ、この集合場所に来ていない。どうやら、常磐線が遅れているらしく、その影響みたいだ。こういうことも考慮した上での集合時間なので、新幹線の出発に影響はないそうだ。それもそうだよね。出発時間が午前八時十五分だもんね。

  「あれ、綱引達は何で来たんだい?」

   担任の藤村が訊いてきた。

  「近所の知り合いにここまで送ってもらいました。」

  「そうなんだ。お前達だけ、違うところから来たから、何で来たのかなって思ってさ。まあ、まだ皆も来てないし、七時半まではどこか行っててもいいぞ。貴重品以外の荷物はここで見てるからさ。時間厳守で戻ってこいよ。」

  「あいあいさー。」

   僕達四人は朝食がてら、東京駅を散策することにした。時間帯も早かったから、エキナカの散策まで出来なかったけど、コーヒーショップとかは開いていた。店内は通勤のサラリーマンでごった返していた。店内のコーヒーの香りはとても癒された。

  「苦っ。」

  「マキはおこちゃまだな。なら、見栄張ってブラック頼むなよ。」

  「ち、違うもん。おこちゃまじゃないもん。ほら、このサンドイッチと一緒に…。苦っ。」

  「ほらやっぱり。」

   マモルが上から目線で言っているが、マモルはコーヒーに砂糖とミルクをたっぶり入れている。お前もおこちゃまじゃないか。

    時間が経つにつれて、通勤客の数がどんどん増えて行く。田舎生活に慣れてきた僕も、この人ごみに負けそうになる。人の流れに巻き込まれないように、みんなマモルのリュックサックを掴んだ。三人の重みがあるのか、マモルは少し歩きにくそうだった。世のお父さん達は仕事前から、こんなに大変なのかとつくづく尊敬してしまう。まあ、うちの父親はマイカー通勤だし、都内務めじゃないから楽なんだろうけど…。

    午前七時十五分、僕達は集合場所に戻ってきた。クラス全員の到着は確認したようで、他のクラスメイトも僕らと同様七時半まで東京駅散策をしているみたいだ。

  「おう。お帰り。これ、京都までの新幹線のチケットな。一応、四人分まとめて鉄ちゃんの神保に渡しとくな。失くすなよ。」

   藤村が、マモルにチケットを渡す。マモルはとても嬉しそうだった。

  「そんなに嬉しいの?」

  「おう。だって、このチケットに書いてある事項見てみなって。『団体専用』って書いてあるんだぜ。普通の人は乗れないんだぞ!」

  「へー。所謂、貸切ってやつ?」

  「まあそうだね。新幹線にはこういう時のために臨時ダイヤがあるんだ。」

  「へー。なんかそうやって聞くと、なんかVIPだね。」

   こういう事に関してのマモルは賢く見える。趣味に燃えるっていいな。十五分後、全員居るかの最終点呼をした。制服ではないのでこのチェックは欠かせない。

  「そういえばこの班のリーダーってまだ決めてないよね。誰にする?」

  「あ、そういえばそうだね。よく気付いたな、サチコ。」

  「うん。今気付いた。緊急連絡とかの時とかどうするつもりだったんだろう。藤村のヤツ。」

  「さぁ…。」

  「で、誰にする?」

「はーい。私!」

  「じゃあ、トオルにしようか。」

  「えっ、僕?マジで?」

  「うん。この前のテストはこの四人でトップだったし。」

  「関係なくね?」

  「いいの、いいの。決まり。」

  「ちょっと、私は?」

  「マキは…。荷物持ち。」

  「はあ?」

  「うそうそ。副リーダーでいいよ。」

  「まあ、いいか。」

   何故か、この話の流れで、僕がリーダーになってしまった。旅行のしおりに藤村の携帯番号が記載されているので、自分の携帯に登録した。

    新幹線ホームに上がると、マモルは早速カメラを取り出して、行き交う新幹線を撮り続けた。僕にしてみれば、どれも同じに見えるが、マモルにとっては、一つ一つが違うみたいだ。

  「あの、はしゃぎぶり、ちょっと引くから、今は他人の振りをしてようぜ。」

  「うん。そうしよう。」


  『まもなく、十九番線に列車が参ります。白線よりさがってお待ちください。この列車は団体専用列車です。一般の方はご乗車になれませんのでご注意ください。』


    列車接近のアナウンスが鳴る。マモルもカメラをスタンバイさせる。邪魔したくなるが、本当に邪魔したら、本気で怒るんだろうから、やめておこう。滑り込むようにして、列車がホームに入ってきた。列車の音よりも、マモルのシャッター音の方が気になった。何枚か撮り終えた後、マモルは小さなガッツポーズをした。

  「おお、いいのが撮れた?」

  「おう。ベストショットだ!」

  「良かったね。」

   サチコはマモルにやさしく微笑みかける。

    僕達が乗った車両は先頭車両。一両分はこのクラスの貸切。座席に着くと、クラスの皆は大いにはしゃいだ。僕達の席は山側で富士山が見える。一つ座席を回転させ、向き合う形で、窓際にマキとサチコ、通路側に僕とマモルで座った。もちろん団体専用なので車内販売はなく、ジュースは、デッキの自販機を使う。

    午前八時十五分。列車は定刻通り、東京駅を出発した。これから、三日間楽しい日々の始まりだ。そして、僕はこの修学旅行で、マキに好きだという気持ちを伝える事が出来るのだろうか…。神様が与えた三日間のチャンス。タイミングを良く見て、逃さないようにしなきゃ。マキの携帯が鳴る。

  「おっ、エダちゃんからメールだ。グッドラックだってさ。」

  「おう、存分に楽しむぜ!」

   新幹線は品川を過ぎると、徐々にスピードを上げて行った。流れて行く景色はとても綺麗だった。

  「神保君。写真撮って!」

  「はいよ!」

   マモルは写真部だって言う事もあってか、クラスの人のカメラマンとして人気だ。一方、マキとサチコは、朝が早かったからか、富士山が見えたら起こしてと一言残し、眠りに入った。

  「ちょっと、マモル。チャンス。寝顔、撮ったれ!」

  「御意。」

   マモルが二人にカメラを向ける。

  『パシャ』

  「バ、バカ!フラッシュたくな。起きるだろ。」

  「あっ、やべぇ…。」

   だが、奇跡的に二人とも起きることなく、撮影は成功。

  「その写真、必ず僕にくれよ。」

  「分かってるって、ラミネートして渡してやるよ。」

  「さすが、親友!」

  「おう。」

   思わず、ハイタッチをしてしまった。その音で、マキが起きてしまった。

  「うるさいな…。もう富士山見えたの?」

  「まだまだ。あと三十分くらいかな。あははは。」

  「そう…。じゃあ、見えたら起こしてね…。」

   なんとか、写真を撮ったことに関してはバレていないようだ。良かった…。それにしてもサチコはちょっとのことじゃ、起きないんだな。これは、富士山見えても起きないんじゃないか?

    列車は新富士駅を通過した。マモルが僕に合図をしたので、二人を起こす事にした。

  「もうすぐ見えるってよ。」

   体を揺さぶる。今度は、サチコが目覚めた。

  「ん…。どう?見える?」

  「もうすぐ見えるよ。」

   マキが起きない。目の前で手を叩いても、体を揺さぶっても起きない。このままじゃ、マキだけ見逃すことになるな。

  「ちゅー、しちゃえば?」

   サチコが笑顔で言う。その言葉に回りの生徒も僕に目線を集中させる。その視線が怖かった。

  「バ、バカ、何言ってんだよサチコ。出来るわけないだろ。」

  「今がチャンスだよ~。しちゃいなよYOU。」

   周りが小さな声で、キスの大合唱。僕は沸騰して笛を吹いているやかんのように頭が熱くなった。これは、してもいいのか。いやいや、まだ付き合っているわけでもないのに出来るわけがない。万が一、してる最中に目が覚めたら、僕はどうしたらいいんだ。あれ、何考えているんだ。落ち着け山渡トオル。とりあえず、深呼吸だ。

  「…おはよう。」

   マキが起きた。それと同時に、クラスの皆からは、『あー』という残念な声が一斉に聞こえた。僕には、まだそんな度胸はない…。でも、ちょっと後悔している。

  「お、おはようマキ。」

  「富士山は?」

  「ほら、窓を覗いてみな。」

  「うわー。」

   そこに広がる光景は、麓から頂上まで綺麗に見える富士山の姿があった。

  「日本に生まれてよかったわー。」

   そう言うと、マモルは窓越しに、富士山を撮影した。

  「麓から頂上まではっきり見えるのは珍しいらしいよ。頂上が雲に隠れていることが多いんだってさ。今日はなにか良い事があるよ。うん。」

   どこから現われたのか、藤村が解説し始めた。でも、僕にとってその言葉はとても勇気を貰った。なんか知らないが、マモルも小さくガッツポーズをしている。この修学旅行でなにか、一大決心をしているのだろう…。

    そこから先は、単調な風景が続いたのか、クラスのほとんどが寝てしまっていた。もちろん、僕もその中の一人。ただ一人、マモルだけは、カメラを持って車内をうろうろしては撮影をしていた。

    東京を出て、二時間十八分。僕らは京都に到着した。ここから先は各班の自由行動になる。宇治にある宿には午後五時。時間厳守だそうだ。貴重品以外の大きな荷物は、先生がレンタカーで直接、宿まで持って行ってくれるとのこと。

  「さて、どこから回ろうか…。」

   僕はマップを広げる。

  「今日は前々から打ち合わせている通り、だんだん下っていって、最終的に四時くらいに宇治駅に着くように行けば良いんだよね。」

  「とりあえず、駅周辺から回ってみようか。近い所で…。京都タワーだね。」

   僕達は北方向へ向かう。駅を出るとそこに広がる風景はやはり、関東とは一味も二味も違った。何て言ったら良いのだろう。空気が違うっていうか。とにかく素晴らしかった。京都タワーに入る。一階のお土産ショップ街が涼しかった。この日の京都市内は最高気温が二十三度まで上がると予報で言ってたので、暑いのは覚悟していたけど、体感温度は高いような気がした。

    京都タワーの入場料は、高校生で六二〇円。地上約一〇〇メートルの高さから見える町並みはとても綺麗だった。

  「あの遠くに見えるビル群はどこなんだろう。」

   マキが望遠鏡を覗いて指差す。

  「方向的に大阪じゃないかな。」

  「へー。大阪は近いんだ。」

  「うん。新幹線で次の駅だし。」

  「あら、そうなんだ。」

   マモルとマキが望遠鏡を見てはしゃいでいる。あの二人はとりあえずそのままにして、サチコと僕は、このフロアーを探検することにした。三六〇度の展望パノラマは、ぐるっと歩くだけでも景色が違う。

  「あれが有名な大文字焼の山?」

  「そうだね。ほら、ここに書いてある。」

  「あ、本当だ。」

  「でも、あれって、もう少し夏にならないと見れないんだよね。まだ、時期的に早いよな。」

  「いつか観に行きたいねぇ。」

  「そうだね。お互い免許とったら、ここまで来るのもいいね。」

  「私は運転しないよ?」

  「大丈夫。マモルに全部任せるから。」

  「あ、それ良いね。」

   二人で笑った。

    このタワーに、一時間くらい滞在して、後にした。時間も良い時間だったので、お昼にしようと、お店を探す。

  「せっかく京都に来たんだから、なんかここでしか食べれないものが食べたいよね。」

  「そうだね。なんかあるかな。」

   マモルがスマートフォンで検索する。

  「あれ?マモル。スマートフォンだったっけ?」

  「ああ。今日の為に携帯から機種変した。」

   準備が良いっていうか、アホっていうか…。

  「でも使いにくいだよなこれ…。」

   アホだった…。マモルが一生懸命グルメサイトを検索して、ここの近所においしいラーメン屋さんがあるとのこと。画面に表示されている地図を頼りに歩くことにした。その場所は、東本願寺の近くで、大通りから一本入ったところ。お店の前には行列が出来ていた。

  「このサイトの口コミでは、吟醸つけ麺味噌っていうのがお勧めらしい。」

  「じゃあ、それにしようか。」

   お店の前の券売機で食券を買う。決してリーズナブルな値段ではないが、きっと払うだけの価値はあるのだろう。

  「さすがグルメサイトに載るだけの人気店だね。」

  「俺、もうこの匂いを嗅ぐだけで、空腹感マックスだよ。」

   確かに、お店からは味噌ラーメンのいい匂いが漂う。時間帯もちょうどお昼だから混雑もピークだった。

  「食べ終わったら、東本願寺が近いから、お参りしていこうか。」

  「そうだね。」

   僕らが事前に立てた計画はあって無いようなもの。時間を良く計算して、ぶらり旅にしようっていうのが、結論としてはあった。

    三〇分位並んでようやく席に着けた。良く冷えた水を一気に飲み干す。麺の茹であがりに十五分くらい掛ると書いてあったが、僕らが並んでいる間に茹でて居たのだろう。すぐに出てきた。つけ汁の表面はラー油なのか赤く、スープの上には白ゴマとふりかけのようなものが一振り。中華の両手鍋に入ったスープにたくさんの調味料や香辛料を入れては溶いて入れては溶いて、と結構時間をかけて煮込んで仕上げていて、見ていただけで手間がかかっているなと思った極上の逸品。全員が声をそろえて、「おいしい」と一言。それしか言葉が出てこなかった。

  「マモル汗だく。」

   マモルの額からは汗が噴き出ていた。サチコがハンカチを取りだして、マモルの汗を拭く。

  「おぉ~。ラブラブだね。」

   マキがチャチャを入れる。

  「うるせぇ。サチコはいつも母親みたいなことするんだよ。」

  「へぇ~。」

   マキがうっとり顔で二人を見つめると、サチコが赤くなった。これ以上、二人をからかうのは良くないと判断した僕は、とりあえず、場所移動をすることにした。

  「ほら、お店も混んできたし、そろそろ出ようか。」

  「お、おう。」

   僕はマモルに親指を立てて、合図すると、マモルは手を合わせて「サンキュー」のポーズを取った。

  「いやぁ。うまかった。」

   一同ご満悦。近くの東本願寺を目指した。お寺の境内は、比較してはいけないのだろうけど、茨城にあるそこらのお寺よりも立派だった。四人それぞれ、賽銭にコインをいれ、祈願した。

   僕の願いは…。まあ、秘密にしておこう。帰りには、来年は受験生というのもあったので、合格祈願のお守りをみんなお揃いで購入した。

  「よし、これで大丈夫だね。ところで、みんなって、進学?就職?」

   マキの唐突の質問。サチコもマモルもマキも進学希望らしいが、僕は今後の進路に関しては何も考えていなかった。マキの質問に黙ってしまった。

  「あれ、トオル。あんた、まさか進路決めてないの?」

  「まあな。いやほら、まだ茨城に越してきたばかりで、バタバタしてたし、進路の事までは考えてなかったよ。まあ、一応、進学にしようかとは思っているよ。」

  「あら…。トオルにしては意外だよ。進路とかもうガッチリ決めてるのかと思ったよ。」

   マキに痛いところ突かれてしまった…。でも、僕が就職にしろ、進学にしろ、今日皆で買ったお守りは、役立つと思う。…そんな気がする。

    一旦、京都駅に戻り、電車に乗って、宇治の方向を目指す。時間には余裕があったので、途中下車しながらの旅。

  「関東ってさ、JRの方が主体で鉄道路線が構成されているんだけどさ。関西は逆で、私鉄が主体で鉄道路線が構成されているんだ。だから、所々の駅名に『JR何とか駅』ってなっているんだよ。」

  「へー。相変わらず、マモルってそういうことに関しての知識は豊富だよね。それを普段の勉強に活かせばいいのに。」

  「うるせぇ。」

   運転席を見ながらマモルとサチコは漫才をしている。僕とマキは、歩き疲れたのでドアの横の二人掛の座席に座る。ここら辺の電車は向い合いの席が主流みたいだ。関東との違いに驚いた。京都駅を出発して約十分。稲荷駅で途中下車。駅の名の通り、伏見稲荷大社がある駅。マキがここの千本鳥居を見たいというので行くことにした。表参道を通り、楼門を通ると、朱色に輝く本殿が見えた。とても立派だった。

  「そこのイケメンと美女の四人グループ。記念に一枚どうですか?撮影後、5分位ですぐに出来ますよ。」

   なんともハイテンションな写真屋のお兄さんが現れた。マモルは写真部のプライドに掛けて、断固拒否する姿勢を見せたが、サチコとマキはノリノリだった。最終的な判断は僕に委ねられ、結局、サチコとマキの熱いオーラに負け、記念に一枚撮ってもらうことにした。本殿をバックにして、左からマモル、サチコ、マキ、僕の順で横一列に並んだ。

  「はい、じゃあ、もっと寄って。行きますよ。はい、チーズ」

   これは、一生の宝物になるだろう。

  「大体五分位で、写真が出来上がるので、その時に受付カウンターでのお支払いになります。この整理券を持っていてくださいね。ありがとうございます。」

  「どんな仕上がりか楽しみだね。あ、そうだマモル。また小学校の時みたいに、イタズラしてないだろうね?今度やったら、私、本気で許さないからね。」

  「おっ、どんな黒歴史かな?」

   マキが興味津々に聞いてきた。

  「こいつ、小学校の修学旅行の集合写真で、私の頭に指で角を作ったんだよ。その時は私は全然気が付かなかったんだけど、現像した時にクラスの人に言われてさ。マジであの時、マモルを殺すって思った。」

   サチコって意外に怖い人物かも…。

  「いや、ほらその時は若気の至りっていうか、その…。すいませんでした…。」

   珍しくマモルが謝罪してる。その時も相当恐ろしかったんだろうな…普段は大人しくて、可愛い奴なんだけど、仏の顔も何とやらってやつか…。

    受付に整理券を渡して、写真を受け取った。全員で肩を組んで、良い笑顔だ。特に最初に反対していたマモルがこの中で一番良い笑顔をしている。

  「これは、一枚だけでいいよね。」

  「うん。じゃあ、代表としてトオルが持ってなよ。」

  「えっ、良いの?」

  「おう。大事にするんだよ。」

  「わかった、じゃあ、マモルの部分を除いて大切にするよ。」

  「なんでだよ!」

   プラスチックでできた簡単な写真立ても一緒に購入した。これで、写真がぐちゃぐちゃになる事は無いだろう。

    伏見稲荷大社は約二百メートルの山にある所。千本鳥居まではゆるい上り坂。でも、境内の木陰で直射日光は避けられたので。涼しく感じた。

  「すげー。」

   千本鳥居の前で、思わず立ち止まってしまった。

  「これって、右と左、どっちから入っても大丈夫なのかな…。」

  「さぁ…。」

   皆で首をかしげる。マモルはいろいろな角度で、この千本鳥居を撮影した。

  「なあ、ここの前でも一枚撮らないか?」

  「お、いいねえ。」

   マモルの提案にマキが親指を立てて、応える。

  「今度は二人ずつでどうよ?」

  「編成は?」

  「サチコとマモル。私とトオルで。」

   ちょっと待て、それは却下だ。

  「男同士、女同士でいいんじゃないのか?」

   僕は、必死に提案したが、むなしく却下された。

  「それじゃ、つまらないじゃん。カップルっぽくいこうよ!」

   僕は飲みかけのお茶を噴き出してしまった。

  「あれ、トオル。なんで照れてるの?」

  「あらあら…。」

   まずは、僕とマキで写真を撮ってもらう事になった。さすが写真部。カメラを構えた時の表情は一変する。

  「じゃあ、撮るよ。」

   撮り終えた時のマモルの一瞬にやけた顔は一体何だったのだろうか…。ちょっと気になるけど、マモルは現像するまで見せないのだとか…。続いて、サチコとマモル。僕はマモルにカメラのシャッターの押し方等教えてもらい、カメラを構える。意外にこのカメラは重たいんだな…。

  「はい、チーズ。」

   ブレも無く僕として上出来のショットだ。マモルにカメラを渡す。マモルが確認する。

  「お、トオル。なかなかセンス良いじゃん。千本鳥居も欠けることなくちゃんと写ってるし、俺とサチコの表情もボヤけていないし。上出来だよ。写真部入るか?」

  「お前も勧誘か!」

  「だめ。トオルは吹奏楽部に入るんだから。」

  「マキも勧誘するなって!」

  「えー。入りなよ。」

  「サチコまでのるなっての!」

   千本鳥居の中を歩く。トンネルのように続く道はどこか神秘的で、鳥居の間から差す日差しも綺麗だった。マモルのカメラのシャッターを切る回数も多くなっている。

    千本鳥居を抜けると、奥社奉拝所に着いた。そこにはたくさんの絵馬がぶら下がっていた。

  「せっかくだから、絵馬に願い事書いて行こうよ。」

   と言っている間に、サチコは絵馬に願い事を書き始めている。

  「早いな…。」

   ここは合格祈願にご利益があるらしい。では、僕はどうしようか…。とりあえずな気持ちでは絵馬に書けないな…。まあ、当たらず障らずの所で、

  『安定した進路になりますように』

   と書いて吊るした。皆は、それぞれの大学合格を祈願する旨を書いて、吊るした。

    奥社奉拝所の右後ろに、一対の石灯篭があった。「おもかる石」というらしい…。この灯篭の前で願い事の成就可否を念じて石灯篭の頭を持ち上げ、そのときに感じる重さが、自分が予想していたよりも軽ければ願い事が叶い、重ければ叶い難いとする試し石だそうだ。

  「ちょっと試してみようかな。」

  「おお、トオルやる気だね。じゃあ、俺もやってみるか。」

   僕の願う事はただ一つ、マキと一緒になる事。では…。予想していたよりも遥かに軽く感じた。これは、上手くいくという事なのか。これは明るい未来だぞ!

  「どうしたの?トオル。そんなににやけて。」

  「いや、何でもないよ、ただ、予想よりも軽かったから、これは明るい未来だなって思ってさ。」

  「ああ、そう…。で、マモルの方は?」

  「予想外デス。」

  「重かったのね。」

   マモルは何を願ったのだろう。とても深刻な顔をしている。意外に信心深い人なのかな。その後、サチコとマキも「おもかる石」に挑戦した。二人とも、予想より軽かったのか、はしゃいで、二人でハイタッチをしている。一体どんな願い事をしたのやら…。

  「もうちょっと、上に行ってみる?」

   マモルが指を差し提案する。本当はこの先の清瀧まで行きたいところなんだが、時間も微妙なところだし、皆も今日は早起きだったから、疲れが顔に出ている。

  「行きたいところだけど、時間もそこまで余裕ないから、戻るか。」

  「そうだな。また今度だな。」

   ここから、折り返して、千本鳥居を通って、駅に戻る。

  「今日は結構歩いたなぁ…。」

  「そうかな。だらだら歩いてたから、そう感じるだけじゃない?ほら。」

   マキが携帯の万歩計を差し出す。

  「九六三歩。」

  「あれ、本当だ。…って、その待受画像…。」

   マキは瞬間的に携帯をしまった。

  「見なかった事にしてね。マモル…。」

  「はっはぁ。」

   マモルがにやりとすると、僕に軽く肘打ちをした。その時は、僕には何だか分からなかった。

    電車の接近のアナウンスが流れると、電車がホームに入ってきた。マモルはカメラを向けている。

  「マモル、今日で何枚写真撮った?」

  「そうだな…。八〇枚くらいだな。」

  「大体が電車だろ?」

  「ん?そんなことないよ。風景写真が多いな。今度の文化祭でうちの部活のテーマがさ『美』でさ、この修学旅行が最大のチャンスだなって思ってさ。気合い入れて撮ってるのさ。」

  「ああ、そう…。ご苦労さんなこった。」

  「おう。」

   電車に揺られること約二〇分、宇治駅に着いた。お茶の街でも有名な場所。駅前にはお茶屋さんが建ち並ぶけど、それ以外は普通の住宅街の駅だ。駅に着いた時はもう、午後四時半を回っていた。駅前の案内図を見て、宿泊先を確かめる。宿泊先は、しおりに書いてあるので、すぐに分かった。

  「あっちだね。駅から離れているね。これ、間に合うかな…。」

  「なんとかなるっしょ!」

   マキが親指を立てて、根拠もない自信を見せた。

  「とりあえず、宇治川の方へ歩いていくと、突き当たりになるみたいだから、そこを右に曲がって行けば良いらしい…。」

  「おー。さすが我らがリーダー。」

   偶然居合わせた他の班の連中も、僕についてきた。自分達で地図見て行けよって思ったけど、時間もギリギリだったので、皆で行けば万が一、時間に遅れたって怖くない。

    駅からだいぶ歩く事を覚悟していたが、意外にも十分位で、旅館に着いた。突き当たりを右に曲がって、平等院を横目に見たらすぐの場所だった。

  「時間内に帰ってきたな。優秀、優秀。」

   旅館の玄関には藤村が立っていた。

  「京都駅で預かった大きい方の荷物は、クラスごとに分けて、ロビーに置いてあるから確認して持っていってな。部屋のカギは開いてあるから、部屋は間違えるなよ。ちなみに、男女別だ。残念だったな、神保。」

  「えっ、なんで俺?」

  「なんか、残念な顔してたからさ。この変態カメラマンが。」

   確かに、残念そうな顔をしているように見えた。ロビーで自分の荷物と部屋を確認して部屋に向かう。僕達の部屋は、六人部屋。僕とマモル。あとは同じクラスの奴が四人の割り振りになっている。知っている顔で良かった。

    部屋は川沿いにあって、和室八畳一間。窓を開ければ、宇治川のせせらぎが聞こえる。部屋に着くと、全員思い思いにくつろいだ。夕食は午後六時半に宴会場。それまでは、部屋で待機とのこと。通常なら、当番を決めて、夕食の支度の手伝いをするところなのだが、旅館側のご厚意で、全てやってくれるとのこと。先生達も喜んでいる。

  「山渡君って、どこから来たんだっけ?」

   クラスの一人が話しかけてきた。

  「僕は柏から来たんだよ。最初引っ越してくる時、ここまで田舎だとは思っていなかったから、ビックリしたよ。」

  「そうなんだ。今の家はどこら辺?」

  「今は小川駅のバス停から十分くらいのところかな。」

  「ああ、旧小川町か…。俺とは反対方向だな。」

  「そうなんだ、君は何処から来てるの?」

  「俺は、カシマから来てるんだよ。自転車で。」

  「自転車で?凄いな。」

  「まあ、金が無いから節約だよ。」

  「なるほどね。」

   いつもの四人しか、普段は話さないから、他の人と話すのがとても新鮮だった。僕はどうしても人見知りしてしまうタイプのようで…。だから、マモル達と自然に話している僕は凄い方なんだ。

  「ところでさ、同じクラスの綱引さんと山渡君って、関係的にどうなの?前からきになってたんだけどさ。」

  「あー。トオルの彼女だよ。チョーラブラブカップル。」

   マモルに空のペットボトルと座布団を投げつけてやった。

  「いやまだ、そういう関係じゃないよ。ただの仲の良い友達。」

  「なんだ、期待したじゃねぇかよ。」

  「いやいや、期待されても…。」

  「でも、綱引さんって、けっこうカワイイよね。ポニーテールの日は特に。」

  「ああ、まあな。」

   おいおい。夕食前から、ボーイズトークかよ。こういうのは寝る前のお楽しみじゃないのか…。

  「で、綱引さんのことどう思ってるの?」

  「まあ、その話は寝る前にしようぜ。」

   そう言って、僕は部屋を出た。僕自身、あんまり恋愛沙汰は話かけて欲しくは無い。クラスの連中に出来ればマキの事が好きだとは内緒にしたい。無論、恥ずかしいからだ。だから、今夜はマモルを集中攻撃しようと思う。僕の話題に触れられないように…。

    廊下を歩いていると、自販機とソファーが置いてある所でマキに会った。マキは缶ジュースを片手に携帯を弄っている。しかも、昼間とは違うポニーテールの髪型にして…。さっき、僕の部屋でそれが話題になっていたばかりなので、胸がドキッとしてしまった。

  「あら、トオル。どうしたの?」

  「いや、部屋に居ても暇でさ。」

  「だよねー。私も暇だったから、ジュース飲んで暇潰してたところ。」

  「そうなんだ。あれ、サチコは?」

  「サチコなら疲れたから少し寝るって。夕飯の時間になったら起こしてってさ。」

  「そうなんだ。隣、良いかな?」

   マキは、小さくうなずくと、ちょこんと腰を浮かせた。二人になると僕は極端に会話が無くなる。何を話したら良いのか、迷ってしまう。マキは、ずっと携帯を見て何か文字を入力している。

  「メール?」

  「いや、私のブログ更新してるの。修学旅行なうってね。」

  「へー。ブログやってるんだ。今度見せてよ。」

  「だめ。男子禁制のブログだから…って言うのは、冗談で、あの有名な交流サイトだよ。サチコも友人で登録しているんだ。」

  「あ、それ僕もやってるよ。」

  「マジ?じゃあ、友人登録してよ。『マッキー』で検索すれば出てくるから。なんだ。やっているんだったら、早く言ってよ。全然知らなかったじゃん。」

   僕は交流サイトをログインすると、マキを友人登録した。サチコのも後で教えてもらおう。

  「あ、過去の日記を見ちゃだめだよ。見たら口利かないから。」

  「そんなヤバいこと書いてるの?」

  「そういうわけじゃないけど、なんか、恥ずかしいじゃん。」

   マキは顔を赤くして、空っぽの缶ジュースを飲んだ振りをするとうつむいた。

  「じゃあ、見とくね。」

  「トオルのいじわる。もう知らない!好きにすれば。」

   マキは頬を膨らませて、開き直った。本当は見てほしいくせに、あまのじゃくな奴だ。

  「お、トオル。時間だよ。私、サチコ起こしてこなきゃ。」

  「分かった、じゃあまた、宴会場で。」

  「うん。」

   小走りでマキは部屋に戻った。さて、僕も戻るか…。部屋に戻る途中、僕の部屋の人たちと鉢合わせた。

  「あれ、トオル何処行ってたんだよ。」

  「ああ、ごめん。ちょっとそこの自販機で、ジュース飲んでた。」

  「なんだよ。俺も誘えよ。水臭ぇなあ。」

  「悪い、悪い。」

  「あー腹減った。早く行こうぜ、トオル。」

  「おう。」

   宴会場へ向かった。階段をおりて、奥の部屋。入口にはホコタ高校御一行様と貼ってある。この場所から、夕飯のいい匂いがしてくる。何とも食欲を誘う匂いだ。

  「今日はいっぱい歩ったから、腹減ったなぁ~。」

  「そうだね。」

   宴会場は、和室の大広間で、各テーブルには、班の番号で指定されていた。僕の班は川沿いだが、室内の明かりの反射で川がよく見えない。

  「見えないんじゃあ、仕方ないね。」

   僕はそう言うと、障子を閉めた。時間になるにつれて、生徒が集まってきた。残念ながら、マキ達の班とは遠くなってしまった。宿の仲居さんが一つ一つ丁寧に、すき焼きの鉄鍋の着火剤に点火していく。

  「よし、全員居るか?じゃあ、夕食後、一班から順番に入浴な。大浴場の場所はこの宴会場を出た後、各自確認しておくように。それじゃあいただきましょう。いただきます。」

  「いただきます。」

   学年主任の先生の号令で、食べ始める。夕飯のメニューは、懐石料理チックなもので、旬の山菜や川魚。そしてすき焼き。ご飯のおかわりは自由だそうだ。普通の修学旅行よりかは少し豪華なメニューになっている。さすが、予算が余っているだけの事はある。

  「マモル。少しは味わって食えよ。」

   がっつくマモルに、突っ込んだ。

  「だって、これ旨いんだもん。ゆっくり食ってると、トオルのも取っちまうぞ!」

  「それだけはやめろ。」

   仲居さんが、京都名物の宇治茶を注いでくれた。お茶を淹れるのに、水からこだわっているらしく、お茶に渋みが一切ない。とてもまろやかな味だ。普段家で飲んでいるお茶とは比べ物にならないくらいだ。まあ、安物だし。

    夕食後、大浴場の場所を確認して、部屋に戻った。僕らは三班なので、時間に少し余裕がある。テレビをつけて、暇を潰そうとしたのだが、関東と関西とではチャンネルが違うので、見たい番組がやっていなかったりして、ちょっと残念だった。

  「ねえ、神保。そのカメラで女子風呂の写真撮らないの?」

  「ばか、するわけないだろ。俺には国府田が居るし。あっ…。」

   今、ここで、ビッグニュースが生まれた。

  「え、マジ?そうなんだ。やっぱり幼馴染って聞いてたから、そうなのかなって思っていたけど、付き合ってるの?」

  「え、えっと…。」

   僕は、マモルに軽く肘打ちをした。

  「もう、暴露しちゃえよ。」

   墓穴を掘った自分が悪い。

  「まだ、付き合ってはいないけど、好きだよ。悪いか!」

   マモルが開き直った。

  「そうか、これはビッグニュースだよ。頑張れ神保。で、いつコクるの?」

  「いや、その。この修学旅行でチャンスがあったらって、思ってさ…。さて、カメラの手入れでもするか。あははは。」

   逃げちゃだめだよ、マモル。チャンスは自分で手に入れなきゃ。って、これは僕にも言える事か…。偶然にも、僕もこの修学旅行でマキに話そうと思っていたから。これは、上手く行けば、この修学旅行で二カップル誕生となるのか。この学校の伝説になるな。

  「次、三班だから、準備して。」

   一班の人が呼びにきたので、準備して、向かうことにした。さっきの自販機の前でマキにまた会った。肩にタオルをぶら下げて、ソファーに座ってくつろいでいる。

  「あれ、マキ。もう風呂に入ったの?」

  「うん。女子の一班だからね。良いお湯だったよ。ゆっくり浸かってきな。」

  「おう。」

   階段を下りて、大浴場へ向かう。大浴場はとても広く、昼間なら宇治川を展望できるみたいだ。タオルを頭に乗せ、ゆっくり浸かる。確かにマキの言うとおり、良いお湯だ。温度は、熱くもぬるくも無く、良い湯加減。このまま寝てしまいそうなくらいだ。でも、他の連中は小学生のようにうるさい。風呂くらい、静かに入れないものかね…。

  「お、トオル。お前、腹割れてるじゃん。カッコイイな。なんかトレーニングしてるの?」

   マモルが腹筋を触ってきた。

  「いや、そういう訳じゃないけど、たまにジョギングしたりとかしてるからね。」

  「そうか、俺もやらなきゃな。見て、この腹。」

   マモルは身長が高いから、普段は太っているように見えないが、実際見てみると、ふくよかな腹をしている。

  「この割れた腹、マキに見せたら、一発で鼻血噴くぜ?」

  「何言ってんだ?」

  「マキ、そういうの、弱いらしいよ。サチコから聞いたけど。」

  「へー。」

  「好きなんだろ?マキの事。」

   マモルから、単刀直入な質問が来た。もうこれ以上黙っているのはキツイから僕はうなずいた。

  「やっぱりな。この前の電話で何となく察したよ。まあ、ここだけの話しな。君がどう思うかは勝手だけど、マキはお前の事結構気になってるぞ。恋愛感情の『好き』なのかどうかは分からないけどな。確かめるなら、この修学旅行しかないと思うぞ。チャンスはこの後か明日の夜。ただ、万が一、失敗しても班行動の時はいつも通りにしてくれよ。まあ、これは俺にも言えることだけどな。」

  「マモルも今日か明日、サチコにコクるの?」

  「ああ、そのつもりだ。サチコの気持ちが良く分からないからな。この機会に確かめたくてさ。」

  「マモルなら、大丈夫だよ。サチコは、マモルの事しか見てないと思うよ。」

  「お、それはどういう事?」

  「まあ、お互い頑張ろうよ。良い結果を残そうぜ。」

  「あ、ああ…。」

   僕は、脱衣所に向かった。マキは、僕の事、気になっている。それはどういう意味なんだろう。あんまり深く考えて、失敗はしたくないから、考えない事にしよう。

    体がポカポカする。暑いくらいだ。階段を上がって、部屋に戻る途中、自販機でジュースを飲もうと思ったけど、財布を部屋の金庫に入れっぱなしだと言う事に気がついたので、結局、部屋に戻らなきゃいけない。財布を取り出して、再度自販機に向かう。汗かいたから、スポーツドリンクがいいな。そんなこと考えていると、自販機の前で、サチコとマモルが何やら真剣な顔をして話している。おそらく、今日、実行するつもりなんだ。これじゃあ、ジュース買えないじゃん。

    しばらくすると、サチコとマモルは場所移動をした。階段を下りて、玄関の方へ向かった。二人の行動を見てたのは僕の他にもいる。今、後ろで驚かそうとしているマキ。どうするか。逆に驚かせてやろうか…。

  「そこで、何やろうとしているんだ?マキ。」

  「ちっ、バレたか。それより、サチコとマモルは二人でこっそり何処行ったんだろう。」

  「そうだね。なんか、玄関の方へ向かって行ったけど。」

  「マモル、なんかやらかした?」

  「いや、そうじゃないと思うけど、ついていってみる?」

  「うん。ちょっと興味あるし。」

   二人にバレないようにこっそり尾行する。二人は、外に出て、川沿いに向かって歩いて行く。なるほど、マモルはロケーションも大事にするロマンチストなんだな。僕達も木に隠れるようにして様子を見る。しかし、背中にマキの胸があたる…。どうにかしてくれ…。

    川のせせらぎだけが聞こえる静かな街。サチコとマモルはしばらく土手を歩いている。サチコもマモルも少し緊張した感じ。マモルはせっかくここまで誘い出したのに、たった一言、サチコに言わなきゃいけない事があるのになかなか言い出せない。僕とマキは、ただ、頑張れと心の中で応援した。


   ― マモル ―


    トオルにさっきカッコイイ台詞を言ってしまったけど、実際俺だってこんなことは初めてだし、どうしたらいいか分からないんだ。とりあえず、サチコをここまで呼び出せた。サチコもこの空気を察したのか分からないが、何も話しかけない。もしかして、待っているのかな。時間もそんなに無いし、早く言わなきゃ…。焦るな俺。落ち着け俺。小さく深呼吸をした。

  「今日は楽しかったな。」

  「うん。意外にマキもトオルもしっかりしてて、とても助かったよね。」

  「ああ。俺はそんなに役立たなかったな。せっかくのスマホもあんまり活躍しなかったな。」

  「そんなことないよ。マモルは、カメラマンとして、いっぱい思い出を残してくれているから、助かったよ。私、写真撮るの下手くそだもん。だからさ、今度写真の撮り方教えてよ。」

  「おお、いいぜ!授業料高いぜ~?」

  「え~。お金取るの?」

  「うそうそ、冗談だよ。」

  「知ってる。」

  「このー。」

  「あははは。」

   また沈黙。俺は、河原の小石を川に向けて投げた。水に落ちる音は、余計に寂しく感じた。

  「マモル。あのさ、ありがとうね。」

  「なんだ、いきなり。」

  「いや、なんとなく。だってさ、いままで幼稚園・小学校・中学校・高校と一緒でいろいろ助けられたのに、まだ、ありがとうって言ってなかったような気がしたからさ。」

  「別に俺は何もしてないし、俺だって、お前に助けられたんだから、ありがとうなんて寧ろ俺が言う方だよ。ありがとう。」

  「えへへ、なんか照れちゃうな。」

   サチコも俺のマネをして、小石を川に向かって投げた。

  「今だから言えるんだけどさ。マモルが上野の高校を受験するって聞いた時、私は全力で反対したかったんだ。私の傍から離れるのはイヤだったから。でも、マモルの人生だし、マモルの夢を壊しちゃいけないって思ったから、私は我慢することにしたんだよ。もし、あの高校に受かったらって考えると、寂しくなって泣いた時もあったんだよ。でも、その高校が落ちて、私と同じ高校に行くって聞いた時、私は嬉しくなってその夜も泣いた。私って、泣き虫さんだね。えへへ。」

  「じゃあ、今は楽しい?」

  「うん。今、こうやって一緒に修学旅行に行けるのもすっごく楽しい。ここでお喋りしているのもね。」

  「そっか、それは良かったな。俺もさ、あの高校落ちた時は最初、すごく落ち込んだけど、サチコと同じ高校に行かなきゃいけないって、それが、サチコに対する恩返しなんだって、誰かが言ったような気がしたんだ。これは運命なんだなってね。」

  「運命だなんて、そんな大げさな。」

  「ですよね~。あはは。」

   なかなか、話しが進まない…。無情にも時間だけが過ぎて行く。このまま、雑談だけで終わってしまうのか。

  「まさか、マモルからそんなカッコイイ言葉が出てくるとは思わなかったよ。ちょっと見直しちゃった。って、上から目線か。」

  「いや、そんなことないよ。」

  「私ね、さっきマキに怒られちゃった。いつまでも消極的だから、何も進めないって。」

   最初、その言葉の意味するところが分からなかった。

  「だから、マモル。私、言おうと思ってたんだけど、このままマモルと幼馴染のままじゃイヤなの。もっとその先の存在でありたいの。私と同じ学校に来た、このチャンスを逃したくないの。だから、その、私、マモルのことずっと、前から好きでした。泣き虫で、消極的な私だけど付き合ってください。」

   サチコが頭を下げる。サチコがそこまで俺に対して気持ちがあったなんて気付かなかった…。俺ってなんて鈍感なんだろう…。

  「本当は、俺が言うセリフだったんだけどな。先に言われちゃったな…。」

   その言葉を聞いて、サチコは俺の胸に抱きついた。サチコが泣いている。

  「おいおいサチコ、何故に泣いている。」

  「分かんない。分かんないけど、いいじゃん泣いたって。だって、ずっと好きだったんだもん。」

  「ああ、俺もサチコのことが好きだ。」

   俺は子供をあやすように、背中をポンポンと叩いた。サチコが泣きやむまで、抱きしめた。これが、サチコの精一杯の頑張りだった。きっと、一人で考えていたんだろう。俺に振られるのが怖かったんだろう。それで、マキに相談したら、消極的だって怒られて、このチャンスを伺っていたんだろう。もし、俺がこうして誘わなかったら、サチコは呼び出していたのかな…。どっちにしても結果は同じなのにな。   

  「落ち着いた?」

  「うん。ごめんね。シャツがビショビショだね。」

  「え、別にいいよ。着替えれば良いし。」

  「ごめんね。やっと言えたから嬉しくなって…。」

   上目づかいで俺の事を見て言う。昔から変わらないその顔はやっぱり、俺がただ唯一好きになった人の顔だ。俺は、もう一度、サチコを抱きしめた。

  「好き…。マモル。」

   震えるような声でサチコが言う。そして、キスをした。

  「二回目だね。一回目は覚えてる?」

  「うん。覚えてるよ。小学校の時だよね。私のファーストキスの人と同じ人で良かった…。」

   もう一度、キスをした。俺は、一生、国府田サチコという人を愛でるだろう…。


― トオル ―


 マモルとサチコのやり取りに、何故だか、僕達も緊張してしまった。なかなか進まない話に、マキは小声で突っ込みを入れてたけど、二人に気付かれないで良かった。カップル成立の時は二人で拍手して、ハイタッチした。とてもお似合いなカップルだよ。さて、クラスの連中にバレるのは、いつになるかな。楽しみだ。

  「ヤバい、二人がこっち来た。」

  「マジ?撤収。」

   現場を急いで後にする。玄関入る手前、マキが転んだ事で、二人にはバレてしまった。

  「あれ、マキ、トオル。そこで何してるの?」

  「えっと、散歩だよ。なあ、マキ。」

  「そ、そうだよ。決して、二人の事なんか見てないんだからね。」

  「ば、バカ!」

  「あっ…。」

   その後、二人からの説教が始まったのは言うまでも無い…。お仕置きとして、明日の昼飯が奢りの刑が処せられた…。でも、二人は幸せそうだった。やっぱり、マモルは凄いな。僕もそういう機会を作らなきゃ。

    その日の夜、マモルは終始ご機嫌だった。鼻歌なんか歌っちゃって、カメラのレンズを磨いている。

  「神保君。どうしたの?」

  「ああ、なんか彼に良い事があったみたいだよ。」

   それ以上話そうとすると、マモルからの無言の圧力が掛るので、言わない事にした。まあ、バレるのも時間の問題だと思うけどね。そして、消灯時間が来て、夜が更けた。

    目覚めたのは朝の五時半。起床時間より三〇分早く起きた。部屋のみんなはまだ寝ている。僕は起こさないように部屋を出た。行くところも無いので、自販機のソファーに座った。最近は日が長くなったおかげで、この時間は明るい。静かな廊下。僕は昨日の夜の事を思い出す。マモル達の近くにいたとはいえ、どう告白したとかまでは聞こえなかった。ただ、あの二人の雰囲気を見て、成功したんだなっていうのが分かるくらいだった。

  「はあ、マモルはすごいな。」

   独り言をつぶやいていると、誰かが歩いてきた。

  「誰がすごいって?」

   その声は、マキだった。

  「おっ、早いね。」

  「うん。枕が変わると早起きするんだよ。なんてね。えへへ。」

   そう言うと、僕の隣に座ってきた。

  「いやあ、昨日のサチコとマモルの事さ。」

  「あー。でもあの二人はどっちみちカップルになると私は思ってたよ。だって、幼稚園の時から一緒にいて、いままで付き合って無かったのが不思議なくらいだよ。」

  「まあ、考えてみればそうだよね。」

  「でも、羨ましいな。あの二人が。私もそんな運命に導かれる幸せの赤い糸があればな。」  

   マキは小指を見つめた。

  「私ね。サチコに前に進まなきゃ何も始まらないって、偉そうなこと言ったけど、私自身何も進んでいないんだよね。」

  「でも、サチコにそうアドバイスしたから、マモルと上手くいったんじゃない?もし、そのアドバイスがなかったら、きっと、今のサチコとマモルはそのままだったかもしれないよ。サチコを幸せにしてあげたって思えば良いんじゃないかな。」

  「そうかなぁ…。」

   マキは上を向いて、溜息をついた。

  「マキは気になる人とかいるの?」

  「えっ、私?まぁ、居ないって言ったらウソになるかな。」

  「その人とはどうなの?」

  「分からない。きっと、私が積極的じゃないから、なんとも思ってないと思う。きっとサチコ達のように、相思相愛じゃないよ。きっと…。」

   マキもいろいろ考えているみたいだ。

  「こんなこと、トオルに言ったってしょうがないのにね。何言ってんだろ私。あはは。」

   今度は下を向いて愛相のない笑いをした。と思ったら、彼女の膝には水滴がこぼれ落ちた。

  「マキ。何泣いてるんだよ。」

  「えっ、私泣いてる?うそ、おかしいな。なんでだろう。」

   マキの声が震えている。

  「私、サチコの事が羨ましいんだと思う。それと、サチコ以上に私はビビりだという事に悔しくて泣いてるのかな。それとも、混乱しているのかな。もう分かんないよ。」

   マキはだんだん子供のように泣きながら話した。僕は泣いてるマキをそっと肩に寄せ、やさしく肩を叩いた。

  「ごめんねトオル。もう少しだけ居させて…。」

  「いいよ。落ち着いたら言ってね。」

  「うん…。」

   声には出さなかったけど、マキは泣いている。その涙は、嬉し涙なのか、悔し涙なのか、僕にも分からなかった。いつの間にかマキは眠ってしまっていた。しかも、僕の膝を枕にして…。これはさすがに誰かが通ったらまずい…。とりあえず起こすことにした。

  「おい、マキ寝るなよ。」 

  「ううん…。あれ、私寝てた?」

  「おまえ、ひょっとして、寝ぼけてないか?」

  「そんなことないよ。大丈夫。」

  「落ち着いた?」

  「…うん。」

   マキが起き上った。目の周りがほのかに赤い…。

  「朝から、ごめんね。トオル。」

  「別に構わないよ。お前も、その好きな人と上手くいくと良いね。」

  「えっ、う、うん…。」

   マキの好きな人は、きっと僕じゃない。そう思ったから、僕はそう励ました。でも、マキの反応は、イマイチだった。

  「ねえ、トオル。ちょっと目を瞑って。」

  「えっ、なんで?」

  「いいから。早く。」

  「あ、ああ…。」

   僕は、マキの言うとおり、目を瞑った。瞬間、頬に小さな温かみを感じた。

  「か、勘違いしないでね。ちょっと膝を借りたから、それのお礼だからね…。じゃあ、私、部屋に戻るね。ありがとうね。じゃ、じゃあ…。」

   マキは小走りで部屋に戻った。なんでツンデレ口調だったんだ?時計を見たら。起床時間をとっくに過ぎていた。僕も慌てて部屋に戻る。

    部屋に戻ると、まだ半数が寝ていた。起きているのは、マモルとあともう一人だけ。

  「おう、マモルおはよーさん。」

  「おう、おはよう何処行ってたんだ?」

  「早く起きたからちょっと外に出てた。」

  「そうか。他のヤツ起こす?」

  「とりあえず、起床時間だからな。」

  「起きろー。時間だぞー。」

   僕とマモルで、寝ている奴の掛け布団をはずして、無理やり起こした。全員が起きたのは、六時半過ぎ。

  「こんなに早く起きて、朝飯までなにしてりゃあいいんだ?」

  「さあ。」

   朝食の時間は七時半。確かに時間はある。

  「朝風呂でもしに行く?」

  「お、いいね。トオル、グッドアイディア!」

   僕とマモルは大浴場に向かった。大浴場には藤村が居た。

  「おお、神保、山渡。おはよう。」

  「おはようございます。」

  「することないから、朝風呂しに来たな?」

  「まあ、そんなところですかね。」

  「他の連中は?」

  「たぶんテレビ見て、ぼけっとしていると思います。」

  「そうか。ところで、神保、昨日の夜、国府田と外へ出て、何してたんだ?」

   どうやら、藤村は見ていたらしい。

  「いや、その。あまりにも空気が良いので、夜風に当たろうかと思いまして…。」

  「酔っぱらいか!」

   そう言い残すと、藤村は出て行った。そして、僕とマモルの二人だけになった。

  「昨日はおめでとう。」

  「ああ、ありがとう。最初はなかなか話が進まなくてさ。このまま雑談で終わっちゃうんじゃないかと思って、焦ったし、緊張したよ。でも、結果として良かったからまあ、いいかなって。」

  「そうだよな。最後はちゅーしちゃうんだもんな。」

  「えっ、そこまで見てたのか。コノヤロー。」

   マモルにお湯を掛けられてしまった。

  「でもさ、見てて羨ましかったよ。本当に…。幸せそうで…。」

  「そうかぁ?お前の方こそ、マキとはどうなんだよ。」

  「きっと、マキは好きな人は居るだろうけど、それは僕じゃないと思う。」

  「おいおい、それはマジな話かよ。」

  「まあ、たぶんの話だけどな。確実ではないけどな。」

  「なら、可能性はあるじゃないか。頑張れよ。」

  「ああ…。」

   マモルの言葉は何を聞いても力強かった。

    朝七時半、僕達は宴会場に向かった。朝は、バイキング方式で、席も自由。僕とマモルが先に席に着くと、やがてマキとサチコが入ってきた。

  「あ、おはよー。」

   マキが僕達を見つけ、やってきた。サチコとマモルは顔を合わせる度、赤くなってそっぽを向く。

  「あらあら、どうしたのかな二人とも。そんなに顔赤くしちゃって。羨ましいぞ、この」

   マキがマモルに軽くチョップをする。

  「うるせぇな。ほっとけ。」

  「ま、いいか。トオル何食べる?私取ってきてあげる。」

  「いいよ、自分で行くから。」

  「あら、そう…。」

  「なんか、マキに任せると、ハンパない大盛りで来そうだから、自分で行く。」

  「失礼な!」

   僕は、お盆を手に、バイキングへ向かった。朝食メニューは和洋いろとりどりで、パン派ご飯派それぞれに対応したおかずが並べられている。朝はパン派の僕にとってはとても嬉しかった。

    席に着くとマモルはすでに食べていた。朝からマモルは、大盛りご飯に納豆。焼き鮭と漬物の定番コース。僕は食パンをトーストして、バターを塗り、おかずは目玉焼きと、焼きソーセージ。あとマカロニサラダとこれもまた定番シンプルコース。

  「朝風呂するとさ、なんかいっぱい食えるよな。」

  「確かにそうだな。」

  「え、マモルとトオルは朝風呂してきたの?」

  「おう、朝からサッパリしたぜ。」

  「いいな、私もすればよかったな。」

   サチコが言う。サチコのチョイスは、ご飯が少しと、野菜サラダに目玉焼き。実に女の子らしいチョイスだ。

  「あれ、マキ、遅いね。」

  「アイツ、なんか企んでいるんじゃ…。」

  「可能性はあるね。」

  「お待たせー。」  

  「うわ…。」

   マキのチョイスは、ご飯大盛りと焼き魚、あとはフルーツが山盛り。見事なバッドチョイスだ。

  「すげーチョイスだな。」

  「うん。私、朝はご飯派でもパン派でもなく、フルーツ派なのよ。」

   初めて聞いた新ジャンルだ。でもそれもアリだと思った。でも、マキの企みは何もなかったようだ。ちょっと安心した。

  「それでさ、今日はどこ回る?」

  「そうだな、どこ回りたい?サチコ。」

  「えっ、私?そうね、えっと、奈良のほう周りたいかな。」

  「そうか、じゃあ、午前中は奈良方面行って、午後は嵐山方面行ってみるか。じゃあ、マモル。今日もカメラマンよろしくな。」

  「おう。任せてよ。」

  「その前に、納豆食べたんだから、お口のケアはしっかりしてね。悪臭放つ人と一緒に居たくないから。」

  「はいはい。分かりました。」

  「あら、奥さんは怖いね。」

  「うるさい。」

   二人、声をそろえてマキに突っ込んだ。

    午前八時半、一度全員ロビーに集まって朝礼をとる。学年主任からの連絡事項と各生徒の健康状態の確認をした後、出発した。今日は、卒業アルバムに載せるための班の写真を撮って来いとのこと。まあ、うちの班はマモルが居るから安心だ。まずは、宇治駅から奈良方面へ向かう。

  「何処行こうか。」

  「法隆寺行こうか。」

  「そうだね。じゃあ、法隆寺行って、奈良の大仏見て時間次第でお昼食べる場所決めようか。」

  「おう。それと、昨日の事、覚えてるよね。」

  「はいはい。分かってますよ。」

  「あそこでマキがコケなきゃ、バレなかったのにな…。」

  「はいはい、どうもごめんなさいでしたー。」

   マキが頬を膨らませて言った。今日のマキはポニーテール。服装は白を基調としたワンピース調の服。ボディーラインは、はっきり見える。特に胸が…。こうして見ると、マキって意外に胸はある方なんだな。って、朝から僕は何を考えているんだろう。

    宇治駅から、法隆寺駅までは、奈良駅で1回乗り換える。宇治駅のホームは、僕達と同じ奈良方面に向かう班と、逆の京都方面へ向かう班とでホームが人でいっぱいになっている。まるで、朝の柏駅みたいな光景を連想させる。先に来たのは、奈良方面の電車。電車のドアが開くと、涼しい風が入ってきた。

  「おお~。涼しい。」

  「涼しいね。今日も暑くなるらしいからね。」

   僕から見れば、君達二人は熱々だよ。ホントに…。電車はゆっくり走りだした。宇治駅を出て、約三十分、奈良駅に到着した。法隆寺まで行く電車に乗り換えるのだが、時間に少し余裕がある。ホームの売店で、おやつを購入。これは、京都に行く時にみんなで食べよう。僕は、カバンにしまった。

  「ねえ、トオル。」

   マキが袖を引っ張る。

  「何だ?」

  「電車来るまで、まだ時間ある?」

  「あと十分くらいあるけど、どうした?」

  「ちょっと、お手洗い行ってくるから、カバン持ってて。」

  「わかった、電車が来ても置いていくから、任せとけ!」

   マキのローキックが入った。

  「冗談です。」

  「じゃあ、お願いね。」

   マキは階段を上っていった。ホームのベンチでは、出来たてカップルがイチャイチャしている。いつものじゃれあいなんだろうけど、カップルっていうカテゴリに入ると、そう見てしまうよな。なんか、二人の世界に入り込んでいるようにしか見えない。マモルなんかはもうデレデレだし…。

  「もう、そこの二人、ホームでイチャイチャするなっての!」

  「えっ?してないよ。ほらこれ、今日の昼飯何処にしようかって話してたんだよ。」

   マモルはどこから持ってきたのだろう。グルメのフリー情報誌を僕に見せた。

  「これ、ほとんど居酒屋しか載ってないじゃん。」

  「甘いなトオル君。居酒屋の中にはランチもやっている店もあるんだよ。」

  「へー。って、お前はオッサンか!」

  「いや、ここに書いてある情報しかみてないけど…。」

  「折角だから、京都らしい日本料理がいいよね。」

  「それだけはやめてくれ…。」

   時間が経つにつれ、気温が上昇してきた。朝の天気予報では真夏日になるのだとか…。昨日も今日も暑くて歩くにしたら少し体力を使っちゃいそうだ。水分をまめに取らないとこれは死ぬな。そう思っていると、背後から僕の頬に冷たいものを感じビックリしてしまった。

  「サンキュー。」

   マキが冷えたお茶を二つ持って戻ってきた。

  「はい、これ。トオルの分。」

  「マジ?ありがとう。」

  「あれ、マキ。俺達の分は?」

  「出来たてイチャイチャカップルにはありませんよーだ!」

  「ひどいなぁ…。」

  「というのは冗談で、はい、マモルもサチコもどうぞ!」

  「おお、ありがとう。って、うわぁ!」

   マモルのコーラが勢いよく噴き出した。

  「あ、よく振っといたからおいしいと思うよ。」

  「ば、バカ!それを早く言えよ。ていうか、味は変わんないだからコーラを振るな!」

   マモルのリアクションに爆笑してしまった。

    法隆寺方面の電車がホームに入ってきた。電車内の涼しさにまた、感動してしまった。

  「あーもう。手がベッタベタだよ。」

  「まあ、でも服に掛らなかっただけ良いじゃん。」

  「まあな。マキの悪戯には慣れてるからさ。だって、俺だけコーラってその時点でおかしいって思ったもん。まだまだだな。マキちゃん。」

  「ちゃん付けで呼ぶな!」

   電車の中は、他の学校の修学旅行生も居て、混雑していた。席が二つだけ空いていたので、女性二人を座らせて、僕とマモルはドアに寄り掛るようにして立った。

    奈良駅を出て約十五分、法隆寺駅に着いた。そこからは、県道五号線を北に向かって歩く。道中は商店街みたいになっていて、お土産屋が幾つも建ち並ぶ。試食のまんじゅうを食べ歩くだけで、お腹いっぱいになりそうだ。法隆寺の入口に着くと、そこからは有名な五重塔が良く見えた。

  「歴史の教科書で見たのと一緒だ…。すげー。」

   マモルが見上げてつぶやく。南大門から境内に入る。拝観料は千円と高め。まあ、でも歴史あるお寺だから仕方ない。そのまま真っすぐ進むと、中門がある。そこには教科書にも載っている、金剛力士像があった。マモルは、カメラマンのごとく写真を撮っていく。中門を抜けて、広がる光景は金堂と五重塔。五重塔は三十メートル近くあるらしい。仏教寺院としてはとても重要な建物みたいで、日本最古の塔なんだそうだ。さっき入口で貰ったパンフレットに詳しく書いてあった。

  「なんか、堂々としてて、感動するよね。」

  「そうだね。」

  「にしても、暑いね~。」

  「そうだね。って、場の空気を壊す発言するなよ。」

  「だって、暑いんだもん。」

   マキは、温くなってしまったお茶を飲んだ。そこから、順路通りに周り、法隆寺の東側、夢殿に着いた。

  「夢殿って、そもそもなんで建てられたんだっけ?」

  「えっと、パンフレットに書いてあるのは、聖徳太子の遺徳を偲んで建てられたんだって。この夢殿の中心には等身大の…。」

  「フィギア?」

  「ちげーよ。等身大の観音像があるらしい。そんな昔にアキバ系のやつが居るかっての。」

   ここが拝観順路の終点。あとは、南大門に戻るだけ。マモルが撮影していたこともあって、一時間近く拝観した。

  「たくさん撮れた?」

  「おう。おかげさまで。今年の文化祭は、どれを出展するか、迷っちゃうぜ。」

  「それは良かった。ところで、お昼どうする?時間が中途半端なんだけどさ。」

  「なら、奈良行こうぜ!」

  「うわ、ダジャレ?寒い…。」

  「マモル最低。」

   一瞬にしてクレームの嵐。

  「いやほら、暑いって言うから、ちょっとクールにね。」

  「クールじゃねぇし。まあいいや。」

  「鹿に煎餅あげたい。」

  「あ、私も。」

   女子チームが大きく手を挙げて、提案する。

  「じゃあ、奈良公園行こうか。そうすればちょうどお昼だし、時間的には良いと思うんだ。」

  「さんせー。」

   法隆寺駅の方向に来た道を歩くと、法隆寺の方向に向かってあるく人が増えていた。なかなか良いタイミングで、僕達は法隆寺に行けたと思う。この後はおそらく観光客が多すぎて、ゆっくり周れなかった。法隆寺駅に着いて、すぐに電車が来た。またまたタイミングが良い。なんか今日はついてるぞ。

  「シカせんべいって食えるの?」

  「食えるんじゃない。マモル、試しに食ってみたら?」

   シカせんべいは食べても無害だとは聞くが、おいしいかどうかまでは聞いた事がない。確かに、ちょっと興味がある。

  「食ったら、グルメリポーター風に感想聞かせてね。」

  「煎餅の宝石箱やー。みたいな感じのやつ?」

  「そうそう。」

   マモルのモノマネが似ていて、電車の中なのに思いっきり笑ってしまった。

    奈良駅の東口を出て、駅前の案内図を見る。ここから、北方面に歩いて行って、国道に出たら右に曲がってあとは真っすぐ歩くだけ。道としては単純だが、地図の縮尺を見る限り、結構歩きそうなコースだ。

  「暑いなぁ~。」

   マモルは肩にタオルを掛けて、扇子を取り出して扇ぐ。だが、その扇子を発見したマキは、マモルから奪い取って、自分に向けて扇ぎだした。

  「あ、こら。俺のライフラインを奪うな。」

  「だって、暑いんだもん。」

   ライフラインって大げさな…。

  「じゃ、じゃあちょうどお昼だから、途中でどこか食べて行こうか。」

  「おう。涼を求めに行くか。」

   僕達は道中のファミレスに入った。本当は、ご当地ものを食す狙いの旅だが、まあ、この暑さじゃ仕方ないし、僕とマキはこのバカップルに奢らなきゃいけないし、金銭的にも優しい無難な選択だった。

    時間帯的に店内は混雑していたが、すぐに案内してくれた。窓側の角の席。平日のお昼はランチタイムで、意外にもリーズナブルな値段で食べれる事を知った。普段はこんな時間にファミレスなんて入らないから、驚きだった。

  「さて、マキとトオルの奢りだ。何食べようかサチコ。」

  「うーん。そうねぇ…。」

   二人で、仲良くメニューを広げて見ている。

  「トオル。ナイスチョイス。助かったよ。そこまで金銭的に余裕もないし。」

   マキが小声で、僕に話しかける。

  「ん。マキ何か言った?」

  「えっ、いやいやこっちの話。好きなの食べてねー。」

   マキの目が笑っていない…。まあでも仕方ないよね。マキのミスで、こういう羽目になったんだから。諦めるしかない。

  (ピンポーン)

   ウェイトレスを呼ぶ。きっとあの二人は、容赦なく高いメニューを選ぶと読み、僕とマキは一番安価な、日替わりランチを頼む。

  「えっと、俺はこの、黒豚ロースカツ定食。ごはん大盛りで。」

  「えっと、私は、牛ロースステーキセットのパンで。」

   この時点で、千円は軽く超える。予想は的中した。本当に容赦ない奴らだ。

  「あと、食後に本場の味宇治金時を四つ。」

  「はい、かしこまりました。ではご注文を繰り返します…。」

   な、何だって!僕とマキは顔を合わせて、青くなった。

  「あんたたちに、遠慮という言葉は無いのか!」

  「おうよ!」

   そんな元気に答えるなよ。

  「トオルー。マモルとサチコがいじめるぅ~。」

  「ああ、僕だってそうだよ…。」

   マモルとサチコはとても満足げだった。いつか仕返ししてやる。結局、合計金額は六千円近くになった。意外にも、食後のデザートが高かった。

  「ごちそうさまでした。」

   マキは、泣き出しそうな顔をしていた。僕は仕方ないと言ってそっと慰める。気を取り直して、奈良公園の方へ歩いていく。前を歩くサチコとマモルは自然に手をつないでいる。正に高校生カップルそのものだった。

    奈良公園に着くと、鹿がたくさん歩いていた。公園と言うよりも、動物園みたいだった。

  「ほら、あったよ、シカせんべい。」

   公園の売店で購入。袋を開けて、マモルが匂いを嗅ぐ。

  「匂いはあんまりしないね。」

  「じゃあ、早速。」

   サチコがマモルの口にシカせんべいを突っ込む。

  「なんだこれ、草の味しかしねぇなこれ。」

  「そりゃあ、そうだろ。鹿の餌なんだから。ていうか、草食べた事あるの?」

  「イメージだよ。イメージ。」

   マモル曰く、思ったよりおいしくないとのこと。マモルのそのチャレンジ精神は素晴らしいと思う。

    その後、シカせんべいを僕とマキで一枚ずつ貰って、大人しそうなシカに食べさせて楽しんだ。シカせんべいの袋を持ったマモルは、鹿たちの集中攻撃を喰らったのは言うまでも無い。袋を持っているマモルの後に大名行列のように連なっている鹿の姿が、先生と幼稚園児みたいって三人で話して笑った。

  「奴ら、こえぇぇ。」

  「元々、野生の鹿だし。」

  「なんで、俺だけ。」

  「奴らの目の前で旨そうにシカせんべい食って、批判したからだよ。」

  「旨そうには食ってねぇぇぇ!」

   サチコがよしよしとマモルを慰める。

  「そういえば、卒アルに載せる写真を一枚撮らなきゃいけないんだよね。」

「ああ、忘れてた。この鹿をバックに撮る?」

「鹿はごめんだ!」

 どうやら、マモルは鹿に対してトラウマができてしまったようだ…。

  奈良公園のすぐ隣に奈良の大仏があるのに気付いた、僕らは、大仏を観に行く。大仏殿の拝観料は四〇〇円と法隆寺に比べ、なかなかリーズナブル。しかし、館内の撮影は出来ないという事で、マモルは残念そうにしていた。

「牛久大仏のほうがでかいね。」

「まあ、あれは立ってるしね。」

「短足だけどな。」

「確かに。」

 その後は、東大寺南大門を観て、再び奈良駅へ。お昼跨いでしまったけど、今日の前半は終了。今度は京都に向けて移動する。今日は宿の集合時間が、一時間遅い、夕方六時。昨日よりはゆっくり周れそうだ。

「さっき、奈良公園で話したけど、卒アルの写真。何処で撮る?」

「そうだな…。トオル、京都行ったらまず何処行く予定?」

「えーと、京都駅の乗り換え時間にもよるけど、予定としては、二条城かな。お寺巡りばっかりだったから、たまにはお城もいいかなって。」

「じゃあ、そこで撮るか。」

 奈良から京都までの大移動。一時間近く掛った。二条駅を降りるとすぐ、天守閣が見えた。世界遺産に登録されているだけあって、外装も綺麗で、堂々たるたたずまいに感動してしまった。拝観料は三五〇円。窓口で貰った、二条城探訪マップを広げる。広さは、甲子園球場約六個分くらい。まず最初に見えてきたのは、二の丸御殿。十五代将軍徳川慶喜が大政奉還を発表したと言われる大広間がある。更にその先に進むと、重要文化財の本丸御殿がある。僕達は、この本丸御殿をバックに卒業アルバムに載せる写真を撮る事にした。偶然居合わせたクラスの人にマモルはカメラを渡すと、四人で寄せ合って、最高の笑顔で記念の一枚を撮った。そして、お礼の代わりに、クラスの人の写真を今度は、ちょっと違う場所で撮った。

  二条城を一周して、お土産屋さんで、お土産選び。そうだ、ユウヤにも何かお土産を買って行こう。何が良いかな。冗談半分で、木刀にしようかと思ったけど、持って帰るのが面倒くさいので、ご当地のキーホルダーにした。ベタだけど、喜んでくれるだろう…。サチコとマモルはお揃いのキーホルダを買って、お互いのカバンに付ける。今日一日で、あの二人の仲は更に深まっている。羨ましい限りだ。それを見たマキは、僕の腕を掴んで手を繋ごうとするが、恥ずかしいのか、一歩踏み出せないでいる。

「どうした?」

「いや、別に.…。こ、コケそうだったから、掴んだだけだよ。うん。」

「えっ、そうは見えなかったけど…。ま、いいか。」

 さて、昨日と今日で、結構歩いたし疲れたから、お寺巡りはここまでにして、京都駅に戻って、お土産タイムにしようかな…。皆の意見にもよるけど…。

「マモル、ちょっと…。」

 僕は手招きをする。

「おうなんだ?」

「あのさ…。」

 マモルと今後の行動について打ち合わせをする。電車の時間を計算して行きたいから、ここはマモルに訊くしかない。鹿と戯れて、京都まで移動したのもあって、時計は午後三時を過ぎていた。

「あ、そうだマキ。部活のお土産、どうしようか。」

「あぁ、そういえば…。明日、帰る時でもいいんじゃない?」

「時間あるかな。」

「分からない…。」

「じゃあ、明日慌てないように、今日買って行こうか。」

「うん。そうしよう。トオル。今日の最後で良いから、お土産屋巡りしたいから、京都駅に寄って。」

「まあ、昨日と今日で結構周ったし、歩くのも疲れたから、そろそろ京都駅周辺でお土産屋巡りしようかなって思って、マモルと話してた所なんだよ。」

「あら、そうなの。じゃあ、そうしようっか。」

 僕の提案は全員一致でOK。二条城から、電車ではなくバスを使って京都駅まで移動した。

「バスに乗るとさ、ついエダちゃんじゃないかと思って、運転席覗いちゃうよね。」

「マキらしいけど、確かにそれはあるわ。」

 京都駅に着いて、集合時間と場所を決めて、各自、自由行動にした。しかし、なぜだか、マモル、サチコのバカップル。マキと僕の二人行動になった。まあ、あの二人はそうなるなとは思ったけど、マキは僕についていくと楽だからとかの理由で、ついて来ることにしたそうだ。

「京都といったら、生八つ橋だよね。」

「うん。そうだね。部活のお土産?」

「いや、自分のお土産。」

「お前のかよ!」

「うん。部活には、違うものにしようかなって思ってさ。だって、サチコと被ったらなんか悪いじゃん。たぶんサチコのことだから、無難に生八つ橋にすると思うから。」

「なるほどね。お土産は部活だけでいいの?」

「いや。あと生徒会とウチの家族とエダちゃんにも買って行こうかなって思う。バスで渡せなくても、エダちゃん家は近所だから渡しに行けるし。トオルは?」

「僕は、家族と柏の友達くらいかな。特に近所付き合いとかも無いし…。でも、さっき二条城で柏の友達の分は買ったから、あとは家族だけかな。」

「あんた、知り合い少ないねぇ。」

「いや、まだ茨城にきて二カ月しか経ってないんですけど…。」

「あら、そうだっけ?もう一年くらい居ると思ったよ。」

「そんな訳ないだろ。」

 僕とマキは京都駅の中を見て周る事にした。新幹線の停車駅なだけあって、駅ビルの一階にはたくさんのお土産屋があった。どの店にもやはり、生八つ橋は置いてある。しかも、試食付きで…。マキは一店一店、試食して歩いている。その度に優しい京都訛りの店員さんに声を掛けられている。

「トオル。この八つ橋、中にチョコが入ってるんだって!」

「へー。珍しいね。」

「彼氏さんも是非食べて行ってくださいねぇ。」

「いやいや、そんなんじゃないですよ。」

「あらっ、てっきりカップルさんだと思ったわよ。お二人さんお付き合いなさったらなかなかのお似合いカップルですよ~。」

「またまたぁ~、店員さんウマいんだから。ね、トオル。」

「はぁ…。」

「待っててな、今お茶用意してあげるから、ゆっくりしていき。」

「わざわざすいません…。」

 店員さんは一回、店の奥に行くと、試食用の生八つ橋と宇治茶を用意してきた。

「お二人さんはどこから来てはるん?」

「茨城です。」

「あぁ~。大阪の。」

「違います。関東の。」

「あらやだぁ。そんな遠くから。修学旅行?」

「そうなんですよ。」

「へぇ~。今の学生さんは制服じゃないんだねぇ。」

「ええ。うちの学校は修学旅行の時は私服でOKになったんですよ。」

「あら、良い学校ねぇ~。」

 マキはチョコ入りの八つ橋が気に入った様子だ。

「おばちゃん。このチョコが入った八つ橋、買って行くよ。メッチャおいしいもん。トオルも買って行こうよ。」

「あらあら、おおきに。」

 家族のお土産にするにはちょうどいいだろう。僕も買うことにした。定番のお土産だけど、両親とも喜ぶだろう。寧ろ、母親の場合、何で八つ橋じゃないのって文句言いそうな気がしてきた。お店を後にして、次のお店を周る。

「なんか不気味な飴を発見した。」

 マキが指差す方向に、幽霊飴というものがあった。袋の裏の説明を見てみると、死後に墓の中で生まれた子供のために、幽霊が毎晩買い求めたといういわくつきの飴と書いてある。試食があったので、実際に舐めてみると、水飴と砂糖で作られた非常にシンプルで、スゴクおいしいというものではなかった。それに、結構堅い。歯の悪い人には向かないだろう…。ネタとしては最高のお土産だと思う。

「これ、エダちゃんのお土産にしよう。」

「マジで?」

「うん。これを舐めたエダちゃんのリアクションが見たいし。」

 この飴、エダちゃんの運転業務に支障がでると思うのだが、一言仕事中に舐めないほうが良いと忠告したほうが、いいな。たぶん、僕が気付く頃はおそらく、その飴を舐めながら運転しているとは思うけど。

「さて、後は部活のお土産だね。何にしようかな。」

 マキの携帯にメールが来た。

「やっぱり…。サチコが部活のお土産は生八つ橋にしたってさ。予想は的中だよ。」

「そうか、じゃあ、何にするかだね。」

「うん。トオルも一緒に選んでね。」

「分かった。部員は何人居るの?」

「えっとね。二年を除くと二十人くらいかな。まだ、先輩が居るから、ネタ土産は無しだな。」

「そうか、何かおいしそうなものが良いよね。」

「うん。」

 更に店を周る。なかなか、個数が入っていて、おいしそうなものが見つからない。まあ、こうやって、お店をめぐるのもお土産選びの醍醐味なんだけどね。

「あ、このパッケージ可愛い!」

 マキが発見したのは、『やきもち』と書いてある物。

「やきもち、ねぇ。」

「何よぉ。」

「いや、何でもない。」

「私、ヤキモチ焼かないよ。」

「何も言ってないじゃん。」

「トオルは絶対、今私の事、ヤキモチ焼きだって思ったでしょ。顔に書いてあるもん。」

「書いてねぇよ。で、それにするの?」

「うん。なんか、おいしそうだし。」

 なるほど、この『やきもち』は固くなっても再度焼けばおいしく食べられるんだ。これは、良いかもしれない。残念ながら、この『やきもち』は試食が無い。でも、おすすめ品として、店頭に出ているから、不味くはないのだろう。

「よし、これでOK。後は、家のお土産なんだけど、婆ちゃんがお茶好きだから、宇治茶にしようと思うんだ。昨日の夕飯の時飲んだお茶、おいしかったし。」

「確かにおいしかったね。良いと思うよ。」

 同じ駅ビル内のお茶屋さんに行く。ちょうどこの時期は新茶が出ていて、お茶屋さんが試飲させてくれた。昨日の夕飯に飲んだ時もそうだけど、やっぱりおいしい。これは僕もハマりそうだ。思わず、衝動買いしてしまった。

「ほとんど、私のお土産選びになっちゃったね。付き合ってくれてありがとう。トオルはお土産買えた?」

「うん。ほら。お茶まで買っちゃったよ。このお茶にハマりそうだよ。」

「なら、良かった。」

「まだ時間あるからさ。そこのコーヒー屋さんで時間まで一休みしない?奢るからさ。」

「えっ、トオルの奢り?マジで?行く行く。」

 僕とマキは、改札前のコーヒーショップで時間を潰すことにした。

「疲れたね。」

「うん。結構歩いたからね。でもさ、トオル。いきなり奢るなんて言ってどうしたの。まさか、なんか企んでいるんじゃ…。」

「違うよ。お昼の時、あのバカップルを奢った時、顔面蒼白してたからさ。それで、あっちこっち行って、お土産まで買ったから、そろそろ、金銭的にヤバいんじゃないかなって思ってさ。」

「トオルやさしい!大好き!」

 マキが抱きついてきた。

「こら、やめなさい!公衆の面前で。」

 マキはカプチーノが入ったマグカップを両手で持って、ちょこっと啜る。その仕草がとても可愛かった。

「ねえ、トオル?」

「なに?」

「あのさ、サチコとマモルはカップルになったけど、トオルはその事に関してはどう思ってる?」

「え、まあ、幼馴染だし、今まで付き合ってなかったことがおかしいと思うくらいのお似合いカップルだと思うよ。今日のバカップル振りには羨ましいっておもうけどね。」

「だよね。私も一緒。あの二人にはいつまでも幸せで居てほしいよね。」

「だなー。」

 マキが何を言いたいのか、サッパリわからなかった。

「私ね。トオルが引っ越してくる前、一度、マモルを好きになった事があったの。でも、私のアプローチは、マモルには届かなくてさ。当然だよね。マモルにはサチコが居るんだもん。でも、その当時、マモルとサチコは幼馴染だったなんて知らなくてさ。なんで、マモルはサチコと常に一緒に居るんだろうって、ずっと思ってたの。二人の関係を知ったのはずっと後。同じ部活でありながら、サチコは何も話してくれなかったからさ。でも、サチコはマモルの事ずっと好きだってことは聞いてたんだ。それを考えたら、マモルは私にとって、高嶺の花だなって思って諦めちゃった。だから、サチコには敵わないなぁって、夜は一人で泣く事が多かったんだ。でも、何故だか知らないけど、私はサチコを恨む気持ちなんて一切なかった。寧ろ、サチコが私にマモルの事を話してくれるだけで私は幸せだった。きっと、悪足掻きはしたくなかったんだろうね。」

「今は?」

「今は、もうマモルをラブとしての好きは無くなったよ。ライクとしての好きはあるけど。友達のままのほうがいいやって。トオルはさ、今好きな人は居るの?」

 マキの質問につい、好きな人は君だってこんな場所で告白してしまいそうになった。

「まあな。居ないって言ったらウソになるし。」

「そっか。その人は可愛い?」

「うん。可愛い奴だよ。僕にとって初恋って言ってもおかしくないくらいの惚れている人。」

「そっか。トオルも青春してるなぁ。」

「マキこそ、好きな人は居るの。」

 マキは飲みかけたカプチーノを噴いた。

「わ、私?まあ、居るけど。また、片思いになりそう。」

「諦めちゃうの?」

「だって、私、自信ないもん…。相手は好きな人が居そうな感じだし。」

「確かめたの?」

「まあ、軽くだけど、確かめたかな…。」

「付き合っては居ないんだろ?その人。」

「うん。」

「ならチャンスはあるじゃないか。その人から奪う気持ちで行かなきゃ。一歩踏み出さなきゃ何も始まらないよ。マモルから聞いたけど、サチコにそうアドバイスしたんだろ?アドバイスした本人が実行しなきゃ。実際サチコはそれで成功したんだからさ。」

「うん…。」

「マキは明るいし、人見知りもしないし、それに…。」

「それに?」

「その、可愛いから、その好きな人もいつもの自信持ってるマキを見せれば、振り向くと思うよ。」

「か、可愛いって、何言ってるのよぉ。トオル。私、今まで言われたことないよそんなこと…。」

「そうか?」

 マキは顔を赤くして、だんだん声が小さくなって下を向いた。でも、僕自身もありのままの自分を見せなきゃ、きっとマキは振り向いてくれないって思った。

「トオルは、その好きな人を振り向かせるために、何かやってるの?」

「ま、まあな。その人は鈍感というか何というか、なかなか振り向いてくれないけどな。まあ、僕の努力も足りないんだろう。もっと頑張らなきゃな。」

「ねえ、トオル。」

「何?」

「そ、その…。ありがとう…。」

「いやいや別に。ただ、僕の言いたい事を僕自身に言い聞かせただけだから。」

 冷めたコーヒーは少し苦さを感じた。こんなに暑い日なのに、何で二人して、温かいものを注文したんだろう。それから、すぐに僕の携帯にマモルからの着信があった。

「もしもし。今こっちも買い物終わったからそっちに向かうよ。」

「おう。わかった。じゃあ、改札の前にコーヒーショップがあるから、そこの前に来て。」

「了解。今、ちょっと駅から離れちゃったから、十分くらい掛ると思う。じゃあ、またあとで。」

「おう。」

「マモル?」

「うん。あと十分くらいでこっちに着くみたいだから、もう少しゆっくりしてから出ようか。」

「うん。」

 僕はもう少し、こうしてマキと二人っきりの時間を満喫した。でも、マキから僕に恋愛相談なんて意外だった。

「マキ、疲れてない。大丈夫?」

「うん、ちょっと歩き疲れて眠いけど、大丈夫。ここから宇治駅までは電車の中で寝るから大丈夫。」

「そっか。あっ、そうだマキの荷物僕のカバンに入れなよ。このカバン大きいから、マキの荷物ぐらいのスペースはあるから。」

「本当?いいの?ありがとう。」

「いやいや。電車で寝てて万が一、忘れちゃったら大変だからさ。」

「食べないでね。」

「食わねぇよ!」

 マキの荷物を入れて、コーヒーショップを後にした。サチコが僕達を見つけて手を振りながら駆け寄ってきた。

「おまたせ。」

「おう。」

「ねえ聞いてサチコ、今ここのコーヒーショップでトオルにカプチーノ奢ってもらった。」

「へーいいな。マキだけずるい!」

「あんた、昼に奢っただろ!」

「あ、そうか…。」

 マモルは、サチコの分のお土産まで持って、まるで、買い物で荷物持ちにされている。夫みたいだった。

「大変だね。マモル。」

「お、おう。じゃんけんで負けたからな。」

「小学生か!」

 宇治駅までの切符を買って、電車に乗る。夕方五時を過ぎると帰宅客もいて、電車は混雑していた。

「次の電車待つ?」

「いや、次の電車だと、時間に間に合わなくなるから、これで行こう。」

「そうか、駅からまた歩くもんな。マキは大丈夫かい?」

「うん。頑張る。」

「どうしたの?マキ?」

「いや、ただ眠いだけ…。」

「あら、そう…。」

 電車はゆっくり走りだした。各駅を停車することに、客の数は減って行き、ようやく座れるくらいになった。

「着いたら起こすから、それまで寝てなよ。」

「うん。」

「あれぇ、トオル。やけにマキに優しいじゃん。」

「べ、別にいつも通りだよ。」

「ふ~ん。まあ、いいけどさ。何かの罰ゲームかと思った。」

「マモルと一緒にするな。」

「うるせぇ~。」

 サチコとマキは座席に座って、子供のようにすやすや寝ている。僕とマモルは、この二人を起こさなきゃいけないという任務があるので、あえて立つ事にした。

「マモル。今日は良い写真撮れた?」

「おう。さっきも土産屋巡りしながら色々撮った。サチコの写真も満載だぞ。」

「このバカップルめ。」

「うるせぇ。」

 流れて行く景色、西日が沈む光景はとても綺麗だった。昨日も今日も天気が良くて本当に良かった。この二日間の班行動はとても楽しかった。こんなに楽しい気持ちになれたのは初めてかもしれない。茨城に引っ越してきて良かったと思う。

  宇治駅に着く頃、二人を起こした。降りる際に再度、忘れ物が無いか確認してからホームに降りた。明日は、帰るだけだ。楽しい時間はあっという間に過ぎて行くものだ。

「マモルぅ~。眠いからおんぶして。」

「バカいえ!お前の荷物まで持って、お前を背負えるかっての。」

「あはは、マモル。大変だね。」

「誰か御助けを~。」

「マモルぅ~。」

「うるせー。」

 マキは、電車で寝てスッキリしたみたいで、元気だった。他の生徒もお土産をいっぱいぶら下げて宿へ向かう。

「おかえりなさい。」

 宿の仲居さんがやさしく出迎えてくれた。ロビーに入ると、藤村が立っていた。

「おう。お帰り。どうだった。楽しかったか?」

「神保、焼けたなぁ。」

「いや、もともと肌は黒いですから。」

「そうか。今日の夕飯は豪華に部屋食だから、早く部屋に向かえよ。六時半くらいに用意しに各部屋に仲居さんが来ると思うから。」

「了解です。」

 修学旅行で部屋食とは、なんて素晴らしいんだ。もう、至れり尽くせりだな。部屋に戻ると、すぐに、仲居さんが準備しに入ってきた。

「失礼いたします。お夕食の準備をさせていただきます。どうぞ、お客様はごゆっくりおくつろぎください。」

 一言挨拶すると、手際良く六人分の準備を進めていった。

「皆様は今日はどちらの方へ観光なさったのですか?」

「今日は午前中は法隆寺と奈良公園と大仏を見てきまして、午後は二条城を見て後はお土産を買いにお店を周りました。」

「なかなか良い所に行かれましたね。二条城は世界遺産にも登録されていますし、さぞ美しかったでしょう。」

「ええ。なかなか美しかったですよ。」

「皆様同じ所へ行かれたのですか?」

「いや、この三人は別班だったので、違うんですよ。」

「そうでしたか。」

 仲居さんは会話をしながら、綺麗にお皿を並べる。

「本日のお夕食は、夏の京会席でございます。涼しげな器に盛り付けてあるのが、鯉の洗いでございます。こちらの酢味噌につけてお召し上がりください。こちらのお皿には鮎の塩焼きでございます。目の前の宇治川で獲れた天然の鮎を使用しております。先日漁が解禁になりまして、夏の時期限定となっております。本日のご飯は五穀米でございます。おかわりは自由ですので、好きなだけお召し上がりください。デザートには京都名物わらび餅をご用意しております。すぐにお持ちいたしますので、お気軽に声をお掛けください。それでは、ごゆっくりどうぞ。」

 茶碗蓋をあけると、五穀米の良い香りが食欲をそそる。鯉の洗いを酢味噌に付けてご飯と一緒に食べる。世の中にはこんなに美味しいものがあるんだと感動してしまった。これは最高の贅沢だ。マモルは、二杯目のごはんに突入している。

「旨いものは食が進むよな。」

 マモルのお皿の上はもう空っぽになっていた。

  全員が食べ終わり、食後のデザートをお願いしようとしたタイミングで、仲居さんが入ってきた。

「それでは、食後のわらび餅をご用意いたしますね。では、こちらはおさげいたしますね。」

 気配りも最高級だ。これはもう、修学旅行っていうレベルじゃないぞ。とても涼しげなお皿にわらび餅が乗っている。ニッキと抹茶の二種類の味があって、とろけるように柔らかい。これをお土産にしたいくらいだ。

  贅沢な夕飯を堪能した後は、入浴。今度は昨日の順番の逆なので、僕の班の番はまだ先。テレビを見てくつろいだ。今、マキは何をしているんだろう。自販機の所に行ったら会えるかな。

「マモル、順番が来たら教えてくれ。」

「おう。構わないけど、何処行くの?」

「ちょっと出掛けてくる。」

「ああ、わかった。」

 自販機の所に着くと、誰も居なかった。やっぱりマキは、疲れてたから、寝てしまったのだろうか。僕はソファーに腰掛け、少しの間待ってみる。今日、コーヒーショップでマキが話した事。その好きな人は一体誰なんだろう。僕に相談するってことは、好きな人は僕じゃないのかな…。そうしたら、僕は初恋にして片思いで終わる恋だな。なんか切ないよな。

「あれ、トオル。どうしたの?こんな所で真剣な顔して。」

 その声はサチコだった。

「いや、風呂の時間まで暇だし、ちょっと考え事をね。」

「へー。トオルが考え事ねぇ。珍しいな。解決できないかもしれないけど、私に話してみな。誰にも話さないよりかはだいぶ楽になるよ。」

「うん。僕ね。この学校来て、初めて恋というのを知ったんだ。」

「良いじゃない。初恋ってやつね。」

「うん。いままで、その、あんまり異性に興味がなくてさ。」

「トオルが好きになった人っていうのはどんな人なの?」

「そうだね、明るくて元気で普段も可愛いんだけど、笑った時はもっと可愛いんだ。」

「あらぁ、可愛いを連発するって言う事は重症だね。」

「そうかもしれないな。あはは。」

「私、それだけでわかっちゃった。トオルの好きな人当ててあげようか。」

「いいよ。別に。でも、どうせ、片思いで終わるさ。なんか好きな人がその人にも居るみたいだし。だから、サチコが羨ましいよ。」

サチコは一つ深呼吸に近い溜息をついた。

  「その人はたぶん。トオルが思っている事とは全然違うと思うよ。」

  「えっ、それはどういう事?」

   サチコは人差し指を自分の唇にあて、ゆっくり首を振った。

  「私が言えるのはここまで。簡単に言えば深く考えない事だよ。私もね。今のトオルみたいに深く考えてた時があったの。だから、前進出来なかったの。でもね、その事をある人に相談したら、怒られちゃってさ。一歩進まなきゃ何も始まらないって。それで私は深く考えずに、マモルにアタックしたの。偶然にも、マモルも同じ事考えてたみたいで、昨日、土手に呼び出したらしいけど。でも、あの時、マモルが呼び出さなくても、私が呼び出したね。その分の手間が省けたって言ったら、マモルに失礼かな。えへへ。でもね、気持ちが通じあった時は本当に嬉しかった。私は深く考え過ぎてたって、改めて思ったね。まあ、私のノロケ話聞いてても面白くないか。」

  「そんなことは無いよ。」

  「いつまでも、滞ってちゃ、何も始まらないよ。告白しちゃえば。マモルシチュエーション作ってさ。もしかしたら、私とマモルみたいに逆に告白されるかもよ。大丈夫だよ。きっと上手く行くって。自信を持ってよ。いつものトオルらしくないぞ。」

   僕が今日、マキに言った言葉をそのままサチコに言われた。

  「ああ…。」

  「マキでしょ?トオルの好きな人って。」

  「だから、言うなって!」

  「ごめん。えへへ。」

  「えへへ。じゃないよ。」

  「私がさっき言った、相談した人ってマキの事なんだよ。」

  「うん。知ってる。」

  「えっ、なんで?」

  「マモルから聞いた。」

  「あのバカ…。ったく…。」

  「私は、あんまり隠すのが上手くないから、さっき秘密にしようと思ったんだけど、特別にトオルにマキのこと暴露してあげる。でも、それに浮かれて、失敗しても保障しないよ。」

  「分かってるって。」

  「マキはね。トオルの事好きだよ。さっきも部屋でガールズトークしてた時もずっと、トオルの事ばかり話してた。昨日だって、カップル成立して、部屋に戻ったあと、私に相談してきたんだよ。トオルが好きだけど、振られるのが怖いって。だから、私は、マキに怒られたことをそのままオウム返しにしてやったのよ。そしたら、しばらく落ち込んでたけどね。あとね、修学旅行の前々日くらいかな。私とマモルにね、何でか分からないけど、一目見た時にトオルの事好きになりそうって思ったって言ってたし。だから、マキはトオルに夢中だよ。どう?少しは元気出た?」

  「うん。ありがとう。」

「あ~あ。喋っちゃった。これ、マキにバレたら、殺されるな。まあいいや。今日奢ってもらったお礼ということにしておいて。」

「いやいや、だって、あれは罰ゲームみたいなもんだし…。」

「いいの。じゃあ、私そろそろ戻るね。あ、それと。」

「それと?」

「今のマキの携帯の待受け。トオルの写真だよ。じゃあね。」

 ヤバい、何故だか知らないけど、鼻血が出てきた。慌ててポケットティッシュで止血する。それにしても、マキはいつ僕の写真を撮ったんだ?鼻にティッシュを突っ込んだまま、僕は部屋に戻った。

「あれ、どうしたトオル。鼻血か?」

「うん。なんかいきなり。」

「エロいこと考えてるからだよ。」

「マモルと一緒にするな。」

「俺はエロいこと考えて鼻血出した事ねぇよ。」

 しばらくして、別の班の人が呼び出しに来たので、大浴場に向かう。

「鼻血止まったか?」

「うん。なんとか。」

「浴槽内に鼻血ばら撒くなよ。一瞬にして殺人現場みたいになるからよ。」

「そんなに出ねぇよ。」

 体を洗って、浴槽に浸かる。ここのお風呂に入ると疲れが取れる気がする。続けて、マモルも入ってきた。

「なぁ、トオル。帰りの電車でやたらマキに優しかったけど、マキと何かあったのか?」

「いや、特には無いんだけどさ、ただ、マキから恋愛相談されちゃってさ。」

「それで?」

「ありのままの自分を見せれば振り向いてくれるよって、言ったんだ。それは、勿論僕にも言える事。でも、僕の場合ありのままの自分をマキに見せたところでマキはあんまり気付かない。だから、更にプラスアルファで、優しさって言うのを加えてみたんだ。別に作っている訳じゃないだけどさ。ありのままだけじゃ、自己中になっちゃうかなって思ってさ。」

「なるほどね。で、マキの反応は変わった?」

 僕は首を横に振った。

「あいつ、意外に鈍感だからな…。それ以上に俺も鈍感だ。あははは。」

「それでさ、さっき部屋を出た時、サチコに会ったんだ。」

「ほう。なんだ、じゃあ俺もお前と一緒に部屋を出りゃあ良かったな。それで?」

「サチコにマキの思ってる事とか、いろいろ話してくれた。結論としては、僕は深く考えすぎなんだと。そういうことみたい。」

「サチコは良い事言うなぁ。」

「まあ、今は少し、心は落ち着いてるよ。」

「そうか。まあでも、今日お前がマキに対しての気配り、行動はお前に対しての株が急上昇したと思うぞ。今日、一緒に周ってて、マキは今までにないくらい、お前の事ずっと見てたぞ。それが、何よりの証拠さ。」

「そうなんだ、ぜんぜん気付かなかった。」

「カッコよく言えば、お前の行動が無意識にマキのハートを掴んだってとこかな。この、キザな野郎め!」

「いやいや、そんなつもりはないよ。」

「知ってるよ。お前がそんな性格じゃないってことぐらい。」

「もう…。」

「あははは。」

「今、あーだ、こーだ考えても仕方ない。チャンスが巡った時に全力を尽くすだけさ。そのチャンスは、今日かもしれないし、明日かもしれない。それは誰だって分からない。だから、人生って面白いんだろ?なっ。」

「うん。」

「きっと上手くいくさ。昨日の俺みたいに。」

「みんなに励まされて、何だか嬉しいよ。」

 なんだろう。自然に涙が出てきた。

「おいおい。泣くなよ、トオル。男だろ。」

「ああ、悪ぃな。」

「いえいえ。ちなみにさっきの言葉は、かつて昔見た夢の中でお前が俺に言ってくれた言葉だぞ?」

「えっ?」

 マモルの言っている意味が分からなかった。

「お前、昔、俺を助けた『ヤマオル』だろ?」

 やっぱり、あれはただの夢ではなかったみたいだ。確かに昔、僕は夢の中で、一人の少年を助けた。そうか、あの時の少年はマモルだったんだ。

「一つ訊いて良いか?」

「なんだ?」

「サチコは昔、辛い人生を送っていた?例えば虐められてたとか。」

「おう。確かに。」

「やっぱり…。そうだよ。僕は夢の中で君を助けた『ヤマオル』だよ。まさか、あの時の少年が、マモルだったとは…。」

「ああ、俺もビックリだよ。俺さ、ヤマオルにずっと憧れていたんだ。だから、その姿を決して忘れなかった。お前が転校してきた時に、どこか面影を感じていたんだ。もしかしたら、トオルが『ヤマオル』だったんじゃないかって。」

 僕は、忘れかけていた。引っ越してきた時に偶然見つけた、あのノートに書いてあった事は、ヒーローに憧れて作った物語じゃなくて、実際にみた夢を書いていたんだ。

「じゃあ、今度は、俺が助ける番だな。といっても、最終的には、お前次第で結果が変わる。だから、俺は全力で応援するよ。」

「ああ、ありがとう。」

「さて、出るか。」

「おう。」

 なんだかんだで、結構長湯してしまった。気付いたら、最後の班まで入っていたなんて…。

  部屋に戻って、財布を取って自販機に向かった。長湯したせいか、やたら喉が渇く。自販機でスポーツドリンクを購入すると一気に飲み干した。空き缶を捨てた時のカランっていう音がどこか寂しげに聞こえた。ソファーに座って一旦落ち着かせる。皆が応援してくれている。でも、告白の仕方がイマイチ良く分からない。よくマンガやドラマとかで告白シーンとかあるけど、あんな 感じじゃ、ベタ過ぎて、マキにとっては何も響かないだろう。あー。アタマの中がごちゃごちゃだ。落ち着けトオル…。

「あら、トオル。そこで何してるの?」

 その声はマキだった。

「いや、長湯しちゃったから、ちょっと逆上せちゃって、少しここで休んでたところ。」

「あらあら、大丈夫?何か飲む?」

「うん。大丈夫。さっきスポーツドリンク飲んだから。」

「そう、なら良かった。」

 マキは自販機でお茶を購入して、僕の隣に座った。

「そうだ、トオルに預けた、お土産。返してもらわないと。」

「ああ、明日学校に着いた時に渡すよ。それまで預かっとくよ。今から取りに行くのが面倒くさいし。」

「わかった。じゃあ、よろしく頼むよ。」

「うん。」

 マキが隣に居るだけでドキドキする。この修学旅行でマキのことがこんなにも好きになるなんて、思っても居なかったよ。鼓動の音ばかり気になって、まともにマキと会話が出来ない。どうしようか…。このまま、何も話さないでいると、マキはすぐに部屋に戻ってしまいそうだ。

「なあ、マキ。」

「なに?」

「あの、今朝の事覚えてるか?」

「えっ、今朝?なんかあったっけ。」

「うん。僕の頬にその…。」

「ああ。いや、あれはその…。お礼だよ。お礼。うん。」

「そうか。随分サービスの良いお礼だね。」

「ま、まあね。私だって、サービス精神ぐらいあるさ。でも、トオルの膝の上はあったかかったな。」

「なんか言った?」

「いやいや、何でもない、こっちの話。」

 お互いに顔を赤くして、下を向いてしまった。どうしよう、どうしても、告白まで行けない。今、マキはどう思っているんだろう…。待っているだけじゃ何も始まらない。どんどん進んで行かなきゃ…。あと一歩、一歩なのに。

「ねえ、トオル。」

「な、なんだい?」

「あのね。私、今日楽しかったよ。昨日もそうだけど。こんなに楽しかったのは何年振りだろう。いっぱい笑って、いっぱい歩いて、疲れて眠くなるくらいまで、はしゃいだのは小学校以来かも。これもみんなのおかげ。感謝しなきゃね。」

「そうだね。僕もすっごく楽しかった。」

「そして、今、こうやって、トオルと二人でお喋りしているのも。」

「え…。」

「いや、何でもない。さて、もう消灯時間だよ。部屋に戻らないと、藤村が来るよ。あのセクハラおやじが。」

「男子にセクハラはしないよ。」

「あ、そうか。じゃあ、また明日ね。おやすみ。トオル。」

「ああ…。」

 こうして、僕の場合、マモルのように上手くいく事はなく、夜が更けて行った…。

  今日はゆっくり起きた。携帯を見たら、起床時間ギリギリだった。布団をたたむと、荷物の整理を朝食前までに済ませ、宴会場に向かった。朝食は昨日と同じで、バイキング方式。昨日と同じ席に座って朝食を食べる。

「あれ、マキ達遅いね。」

「うん。どうしたんだろうね。」

 先に朝食を食べていると、マキ達がやってきた。

「ごめん。遅くなった。」

「どうした?」

「いやぁ~。マキが寝坊してさ。ついさっき起きたところなんだよ。」

「なんだ、そんなことか。」

 マキはまだ、目が半開きで寝ぼけている。

「おーい。起きろ。朝だぞ。」

「う~。おきてるよ~。」

 サチコはマキを座らせて、マキの分の朝食を取りに行った。

「あと、五分だけ~。」

「おい、寝るなー。」

 言ってるそばから、寝息が聞こえた。

「マモル。得意の藤村のモノマネやったら、起きるんじゃない?」

「えー。普通に俺だって、分かるだろ。」

「いや、声とか結構似てるし、寝ぼけてるマキなら藤村だと思うんじゃない?」

「そうかな。…おほん。こらー綱引。俺の授業中に寝るなー。」

 マキの様子をうかがう。

「はっ、すいませんついうっかり。何ページからでしたっけ。」

「ぶっ、あははは…!」

 笑いが止まらない。

「えっ、あれ?」

「マキは面白いなぁ~。」

「あれ、さっき藤村が居なかった?」

「居ないよ。」

 僕はマモルを指差す。マモルはもう一度、藤村のモノマネをした。

「なんだ。って、今恥ずかしかったじゃん。もう…。」

 これは良い目覚ましだ。

「何、どうした?」

 サチコが、マキの分の朝食を持って席に来た。

「いや、マキが二度寝したから、マモルが藤村のモノマネして起こしたら、『すいません何ページからでしたっけ』だって、夢の中で授業受けてやんのコイツ、あははは。」

「あははは。」

 サチコもつられて笑った。

「もう。サチコまで…。」

「いやあ、これは面白い。マモルの藤村の声と口調がリアルに似てるんだもん。」

「オハコネタだからね。」

 朝から、僕らは人一倍賑やかだった。

  朝食を終えると、着替えて、荷物をまとめた。大きい荷物は、トラックに積む。これから、学校まで直行するらしく。僕らが学校に着く頃にはすでに大きい荷物が届いているとのこと。準備が出来た人から、バスに乗り込む。バスはクラス単位だが、席は自由。僕達四人は一番後ろに座った。

  これから、観光バスで、京都駅まで向かう。旅館の仲居さんが最後まで笑顔で手を振ってくれた。ここの旅館。いつかまた来よう。

  バスの車内は、みんなお疲れモードで、寝ている人が多かった。僕以外も他の三人は寝ている。隣に座っているマキは、だんだん僕に近づいて来ている。僕はそっと、肩を貸した。昨日の電車の中でもそうだけど、マキの寝顔は子供みたいで幸せそうだ。一つ向こうに座っているバカップルは、二人寄り添って寝ている。あれも、ある意味幸せそうだ。マキを起こさないように、マモルのカバンからそっとカメラを取りだし、フラッシュをオフにして、写真を撮ってやった。ついでにマキも撮ってやろうと思ったけど、顔が近すぎて撮れなかったので諦めることにした。

  バスの車窓は、電車の時とはまた違う風景が広がっていた。その流れて行く景色を見て、この三日間を振りかえってみる。マモルとサチコは成功した。なのに、僕は結局一歩も踏み出せないまま、無情にも時だけが過ぎ、何も結果を出せないまま終わってしまった…。何やってるんだよ、僕は…。

  バスに揺られること、約一時間。京都駅に着いた。僕は寝ている三人を起こして、一番後ろの席ということもあり、最後に全席に忘れ物が無いかチェックをしながら降りた。

  ここからは新幹線に乗って東京駅まで戻り、そこからはバスで学校まで向かう。昼食は、新幹線の車内で弁当が出るそうだ。学校に着くのは午後三時の予定。新幹線の発車の時間まで、余裕があったので、昨日もこの駅の中を覗いたが、また散策することにした。

「トオル。何処行くの。」

 僕の肩を叩いて声を掛けてきたのはマキだった。

「いや、新幹線の時間までまだあるし、先生も時間さえ厳守すれば、自由に行動して良いって言うから、ちょっとぶらっと。ね。」

「私も行く。ついていっていい?」

「別に構わないよ。つまらないかもしれないけど…。」

「そんなことないよ。トオルと居ると楽しいし。あ、そうだ、またあそこのコーヒーショップ行こうよ。今度は私が奢るから。」

「えっ、良いの?大丈夫?」

「大丈夫。私に任せなさい!」

 マキは胸を張って叩く。僕は、マキの言葉に甘えて、一緒にコーヒーショップに行くことにした。今度はコールドドリンクにしよう…。

「奥の席にしよ。」

「うん。」

 昨日は気付かなかったけど、このお店奥の席はソファーになっている。

「ここのほうが、お尻も痛くならないし、くつろげるし。じゃあ、買ってくるね。何飲む?」

「じゃあ、アイスコーヒーの普通サイズで。」

「アイスコーヒーね、了解。ちょと待っててね。」

 マキは、女の子らしい白い財布を片手に、レジカウンターへ向かった。僕の携帯が震える。マモルからのメールだ。

(どうだい?マキとのデート。上手くいってる?)

 なるほど、コイツの策略か。当然サチコもその策略に参戦しているのだろう。僕はあえて、マモルからのメールを無視してやった。

  しばらくして、マキが戻ってきた。お盆には二人分の飲み物と、サンドイッチがあった。

「なんか、サンドイッチがおいしそうだったからつい一緒に買っちゃった。一緒に食べよ。」

「うん。でも新幹線の中でお昼食べれなくなるぞ。」

「大丈夫。食べきれなくなったら、トオルにあげるから。」

「食えるかよ!」

「えへへ。」

 マキは、サンドイッチを小さく一口。とてもおいしそうな顔をして食べる。

「さっきから思ってたけど、今日はいつもと違う髪型だね。」

「そうなの。宿を出る前に、サチコがやってくれたのよ。カワイイでしょ。」

 マキの髪型は、下の方に結んだツインテール。中学生の女の子に多い髪型。

「うん。似合うよ。」

「本当?ありがとう!」

 マキが照れた。やっぱり、女の子って、髪型で印象が違うもんなんだなって思った。普段のマキは、何も結ばず、肩までのセミロング。それも良いんだけどね。

「そう言えば、昨日はポニーテールだったよね。あれも、サチコがやってくれたの?」

「それは違うよ。昨日着てた服はポニーテールにしなきゃ似合わないのよ。」

「へー。服装で髪型変えるんだ。」

「ファッションの基本よ!」

 そうなんだ、僕はそこまで気を使った事は無いけど…。

「トオルが、似合うって言うから、しばらくはこの髪型にしようかな…。」

「何か言った?」

「いや、何でもない。それより、ほらトオルの分のサンドイッチ、残ってるよ。」

「あ、ああ…。」

 マキは昨日と同じ、カプチーノを飲んでいる。

「三日間って、あっという間だね。もう帰りだもんね。」

「そうだね。楽しい時ほど、早く時が過ぎるものさ。」

「でもさ、トオルってすごいよね。」

「何が?」

「いや、自由行動の時のリーダーシップがさ。だって、道も迷わなかったし、むしろ、一日目に宿へ戻る時、みんなついてきたじゃん。」

「確かにそうだね。でも、電車の事に関してはマモルが詳しかったし、僕一人だけじゃないよ。」

「いやでも、効率の良い周り方が出来たのは、やっぱりトオルのおかげだよ。」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。」

「これからも、トオルと一緒に居たい…。」

「えっ?」

「だから…。その…。」

 上目使いで僕を見る。

「一緒に部活やろ。」

「結局、勧誘かい!」

「あははは。いいじゃん。やろうよ!まだ、文化祭まで間に合うから。」

 今のドキドキを返して欲しい…。でも、一緒に居たいという気持ちは、部活じゃなくても気持ちは一緒なんだろう。

「そろそろ、時間だね。戻ろうか。」

「うん。」

「それ、僕が片付けて来るよ。」

「あ、ありがとう。」

 店を出ると、目の前にサチコとマモルが居た。

「二人の時間はゆっくり過ごせたか?」

「うるせぇ。」

 マキは目を輝かせて、大きく頷いた。

「どんな話したの?」

 サチコがマキに興味津々に質問をしている。

「えっとね。部活の勧誘?」

 僕は思わず、ズッコケてしまった。まあ、間違ってはいないが、その他にもいろんな話しただろ。

  僕達は集合場所に戻った。さっき、藤村がマモルに預けた、帰りのチケットを受け取り、改札を通って、ホームに上がる。

「帰りも、団体専用とかいう新幹線?」

「そうそう。ほら、行きのチケットもちゃんとあるんだぜ!」

「え、それって貰えるの?」

「うん、駅員さんがいる窓口のほうで、記念にとっておきたいんですけどー。っていえば、無効のハンコを押してくれるよ。」

「へー。知らなかった。マモルはこういうことに関して『だけは』頭が上がらないよ。」

「だけは、って何だよ。」

「いや、別に。」

 やがて、新幹線が駅のホームに入ってきて、乗りこむ。行きとは違い今度は真ん中の車両だったので、マモルは大人しかった。僕達四人は行きと同様、座席を一つ回転させて、向かい合わせの席を作った。今度は海側。マモル曰く、静岡県に入ったら、海が見えて来るとか。

  午前十一時過ぎ、新幹線はゆっくり発車した。楽しかった京都もこれでお別れだ。新幹線はだんだんスピードを上げて行った。

  車内でしばらく雑談をしていると、弁当が配られた。中身は結構豪華な幕の内弁当。僕達の席は向かい合わせにしている関係上、膝の上に置いて食べるしかなかった。でも、そんなに窮屈じゃない。出発前にサンドイッチを食べたマキは箸の進みが遅い…。これはもしかして、予想した展開になる可能性が大きいぞ。先に食べ終えた僕は、しばらく、マキの様子をうかがう。マモルは食べ終わると、腹いっぱいと腹を叩いて、もう食べれないアピールをする。サチコは元から小食なので、ちょっとした惣菜だけ残して、二人で空の弁当を捨てに行った。

「トオル。食べて…。」

 ほら来た。予想通りの展開。

「だから言ってでしょ。食べられなくなるよって。」

「だって、あのサンドイッチ、おいしそうだったんだもん。」

「まあ、捨てるにももったいないから、食べるよ。」

「本当?ありがとう。」

 結局僕は、マキの残飯処理係になってしまった。マモルとサチコが席に戻ってきた。

「おっ、トオル。良く食べるなぁ。俺でさえ、あの弁当一個で腹いっぱいになったのに。」

「捨てるのももったいないからね。」

「それにしても、マキが残すなんて珍しいな。」

「さっき出発前にコーヒーショップでサンドイッチ食べたからそれでお腹いっぱいになっちゃったみたいでさ。」

「アホだな。」

「アホ言うな!」

「はい、ごちそうさまぁ~。」

「おぉ~。すげー。コイツ弁当一個半食いやがった。」

「う、動けない…。」

「ありがとう。私が捨ててくる。」

 マキは僕の空弁当と二つ持って捨てに行った。

「トオル、大丈夫か?」

「お、おう。大の字になって寝転がりたい気分だよ。」

「とりあえず、三人席だから、横になったら?マキが来たら、こっちに座らせるから。」

「おう。ありがとう。」

 僕は、三人掛けシートに横になった。これだけでもだいぶ楽だ。


「おい、もうすぐ着くぞ。トオル起きろー。」

「まだ、新横浜出たばかりだし、寝かせてあげようよ。なんか幸せそうだし。ウフフ。」

「マキ、トオルの頭、重くない?」

「別に、重くないよ。なんか、こう見ると子供みたい。」

 いつの間にか僕は寝てしまっていたのか…。

「おっ、トオルが起きるぞ。」

「あれ、今どこら辺?」

「今、新横浜出たところ。しかし、よく寝てたね。」

「うん。なんか気付いてたら寝てた。」

 でも、なんでマキの声が上から聞こえるんだ?

「それよりさ、トオルはいつまでマキの膝の上で幸せタイムを続行しているんだ?」

「えっ?」

 その一言で、目が覚めて、僕は慌てて起き上る。

「あれ、何でマキの膝の上に?」

「トオルが横になった後、マキが戻ってきたんだけど、マキがどうしても膝枕したいって言うから…。俺は止めたんだけどな。」

「違うでしょ、あんた達がやれって囃し立てるから、仕方なくやったんでしょ?」

「あ、その、ごめん。」

「別に…。いいけどさ。」

「でも、マキ幸せそうだったぞ。」

「うるさい。トイレ行ってくる。」

 マキは席を立った。

「写真撮らせて貰った。」

「やめてくれ!」

「宿から京都駅に行くバスの途中で写真を撮られた仕返しだ。」

「見たのか。」

「おう。それで削除させていただいた。」

「えー。じゃあ、僕のも消しといてよ。」

「やーだねー。」

「ふざけるなぁ。」

 サチコは笑っている。

「マモル。本当は消してないくせに。」

「バカ、それを言うなって。」

「なんだ、安心した。」

 僕は、ほっと一息つく。って、全然良くない。

「まあまあ、マキも最高の笑顔だからさ。写真が出来たら見せるって。」

 マモルのカメラは、撮った写真を見るのにパスワードが掛けられていて、簡単に見れない。なんて高性能なカメラなんだ。マキが戻ってきた。

「もう、マモルもサチコも変なこと言わないでよね。まったく…。」

 シートに座ると、腕を組んで膨れた。マキが膝枕をして、幸せそうにしていた現場は、他の生徒も多数目撃していた。それは、とても微笑ましい光景だったようだ。幸い、藤村には目撃されていないとのこと。さっきから、他の生徒が僕と目が会った時に顔が赤くなるのはそういう理由なのか。それと同時に、マモルとサチコが付き合ったこともバレたらしい。藤村以外の2‐A公認のカップルになったらしい。良かったではないか、マモル。

  新幹線は品川を通過して、そろそろ、終点の東京に着こうとしている。みんなは、散らかったごみを片付けたり、荷物をまとめたり、慌ただしくなってきた。僕達も座席を戻したりして、降りる支度をした。

  東京駅に着いてからは、学校へ向かうバスの場所まで、学年主任が誘導する。バスは、新幹線ホームの反対側の丸の内口の方向に停車しているらしく。団体専用出口から、ぐるっと回って、約十分くらい歩いた。バスに乗ると、京都の時と同様、席は自由。今度は一番後ろの席は取られてしまい、真ん中あたりの席に座った。マモルとサチコペアと僕とマキペアで座った。

  首都高速が混雑しているらしく、到着時間が少し遅れる旨の連絡を受け、バスは出発した。

「部活やってる時間に間に合うかな。間に合えば今日中に渡しちゃいたいのにな。」

「部活って何時までなの?」

「今は、夏の時期でコンクールも近いから六時までやってる。」

「なら、間に合うよ。混んでても二時間くらいで着くでしょ。」

「うん。」

首都高速は、走っては止まりの繰り返しの渋滞で、動かない渋滞ではなかった。そこから、常磐道に抜けると、スムーズに流れ、一時間半くらいで千代田石岡のインターを降りた。学校到着まではあと少しと藤村が車内マイクで話す。ここに引っ越してきて、二か月しか経っていないのに、もう見慣れた風景になっていた。

 予定時刻の一時間遅れで学校に到着した。最後に忘れ物が無いか確認して、バスを降りる。今朝、トラックに載せた荷物は、体育館にまとめて置いてあった。最後に、学年全員を集めて終礼のようなものをとり、各々解散した。

  「トオルに預けてお土産返して。今から部活に渡しに行くから。」

  「おう。」

サチコとマキは部活にお土産を渡しに行った。マモルの部活は今日はお休みらしく、また明日、持っていくとのこと。四人で一緒に帰りたいというマキの提案で、僕とマモルは待たされることになった。

  「結局、トオルはマキに何も言えずに終わっちゃったな。」

  「まあな。でも、この修学旅行でマキとだいぶ距離が縮んだよ。」

  「そっか、結果は無くても、収穫はあったか。」

  「うん。後は、タイミングを計るよ。」

  「そうだな、慌てて実行するよりも、ゆっくり焦らずやるのが良いと思うぜ。それにしても帰りの新幹線の時のマキは可愛かったなぁ。見たことも無いくらいの照れ様だったぜ。」

  「そうなんだ。写真見せてね。」

  「勿論だよ。明日部活あるから、その時にまとめて現像しておくよ。」

  「おう、サンキュー。」

   三階の音楽室から、歓声と拍手が聞こえてきた。きっと、マキの手によって、サチコがマモルと付き合った事を報告したのだろう。しかし、結婚報告のような歓声だったな…。

  「きっと、マモルとサチコが付き合ったことの報告の歓声だと思うぞ。」

  「おそらくそうだな。俺もう吹奏楽部に取材に行けないよ。今度は文化祭のパンフレットの写真を撮らなきゃいけないのに…。」

  「あははは、大変だ。」

  「おーい。神保、山渡。まだ帰らないのか?」

   藤村の声だった。

  「いや、今、国府田と綱引を待っているんですよ。」

  「そうか、気をつけて帰れよ。家に帰るまでが修学旅行だからな。」

  「はーい。」

   でた、修学旅行の最後の決まり文句。

  「僕さ、吹奏楽部入ろうかな…。やっぱり何か特技みたいなの身に付けたいし。」

  「ほほう。良いんじゃない?マキもきっと喜ぶと思うぞ。本当はマキと一緒に居たいのが狙いだろ?」

  「ち、ちげーよ。」

  「もっと自分に正直になれよ。」

  「ああ。」 

マモルが背中を二回叩く。確かにマモルの言うとおりだ。もっと、自分に正直にならなきゃいけない…。じゃなきゃ、何も始まらない…。

  「おまたせー。帰ろー。」

   マキとサチコが戻ってきた。

  「サチコがマモルと付き合ったって報告しちゃった。」

  「やっぱり…。歓声がここまで聞こえてきたぞ。」

  「マモル。照れるなよ。」

  「照れてねぇよ!」

  「あははは。」

   マモルとサチコは夕日に沈む太陽よりも輝いていた。僕とマキもいつかああやって手を繋いで、歩けるような関係になりたいと思うのであった…。

  「帰りのバス、エダちゃんだと良いな。あの飴あげたいし。」

  「家に帰ってきたら渡してやれ…。」

  

  


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