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ディアレスト  作者: 北条渚
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第三章 神保マモル

俺は、乗り物が好きだ。親父が航空自衛隊の戦闘機パイロットだったことは俺にとってあこがれの存在だった。いつか、親父と一緒に戦闘機で大空を飛びたかった。でも、親父は病死したと聞いた。詳しい病名まで教えてくれなかったけど、今ではそこが疑問だ。そんなある日、俺は気になって、母親に真相聞いたら、病死じゃなくて、墜落事故で死んだらしい。それを知った時は、殴り飛ばそうかと思うくらい怒りがこみ上げたんだ。なんか、親に嘘をつかれた気分になって。でも、それは夢を壊さないようにしたいという母親なりの心遣いだったんだと知って、改めて、母親の優しさを知ったよ。でも、そんな事でヘコたれる俺じゃないって事を想ってほしい部分もあったな。

    小学校に上がる直前、親父が習志野の航空基地から百里の航空基地に転勤になって、この地に引っ越してきた。家の近くには一両編成のとてもローカルな鉄道、カシマ鉄道が走っていて、そこで俺は鉄道も好きになった。

    隣の家には同い年くらいの女の子が居るという。名前は国府田サチコというらしい。でも、俺は人見知りの性格だったのか、その子の前に行ったとき、謎の恐怖感が襲い、泣いてしまった。こんな俺でも、サチコは俺の本当のお姉ちゃんみたいに接してくれたな。後に立場が逆転しちゃって大変だったけどな。でも、あの事件は本当に大変だったし、いい勉強にもなった。俺自身強くなったよ。でも、あの事件を解決に導いてくれたのは、俺ではない。確かに実行したのは俺だけど、いろいろサポートしてくれたヤツがいるんだ。それは、夢の中に出てきた『ヤマオル』っていうヤツなんだ。その正体は不明なんだが、やたらヤツのアドバイスが的確で、本当にびっくりした。現実に居るなら、是非会ってみたいって思うくらい。そういえば最近、そのヤマオルに似たやつが転校してきたんだよな。名前は山渡トオル。初めて会った時、アイツの目はどこかで見たような感じがしたんだ。名前もなんか近いしさ。だとしたら、山渡トオルっていう人は一体何者なんだろう。神様か?

    桜の季節がおわり、やがて梅雨入り間近のジメジメした季節がやってきた。中間テストも無事終わり、クラスのみんなはもう、修学旅行モードに突入していた。今年の修学旅行は、ギリシャの予定だったが、経済の悪化で急遽、京都、奈良に変更になった。なんともツイてない…。それで、旅行予算も余ってしまったので、宿泊先も修学旅行で使うのはもったいないくらいの高級旅館になった。まあ、鉄道好きな俺としては、ラッキーなことだ。

  「マモル。良かったじゃないか、新幹線乗れて。」

   トオルが話しかけてきた。

  「おうよ。ラッキーだ。東京駅までの行き方もまかせとけ。」

  「おう、それは頼もしいな。お前が鉄道マニアじゃなかったら、柏の友達に電話で聞いてたところだったよ。」

  「だろぉ~?ほらほら、我を褒め称えよ。崇拝しろ。」

  「ははぁ~。」

  「またやってるよ。あのアホコンビ…。」

   マキが突っ込む。

  「そこで神様ごっこしてる所悪いんだけどさ、一つ良い提案があるんだけど…。」

   俺とトオルはマキの方を向く。

  「当日、集合が東京駅に朝六時でしょ?」

  「うん。」

  「その事、エダちゃんに話したら、その日はたまたま休みで、良かったら、送ってくれるって事なんだけど、どうかな?」

  「えっ、マジ?あのバスの運ちゃん、さすがだなぁ!よし、そのご厚意に甘えようか。なっ、トオル?」

  「ああ、僕は別に構わないよ。」

  「それじゃあ、決まりだな!じゃあマキ、よろしく。」

  「承知。後で電話しとく。」

   俺とトオル、サチコとマキの四人は同じ班で、暇さえあれば、互いにガイドブックを持ち合わせては、行きたい場所をピックアップしている。修学旅行まで一週間を切った。とても楽しみだ。

    放課後、俺は部活へ向かった。サチコもマキも吹奏楽部で、トオルは相変わらず帰宅部。今日も帰り際、マキがトオルにしつこく入部勧誘してたけど、彼はあっさりスルーしてたな。はたして、彼は吹奏楽部に入るのだろうか。俺の所属する写真部に先輩は居ない。俺が一年の頃は三年に先輩が居たんだけど、今年の春に卒業してしまった。俺がこの部活に入ってこなかったら、廃部の危機だったらしい。でも、今は、後輩が四人程いる。でも、野郎ばかりで全く華が無い。そう思うと、吹奏楽部は羨ましいよな…。

    俺達、写真部の活動は主に文化祭の写真の展示会がメインで特に大会とかコンクールとかには参加しない。だから、毎週火曜日と木曜日は休み。今年の文化祭で展示するテーマは、「美」それは、風景でも人物でも構わない。ただ、一枚の写真に美しさを表現させなければならない。それは、どんなカメラを使っても高度なテクニックだ。俺はもちろん、修学旅行で究極の一枚を撮ろうと思っている。エスカレーターで部長になったけど、部長である以上、後輩達には負けられないのだ。部室でレンズを磨いていると、顧問がやってきた。

  「神保、仕事だ。これから、学校のホームページ用の部活紹介写真を撮ってきて欲しい。五人居るから、二班に分かれて、運動部と文化部で手分けしてやってくれ。メンバー構成は神保に任せるよ。」

  「了解しやした。」

   後輩二人で運動部。俺と残りの後輩二人は文化部で担当を割り振った。俺は、サチコとマキの部活姿を見たいがゆえに、文化部を選んだ。

    取材は一人でもできる仕事なので、時間を決めて、各々校舎内を散らばった。俺は、早速、吹奏楽部に向かうことにした。第一音楽室を開けると、サチコが一人、楽譜とにらめっこしながら、ホルンを吹いていた。西日が差す光と初夏らしい爽やかな風の演出の影響か、サチコが普段より美しく思えた。一生懸命練習する姿を俺は、部活の仕事を忘れ、ぼんやり見ていた。その様子に気付いたのか、サチコが俺の方を見る。

  「あれ、マモル。どうしたの?」

   その声に、ふと我に返る。

  「あ、取材だよ。学校のホームページの部活紹介を新しくするから、それの写真を撮ってこいって。だから、取材しに来たんだけど、部員は?」

  「今は個人練習の時間だから、各教室に散らばってる。あと三十分くらいすれば合奏するから、その時来てみれば?」

  「おう。じゃあそうするよ。ところで、それ、何の曲?」

   サチコの譜面は、何やら色々メモ書きがしてあって、ほぼ真っ黒な状態だった。すごく練習してる曲なんだろう。

  「ああ、これね。R・Wスミス作曲の『海の男達の歌』結構難しい曲なんだよ。後半部分でホルンが目立つ所があるんだけど、それがなかなか難しくてね…。って、マモルに言っても分かんないか。」

  「ごめん。まったく分かんない…。けど、頑張れよ。大会でやるんだろ?それ。今年も聞きに行ってやるからな。」

  「うん。ありがとう。」

   サチコは、微笑むとまた楽譜とにらめっこしながら練習に戻った。吹奏楽部を一度後にして、その他の部活をまわった。他の部活にあまり興味もないからか、一部活あたり、約五分で取材が終わった。三十分後、再び吹奏楽部へ向かう途中、トロンボーンを手にしたマキに会った。

  「ウース。マキ。」

  「あら、マモル。何そこで部活サボってんの?」

  「ちげーよ。部活の仕事だよ。」

   左腕に付けた写真部の腕章を指差して見せる。

  「なんだ。違うのか。じゃあ、かわいい女子高生の盗撮?やだ、変態。」

  「だから違うって!学校のホームページの部活紹介を新しくするから、それの取材だよ。」

  「うん。知ってるよ。サチコから聞いた。」

   そのセリフにズッコケてしまった。

  「なら話が早い。合奏前に取材させて。あと、練習してる風景も撮りたいから。いつも練習してる感じでいいよ。」

  「あいあいさー。顧問にも言っとく。それで、ギャラは?」

  「ねーよ。」

  「チッ、つまんないの。じゃあ、ジュース一本で許してやるよ。」

  「許すもなにも、ギャラ無いから!」

  「あー。はいはい。じゃあ、第一音楽室来てー。」

   軽く流された。

  「そう言えば、トオルは結局、吹奏楽部に入らなかったの?」

  「そうね。まだ諦めてないけど、必ず連れてくる。こうなったら、最終手段。私の色気を使うか。」

  「それだけは、やめとけ。何も効果ないから。」

  「失礼ね!」

   マキは頬を膨らませた。第一音楽室に入ると、部員全員が集合していて、合奏の準備に入ろうとしていた。マキは顧問に取材の事を話した。あれ。この部活の顧問って、あの三品なんだ。苦手だな…。三品が手を二回叩くと、楽器の音で溢れていた教室が、静かになった。

  「あの、えっとぉ~。撮影っちゅうのは~。」

  「先生!変な太田訛りやめてください。」

  「ほれっ!」

   全員が爆笑。授業の時とはまるで別人格だ…。驚いてしまった。

  「おほん。えーと、部活紹介の更新で写真部の方が来てくれた。全体写真をまず撮って、その後は、練習風景を撮るみたいなので、その時は、いつものように集中して合奏するぞ。いいかな。」

  『はい』

   全員が大きな声で返事をする。

  「じゃあ、神保よろしくな。」

  「はい」

   全体で一枚、撮った後、合奏が始まった。顧問が指揮を振る写真。それぞれのパート写真。練習風景の全体写真。どれも迫力のある写真が撮れた。まだ、合奏が続きそうだったので、サチコの写真を撮らせてもらった。大切な宝物。サチコの真剣な表情はとても美しかった。

    区切りの良い所で、俺は吹奏楽部にお礼を言って、写真部の部室に戻った。後は、撮った写真をパソコンに入れて終了。サチコの写真は、部室のプリンターで印刷して、ラミネートして財布に入れた。サチコは俺を全力で支えてくれたし、俺も全力でサチコを支えた。中学の時、俺が東京の私立を受けるって言ったら、少し寂しそうな顔をしていたのは、今でも忘れられない。こんな言い方したら言い訳にしかならないと思うけど、あの高校に落ちて、正解だったのかもしれない。だって、あの高校に落ちたから、今はサチコと一緒の高校に通う事が出来たんだ。きっと神のお告げだと俺は思っている。

    午後六時になった。俺は帰る支度をして、教室を出ようと思った時、部室の扉が開いた。サチコだった。

  「帰ろー。マキも待ってるよ。」

   部室まで迎えに来るのが日課だった。

  「おう。」

   マキとは昇降口で合流した。そこから、ホコタのバス停までは今日の授業の話や、他愛のない話を三人でして、笑い合った。ホコタのバス停に着くと、バスの発車まで時間があった。自販機のあるバス停のベンチで、トオルとマキの関係について、話が盛り上がった。

  「そういえばさ、トオルとどうなの?」

  「部活の勧誘?」

  「いやいや、そうじゃなくて、マキはトオルのこと好きなのかなって思ってさ。」

   マキは顔を赤くして、下を向いた。

  「…もう、しょうがないな。そうだよ。好きだよ。何でかわからないけど、一目見た時に思ったんだ。この人の事好きになりそうって。だから、初めて、小川駅のバス停で会った時、話しかけたんだよ。そしたら、意外に結構話せる人でさ。」

  「へぇー。」

   いきなり恥ずかしくなったのか、マキは更に顔を真っ赤にして、慌てて話した。

  「あ、でもアイツには内緒にしててよ。」

  「分かってるって。でも、バレるのも、時間の問題だよ。最近のマキ、やたらテンション高いから。おそらく、エダちゃんは気付いてると思うよ。今度のバスがエダちゃんだったら聞いてみようか?」

  「やめなさい!」

  「あはは、冗談だよ。マキは可愛いな。」

   サチコとマキのやりとりは、非常に微笑ましかったし、いい情報を手に入れた。でも、俺はサチコ自身が俺に対してどう思っているかが気になるところだ。

  「もう、そういえばさ、サチコはどうなのさ。」

  「えっ?」

  「とぼけないでよね。そこに居るアホとの関係よ。」

   アホって…。

  「えっと、それは、その…。」

   サチコはマキと同じように顔を赤らめた。

  「た、ただの幼馴染っていうか、ちっちゃい頃からの知り合いっていうか、その、ただの幼馴染で…。」

  「全部同じ意味だし…。」

   サチコはとても動揺した様子だった。

  「マモルはどうなの?」

  「えっ?俺?まぁ、個人情報ということで…。」

  「えー逃げるなよ、さっきの私の恥ずかしい告白の時間を返せー」

   マキが頬を膨らませた。

  「そんな、お互い、本人が居る前で言えるかっての。」

   サチコが突っ込んだ。なんとか、この話題に対しては逃げられた。でも、もしかしたらきっと、サチコも俺の事…。でも、恐らく俺の勘違いだろう。たぶん、その可能性の方が近いかも。しばらくして、イシオカ行きのバスがやってきた。運が良いのか悪いのか、運転手はエダちゃんだった。

  「いよぅ!」

  「おぉ、エダちゃんじゃないか、タイミング良すぎ!」

   マキが一番前の席に座る。

  「来週の修学旅行の日、本当に東京駅まで送ってくれるの?」

  「おう、別に構わないよ。どうせ、東京に行く用があるし。」

  「マジで、サンキュー」

  「でも、帰りは知らんよ?」

  「うん。大丈夫。帰りは東京駅から学校まではバスらしいから。」

  「ならいいや。で、誰が乗るの?」

  「いつものメンバー。そこの二人と、トオルと私。」

  「承知。じゃあ、出発するよ。」

   扉が閉まると、バスはゆっくり動きだした。マキは前の席でエダちゃんと話をして、俺とサチコは後ろの席で、お互い会話はしなかった。さっきのマキの尋問で、お互いを意識してしまったせいなのか、動揺して話題が生み出せない。

    タマツクリ中学校のバス停でマキと別れた。家までの帰り道、夕焼けを後ろに俺達の影が伸びた。小学校の時は、よく影を踏んじゃいけないゲームをやってはしゃいだものだ。いつもなら、何気ない会話で盛り上がる帰り道なのに、今日は盛り上がれない。別にケンカしたわけでもないのに、この心の奥のモヤモヤ感は一体、何なんだろう…。

  「あ、あのさ…。」

  「は、はい。」

   突然の一言で声が裏返ってしまった。

  「ふふふ、はははは」

   サチコが笑いだした。

  「なんだよ。」

  「いや、今、声裏返ったでしょ?その声がメッチャ面白かったからさ。」

   凍りついた空気が一気に緩和した。

  「それで、なんだよ。」

  「なんだっけ、忘れちゃった。」

  「なんだそれ。」

  「あははは。」

   いつもの帰り道にいつもの他愛ない会話がその場に戻ってきた。家の前に着くと、俺とサチコは別れた。その日の夜、俺はマキがトオルの事が好きだと言ったことが、頭に残って仕方が無い。俺が知る限りのマキは恋愛に疎そうなイメージだったから、とても意外だったし、マキも普通の女の子なんだって関心してしまった。何でか分からないけど、この人の事好きになりそうって思った。だってさ。なかなかマキらしい言葉だよ。トオルとマキが初めて会った時の事は良く知らないけど、とても印象深かったんだろうな。かつて、俺が夢の中でヤマオルに出会った時みたいな印象だっただろうな。だから、俺はきっとトオルはヤマオルなんだって確信したんだ。その時、トオルから着信があった。

  「はい。どうした?」

  「夜遅くにごめんな。」

  「まだ、八時半だし、構わないけど?」

  「おう。ありがとう。あのさ、一つ訊きたい事があるんだけどさ。」

  「なんだ?改まって。お前らしくないな。」

  「人を好きになるってどういう事なんだろうなって思ってさ。僕は今まで、人を好きになった事ってあんまりなくてさ。もちろん恋愛感情の意味でだよ。ライクの方じゃなくて、ラブの方でさ。」

   トオルのセリフに、俺も少し戸惑ってしまった。

  「俺も、変に偉そうなことは言えないけど、ただ一つ言える事は、自分の気持ちに素直になる事だと思うよ。ある人が居て、その人が好きならば、それは本当だよ。例えば他人に嘘をつくことはできても、自分の心、感情には嘘はつけないからね。」

  「そうか、さすが、チャラ男だね。」

  「誰がチャラ男だ!」

  「ごめん。冗談、冗談。」

  「それで、その好きになった子って言うのはどんな子なんだい?」

   予想は付いてたけど、あえて、トオルに訊いてみた。

  「そうだね。明るくて、誰にでもフレンドリーで、いつも輪の中心に居るような人でさ、僕にとっては凄く可愛い人なんだよ。」

  「そうか、なんか、マキみたいな奴だな。」

   俺は回りくどく返した。なんてイジワルな奴なんだろう…。トオルは図星をつかれたのだろう、ちょっとの間、無言になった。

  「まあ、似てるよな。」

  「大丈夫だよ。その思いはきっと届くよ。根拠はないけど。」

   俺は、誤魔化しを入れながら、トオルに囁くように話した。

  「そっか、ありがとう。少し落ち着いたよ。やっぱりマモルに話して良かったよ。」

  「おう、それは良かった。トオルも恋愛に関しては臆病なんだな?」

  「トオルも?」

  「あ、いやいや、こっちの話。」

  「まあ、いいけどさ。それで、修学旅行の初日、エダちゃんに送ってもらえるようになったって、本当?マキからメール来て知ったんだけどさ。」

  「おう。今日の帰りのバス、たまたまエダちゃんだったから、マキが話してた。心地よくOKだってさ。」

  「さすが、地元民だな。」

  「だな。」

   二人で笑った。初夏の爽やかな風が気持ち良い。

  「そういえばさ、お前はサチコとどうなの?幼馴染なら、もう付き合ってんの?」

   まさか、トオルからそんな質問が来るとは思わなかった。

  「いや、ただの幼馴染さ。付き合ってはいないよ。友達以上恋人未満って言うのかな。カッコよく言えば。」

  「へぇ、でも気になってはいるんだ。」

   しまった、墓穴を掘ってしまった。

  「ま、まぁな。ガキの時にいろいろあったからさ。お互いに助け合ったりした仲だし。それに、サチコ、可愛いと思うし…。って、なに言わすんだ、バカタレ!」

  「いや、ノロケろとは言ってないし、自分で墓穴掘っただけだろ…。それで、サチコの方はどうなのさ。」

  「俺にはわからねえな。アイツは結構可愛いし、他の男子にモテそうだから、きっと好きな男くらい居ると思う。きっと、俺はただの幼馴染にしか思っていないと思うよ。」

  「へぇー。僕にはそうは見えないけどな。根拠はないけど。まあ、お互い頑張りましょうという事で。じゃあ、切るよ。ごめんな、こんな時間に。」

  「いえいえ、また相談があったら連絡くれよ。」

  「おう、じゃあまた明日な。」

  「おう。」

   電話が切れる。さっき、トオルが言ってた、『僕にはそうは見えないけど』っていうセリフが気になってしまった。俺だって、サチコの気持ちが知りたい。でも、サチコはどう思っているのかはサッパリ分からない。今夜は眠れそうにもないや…。でも、帰る時のマキの言葉とさっきのトオルの言葉からして、マキとトオルは両想いだという事が確定した。後は、どっちから先にコクるかが、問題だ。明日、マキに遠まわしで探ってみるか…。

    部屋の明かりを消す。隣の家のサチコの部屋は明かりが付いている。アイツは今、何をしているのだろう。凄く近くに居るのに、様子が分からないなんて…。ああ、もう。マキが変な事言うから、変にサチコの事を意識してしまうじゃないか。でも、この気持ちが、正直な気持ちなんだろう。なんだか、わけがわからなくなってきたので、今日は寝てしまおう。明日になればまた普通に戻るさ。

    携帯のアラームが鳴る。目が覚めれば、時刻は午前六時。いつもより長く寝たからか、目覚めは気持ち良かった。顔を洗って、朝食を摂ると、いつものようにサチコが迎えに来る。まだ、恋人でも無いのに、付き合ったばっかりの恋人みたいな事を毎日の習慣のようにやっている。ウチの母親はそれが微笑ましいのだろう。いつも玄関先まで見送る。

  「修学旅行、楽しみだね!」

  「おう、そうだな。でもさ、修学旅行って普通、三年で行かないか?」

  「そういえば、そうだね…。まあ、いいじゃん。旅行には変わりないし!」

   サチコは、朝からテンションが高かった。こんな日は、タマツクリ中学校のバス停までの道のりは短く感じる。バスが来るまで十分近くあった。バスが来るまでも、サチコとは他愛のない話を続けた。

  「そういえば、修学旅行の事で忘れてたけど、今日からテストが返ってくるんだろ?」

   サチコは、両手を頬にあて、まるでムンクの叫びの絵のような格好をして固まった。

  「そうだっけ、今日は何から返されるの?」

  「確か一時間目は…。数学ですな。」

   二人、向き合ってムンクの叫びのポーズのまま、固まった。

  「今日のバス、マキはきっとテンション低いぜ。トオルは分からんが。」

  「だね。とりあえず、修学旅行の話で紛らわせよう。」

  「うん。」

   そのバスがやってきた。バスに乗ると、予想通り、マキのテンションは異常に低かった。一方のトオルはいつもと変わらない表情を浮かべていた。こういう日に運転手がエダちゃんじゃないから、困るんだよな…。

  「私、死ぬわ―。」

   始まった、マキのローテンションぼやき…。

  「いやいや、まだ結果出てないでしょ。」

   トオルが突っ込む。

  「だって、今回の数学のテスト、メッチャ難題だったじゃん。マジで自信ないよ。もう私、お嫁に行けない…。」

  「嫁入り関係ないだろ!」

   マキは本当に自信が無いのか、たまに疑う時がある。変なボケかましてくるし。

  「まあ、トオル。テスト返しの日のマキはいつもこんな感じだから。放置すれば治るよ。」

  「なるほど、だからマモルもサチコも平然としているんだね。」

  「まあな。そう言えばトオルはどうなのさ、テストの手ごたえは。」

   トオルは静かに下向いて首を横に振った後、顔を上げた。

  「私、お嫁にいけない!」

  「お前もか!」

   きっと、この二人はそんな事言いながら、自信あるんだろうな。そのアタマ、羨ましいぜ。しばらくして、バスはホコタのバス停に着いた。ウチの学校の生徒の七割は足取りが重い。今回のテストは、そこまで難しかったのだろうか…。そうしたら、俺は赤点の確率が高いじゃないか。周りのオーラで余計に不安になるじゃないか。

    教室に入ると、諦めたのか、余計にテンションが高いヤツと顔面蒼白したヤツと二つに分かれた。今回のテストの結果で進学、就職に影響するというプレッシャーが皆をそうさせているんだろう。昨日までの修学旅行モードは何処へ消えてしまったのやら…。

    一時間目をスタートさせる悪魔のチャイムが鳴る。俺はほとんど諦めていたので、そこまで不安にはならなかった。教室の扉が開く。答案用紙を持った三品が教壇の上に立った。

  「じゃあ、テスト返す。今回はなかなか点数が悪かった。平均点は五十五点ジャスト。当然満点を取ったヤツもいれば、赤点のヤツもいる。今回のテストは特別難しくした訳じゃない。だが、ここまで低いという事は、日頃どれだけ授業を聞いてなかったかだ。今後はよく勉強をするように。今度の期末でも点数の低かったヤツは、夏休みに補習するから、覚悟しておくように。じゃあ、名前呼ぶから、取りに来い。」

   相変わらず、厳しいお言葉だ…。名前の順からして、いつもの四人の中で、二番目。次々と返されていく生徒の表情を見てみると、苦い表情を浮かべていた。これはまずい。

  「神保。」

  「はい。」

   無表情で渡す、三品の顔が余計に怖い。点数を確認する。『六十二点』平均点寄りは上に行っている。良し、いいだろう。少し天狗になった俺は、サチコにそっと近づき、答案用紙を覗く。『八十六点』あれ?サチコの方が上だ。これって、四人の中で最下位って事か。『お嫁に行けない』のは俺なのか?

    一時間目が終わる。休み時間に皆で点数を見せ合った。マキは『九十八点』一問間違え。トオルは『満点』。

  「マモル、お前、お嫁に行けないな。」

   トオルが上から目線で話す。

  「お嫁に行けないでしょ元々。俺、男だし。」

   やっぱり最下位は俺だった。マキはトオルに負けたのが悔しかったからなのか、一問だけのミスで悔しかったのか、頬を膨らませていた。

  「悔しい…。」

  「残念だったねぇ。まあ、今度の期末で抜いてみなよ。」

   そのセリフのあと一秒後にマキの蹴りがトオルの腰に直撃した。一番の天狗さんはトオルだったようで…。さっき、マキが蹴りを入れた時、白いものが見えたような…。

    今日返ってきた教科は、数学・英語・国語の三教科で、マキよりもトオルの方が成績は良かった。トオルは嬉しそうな表情を浮かべていた。俺の方はっていうと、結局、この四人の中では最下位で皆にバカにされる始末だった。

    修学旅行の日も近くなったので、放課後に打ち合わせをする事になった。今日は、俺の部活が無い日なので、わざわざこの日にマキとサチコは合わせてくれた。打ち合わせと言うので、近くのファミレスでやるのかと思いきや、ホコタのバス停の隣のカラオケ屋に行く事になった。カラオケがメインなのか、打ち合わせがメインなのか良く分からない…。まあ、昨年も文化祭の出し物で打ち合わせって言った時もここのカラオケ屋だったし。時間の割合的に打ち合わせ五分、歌うのは一時間半といったところだろう。

  「じゃあ、簡単に打ち合わせね。」

   マキが、マイクを持って仕切る。彼女の頭の中はほとんど歌う事しか考えてないだろう。

  「マイク使わなくていいから…。」

   冷静にトオルが突っ込む。

  「それでさ、まず、京都駅からスタートするわけじゃん…。」

   トオルが淡々とプランを話す。鉄道好きの俺は、各名所の最寄り駅までの行き方、時間を聞かれ、この計画で行けば、効率よく回れる。アタマのいい奴とただの鉄道マニアの見事なコラボレーションで、旅行会社に負けないくらいの素晴らしいプランが完成した。ここまでの所要時間は約十分。あとは、マキの憂さ晴らしを兼ねたカラオケ大会が始まった。ここだけの話、マキは吹奏楽部に所属していながら、非常に音痴。彼女曰く、歌は心なんだそうだ。今日初めてマキの歌声を聞くトオルはどんな反応をするかが楽しみだ。それに比べ、サチコは歌唱力もあって非常に歌が上手い。どこで、ボーカルレッスンを受けてきたのか聞きたくなるほど。たぶん、売れるアーティストになると思うんだよな。…それは、オーバーか。でも、とにかく歌が上手いのだ。マキの順番が回ってきた。彼女の歌唱力を知っている俺とサチコは、耳栓をする。その光景を見たトオルは首をかしげている。さあ、スーパー地獄タイムの始まりだ…。

    トオルが必死に笑いを堪えているのが分かる。きっと彼は、迷惑を通り越して笑いに変わってしまったのだろう。一方のマキは、自分の世界に入っているのか、回りの事に全く気付かない。幸か不幸か…。マキが歌い終わると、トオルは笑いを抑えるために、深呼吸をした。

  「マキはなかなか個性的な歌い方だね。」

  「そう?まあ、歌は心だからね。」

   さすがトオル、当たり障りのないコメントを彼女に言い放した。ある意味勉強になった…。続いてトオルの番になった。驚いた事に、彼の歌唱力は、サチコを抜いていた。トオルが選曲したのが、ラブソング系のバラード曲だったこともあってか、マキもサチコもその歌声にメロメロになっていた。俺はちょっと嫉妬してしまった。俺自身は、マキのレベルまで行かないが、歌は上手くない方だ。そんな、インパクトもない中途半端だから、俺が歌う時は、大抵、回りは誰かと喋ってたり、次の選曲をしてたりして、全く聞いていない。まあ、別にいいけど、でもちょっと寂しい。カラオケは約二時間ほどで終わって、帰りのバスを待った。何故かマキだけ、声がガラガラになっていた。マキが何か喋るたびに皆で笑った。

    しばらくして、バスが来る。今日はエダちゃんだった。

  「ヤホー。エダちゃん。」

  「おう。って、どうしたの、マキ。そんなガラガラ声で…。まさか修学旅行の前に風邪?」

  「違うよ。さっきこの四人でそこのカラオケ屋で修学旅行の打ち合わせがてらカラオケしてたからさ。」

  「へーそうなんだ。でも、なんかその声面白いね。なかなか良いよ。」

  「エダちゃんまでからかうなっての!」

  「やべぇ、その声メッチャ受けるぅ。」

  「もう!」

   エダちゃんと後ろに座ってた俺達も笑ってしまった。

  「発車するから、まあ座りなって。」

  「はーい。」

  「ぶっ。」

  「だから、笑うなって!」

  「ああ、ごめん、ごめん。」

   バスの車内は、珍しく俺達四人しか乗っていない。エダちゃんが車内スピーカーを使って話しかけてくる。

  「そういえば、神保君。あなた、鉄道好きなんだって?」

  「そうですけど?」

  「実は、俺も好きでさ、君が志望してた上野の高校。あそこ俺の母校なんだよね。なかなか楽しい高校だったよ。あの学校行くとね、鉄道の他にも色々趣味が持てる場でさ、今こうやって運転手になれてるのもね、高校の時に車好きのヤツが居てさ、そいつの影響で車好きになってさ、趣味を仕事にしようと思ったんだよね。今そいつ、つくばに住んでるんだけどさ、なかなか良いヤツでさ、俺部活は吹奏楽やっててさ、フルートを高校の時始めたんだけど、あれは三年の時かな。部活の合宿で俺が吹いてる音に感動したんだってさ。その時俺は気持ち変わったね。誰かの為にやるんだとね。おっと、話がそれちゃった。それでさ、もしよかったら今度、暇な時にでも『かしてつ』について、熱く語ろうよ!それが言いたかっただけ。」

  「あら、そうなんですか。俺、鉄道もそうですけど、乗り物全般好きですから、今度いろいろ話しましょうよ!」

  「おう。じゃあ、今度東京駅送ってく時にでも語ろうじゃないか!」

  「そうですね!」

  「あー。マニア話は手短にね。私つまんないから。」

   ガラガラ声のマキが突っ込んできた。

  「お前喋ると、笑いそうになるから大人しくしてて。」

   トオルが更に突っ込んできた。確かに、マキが喋ると、笑いそうになる。今日一日はダメだ。笑いが止まらない。

  「ああ、それと。」

   エダちゃんが話しだす。

  「君達の高校に数学教師の三品って居るだろ?アイツ、俺の高校時代の同級生で、同じ部活だったんだよ。高校の時は生徒会長でね、なかなか部活に顔出してくれなかったけどね。アイツもさ結婚してさ、羨ましいよな。まあ、三品はいい奴だからさ、アイツの教え方はちょっと厳しいかもしれないけど、話聞いてれば必ずいい成績はとれるよ。あと、神保君には朗報だけど、アイツも鉄道好きだよ。特に京急の話をすると、盛り上がるよ。」

  「いい情報貰った。ありがとうございます!」

  「いやいやいや。そんな。」

   タマツクリ中学校のバス停で降りて、サチコと帰る道。今日も夕日がきれいで、二人の影が伸びる。

  「気付いたら、もう明後日なんだね、修学旅行まで。」

  「そうだね。楽しみだね。」

  「うん。マモルとの宿泊学習も何回目だろうね。」

  「まあ、小学校の時も中学校の時もあったからなぁ。」

  「私、楽しみでもあるけど、少しドキドキしてる…。」

  「ん?何か言った?」

  「いやいや、こっちの話。早く帰ろ!」

   サチコは何かをつぶやいたけど、俺にはよく聞こえなかった。

    その日の夜、明後日の準備も兼ねて、母親と買い物に付き合う事になった。霞ヶ浦大橋のすぐ近くのスーパーは母親曰く、ちょうどこの時間帯が一番安いんだとか。ここのスーパーは二、三年前に出来たばかりのところで、隣には大型家電量販店などが建ち並ぶ。週末は結構混雑する。

    明後日の準備とはいえ、着替えと歯ブラシセットくらいしか買うものはなかった。後は、今日の晩御飯のおかずを買って帰った。

    旅行の荷物は必要最低限の物を持っていくので、皆よりコンパクトにまとまっている。例え、二泊三日でもスクールカバンくらいのサイズで収まってしまう。サチコからはよく、『男っていいよね。荷物少なくて。』って言われるけど、俺が特殊なだけだと思う。

    明後日からの三日間。俺はサチコにこの気持ちを伝える事が出来るのだろうか…。


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