「見つかる華」
長いです。
「日々の手習いを真剣にこなしていたお姉様が『御目見えの宴』をすっぽかすなんて事は、ありえません!」
美鈴の張りのある声がした。
そういえば、オレの妻はえらく南月さんに懐いているな?
何だか良く分からないが、意識が高いというか、プライドが高い妻が認めるとは驚いたが、別に彼女は意地悪な人間じゃない。
ただ単に、自分にも人にも完璧さではないが、一定以上のものを求めてしまうだけだ。
それが若干、度が過ぎているだけで、会話も面白い。
オレにあった女性だと、今の彼女の事は思っている。
これが姉さんの影響なのだから、大した人だ。
幼い頃、何度か寄り合いなどで美鈴の事は見た事があった。
感想は、何かきつくて話を聞かなそうだという・・・。
でも、嫁いだ当初はやはりそんな感じだった彼女が姉さんと関わる事で、色々変わっていったんだ。
何だか、ひと皮むけた?
周りを見て聞いてをし始めた感じだ。
そんな彼女にしてくれた姉さんが真面目なのも知っている。
そして、この『御目見えの宴』が大きな節目となるもので、大切だという事も十分に理解している筈なのだ。
だが、今あの人はいない。
連れ去られた?
身内以外では、各自の使用人でも入室制限のある区域で行方不明?
おかしな話だ。
では自分でふらついて迷子になった?
あの人が大事な催しを控えているのにそんなことするとも思えない。
御花摘みも部屋を出た目の前に札まででかでかとかかっている。
お茶もお菓子も軽食も室内の備え付けの棚や冷蔵庫にある。
部屋付近を離れる理由がない。
では、何があったのか?
聞く話によると、どうも数日前から様子がおかしいというような事を兄が言っていた。
少し調べてみると、使用人の間で確かに可笑しな“噂”が出回っていたが、眉唾としか思えない内容で気にもしていなかったが。
うーん、どうしよう?
当主夫人はこの時期に重なった雅人の修行関係でばたついていたし、まだ状況が把握できていないかもしれない。
それは当主たる兄も似た様なものだろう。
どうしたものか?
妻は今イラついていて話は・・・しない方がいい。
この場合は・・・。
「ねえ、兄さん、ちょっといいかな?」
噂のドン真ん中の夫をつついてみようか?
***
「何だ?厳樹。」
弟に呼ばれて振り向けば、彼は手招きをしてる。
微妙な笑顔で。
ああ、これは“噂”の事と妻と南月さんの事か?
思いつつ傍を離れる旨を妻に告げるが、視線そのままに張り付けた笑顔の彼女は生返事を返してきたので、気にせず弟の元へ世間話といった感じで近寄る。
「奥さんは何をしてるのか知ってる~?」
少しふざけたような口調。
コイツはどうやってもこういう口調だ。
公の場ではさすがにしないが、たまに頭が痛くなる。
なのに、襲兄さんは似た気質なのかにこにこしているし、蒼耶兄さんは「こいつはこんな感じだ」といって気にしない。
いいのかそんなんでと思う事、コイツが物心ついてからずっと長い事。
僕ももう面倒になって放置してしまったが、改めてこういう時聞くとどうしたものかと思う。
「ねえ、兄さん?」
「ああ、さあな。自室や空き部屋にこもったり、散歩と称してやたら敷地内を歩いていたり、その散歩の帰りが遅かったりしているが“噂”は関係ないだろ?その時間は僕らと仕事をしているか、帰宅して周りに誰かいる。」
どうやっても、深い中の男女の付き合いができる暇はない。
不味い事にならぬように使用人に見張らせているのだから。
勿論その使用人は当主直々に選びくっつけてきたのだ。
買収も出来ない、古参達だ。
爺やがその中に混ざってた時は僕も「ゲッ」とか、変な声が出たくらいの厳戒態勢だった。
「前回の事があっておかしなことにならないようにしたんだが。」
「でも、なんだかきな臭くない?例えば今日。当日、とか?」
「妻が出来るアプローチは“噂”の領域まで。流石にそれ以上は本人もまずいと思っているから無理らしいが。」
「でも、いないみたいだけど?事前に何か言ったりとかは?」
何か言われて姉さんが応じるだろうか?
「姉さんさ、複雑な家庭環境だったし。」
「・・・・・。」
そういえばそうだと思い、妻を振り返る。
相変わらず蒼耶兄さんを見てにやにやしている。
これは、黒だな?
そう思い、当主たる襲兄さんに視線を動かした瞬間に横から再び蒼耶兄さんの声が割り込んだ。
「俺は南月を探しに行く。その間『御目見えの宴』で席を外させてくれ。」
ああ、そうなるだろうな。
何というか、兄さん、姉さんにゾッコン?らしいからな。
ああ、瑞季姉さんも頷いてる。
そりゃ、夫とその使用人あたりで捜索に当たるか指揮をとって探すに決まっているな。
襲兄さんも頷き口を開こうとした。
その時、バカな事が起こった。
兄さんの言葉にかぶせるように声が上がったのだ。
誰の声かって?
僕の妻・紗奈の声だ。
***
あら、良くないわ。
南月さん・・・もう、南月でいいかしら?
平凡な家の出のあの女がいなくなったくらいで『御目見えの宴』が遅れたり、ましてや蒼耶さんがいないなんてダメよね?
ああいう問題ありな家庭育ちは少しつつけばいいのはわかってたの。
昔いじめてたクラスメイトにもいたもの。
でも、何なの?何であんな年増に蒼耶さんがあそこまでするの?
そもそもあの年増、何一生懸命なの?
おかげで私があの当主夫人に厳しくされるわ、教師にもきつくされるわで踏んだり蹴ったりよ!
しかも、あんなイケメンの次男がいるのに何で私が妻じゃないの?
おかしいじゃない!
だから、この『御目見えの宴』に出てこられちゃダメなのよ!
使用人が探って来た昔、この天守家であったり縁話。
嫁は『御目見えの宴』で認められて妻となる。
で、普段からその夫が親しい女性がいるなら、その認められない妻は離縁となる。
私も最初「はぁ?」って思ったけど、“しきたり”とやらにより起きたものだっていうし、利用させてもらうわ。
ホント硬っ苦しいんだから。
それで、蒼耶さんと私が親密で、あの年増が出てこない様にしてしまえばいいの。
その後は望んだ相手と夫婦になれるみたいだし。
だから、行かせられないわ。
「探さない方がいいと思います!お姉様は悩んでらっしゃいましたし。」
声を張り上げたの。
ただし、品よく。
「なぜ、と聞いても?」
長男が片方の眉を少し上げて訪ねてくる。
この人もかなりのイケメンだけど、長男嫁は固くってきついから嫌なのよね?
そんな思いを追い出しながら、続きを紡ぐ。
「実は使用人の何人かから聞いたのですが、お姉様がフラフラと敷地外へ歩いていくのを見たといっていたのです。私もそんな事はないだろうと聞き流していたのですが、随分思い詰めていた様子だったと。」
出来るだけ心配そうに目を伏せながら言いきったわ。
これに当主さんは考え込んでいるみたい。
思わず顔がにやけてしまいそうになるのを何とか抑えながら見つめる。
するとその横から・・・当主夫人が口をはさんで来たわ!
「おかしいわね?思い悩んだくらいで彼女が?逆に手習いはこの所生き生きとして行っていたと聞いているけど?ああ、あと、どこら辺をフラフラ会ついていたのかしら?その証言をした使用人も読んで頂戴。」
何偉そうに命令してんのよ!
当主様の言葉が先でしょ!?
「そうだな。その詳細が知りたい。証言者をここへ頼む。」
どうして!?女の尻にひかれてるの!?
「どうしたんだ?紗奈?」
ああ、もう!旦那まで!うっさいわね!
「どうした?早くしてくれないか?」
当主まで!ああ、もう何なのよその疑わしい顔は!
「紗奈、誰なんだ?その使用人は。」
旦那もまた声をかけてくる!
なんで!?急いでるんでしょ!?聞き流しなさいよ!
「紗奈。」
「・・・。」
今、逆らえないの?この状態。
「・・・か、彼です。」
不服そうな男の使用人を指差す。
何でそんな顔してるのよ!取り繕いなさいよ!
そちらを見て、その使用人にしか見えない様ににらみつける。
だけどその使用人は・・・。
「次座様の奥様は、次座様のお屋敷の方に行かれたと、思われます・・・。」
何、素直に答えているのよ!
私の事を言わなかったのはいいとして、そういう時はどっち行ったか分からないとか言っときなさいよ!
見つかったらどうするのよ!
そんな事を考えていると当主に向けた背中の方から声がした。
「兄さん、探してくる。愛乃、手伝いを。」
低い、蒼耶さんの声がした。
あら、勝手な女にお怒りかしら?
そんな思いから振り返るが、同時に横を勢いよくすれ違う蒼耶さん達。
え?何?
訳分かんないんだけど?
思わず呆けてしまった私だったけど、そんな事構わないという当主夫人の声がして、全員このままでしばらく待機になってしまった。
その間は客を待たせても『お披露目の宴』を遅らせるようにですって!?
どういう事よ!?
***
南月が屋敷の方へ歩いていったという話の通りに走り出す。
正直、あの女の使用人のいう事である。
胡散臭い以外の何者でもなかったが、逆らったり嘘偽りを言う事は出来ないはずだ。
“兄は当主で義姉は当主夫人”なのだから。
考えつつ走る。
後ろに女中たちがついてきている。
皆が周りを見て南月の影を探す。
いない。
一体どうして!?
本当に、あの女が言った通り、思い詰めていたのか?
そんな事を想いながら一旦離れてしまった女中たちを待つように足を止める。
こんな寒い中で、南月はいるのか?
やはり周りに南月はいないと視線を動かすが、追いついた女中の1人が声を上げた。
「この声って?」
声?南月の声はしないが?
「猫の・・・真珠の声ではないですか?」
真珠といえば南月が拾ってきた我が家の飼い猫だ。
そういえば・・・。
「この辺で、拾ったんだったな・・・。」
婚姻の儀の後住居となる邸宅に向かう途中で南月が弱った猫、真珠をこの辺りで拾ったのを思い出す。
確か、ここより少し戻ったあたりの竹の間にいたといっていたか?
少し開けて、よく見たら道になっていたと。
・・・そういえば。
「墓を、作るからと猫の兄弟猫の亡骸を取りに行ったといったのも・・・。」
この辺だったはずだと思うや否やその細道まで戻る。
それは、道というにはあまりにも細い。
ただ踏み固められて道の様になっているだけの場所だ。
そこをもしかしてと言う想いと、何にか分からないが祈る思いで進んでいく。
深くはないが薄暗い竹林を抜けて土がむき出しになった裏庭の一角に出る。
その人通りもなく荒れて大小の石や岩がゴロゴロとおかれた場所に、ひときわ大きな石材の陰に座り込む見覚えのある着物が見えた。
ああ、ここにいたのか?
「・・・南月。」
呟く名前に着物の裾が動く。
無事だったか。
良かった・・・。
歩幅を広げた早足で近づくと、座り込んだ彼女が見上げたところだった。
寒空の下だったせいか顔色がいつも以上に白い。
その膝には、飼い猫である真珠が乗って南月に話しかけていた。
「旦那、様?」
どうしてここにいるのか分からないという顔で俺を呼ぶ。
「南月、探した。大丈夫か?」
南月は何も言わないで、手を伸ばしてきたのでその手を取りながらひざまずき、目線を合わせる。
「見つけた。よかった。」
彼女は訳が分かっていなかったようだったが、思わずそのまま腕の中に閉じ込めるのだった。




