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ディアレスト  作者: 北条渚
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第1章 出会い


「春なのに今日は暑いな…。」

五年位前に廃止になった駅。今はバスが走っていて、駅舎は無いが、ロータリーとバス停は今もある。トタンで簡単に造られたバスの待合室。バスが来るまで一時間近くある。当然この待合室には誰もいない…。僕は、携帯電話のコミュニティサイトを見て暇を持て余していると、一人の女の子が、いきなり声を掛けてきた。

「お一人ですか?」

 それが、全ての始まりだった…。


僕は、山渡トオル。最近、この春休みに小川町に引っ越してきたばかりの高校二年生。当然知り合いなんて一人も居ない未知の世界だ。生まれも育ちも都会なので、こんな、田んぼと畑しかない田舎に住むことは、人生初めてのことだ。都会は、コンビニとかファミレスとかいっぱいあって便利だけど、とにかくうるさかった。でも、ここは非常に静かだ。ここから二百メートル離れた主要道路の車の走行音が良く聞こえる。親曰く、初夏には蛙の合唱が聞こえるとか…。

 引っ越しの片付けもひと段落し、僕は、今度通う高校の通学ルートの下見にここへ来たわけだ。このバス停は、昔の名残で、今でも「小川駅」とバス停には書いてある。

「これ、乗り遅れたら次に来るのは三十分後か。寝坊だけはしないようにしとかなきゃ…。」

バスの時刻表をメモしながら、つぶやいた。前住んでたところは、昼間でも五分間隔でバスは来てたので、不便に感じた。

「ここから終点までどのくらい掛るんだろう…。」

携帯サイトにも載っていない、超ローカル路線バス。本当この地は何から何まで未知の世界だ…。

 腕時計を見るとバスが来るまで、まだ一時間近くあった。時間を潰せる所が無いと本当に暇だ…。バス停のベンチで携帯を弄る。

『とんでもない田舎へ来ちまったな。人居ないんじゃないの?あせるわぁ…。』

と、現状をコミュニティサイトにつぶやく。そんな時、ふと、いきなり女の子が声を掛けて来た。

「お一人ですか?」

「ええ、まぁ…。」

彼女は僕の右横に座って、覗き込むように僕の顔を見た。

「うーん。見かけない顔だねぇ…。」

「まぁな。一昨日こっちに引っ越してきたばかりだからな。てか、そんなにジロジロ見るなよ。そんなに僕の顔が変か?」

彼女は噴き出すように笑った。

「いや、そうじゃないけど、目を合わせられない人は都会の人だって、お婆ちゃんから聞いたことがあるから、本当かなって試したのよ。君、モロ都会っ子でしょ?」

「そうですが、なにか?」

何か、バカにされたような気がして、腹が立った。

「ああ、ごめん、ごめん。気悪くしたなら謝るよ。」

「いいよ、別に…。」

春の爽やかな風と共に、しばらく沈黙の時間が続いた。

「これから、どこに行くの?」

彼女が口を開いた。

「あぁ、今度転入する学校の下見。通学時間はどのくらい掛るのか知りたくてさ。」

「へー。何分のバスに乗るの?」

「五十五分。」

「じゃあ、ホコタの方か。一緒だね。じゃあ、この街のこと色々教えてあげるよ。」

彼女は微笑んだ。

しばらくすると、バスがやってきた。『かしてつバス』か。「かしてつ」って何だ?そん

な疑問を持ちながら、バスに乗る。すると、彼女は一番前の運賃箱で両替しながら、まるで友達、いや、中学生の後輩に話しかけるような話し方で運転手と話している。

「なんだ、今日は、エダちゃんかぁ。まだ職場体験学習やってるんだ!」

「うっせぇ!言っとくけど、あんたより六年以上年上だ!」

「知ってるよ~ん。」

「また、降車ボタン押した瞬間に消してやっかんな。」

「ごめん、ごめん。だって、エダちゃん面白いんだもん。」

発車時刻になると、彼女は僕の隣の席に座った。

「仲良いね。」

どん引き視線で彼女に話しかける。

「あぁ、エダちゃんは近所の知り合いなんだよ。本名は大枝タカトシ。私の六つ年上。なんか、高校に進学と同時に東京に住み始めて、それから、なんか空港関係の仕事してたらしいんだけど、つい最近、またこの地元に帰って来たんだよ。いやぁ、昔と変わらないねぇ。うん。」

「そ、そうなんだ…。」

これが田舎クオリティーってやつなのか…。なんか、このバスに乗ってる客全員が知り合

いなんじゃないのかと思ってしまう。

 それから、いろいろ地元の事を話してくれた。『かしてつ』とは、昔イシオカからホコタまで『カシマ鉄道』というのが走っていて、約五年位前に経営難で廃線になった。『かしてつ』とはその鉄道の略称から来ているらしい。車窓を眺めてると、確かに所々、線路や踏切が残っている。小川駅からイシオカ駅までは旧線を使ったバス専用道路があるらしい。バスに揺られること約四十分、終点のホコタ駅に着こうとしている。終点のアナウンスが流れると同時に、彼女は降車ボタンを押し、運転手のエダちゃんが速攻で消した。なんて面白い運転手なんだ…。

   バスを降りて、転入先の学校を目指す。

 「んで、どこの高校?」

  彼女が僕を覗き込むように言った。

 「えっと、ホコタ高校」

  彼女はテンションを上げた。

 「マジ?それ、うちの高校!」

  お互いに驚いた。

 「な、何だって?」

 「じゃあ、一緒に行こうよ!」

  僕は仕方なく、ついていくことにした。

  ホコタ駅のバス停から二十分位歩いた。学校前の坂がキツくてしんどい…。これから二年間この坂を上って、登校するとなるとちょっと嫌だな。電動自転車が欲しい・・・。

   やっぱり今日は、春なのに暑いよ。そういえば、学校はまだ春休みだよな。でも、なぜ彼女はこの学校に来てるんだろう。もしかしてコイツ、相当アホで追試とかなのかな。よし、そうならば、カラかってやろう。

 「そういえば、今日は何故、学校に来たの?もしかして、追試?」

  僕は、半分上から目線で、鼻で笑うように聞いた。

 「そうなの…。私、バカでさ…。そんな訳ないでしょ!部活よ、部活。今度入学してくる新入生の勧誘演奏会をやるから、それの練習。しかも、私は、学年成績で三番目よ。」

  なんだ?この意味のないノリ突っ込みは…。しばらく、遊んでみるか。

 「後ろから?」

 「失礼な!頭からよ。」

 「神様、これは偶然ですか?それとも奇跡ですか?」

 「んもう!知らん!」

  僕は合掌してしまった。人は見掛けによらずって言うけど、まさしく彼女はその言葉が似合う人だ。

 「ああ、ごめん、ごめん。」

  早歩きする彼女を、走って追いかけた。余計に息が切れた。

   坂を上り終わる頃、僕は顔じゅう汗だらけだった。目の前広がる光景は、とても立派な校舎。転入試験の時は、全然違う場所だったから、この校舎を見るのは初めて。グラウンドでは運動部がジョギングをしていた。

 「ここが、ホコタ高校。でかいでしょ。生徒数は八四〇人。修学旅行はギリシャに行くんだってさ。まあ、詳しいことは、明後日の始業式に先生から説明はあると思うわ。それまでは、楽しみにしててね。じゃあ、私は、練習あるから行くね。じゃあ、また。」

 「お、おう…。」

   嵐のごとく彼女は去っていった。…と思いきや、また戻ってきた。

 「忘れてた、私、綱引マキ。よろしくね。君は?」

 「あ、僕、山渡トオル。」

 「トオル君ね。分かった。じゃあ、明後日ね。」

   彼女は大きく手を振って校舎内に入って行った。綱引マキか。珍しい苗字だな。さて、これからどうしようか。僕はまだ、校舎内に入れないので、学校周辺を散策することにした。道路を挟んだ向かい側、高台に小さな神社を発見した。とりあえず、僕はお参りして、帰ることにした。

   行きは賑やかだったのに、帰りは一人だから、バス停までものすごく遠く感じる。まあ、でも下り坂だから、行きと比べてだいぶ楽かな。

 「トオル君!学校に来たら、吹奏楽部に入部決定ね。君に拒否権はないから!」

  校舎の三階の窓から、綱引の声が聞こえた。振り向くと、トロンボーンを持って大きく手を振っている彼女の姿があった。そうか、彼女は吹奏楽部だったんだ。だから、歓迎演奏会ねぇ…。

 「考えとく。」

  と、曖昧な答えを残して、学校を後にした。

   バス停に着くと、自販機でスポーツドリンクを買って、一気に飲み干した。一息つくと、電話が鳴った。吉澤ユウヤからだった。ユウヤは僕がここに引っ越してくる前にいた所の友人。小学校三年生の時からの付き合いで、高校からは別々になったけど、お互いに時間を見つけては、よく遊んだ。

 「はい、お電話ありがとうございます。首相官邸でございます。」

 「なんだよそれ、いつから首相官邸は営業会社になったんだ?」

  彼の突っ込みを華麗にスルーしてやった。

 「んで、どうした?」

 「どうよ?新しい所は。」

 「ああ、すっげー田舎だよ。今日さ、学校の下見に行ったんだけどさ、その行く途中で、そこの生徒に偶然会ってさ。また、そいつがちょっと変わったヤツでさ、なんか、部活も強制的に入らされそうだしさ。先が思いやられるよ。」

  僕は、軽く溜息をつく。

「何部に入らされそうなの?」

「吹奏楽部。」

「お、やったじゃん。女子高生いっぱいじゃん。『うまやらしい』なぁおい。俺はさ、男子校だしさ、華が無いよ華が。」

「それを言うなら『羨ましい』だろ。全然羨ましくないよ。音符も基本的な事しか分からないし、楽器はなにも出来ないし。困ったなあ。確か、お前も吹奏楽部だったよな。楽器何やってたっけ?」

「え、俺は打楽器だよ。ピアノは出来るけど、実際、吹奏楽じゃあんまり使わないからね。」

「そうか、じゃあ、教えてくれ、打楽器。」

「えー。そっち行くの、面倒くさい。大丈夫だよ、きっと、ナイスバディの女子高生が優しく教えてくれるよ。俺も今の高校でさ、打楽器の師匠ができたんだ。普段は芸人みたいに面白いんだけどさ、いざ基礎練の時になると指揮棒を振って、厳しいこと言うんだよな。でも、すごく尊敬してるんだ。」

「へー。なんか、充実してるね。」

「おうよ。だから、師匠でも彼女でも作って、一緒にリア充しようぜ!」

「ああ…そのうちな。もうバスの発車時間だから、切るね。またあとで連絡する。」

「おお、そうか。じゃあ、彼女出来たって言う一報、待ってるよ。」

「知るか!」

 瞬間的に電話を切った。バスがやってきて、乗りこんだら、どこかで聞き覚えのある声が。

「おっとぉ~。また会ったね。」

 間違いなく、例のエダちゃんだった。どうやら、もう顔を覚えられてしまったらしい。帰りのバスは、席が六割くらい埋まる混雑でエダちゃんと会話が出来なかった。

  小川駅のバス停を降りて、バスが出発間際、バスの車外スピーカーから、「そこの少年、今度会う時までに、バナナ用意して待ってるから。」と訳のわからないセリフを吐いて、走り去って行った。いろんな意味で楽しいよこの街…。

  小川駅のバス停から自転車で十分の所に僕の自宅はある。自宅の前は『川島商店』という、自販機しか置いてない所がある。目の前に自販機がある他には不便だらけの場所だ。まあ、夜は静かっていうのもメリットかな。

  部屋に戻って、引っ越しの片付けの続きをした。段ボールを開けると、懐かしいものがいろいろ出てきて、なかなか作業が捗らない。その中から、一冊の古いノートが出てきた。ページをめくると、所々色あせていて、よく読み取れないが、どうやら日記のような内容が書いてあって、日付を見ると、恐らく、小学校四年生くらいだろう。冒頭には、『ぼくは、ゆめのなかで、一人の男の子を助けた。その記録である』と書いてある。そうか、あの当時、戦隊ものが流行ってたから、それに憧れてショートストーリーを書いていたんだな。この時は、そう思って、すぐにノートを閉じて、片付けを再開した。しかし、段ボールのツインタワーはなかなか低くならない。とりあえず、今必要な物は取り出して片付けたけど、それでも、気が遠くなりそうな作業だ…。

  日も沈んで、辺りが暗くなった。今日はここまでにしよう。腹が減ったので、何か食べようと、下へ降りるけど、あれ、下に誰も居ない…。そうか、今日は、父さんも母さんも夜遅くに帰るって言ってたな。ならば、冷蔵庫に何か入ってるだろうと思い、冷蔵庫を開けてみるが、なにもない。冷蔵庫の一番上の段に丁寧にラップしてある皿を取り出してみる。そこには、『食べ物』ではなく、千円札と手紙が。


(今日は、お父さんもお母さんも遅くなるので、これで何か適当に買って、食べててください)

 

  なにも冷蔵庫に入れなくても…。しかも、ラップして…。うちの親も突っ込みどころがある。千円札を持って、出掛ける。家の周辺は何もないので、小川駅バス停付近まで行くことにした。あそこなら、国道が通ってるし、たしか、大きいスーパーがあったはず。

  自転車で約十分、目的地に着いた。建物は大きいが、駐車場に止まっている車の数が少ない。もう営業時間が終わってしまったのではないかと不安になってしまうくらい。店内に入ると、ガランとしていた。なんか、活気が無い…。前居たところは、この時間帯は、夕飯の買い出しラッシュで、値下げ商品目当ての奥様でごった返してる時間なのに…。まあ、混雑のストレスがなくて良いけどさ。

  僕は適当に、弁当と総菜をカゴに入れた。店内を、物色してると、綱引マキの姿を発見した。見つかると厄介だから、隠れるようにレジに向かう。まるで万引きGメンみたいに。あともう一人、違う高校の制服を着た、長い黒髪の女の子は誰だろう…。中学校の時の同級生かな。それにしても、会話が少ないし、あんまり楽しそうじゃないな。結局、綱引には気付かれることなく、店を後にした。

  街灯の無い帰り道。自転車のライトが明るく感じる。家に着くまで、一台も車とすれ違わなかった。さすが田舎だなぁ。遠くで、蛙の鳴き声も聞こえるし…。

  帰宅して、夕食を済ますと、部屋に戻って、ベッドに飛び込んだ。今日は、いろんな人に出会って、いろんな物を発見した。良い意味でも、悪い意味でも。ただ、さっきの綱引ともう一人の女の子との関係が、さっきから引っ掛かる。まあ、もう少し、人間関係が馴染んでから聞くことにしよう。明後日から、ほぼ毎日会うわけだし。


― 僕は、小学校の時、一人の少年を助けた…。―


― 君は誰? ―


― 僕は『ヤマオル』さ。 ―


  気付いたら、外は明るくなっていた。そうか、そのまま寝てしまったのか。久々に不思議な夢を見た。でも、どこか懐かしいような。そんな気がした。時計を見ると午前九時を過ぎていた。結構、寝たんだな。携帯を開くと、ユウヤからの着信が三軒来ていた。

「やっべ、後で連絡するって言って、忘れてた…。けど、まあいいか。また掛ってくるだろう。」

  小川にきて、最初の日曜日。これといって、やることは無いし、出掛ける気も起きないので、部屋の片づけの続きをする。

「トオル。」

 母親が部屋のドアを開ける。

「入るわよ。」

「あのな。普通、ドアを開ける前に入るわよって言うだろう…。」

「ああ、確かに。ごめんよ。」

「まあ、いいけどさ。それで、何か用?」

「そうそう、昨日のお釣り。まだ貰ってないから。ちょうだい。」

 母親が手を差し出す。僕は手を軽く握って、犬の芸のお手をした。

「おかわり」

 反対側の手を出す。

「よし。じゃなくて、お釣り!」

 この人、本気で怒りそうだから、からかうのはここまでにしておこう。母親に、昨日のお釣りとレシートを渡した。

「サンキュー。片付け、ちゃんとやるのよ。」

「分かってるって…。あと、お金を皿の上にラップして冷蔵庫に入れるなよ。」

「防犯よ、防犯。」

 母親はそう言って、部屋から去っていった。

  作業に集中して、気付いたら、正午を回るところだった。部屋の段ボールも七割片付いた。古いものは埃だらけで、さっきからくしゃみが止まらない。下からは昼食ができたと母親が呼ぶ。とりあえず、お昼にしよう。

  母親は、介護施設の栄養士なだけあって、メニューは健康的で、とてもおいしい。母親は、ずっと、イシオカの介護施設に勤務している。イシオカまで毎日車で通勤していた。でも、この春から、父親が水戸に転勤になったので、小川に引っ越してきた。母親は、勤務地と家が近くなったって、喜んでいる。

  今日のお昼ご飯は、超スーパーヘルシーカレーという名の、具が野菜メインの自家製カレー。ルーもスパイスからチョイスし本格的。今まで、市販のカレールーで作ったカレーは小学校の時の宿泊学習の時を除いて、食べた事が無い。母親曰く、自分で一から作ったカレーの方が、コスト的には掛るけど、健康には良いのだとか…。昼食後も一日、片付けに明け暮れた。

  時計が二十二時を回る頃、翌日からの学校に備えて、準備を始めた。とりあえず、明日は始業式と簡単なオリエンテーションで終わりというから、教科書とかは必要ない。新たな学校生活だ。なんか、子供の頃、遠足に行くのが待ち遠しくて、ワクワクしたそんな気分で、夜も眠れそうにない。少し緊張もするけどね。

  翌日の朝。僕はセットしておいた、携帯のアラームより早く起きた。ワクワクが止まらない。階段を下りて、リビングに行くと、母親が朝食の支度をしていた。

「あら、今日は早いのね。いつもこの調子なら良いんだけど。」

「うるさいな。たまにはこういう日もあるよ。なんか、ワクワクが止まらないんだよ。」

しばらくすると、父親も来た。

「おお、トオル。今日は早いな。」

「まあね。今日から新しい学校生活だし。」

「そうか。今日からか。まあ、楽しくやってくれ。そうそう、今日から行く学校に、数学の先生で三品っていう先生が居るんだけど、その先生、うちの会社の同僚の旦那なんだってさ。同僚が言うには普段は優しいけど、成績は鬼のように評価が厳しいらしいぞ。」

「マジかよ。あたらなきゃいいな。」

「ま、普段は優しい先生らしいから、安心しなよ。」

 朝からまだ未知の場所の変な情報を聞いてしまった。

「そういえば、柏の村越さんからお手紙が来たのよ。」

「おう、それで…。」

そこから、違う話題で夫婦が会話を始めたので、僕は朝食を済まして部屋に戻って着替えた。乗るバスの時間は、七時十分。そろそろ、出掛けよう。外は快晴。朝から気持ちが良い。

  「行ってきます。」

  「気をつけてね。」

   小川駅のバス停に向けて自転車を走らせた。六時四十五分、バス停に着いた。バス停のベンチには、綱引が座っていた。

  「おはよー。早いねぇ。」

   綱引が明るく挨拶してきた。

  「おう、おはよう。あんたも早いじゃないか。」

  「私はいつもこの時間には来てるよ。今日から学校始まるね。んで、ウチの部活に入ってくれるんだよね?みんな歓迎モードだよ。」

  「いや、勝手に決めるなよ。まだ決めてないし。そもそも音楽はそこまで興味ないし…。」

  「えー。カワイイ女の子いっぱいだよぉ。」

  「女の子で釣ろうとするな。」

  「けちー。」

  「どこが!」

   朝から疲れる。こんな日はたいてい、バスの運転手は、ヤツなんだよなぁ…。この悪い予感は当たらなきゃ良いけどね。

    七時十分。バスは来た。運転手は、やはり、悪い予感が当たってしまった。バスの車内は、通勤、通学時間なのに、乗客は少ない。前居たところでは考えられない光景だ。

  「おはー。エダちゃん。」

  「おはよ。あれ、彼も同じ学校なの?」

  「そうなの、羨ましい?」

  「えっと、どこが?」

   さすがの、エダちゃんでも、綱引の発言に少し困っている。

  「おう、そこの少年。」

   エダちゃんが手招きをする。彼の所に行くと。

  「ほら、約束の品」

   と言って、バナナを差し出した。

  「本当に持ってきた!」

  「おうよ、朝飯。」

  「というか、なぜ、バナナ。」

  「いーじゃんかよー。このバナナうめぇどぉ。そういえば、マキと同じ学校なんだって?ビックリしたよ。」

  「おう。なんか、そうみたい。」

  「まあ、頑張れよ。」

   エダちゃんは、そう言うと、バスを発進させた。バスの車窓を眺めると、霞ヶ浦がとても綺麗だった。まるで、柏に居た時の、手賀沼にとても似ていて、どこか懐かしかった。綱引は、相変わらず、前の席でエダちゃんといろんな話で盛り上がっている。バスの右上には『走行中、乗務員に話しかけないでください』と書いてあるのに…。

    バスは定刻通り、ホコタに着いた。このバス路線で、定刻通り運行できるのは、エダちゃんのすごい所らしい…。一昨日、上るだけで疲れた、あの坂を上る。自転車通学の人は、倍疲れそうだ。

  「マキ、おはよー。」

  「おはよー。サチコ。あれ、今日は自転車なんだ。バスに乗ってこなかったから、今日は休みなのかと思ったよ。」

  「まさか。今日は天気も良いし、たまには自転車でも良いかなって。マモルも自転車で行くって言ってたし。」

  「そうなんだ。それで、マモルは?」

  「ほら、あそこで伸びてる。」

   指を差した方向に視線を向けると、本当に坂の途中で伸びてた。一同、唖然としてしまった。

  「彼は?」

  「ああ、彼は山渡トオル君。今日からこの学校に通う転校生。一昨日、たまたま小川駅のバス停で、会ったのよ。それから、仲良くなっちゃってさ。」

  「へー。よろしくね。」

  「おっ、おう。よろしく。」

  「なんだ、マキ。新学期早々、彼氏が出来たんだ。なかなかイケメンじゃん!」

  「ば、バカ!そんなんじゃないよ。まだ、会って二回目だし。」

  「あれぇ。マキ顔が赤くなってるよぉ~。」

  「うるさいな!」

  「じゃあ、僕、職員室行ってくるから。」

   僕は、その場を逃げるようにして、職員室に向かった。

  「分かった。じゃあ、またあとで。」

  「彼氏と同じクラスなら良いね。」

  「だから、違うっての!怒るよ!」

  「きゃはは、マキ、カワイイ!」

   彼女達のトークを遠くに聞き、僕は校舎に入り、職員室を探す。行き交う人、皆知らない人だから、余計に緊張する。本当に、上手くやっていけるのだろうか…。

    この学校は迷路みたいで、職員室を探すのに時間が掛ってしまった。前の学校とは比べ物にならないくらい、職員室が広い。

  「失礼します。今日、転入してきた、山渡トオルです。担任の先生はいらっしゃいますか?」

   始業式の準備とかで忙しいのか、先生たちはなかなか、僕に対応してくれない。

  「おお、山渡か。おまたせ。こっち、こっち。」

   一人の先生が、僕を見て、呼び寄せた。

  「悪いな。今忙しくてさ。君は2‐Aな。担任は俺、藤村だ。よろしくな。転入試験の時、聞いてると思うけど、ウチの学校は、進学がメインだけど、就職希望の生徒も結構いる。そんな生徒の為に、介護福祉の分野のカリキュラムもある。その介護福祉関係の就職の相談担当だから、遠慮なく聞いてくれ。」

  「よろしくお願いします。」

  「おう。さて、もうそろそろ、ホームルームの時間だから、一緒に行こうか。」

  「はい。」

   とても優しそうな担任で良かった。そういえば、父親が言ってた、三品っていう先生は、どの人なんだろう。少し興味がある。

  「さて、ここが2‐Aの教室。ウチのクラスは、進学希望と就職希望の生徒が半分ずつ居る。名簿見る限りじゃ、明るいヤツばかりだから、すぐに馴染めるよ。」

  「そうですか。ありがとうございます。」

   教室の扉を開ける。藤村先生の言うとおり、教室内は騒がしかった。

  「ほらー。席つけー。転校生を紹介するぞー。」

   教室を見渡す。中には知ってる顔もいた。…知ってる顔?

    後ろの方の席に、綱引がこっちを見てニコニコしている。僕は驚いてしまった。でも、全員知らない人よりかは、知っている人がいて少し安心した。

  「えっと、千葉の柏から来ました。山渡トオルです。一応、進学希望です。よろしくお願いします。」

   クラスの皆から、拍手喝さいだった。男子は、女子じゃないのかと不満げな顔。女子はイケメンじゃね?とヒソヒソ話が聞こえる。

  「席は、綱引の隣が空いてるだろ?あそこが君の席だ。おい綱引、いろいろ学校のこと教えてやれ。」

  「あいあいさー。」

   ここは、とりあえず、今初めて会ったという設定にしておこう。その方がいろいろ無難かと思う。僕は、静かに綱引の隣に座った。

  「よっ、まさか、同じクラスだとは思わなかったよ。よろしくね。トオル君。」

  「あ、どうも。」

   爽やかに返してやった。

  「さて、このクラスの担任の毎度おなじみ、藤村サトシ四十五歳独身だ。よろしくな。」

  「うそつけ!ついこの間結婚したくせに!」

  「え、マジ?奥さん可愛い?」

   クラスの生徒からヤジが飛ぶ。それを本気で照れるこの担任って…。

  「これから、始業式だから、体育館へ向かう。今日から二年生なんだから、そろそろ自分の進路を固めないといけない。二年生の自覚を持って、式に参加するように。じゃあ、列に並んで行くぞ。」

   自分の進路か。特にやりたいことが見つからないし、ただ何となく惰性で生きてきたからな。進学希望といっても、特に目標があって進学するわけじゃないし。それに比べ、吉澤はちゃんと自分の叶えたい夢に向かっている。羨ましいな。そんなこと考えながら、体育館へ向かう。その時、誰かが話しかけてきた。

  「山渡君だっけ。」

  「そうだけど?」

  「さっきちょっと会ったよね。同じクラスで良かった。」

  「はあ…。」

  「私、国府田サチコ。マキと同じ部活で親友。よろしくね。それで、マキとどういう関係なの?」

  「別に何もないよ。ただ、バス停で知り合っただけの仲だよ。」

  「なんだ。本当にそうなんだ。」

   なぜか、彼女は目を輝かせていた。

  「でも、マキ、あなたに少し気があるみたいだよ?一年の時に比べて何か嬉しそうだもん。だから、吹部入っちゃいなよ!」

  「いや、楽器出来ないし。」

  「チッ、だめか。まあ、楽器出来なくても、一度見学に来てよ。みんな、待ってるからさ。」

  「考えとくよ。」

   なんか、この人、キャッチセールスとか詐欺師とかに向いてそう…。

    どうやら、今日は、別の会場で入学式も行われているらしい。だから、学校長の代わりに、副校長が挨拶をしている。明日は、新入生と顔合わせをするのだとか。この学校に入って、一日で先輩か。なんか複雑な気分だ。

    始業式も終わって、教室に戻る。僕の机の上にはこの学校で使う教科書一式が置かれていた。でも、ほとんどが、柏の時に使ってた教科書と同じだ。

  「一応これで全部だけど、確認してね。」

   隣の綱引が声を掛けてきた。

  「いいな。新品。俺の教科書、落書きだらけだよ。まるで芸術。」

   遠くから、誰かが話掛けてきた。ああ、さっき坂の途中で伸びてた人だ。どうやら、彼も同じクラスらしい。

  「あんたが勝手に落書きしてるだけじゃん。そんなことばっかりやってるから赤点ギリギリで、進級も危なかったんだよ?」

  「うるせぇなマキ。別にいいだろ?進級できたんだから。おう、俺、神保マモル。よろしくな。俺は写真部に入ってるんだ。良かったら一緒に写真でもどう?」

  「キョーミない。」

  「はぁ?うっそ、マジ?はぁ?」

  「振られちゃったねー。マモル。」

   サチコが慰める。

  「うるせぇ。」

   この神保マモルって言う人、以前にどこかで会ったような気がする。でも、いつ、どこで…。

  「ほらー。席つけー。」

   担任が教室に入ってきた。

  「えっと、じゃあ時間割表と年間予定表を配るからな。あと、六月の頭に修学旅行があるから、それの実行委員の選出とあと、学級委員を決めなきゃならん。生徒会に関してなんだけど、これは、昨年のメンバーで継続してやるそうだ。二年、三年の新規募集は無いそうだ。だから、綱引、頑張れよ。」

  「あいあいさー。」

   彼女、生徒会役員だったことを今初めて知った…。

    僕の机に、時間割表が配られる。ほとんど、先生の名前と性格は知らないが、クラスの皆は苦い顔をしている。どうやら、ハズレくじだったようだ…。現代文担当は、このクラスの担任で、数学はウワサの三品先生だ。それくらいしか、僕には分からないな。

  「げっ、数学は三品かよ…。」

  「そんなにイヤな先生なの?」

  「いや、そういうわけじゃないんだけど、ウチの部活の顧問だし、生徒会の担当の先生でもあるんだよ。だから、担任よりも会う回数は多いんだよね。困るなぁ…。」

   綱引は、笑いながら頭を掻いた。

    一時限目の終了のチャイムが鳴って、休み時間。僕の席の周りに、綱引、サチコ、マモルがやってきた。

  「山渡君。」

   サチコが話しかけてきた。

  「柏って結構都会なの?駅前くらいしか行ったことないから分からないんだけどさ。ほら、あそこって、楽器屋とか何でもそろってるじゃん。」

  「確かに、あそこら辺は都会だね。でも、僕が住んでた所は高柳ってところで、住宅街なんだけど、すぐ隣が田んぼのところだよ。でも、ここ程ではないけどね。」

  「高柳って、東武野田線の?」

   マモルが訊いてきた。

  「うん。そうだよ。」

  「野田線は良いよね。あのローカル感がたまらなくいいよ。撮影ポイントもいくつかあるし。俺さ、鉄道好きでさ、ほら、『撮り鉄』ってやつだよ。その為に、今の部活入ったんだ。お前は好きか?」

  「いや、そこまで好きではないけど、電車は良いよね。そう言えば前住んでた所の友達も電車が好きでさ。今、その鉄道を学べる高校に通ってるよ。」

  「それってもしかして、上野にあるあの学校?」

  「そうそう。」

  「へー。いいな。俺あそこ落ちたんだよな。なんかさ、入試で面接があってさ、その時、まともにしゃべれなかったんだよね。」

  「じゃなくて、バカだったから入れなかったんでしょ?」

   笑いながら、綱引がチャチャを入れる。

  「そんなんじゃないやい!」

   マモルが子供のようなキレっぷりに、皆で笑ってしまった。きっと、マモルとユウヤは気が合いそうだ。いつか、会わせてみたいな。

    学校は、昼前に終わった。マモルとサチコは自転車なので、ホコタのバス停まで四人で向かった。マモルとサチコはタマツクリに住んでいるらしく、普段はタマツクリの中学校のバス停で、毎朝乗ってくるとのこと。時間を打ち合わせして、毎日一緒に登校することにした。

    帰りのバスは、運転手もエダちゃんではなかったので、綱引はおとなしかった。窓を開ければ、春らしい心地の良い風が入り込んだ。隣の席では、綱引が居眠りをしていた。眠っている横顔が少し可愛くて、ドキッとしてしまった。コイツ、彼氏とか居るのかな…。

    小川駅のバス停で降りた。お互いのアドレスを交換したりして、三十分位喋って、その日は別れた。彼女は、与沢という所に住んでいて、自転車で三十分の距離らしい。

   

    この四人の出会いが僕を取り巻く全ての物語の始まりだった…。


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