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「藍色(あい)の紫陽花」

長く、語りが入ります。

新しい人も出ます。

その日、天守家そらもりけでは『婚姻の儀』が行われていた。

屋敷の一番奥の祭壇の前に、3組の花婿と花嫁が並ぶ。

決して華やいだ雰囲気も賑わいもない、先代夫婦と現当主夫婦にわずかな親類や側役に見つめられ進む儀式。

これは神事なのだ。

そして、この家は司祭の家なのだ。


世間一般的にある結婚式の認識が足元に落ち砕け、やがて歩き去った後ろに転がった気がした。

大きなやしろがあるとは思っていたけれど、まさか中に小ぶりの神社が入っているなんて・・・。

マトリョーシカじゃないんだから。

思わず胸中で、名一杯突っ込む。

太い一本木を惜しげもなく使った、木と土壁の教会とでも言うのだろうか?

ステンドグラスも何も、まともな装飾は祭壇のある小さな神社だけたのだから。

それでも、これは圧巻だと見上げてしまった。


終わった。

この言葉が重く胸に沈んでいく。

前日の『対峙の儀』の時点で、この見合い話か来た時点で終わっていたわけだから。

祝いの宴はあったが、勿論気は乗らない。

早々に引き上げたい。

スケジュールを聞いた瞬間からの思いだったが、新居となる離れと言う名の邸宅への入居は夫婦揃いとの、またもしきたりがあり、そうもいかないだろうとため息をつく。

他の花嫁は何故あんなに嬉しそうなのだろうか?

結局宴は欠席して、式では他の夫婦との距離がありすぎて、表情すら分からなかったが、婿がイケメンだから?

天守家の財産が潤沢だから?

理由は幾つか思い付くが、私にはただの飾りにしか見えなかった。


***


感情の読めない横顔を儀式中幾度となくうかがい見ていたが、南月は一度も笑わない。

当然と言われれば当然ではあるが。

したくもない結婚。

嫌々の結婚。

昨晩、花嫁を除く他の家族に事情を話したがやはりどうにもならなかった。

だからと言う訳ではないが彼女の事は自分がどうにかしていかなければとも思った。

離縁は勿論の事だが、別居も許されない。

嫌々な結婚生活を更に窮屈に感じる筈だ。

別に外出などは好きに出来るし、予算も心配ないのと家事などは女中がするので基本自由に過ごす事が出来るが、それでも何かまだ、せめて僅かでも今より気分良く隣にいてもらいたい。

何時か、嫌々な結婚生活だと言う思いに彼女が苦しめられる事なく暮らせる様に。

これから先、一体俺に何が出来るだろうか?

これだけ南月に嫌がられたにも関わらず迎えた『婚姻の儀』だと言うのに、何時かは彼女と分かりあいたいと思った。

最初に彼女の声を聞いた時からの想い。


彼女の声は何故たか心地が良かったから。


***


欠席はしたが『婚姻の儀』に続いて祝いの宴が済む時間になり、ようやく夫婦の邸宅にたどり着く。

日本家屋か・・・。

悪くはないが微妙な気持ちになった。

恐らく今までが洋風建築もとい街中、都会暮らしだったからだろう。

カーテンを引いても完全な闇に包まれる事のない、ネオンや街灯の灯りが入る部屋。

昼の喧騒とは違うが、夜は夜の静かな喧騒が周りにある世界。

そんな場所からするとここは酷く暗くて、そして静かすぎて、物悲しい気がする。

私は死ぬまでこの物悲しい檻に入れられ続けるのか、と思うと自然と気分が沈み、どうやら表情まで暗くなっていたらしく隣に立っていた蒼耶が顔を覗き込み声をかけてきた。

「疲れた、か?」

「まあ・・・。」

一応返事はしたが、それ以上は無理だった。


***


ややあって、居住邸宅に俺と南月は辿り着いた。

本当は、ここに来るまでに心境の変化と言うか、再確認の様なものもあったが、今は目の前の事に集中しようと、視線を向ける。


邸宅の前には3人の若い女中か並んで此方を待っていた。

歳は20代前半から半ばくらいだろうか?

あの3人が南月の善き話し相手にでもなってくれたら少しは気が楽になるだろうか?

やはり、話の内容によっては女性同士の方が良い事もある、と『婚姻の儀』の後に今後の意思表明を兄夫婦にした際言われたが。

考えている間に女中達が歩み寄って来て、揃っておじきをすると、順に「花弥かや佳純かすみ愛乃よしの」と名乗っていく。

順に23歳・25歳・26歳だと言う。

この後、邸宅の案内を受けるのだった。


***


ついにこの邸宅に旦那様と奥様が入られた。

奥様はなぜか猫を抱いてらっしゃるけど、今はおいておこう。


旦那様はこの天守家の4人の御子息の中でも一番の美丈夫と言われる蒼耶様。

真面目で思慮深い切れ者だと聞いている。

濡れた様なまっすぐな黒髪に色白な見ための、凛々しく、しかし芯の通ったキリリとした印象の美人な方だ。

そのお隣にいらっしゃるのが奥方様となられた、旦那様の2歳年下の南月様だ。

初めてお姿を拝見した時は驚いたものだ。

まるで日本人形の幼子の様な見目をしておいでで、聞いていた年齢よりも遥かに若々しい気がした。

肩までのまっすぐだが、ややふわりとした黒髪に大きな二重瞼にぱっちりした目。

お体が弱いと聞いていたが、それでだろうか?

随分色白で体格もかなり華奢な様に思われる。

きちんと食べていらっしゃるのかしら?心配だわ。

しかしそんな事よりも重要なのは、奥様はこの度の婚姻を嫌がっていたにも関わらず、無理矢理連れて来られたらしいのだ。

確かにこの天守家は旧家特有のしきたりが多くある。

仕える身でありながらこう言っては何だが、どうにかならなかったのかと思う。

結婚は一生を左右する事なのに、無理に進められ、したくもない結婚生活を過ごす。

奥様に限っては気の毒になった。

そう、居住邸宅に入られる際のご様子からしても元気も生気も奪われた様に足どりも重々しかった。

しきたりと取り決めにてどうにもならない事ではあるが、まず最年長の側仕えである私がしっかりして、少しでも奥様の生活の日々をサポートしなくては。

そう意気込み居間でお茶を飲む主夫婦に視線を向ける。

まずは旦那様しっかりして頂かなくてはならない。

やはり奥方様の今後を直接左右するのだから。

少しでもいい夫婦にと言う気持ちで奥様に接していただき、仮面夫婦を回避しなくては。

意気込んだ私、愛乃だったが取り越し苦労の様な気がした。


***


「夜には周りに灯りがないので星が良く見える。何も無い山奥だが、この邸宅の近くには小川があって、心地好い音がするんだ。今夜にでも、寝る前に耳を澄ましてみるといい。」

居住邸宅の案内が終わり、私は2階の自室に籠ろうと思ったのだけど夫となった蒼耶にお茶でも飲もうと言われ、居間の台に向かい合って座り、女中の愛乃さんが入れてくれたお茶を前に座っていたのだが。

「・・・。」

最初、蒼耶さんは゛馴れない地だから困った事があったら言ってくれ゛と、言うから先程考えていた今までいた街と違い寂しい場所だと答えた。

勿論嫌味のつもりで。

そうしたら、そうでもない、と言って楽しい事もあるから今度案内をする、など何か話し出した。

一体どうしたの?

更に、私だって話し掛けられれば考えて、気が乗らなくてもたまに返事くらいはする。

そうすると、何故かホッとした様に笑うのだ。

何かあるのか?


***


出会いは素っ気なく、初めての対話は戸惑い、『婚姻の儀』に関しては表情のひとつも変えず。

全く此方に興味がないのか反応しない。

南月はここまでまともに俺の顔を見ていないのだ。

勿論それは仕方がないのだと思う。

ただ、最初から俺は彼女にーーー正確には彼女の゛声゛が気になっていて、そして彼女に決めたのだった。

何故か安心する声だ。

何を言っているのだと言われても仕方ないが、何故だか。

あの時は彼女の理由を知らず、ただ思ったのだ。

毎日この声に名前を呼ばれて過ごしてみたい、と。

だが、今ここに来て酷く自分勝手な事も考えていると思った。


この居住邸宅への道中、俺は胸中では横をやや遅れて歩く南月へのすまないと言う気持ちと、今後の生活について考えていた。

ここでの生活は彼女にとって、嫌なものでしかないだろう、と。

次男嫁とはいえ色々と義務とする事も、嫁として学ばなければならない事もある。

それを彼女に強要するのは気が引ける。

だか、しない訳にもいかない。

一体どうすれば?

人生ここまで色々な難関に遭遇してきたが、この問題ほどのものはなかった。

もう、非情な振りでもして接した方がお互い楽かも知れない。

そんな投槍、フッと横に視線を向けると今の今まで少し後ろを歩いていた南月の姿がない。

何事かと更に後方を慌てて振り向くと、背を向けしゃがみ込む南月が見えた。

具合でも悪くしたのかと早足で来た道をもどる。

近くまで辿り着くと同時に声をかける。

すると、俺の口調か表情がおかしかったからだと後で教えてくれたが、猫を抱いて見上げる南月の不意討ちを喰らった様な顔が何とも・・・。


酷く自分勝手だと思う。

しかし、どうしてもこの先、南月の色々な表情かおが見たいと思った。

きっかけは何だったか?

忘れた。

義務は果たすと言ってくれた彼女への罪悪感もある。

最悪のわがままだが、恐らく最初からだろうよ、この想いは。

嫌がられているのは分かっていると言うのに、声を聞いた時か、初めて顔を合わせた時だったか。

どちらにせよ、辛辣な言葉や態度を向けれても気になっていたのだ。

それは罪悪感の類だと思っていたのだが、違ったらしい。




長男で当主の『かさね』は嫁の『瑞季みずき』とは恋愛結婚なのだ。

家柄が近かったので、反対もされなかった。

正確には家柄が近いから何時も一緒にいた、いわば幼馴染なのだ。

瑞季は更に社交的な為か誰とも仲が良く、男友達もそこそこいた。

兄を特別にと言う風ではなかった様に思うのだが、それでもふたりは何時も一緒だった。

なんとなく、兄がついて回っていた様な気がするが。

そんな2人がいつの間にか恋仲になっており、夫婦になっていたのだった。


だが当初、まさか当主が恋愛結婚するのか?と、兄へ些か無責任ではないかと言った事があった。

今までそんな素振りは見せていなかったのに、いつからだ?

そんな俺に兄も何とも言いがたい表情で返事をしたのだった。

「いや、よく分からないが何時だか不意に瑞季がした顔が妙に可愛いと思ってな。まあ、気付いてなかっただけで、随分前からだった気もするがな。何か惹かれて、気が付いたら想っていた。」


何がきっかけかは分かる様な分からない様な。

だが、分からないのも恋情だ、と兄に言われたのを思い出したのだった。

かなり急ですね。

まあ、最初から気にしてましたし。

きっかけは最初からですかね~?

恋は突然に!もしたくて、こうなりました。

あと、サブタイトルの『紫陽花』はこの心変わりを感を表しています!

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