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4人のベルセポネー  作者: 望月 薫
第2章:魔法戦士に憧れて
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第3話

 翌日。学校ではすでにの裁判の話でもちきりになっていた。

 嫌でも聞こえてくる内容に、愛美は顔を曇らせて教室に入る。

 愛美が席に着くと、緑が待っていたとばかりに体を向けてきた。

「愛美、あの裁判の話聞いた?」

「無期懲役だってね。知ってるよ」

「そうなのよ。なんでなの?あれだけ世間の話題になった奴がそれで済んじゃうの?絶対死刑だと思ってたのに」

「それで、沙恵は?」

 愛美が辺りを見渡すが、沙恵の姿はない。

「まだ来てないよ。さすがに今日は来れないよ。昨日の今日だもん」

「だよね。帰りに家寄ってみようか」

 緑がその言葉に頷いた時だった。

 辺りの喧騒がさらに騒がしくなり囁く声が目立ったことに気付き、愛美は顔を上げる。

 丁度沙恵が教室のドアをくぐった時だった。

「沙恵ちゃん……!?」

 緑が驚いて声を上げる。

「おはよう」

 いつもと変わらぬ笑顔で愛美の隣に座る沙恵を、二人は目を開いて見つめる。

「沙恵、あの……」

「緑、今日の数学の宿題やってる?私分からなくてさあ、見せてくれない?」

「う、うん。それはいいけど……」

「今日古典あったよね。私苦手なんだよねえ。愛美が眠たくなるのわかるなあ。分からない話聞いてると眠たくなるよね。あ、私昔ね、友達に誘われてあるバンドのライブ行ったんだけど、全然興味ないグループだったから途中で寝ちゃって。後で友達に怒られたんだよねえ。でね、その後聞いたんだけど、そのグループ解散しちゃって……」

無理に明るく振る舞っているのが痛いほどに分かった。緑は悲しい目で沙恵を見つめる。

「沙恵」

 それまで黙っていた愛美が口を開いた。沙恵は黙り、首を傾げる。

「無理しなくていいんだよ」

 沙恵の顔が、途端に固まる。

 愛美と緑の顔をゆっくりと交互に見て、二人が黙って頷くと、見る見るうちに顔を崩し涙を浮かべた。

 それを見て、愛美は立ち上がる。

「屋上行こうか。ジュースおごるよ」

「え、愛美、授業はどうするの。もう始まるよ」

「そんなのサボりサボり。それとも緑だけ授業受ける?」

「もー。そんなことできるわけないじゃん」

 二人で沙恵の体を支えるようにして、大勢の人の視線を受けながら教室を出た。





里中央(ひさし)、28歳。石川県出身で市議会議員の家に生まれる。趣味はバイクと野球観戦。パソコンにはめっぽう強く、好きな機種は……」

「あぁもう。そんな細かいとこまでいいよ。いちいちそんなとこまでよく調べるね」

「相手の情報はいくら知っていても損することはない。そこから人物像を推測するのも大事だと思わない?」

「ただ殺すだけの相手にそこまでする必要があるのか、あたしには分からないけど。事件の事だけ教えてよ。マスコミが流してるやつよりもっと詳しく」

 薫は眼鏡をかけ直し、手にしているファイルに目を通した。

「大まかな内容は世間が把握しているとおりよ。7年前と1年前の二つの事件」

「まあ大体は」

「7年前のじめじめとした残暑残る夜。コンビニの前で里中が当時の高校生に暴力を加えていたの。夜って言ってもまだ早い時間だったから目撃者は大勢いたわ。その中である若い男が止めに入ったの。だけど里中はナイフを所持していて、止められて逆上してその男をメッタ刺しにして殺害。すぐに捕まって懲役5年の実刑判決を食らってる」

「5年って人殺しにしては短いわよね」

「ドラ息子でも父親が権力者だったからね。止めに入った男が手を出してきたから動揺して刺したって供述が認められたらしい。ナイフはあくまで護身用。親の仕事柄狙われることも多いからって。それは表向きの理由だけどね」

「実際のところどうだったの?」

「嫌いだったんだって」

 薫はファイルを両手で閉じ立ち上がる。そしてカップを手に取りコーヒーメーカーのボタンを押した。

「私はいらない。コーヒー苦手」

「知ってるよ。冷蔵庫に適当にジュース入ってるから」

 テリトリーを管轄する施設の一室。そこには今までテリトリーに運ばれた者達の資料がまとめられている。

 愛美達4人が調べ物をするための場所なのだが、薫以外処刑する者の詳細など興味はないので、完全に薫の私室と化していた。大きな本棚にいくつもの青いファイルが収められている。

 コーヒーが入るのを眺めながら、薫は口を開いた。

「正義感が強く、熱い人間。自分の身を顧みず手を差し伸べる人間。流れが速い川で溺れてる犬を助けようとするような人が、里中は大嫌いだった。そしてそいつらに思い知らせてやろうと思った。自分の余計な行いのせいで死ぬ羽目になったんだと。当時の弁護士にそう笑って言ったらしいよ」

「……カツアゲはそんな人をおびき寄せる手段でしかなかったってことね」

 冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを、愛美はぐいっと勢いよく飲む。

「あえて目のつくコンビニでの行動も、早く捕まるためのものだったらしい。最初から親のコネを当てにしてたわけ。捕まるのは怖くないとも言ってたって」

「うわ。厄介な奴。そういう奴って反省しないからまたしでかすんだよ」

「その通り。で、1年前またしでかした。それも7年前と同じやり口で」

 コーヒーを一口含み、薫は言った。

「それが沙恵のお兄さんだったわけね……」

 愛美が視線を落とす様子を、薫は細い目で見つめる。

「で、どうなるの?そいつ」

「今回は再犯だから裁判も1年も続いたけど、近いうちに判決が出る。ま、でも……」

 机にカップを置き足を組むと、薫はさらりと言った。

「私にそいつの詳細が知られてるってことはそういうことよね」

 それを聞いて愛美は小さく笑った。

「お父上様の頑張りも虚しく……ね」

「そういうこと」

 薫はファイルを手に取り立ち上ると、一つ一つ名前が書かれているファイルが並ぶ中に差し込んだ。

 そのファイルの背表紙には、『里中 央』と単調に油性インクで書かれていた。


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