「喪失紫陽花」
お久しぶりです。
ずいぶん間が空き、申し訳ありませんでした。
雨が降る。
昨日、実鈴さんの家から帰って夜から降り出した雨。
土砂降りだった昨晩からの勢いは落ち着き今は小雨になっている。
逆にそんな雨音が陰鬱な空気となり、ジクジクと私に刺さってくる気がして気がめいっているのが現状。
昨日、実鈴さんの家から帰る時に見てしまった旦那様と紗奈さんの会話。
浮気はいけないことだけど、身内同士で何か分からないしきたりの場合なら問題ないのかもと見ていた場面。
言われていることは間違っていなかったけど、言い返したりしなかった旦那様。
間違ったことを言われていた訳じゃないのだから言い返す事もないのかもしれないけど、言い返してほしかったのかもしれない。
そんな仲じゃないのに、いつの間にか私は”旦那様の妻気取り”になってしまっていたのかもしれないと頭を抱え込む。
確かに”妻”だけど、一般にいう夫婦ではないのだからやはり”妻ではない”のに。
これは、甘えていたのかもしれない。
そう思った。
今まで優しくされなかったのに、突然優しくしてもらったから思い上がって、いい気になって甘えていたのかもしれない。
そんな事はないと分かって、自分なりに前を向こうと思っていたのに何とも情けないとこめかみを抑える。
同時に、紗奈さんの話が気になってしまう。
私が本来の妻の役目をしていないから、他の女性にそれを求めてしまう旦那様。
それは、仕方がないのかもしれない。
もしかしたら今夜は戻ってこないかもしれない。
・・・紗奈さんも旦那さんがいるのだし、どうなのだろうか?
兄弟でそういうのを融通しあったりするのだろうか?
こればかりは分からない。
愛乃さんたちに聞いてみるべき?
でも、当然のことと言われた場合は・・・。
考えると黒い感情がお腹に溜まっていく感じがして気持ちが悪くなってきた。
しかし、そうしている間に愛乃さんの「旦那様がお戻りになりました」という声がして、ハッとして立ち上がる。
帰って来た?
私のもとに?
紗奈さんのもとでは無くて?
思わずそんな事を考えて凍り付く。
一体何を考えているのかと。
だって、別に私の元に戻ってこなくても問題ないのかもしれないのだから。
***
何かが、おかしいと思わず目の前のだんな様と奥様の様子を見つめると、私と同じくこの屋敷に使えるほかの女中たちもいつもと違う空気に表情こそ変えはしないものの動きはひどくぎこちなく思えました。
ええ、「天守家の使用人ならば日々の仕事も品よく優雅に品がかに!」とは言いすぎですが、違和感を感じている様をあらわにするなどほめられたものではありません。
本来は・・・。
しかし、この蒼耶様、南月奥様ご夫婦の今までの様子からすると、あまりにも雰囲気に違和感があり、この私もいささか動揺しております。
ご夫婦にお仕えする女中でも最年長の私がこんな事ではと思うのですが、本当に。
いったい何がお2人に?
数日前までは奥様命といわんばかりの旦那様とそれにおっとりした様子ではあるものの、好意的になってきていたはずの奥様ですが、その空気がなんとも・・・。
とにかく、「重い!」のです!
このどんよりとした天気どころではないほどに!
いったい何が?
この状態はどういうべきか、違和感の原因となっているのはどうも奥様のほうであるように重い様子を見ます。
今までは、お帰りになられた旦那様への挨拶も笑顔が見えていたというのに、今は笑顔ではあっても何処かこわばって見えます。
もちろん違和感はそれだけではありません。
所作のひとつひとつを見ても、上着を受け取る様子や後ろを歩く様子。
話しかけられた際の受け答え方や、声の調子まで何処か固く、よそよそしさが見られます。
これはご結婚当初のお2人よりもひどく、そんな奥様の様子に旦那様も戸惑っているというべきでしょうか?
一体何故こんな事に?
記憶をたどってみては見たものの、奥様の様子がおかしくなったのは昨日、四男様の奥様であり、義妹である美鈴様のもとより帰られてからという事しか分かりません。
同行した、佳純も美鈴様とはテンションの差はあれど、特に問題なく過ごされたとの事です。
ただし、1度彼女は用事で美鈴様の屋敷に引き返しているのです。
そう、奥様を庭園に残して。
この時に何かがあったとしか思えないのです。
しかし、四男様の屋敷近くの庭園といえば池のある静かで人のとおりもまばらな場所です。
ただし、人通りがほとんどはないといってもそこは天守家の敷地内ですから、もちろん不届き者などはいません。
犬猫ならまだしもこの邸宅やその付近の敷地に入る事は出来ぬ様に警備も万全です。
ですから、何者かによって危害を加えられたという事はないのは確かです。
ならば一体何が?
そもそも、一族のご家族様方や使用人くらいしかいない敷地内で何が起きればこんな事に?
まったく訳が分かりません。
ですが、それでも奥様の場合は何がきっかけとなるかが分からないのも事実。
いくら旦那様との関係がよい方向に進んでいようが、やはり望んだ訳でも納得した訳でもなくこの天守家に嫁いだのではないのです。
何か、気に病む事があったとしても不思議ではないのも事実でしょう。
それこそ、他の奥方様と家柄などを比べられての悪意ある発言にさらされたり・・・。
いいえ、さすがにそれもおかしいですね。
この天守家の方々をはじめとして、常にお世話をさせていただく使用人一同に奥様のような状況の方を。
ましてや、奥様ほど望まぬ状況にありながらも懸命に勤めを果たそうとしている方に、悪意を向ける様なおかしな者などいる訳がないのですから。
***
何だろう?
態度に思い切り出たかもしれない。
それはそうだね。
旦那様も反応の違いにギクシャクしていたし、愛乃さん達ももこっちをさり気に気にしてたし。
本当はどうしたらいいのか分からないし、ここには見方なんて・・・。
あ、いや、最初から実家にも見方はいなかったんだけど、いわばこの嫁入りそのものが敵地への単騎出撃みたいなものだったし、仕方がないよね?
確かに、旦那様も女中さん達もいい人ばかりだけどそれは私が”嫁入りさせられてきたから”であって、本当にこの天守家の”奥様”として来たのとは少し違うのだから。
女中さん達は仲間的な感じかな?
で、旦那様は・・・。
何なんだろう?
私にとって旦那様って、何なんだろう?
いい人?
いい人はいい人なんだけど・・・。
もういいや、疲れた。
今まで通りで行こう。
これまでの人生も自分じゃどうにも出来ない事に関しては、そこまで深く考えない様にして進んで来たんだし今さらだ。
本当はこういう事があったら考えまくって、乗り越えて成長と化するところなんだろうけど、こんな四面楚歌名状態じゃあさすがに悪あがきどころじゃないわ。
まあ、最初から義務を果たすって事を念頭に来たんだし、今後もそれで行くべきだったんだ。
旦那様や愛乃さん達もよくしてくれているんだし、それ以上望むのが贅沢だわ。
お腹に溜まった黒い感じは気持ちが悪いけど、この際それくらいの事は黙って進むべきなんだと思う。
それが私にとっても、周りにとっても平和な事なんだから。
・・・どうしたんだろう?
孤独には慣れてた筈なのに、気持ちが悪い。
本当に、どうしてこんな事になっちゃったんだろう?
どうしたらいいんだろう?
***
縁側で傍らの猫の頭をなでる南月がどんよりとした重い雲の幕がかかった空を見上げる。
そして、時折「どおして?」という呟きがかすかに響いていた。
その声に傍らの猫が細い声で鳴く様は、主人に答えている様にも見えたとその館の女中が仲間内でこぼしたことから、その華はあらぬ狂い咲きを見せるのだった。
なんだか暗い感じになり、
一週回って妙な方向に吹っ切れてます。




