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4人のベルセポネー  作者: 望月 薫
第4章:あの人と死ぬのは私   
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第6話

「もし、この中の誰かが死んでしまったりもう助からない状態に陥った時、他の一人が一緒に死ぬの。」



薫がそう言ったのを、他の3人は息を飲んで驚愕せず、感嘆と疑問の息を吐いた。

「どういうこと?」

「死んでからも1人にならないようにする為よ。私達は4人。半分に分けられる。だからその時が来たら2組に分かれるの。」

薫は1人1人の目を順番に真っ直ぐ見て言った。

「4人でいられなくなるのは確かに寂しいけど、私達はやらなきゃいけないことがあるから皆で死ぬことはできないでしょ?1人でいるのと2人でいるのでは随分違うよ?」

それを聞いて若菜が大きく頷き、愛美は不思議そうに考え込み、りんは薫の顔を見て目を輝かせる。

「死んだ先には何があるか分からない。誰も踏み込めない未知の世界だけど、私達は1人じゃない。傍にはいつも誰かがいる。」

幼いのに難しい言葉を使いこなしていても内容はしっかり伝わってきた。先程まで恐れていたものがなくなり、気持ちが嘘のように軽い。

「でも誰と死ぬのか決めておくってこと?」

りんがそう言うと、愛美が首を振った。

「いや、その時の状況で考えた方がいいんじゃない?誰が傍にいるかも分からないし。」

「それもそうだね。」

りんが納得したように頷くと、薫が右手の小指を立ててかざした。

「私達は死んでも一緒。皆が死んだ時、また再開できるように。約束だよ。」

皆は互いに頷き合い、小指を絡ませる。そして揃えていつもの歌を口ずさんだ。



ゆびきりげんまん

うそついたらはりせんぼんのます

ゆびきった




4人の指が大きく空に掲げられる。そうして嬉しそうに笑いあい、暑さなんてどこかに吹き飛んでしまっていた。

汚れていないまっさらな心に刻まれた、美しい罪の約束だった。















結局その日はどうしても咲子と顔を合わせるのが辛くなり、教室に鞄を取りに帰った時に具合が悪いと言ってすぐに学校を出た。何回か伊藤から連絡があったが全て無視し、薫たちとも会うことなくすぐにベッドに入った。だがすぐに寝つけるはずもなく、りんはただこれからの行動について思いを巡らせていた。が、浮かぶのは咲子の沈んだ表情ばかりで思考がうまくまとまらない。

ろくに眠ることができず次の日を迎え、りんは必死に笑顔を作って咲子に接していた。今まで以上に頬が痙攣を起こしそうで疲れた。咲子の様子は昨日と変わらないので、伊藤は咲子に何も言っていないようだった。

大丈夫。このまま何もなければこの関係が壊れることはない。ひたすら笑っていれば大丈夫。りんはそう思いつづけることで自分を納得させた。その日はとても長く感じ、ようやく放課後になり教室を出た時は思わず安堵の息が漏れた。

今日は生徒会の女子で話し合いがある。女子のコスプレの衣装を男子が、男子の衣装を女子が決めようという遊び心ある案が出たのだ。異性ウケを狙おうという魂胆でそうなったが、実はどんな衣装にするか決める楽しさを狙っているらしい。りんは内心安心している。とりあえず今日は伊藤とは会うことがないからだ。

生徒会室にはもうすでに大方の女子が集まっていて話し合いが始まっていた。

「あ、りん。こっちこっち。」

薫に促されるまま席に着き、りんも話に耳を傾ける。

「でね、執事風とかいいと思うんだけど、どう思う?」

「それだと費用が掛かりすぎじゃない?手作りか持ってるものくらいにしとかないと・・・。」

「ねえねえ、じゃあ部活の服装はどう?サッカーとかバスケとか。弓道とか柔道もいい感じじゃない?」

「あ!それいいかも。普段見れない部活とかあるもんね!伊吹さんナイスアイデア!」

「でも帰宅部とか文化部はどうする?」

「誰かコスプレの服持ってる人探して借りるとか・・・。」

「提案なんだけど、向井君だけ特別仕様にしない?それこそ執事風にしようよ!」

「きゃー!それいい!向井君背高いしかっこいいから絶対似合うよ。会長と並んでもらいたい!」

「なんでそこで私が出てくるの?」

「えー、薫知らないの?男子も薫を目立たせようって話して・・・。」




ばん!




激しい音を立てて開かれたドアに、皆は思わず口を閉ざして勢いよく振り返る。生徒会室があるフロアは多目的室や空き教室が多いので人があまりいない。なのでやって来るのは大抵先生か生徒会の役員か部活関係の人だ。だが息を切らし目を見開いて顔の中心に深い皺を入れていた人物は、そのどれにも属さない人だった。りんが表情を硬くし驚愕の目をして呟いた。

「咲子・・・?」

皆の訝しい視線をもろともせず首を緩慢に動かしていた咲子はりんを見つけると、早足で向かってきた。りんは反射的に椅子から立ち上がる。いつもの穏やかな表情は失せ、憎悪に似た雰囲気を漂わせる様子を見て、りんを激しく嫌な予感が襲った。

「咲子、どうし・・・。」

風が吹く。それは咲子が大きく手をかざして起きたものだと悟るには時間はかからなかった。鍛えられた動体視力のせいで、自身に向かってきている手がゆっくり見える。だがりんは瞬間的に腕を動かさないように努めた。



パンッ!



渇いた音が静寂の生徒会室に響いた。目の前が真っ白になる。一瞬の衝撃はわずかに視界を揺らすが、すぐにそれは正常に戻り現実に引き戻された。はたかれた頬はゆっくりと、だが確実に痛みを伴い赤くなるのが分かった。茫然と頬に手を当て咲子を見る。咲子は強く唇を結んだまま、鋭い視線を向けていた。

その場の皆は突然の事で絶句し、薫もいつもの冷静な顔にうっすらと筋を浮き上がらせていた。

「あんた、伊藤君に何言ったのよ!?」

「・・・・・・え?」

激しく甲走った声でそう叫び、咲子は涙目になる。その姿にりんは激しく動揺し目を見開いた。

「なんで!?信じてたのに!なんで私から伊藤君を奪うの!?」

握り拳を作り腕を激しく上下に振るのを見て、りんは衝撃を覚えながらも手を伸ばした。

「咲子落ち着いて。話を・・・。」

「触らないでよ!」

差し出した手を力いっぱい叩かれ、行き場を失った右手が空中を彷徨う。痛みを伝えてくる手の甲と頬。痺れるような感覚に陥っているのは、単なる外部からの攻撃だけではない。

先程まで和やかに話していた友。なのにもうそれを感じさせるものはない。

今度こそ固まって何もできないりんに向かって、咲子はさらに声を荒げた。

「別れたいって言われたのよ・・・!りんが好きだから別れたいって。私の事・・・、好きになれなかったって。私じゃ駄目だって言われた!」

「咲子、それは・・・。」

「あんたが伊藤君をたぶらかしたんでしょう!?伊藤君の事好きなのに私を応援してるフリをして影では笑ってたんでしょう!?ひどいわ!私をからかってたのね!あんたより私のほうがずっと伊藤君の事好きなのに、誰よりも伊藤君が大事なのに、なんであんたは私の邪魔をするのよ!!」








心が、砕ける。

粉々になって、もう戻らない。








『昨日ね、伊藤君と水族館に行ってきたんだ。これお土産。』

『わー、ありがとう。楽しかった?』

『うん、すっごく楽しかった!ペンギンと写真撮ったんだけどね・・・』







私はそれでよかった。君が私に笑ってくれるなら、それだけでよかったんだ。

なのに、どうして?どうしてそんな顔をするの?なんでそんな敵を見る目で私を見るの?

ねえ、私はどうすればよかったの?








喉から苦いものがせり上がり、血の気が引いたように体が冷たい。昨日の伊藤の時の比ではないくらいに、体が重くて沈みそうだ。そんなりんを睨みつけ、咲子はヒステリックに叫び続ける。

「私知ってるんだから!私と伊藤君が一緒にいるとき、りんがちらちら羨ましそうに見てたの!好きなら堂々と言えばいいじゃない!卑怯者!最低よ!!」

その言葉にぴくりと反応し、りんは俯きながら小さく呟く。

「違う、私が・・・。」

私が、好きなのは。

頭では言ってはけないと警告が激しく鳴り響いているが、りんは自分を制御できなくなっていた。

もう、止められない。

その時。





「いい加減にしなさい!」







りんと咲子以外の怒声が、一気にりんを現実に引き戻した。皆が声の主を見る。先ほどまで座って黙っていた薫が、机に両手を置きながら険しい顔を見せていた。

薫が、怒鳴った。ずっと一緒にいるりんでも、薫の怒鳴った声や怒った姿を見たことがない。その怒鳴り方も感情に任せた荒々しいものではなく、静かな声に気迫を込めた力強いものだった。

薫は冷ややかな怒りを瞳に秘めたまま、目力で咲子を圧倒する。普段物静かな印象を受ける薫が怒ったせいで、咲子は一気に怯え体を震わせた。その場にいた皆も思わず息を飲む。

「な、なによ。丸山さんには関係ない・・・。」

「確かに私には関係ない。だけど第三者の意見から言わせてもらうと、りんには何の非もない。」

それを聞いた薫が再び目をひん剥き、今度は薫に向かって金切り声をあげる。

「何聞いてたのよ!伊藤君がりんを好きだって・・・。」

「りんが伊藤君を誘惑した結果からとは限らない。それにりんが伊藤君を好きだって一言も言ってないけど?」

「それは・・・っ、私がっ、好きだって相談してたからからかうために・・・。」

「好きなら付き合うて助けなんてしない。からかってあなただけじゃなく伊藤君に嫌われた本末転倒だ。それになんのメリットもないし、りんはそんな汚い嫌がらせはしない。」

薫が咲子と対等に言い合っている様子を、りんは茫然と、あっけに取られて見ていた。

薫は冷静だった。でもりんには分かる。薫は今、とても怒っている。

「なんでそう言い切れるの!?りんの何を知ってるのよ!?」

りんはびくりと背中を震わせる。咲子にひどく自分がけなされていることがショックだった。俯き、拳を強く握りしめる。

だが薫は遠い目で咲子を見据え、響きを持たせて言い放った。

「分かるよ、私は。」

迷いがない言い方だった。りんは耳を疑う。あんなに固く結んでいた口から力が抜けていった。



「少なくともあなたより。いや、私は他の誰よりもりんの事を理解してる。」



躊躇うことなく、恥じらうこともなく堂々と言ってのけた薫に、咲子はもはや言葉も出てこない。圧倒されて気力を無くしたのか、その場に力なく座り込んだ。りんはそんな咲子に手を貸さず、虚ろな目で薫を見つめる。薫は依然咲子に視線をやったまま続けた。

「もう一度伊藤君と話し合った方がいい。あなたの言ってたことは抽象的で、単なるフラれたことによるりんへの八つ当たりでしかない。あまりにも我儘で自分勝手だよ。」

咲子は薫の言葉に反応せず、背中で言葉を受け止めていた。丁度その時、教室のドアが再び開かれる。伊藤が息を切らしながら床に腰を落としている咲子を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。

「咲子!ここにいたか。急にどこか行くから探したぞ。」

「伊藤君。」

冷たく固い声に伊藤は反応し、薫の方を見た。

「色々言いたいことはあるけど今日の所は連れて帰ってちゃんと話をすること。話はそれからよ。りんの事も、松尾さんの事も。」

その言葉にハッとしたように、伊藤はりんの顔を見上げた。赤い頬に固い表情のりんを見て全てを悟ったかのように目を見開く。その視線に耐えられず、りんは伊藤から目を背けた。その拒絶したような反応に何か言いたそうだったが、伊藤は口をパクパクさせるだけで肩を落とし、うなだれる咲子の体を支えて立ち上がらせる。そして皆の訝しげな視線の中を歩き教室を出て行った。ゆっくりとドアが閉められ2人の背中が見えなくなると、薫は椅子に座って言った。

「りん、あなたも帰っていいよ。」

「え・・・。」

「今日は集中できないでしょ?決まったら報告するから。」

もはや何も言う気力がなかった。放心状態のりんは小さく頷き鞄を手に取ると、おぼつかない足取りで教室を出る。皆は心配と動揺の色でりんの様子を見るも、誰も何も言ってこない。ぱたんと静かにドアが閉まる。誰もいない閑散とした廊下を、力なく静かに歩く音だけが響いた。夕日がいつにも増してまぶしい。目に染みて泣きそうになる。

階段を下り下駄箱まで来たとき、りんは足を止めた。遠くで部活の人達が叫んでいる声が、先ほどの咲子のそれと重なる。



『なんであんたは私の邪魔をするのよ!!』



「邪魔、か・・・。」

一番なりたくなかったものだった。自分の気持ちを押し殺してまで、私はあなたの信頼が欲しかっただけだったのに。

咲子は、りんを信じなかった。信じたのは最後まで味方でいたりんではなく、気持ちを踏みにじって裏切った伊藤だった。りんの築いてきた友情は、愛情には敵わなかったのだ。

りんは自分の下駄箱の前でうずくまる。顔を手で覆うが、細くなった瞳からは涙は出てこなかった。





そして唐突に、どうしようもなくある人物の顔が浮かび、りんは会いたい衝動を抑えられなくなっていた。

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