第4話
薫との会話を思い出しながら、愛美はグレープジュースを一口飲んだ。
差し出した好物のはずのイチゴ牛乳を抱えたまま、沙恵はしゃがんで俯いている。
その様子を、緑が挙動不審になりながら見つめていた。
「大好きだったの。兄さんが」
ぽつりと呟いた声を、二人は聞き逃さなかった。
「いい人だったもんね。優しかったし」
愛美と緑は、一度沙恵の兄に会ったことがあった。家に遊びに行った際、手作りのクッキーを出してくれて、勉強も見てもらった。
「沙恵のことよろしくね」
照れくさくしている沙恵の隣でそう言った、なんとも妹想いで暖かい人だったことを覚えている。
「兄さんには夢があったの。警察官になっていろんな人を守りたいって、いつも言ってた。国家試験に合格するために毎日がんばってたのに……」
正義感の強い人だった。里中の策にはまり、その夢叶わず亡くなった。
致命傷と思われた心臓に達する傷のほかに約20箇所も刺され、全身に激痛を負いながら死んでいったのは間違いなかった。薫に写真を見せてもらったとき、死体など見慣れていたが、無惨に遊ばれた体を見て思わず眉をひそめた。
決して突発的な行動からものではない。獲物を定め、口元を歪ませながら行為に及んだ様が浮かんできた。残虐かつ計画的な犯行だ。
「兄さんの遺体に会ったとき、ひどい姿だったわ。全身包帯で巻かれて、かろうじて顔が分かる程度だった。あの兄さんの姿が忘れられない。生きてた頃の兄さんを思い出したいのに、どうしてもあの青白い顔が出てくるの。もう気が変になりそうな毎日だった」
沙恵は頭を抱え、大きく横に振った。沙恵の背中に緑が手を当てる。
「せめてあいつが死んでくれれば、少しは楽になるかもしれない。そう思って今まで頑張ってきたのに。何でなの?なんであいつは今でものうのうと生きてるの?」
パックを抱えた手はひどく震え、ひどくしゃがれた声だった。
手すりにもたれ空を見上げていた愛美は黙って聞いている。ジュースはとうに飲み干してしまい、頼りなく空の缶を持っている。
弱々しかった声が途端に叫び声になったと思ったら、普段の沙恵とは思えない言葉を発していた。
「死ねばいいんだわ……。そうよ、あんなやつ……。死ねばいいのよ!!」
己の叫びが引き金となり、沙恵はわあわあと泣き出した。きっと今まで耐えてきたのだろう。
最高裁での判決が下り、愛美の言葉でたタカが外れたのだ。無理もない。
「沙恵ちゃん……」
緑が沙恵の背中に腕を回し頭を撫でる。
愛美も隣に座り、沙恵の手を握った。
『私達は皆の幸せのために戦う!』
愛美の頭に流れた、昔の古い映像の中の人物はそう言った。
鮮やかな原色のコスチュームに身を包み、満面の笑顔でポーズを決める姿。
『そう、全ては……。』
「全ては正義の名の元に」
声を発することなく呟いたので、緑と沙恵は全く気付かなかった。