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4人のベルセポネー  作者: 望月 薫
第4章:あの人と死ぬのは私   
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第1話

「りんー、聞いて!伊藤君に告白して付き合うことになったの!」


中3の夏。まだ蒸し暑い夕方の事だった。

職員室から出てきたりんを、彼女は後ろから呼び止めそう言った。

瞬間に刃が深く刺さったような衝撃を顔に出すことなく、りんはその子に笑いかける。

「よかったじゃん!2年越しだもんね。おめでとう!」

きゃあきゃあと高い声を出しながら、2人は手を取り合う。閑散とした廊下に、2人の声が響いた。

「ありがとう。りんにはずっと相談に乗ってもらってたから早く報告したくて。」

照れて顔を赤らめながらも心の底から嬉しそうに笑うその子を見て、今度は重い石を乗せられたように苦しさを覚える。

だがやはり向けるのは、疑う余地のない完璧な笑顔。


いいのだ、これで。最初から叶わない願いだったのだから。

時が経てばこの気持ちもきっと忘れることができる。これでよかったのだ。


「本当におめでとう。私も嬉しいよ。」


うるさく鳴く蝉の声が、苦しそうに吐いたセリフを緩和しているようだった。







これでよかったのだ。本当に。




















遠くでチャイムの音がしたのを感じ、りんはようやく重い瞼を開けた。カーテンの隙間からまぶしい朝日が差し込んでいる。

「・・・・・・。」

ピンポーン。

頭を乱暴に掻き上げながらベッドから起き上がりおもむろに時計を見ると、時刻は10時に差しかかろうとしていた。だが今日は土曜日なので遅刻の心配はない、はずだが。

ピンポーン。ピンポン、ピンポン。

止まることなく部屋中に流れるチャイムの音。大げさに耳を押さえながら苦しそうに呻きだす。

「もー、何?休みくらいのんびり寝かせてって・・・、あれ?」

何かを忘れている。今日は何があった?

りんはまだ起きていない脳をフル稼働させようとするがうまくいかない。そしてぼんやりと壁にかかっているカレンダーを見ると、赤丸で印がつけられているのを見つける。

そして今度は机の上の携帯が激しく鳴りだした。薫からだった。携帯とカレンダー、そしてドアを交互に見つめ、そしていきなり頭の中が冴え渡ってきたと思ったら、次の瞬間絶叫を上げていた。

「あーーー!しまったあぁ!」

ドアの外で携帯を鳴らしインターホンを押し続けていた薫は、外からでも聞こえたりんの声を聞いて大きなため息を吐いた。




「あぁ、やっと来た。すみません。出してください。」

タクシーの助手席に座っていた愛美が運転手にそう言うと、車は発進した。後ろではゼーゼーと息を吐きながら駆けこんできたりんと薫がいる。そして休む間もなくりんは持参した化粧道具を取り出し、薫はまとまっていないりんの髪を梳かしにかかった。その様子を見て呆れたように肩を落とす。よく揺れる車の中でできるものだ。慣れているのかその動きにはムラがない。すぐさま下地を塗り終えファンデーションをはたくと、今度はまつ毛に取り掛かる。

「あんなに言ってたのになんで寝坊するかなあ。タクシー呼んでて良かったよ。」

「ごめんごめん、すっかり忘れててさあ。アラームかけといたんだけどいつの間にか止めてたみたいで・・・。」

「自転車で行く予定だったから余計な出費だよ。責任持ってりんがタクシー代出してよね。」

愛美が吐き捨てるように言うと、りんは慌てて鏡から顔を上げた。ビューラーを手に愛美を顔を鏡越しに見つめる。

「え、なんで?呼んだの私じゃないじゃん!」

「誰のせいで呼ぶ羽目になったのよ。」

「う・・・。」

反論できないのでりんは黙ってしまい、泣きそうな顔で薫に視線を送るが、薫もお手上げの様でただ笑うだけだった。それをミラー越しに見ていた愛美が口を開く。

「冗談よ。でも会場に着いたら飲み物くらいは奢ってよね。タクシー代は割り勘で。」

「うん!それならオッケー!」

そう言ってりんは化粧ポーチからアイラインを取り出した。






タクシーから降りると丁度開会式が終わったばかりなのか、会場から拍手が鳴り響いていた。後ろの階段からそっと駆けあがりアリーナ席に座り前を向くと、整備されたトラックの中心に人が集まっているのが目に入った。人々は思い思いに体を慣らし、それぞれの種目の持ち場に付き始めている。

皆が似たようなタンクトップに短いひらひらしたパンツを履いているので判別がつきにくい中、薫は容易く若菜の姿を捉える。

「いた。あそこ。」

指さす先には同じユニフォームを着た選手と何やら楽しく話し込んでいる若菜がいた。若菜たちの高校のイメージカラーである紫のゼッケンが映える。

「若菜ー!」

りんがメガホンを手に大きく叫ぶと、若菜が驚いたようにこちらを向いた。そして小さく顔を緩ませ大きく手を振る。りんの両隣で愛美と薫が遠慮がちに手を振ると、若菜はそれにも答えるように小さく手を振った。そして誰かに呼ばれたのか、すぐさまどこかへ走り去ってしまう。

「楽しみだね。若菜って期待のホープなんでしょ?」

メガホンを手の平で叩きながらりんは声を高くする。すると隣で愛美がりんの腕を突いて言った。

「ほら、今高跳びはやらないみたいだから今のうちに飲み物買ってきて。私オレンジジュースね。薫は?」

「私はコーヒー。りん、お願い。」

「えー、誰か来てくれないの?」

「何言ってんの。飲み物買いに行くくらい。朝ご飯まだなんでしょ?お昼のサンドイッチ少しあげるから。」

「え、もしかして私の大好きなタマゴサンドも・・・?」

「当然。」

愛美はバスケットを少しだけ開け、ぎっしり詰まったサンドイッチを見せる。するとりんの目の色が変わり、

「よし、行ってくる。」

すぐさま立ち上がって階段に向かった。その後ろ姿を見て薫はフフッと笑う。

「相変わらず単純ね、りんは。」

「助かるわ。」

バスケットをぱたんと占め、愛美はしめた表情をして見せた。










「タマゴサンド~。」

スキップをしながら階段を降り、駐車場に出る。すると競技場の壁に沿うようにいくつかの自動販売機が並んでいた。どれにしようか考えながら見つめていると、ある自動販売機の前で立ち尽くす少女に気付く。可愛らしいがま口財布を手にディスプレイを眺めている。よくよく見るとお金を入れた後の様で、ボタンがチカチカと点滅している、そして見ているのは上の方。小柄な少女では手が届かない所にあった。

りんは笑顔を作り少女に近付くと声をかける。

「何が欲しいの?」

突然かかった声に驚いたのか、肩を大きく震わせて見開いた目をりんに向けた。だがりんは変わらず笑顔を崩さない。相手が自分の返答を待っていると気付いたのか、少女はか細い声で上を指さす。

「あの・・・、アイスココアが欲しくて・・・。」

するとりんは頷きディスプレイに目をやると、一番上の右端にあったアイスココアのボタンを押した。ガコンと音を立てアルミ缶が出てくる。体を屈んで缶を手に取ると、少女に差し出した。

「はい、どうぞ。」

少女はりんと缶を交互に見つめ、ゆっくりとココアを受け取る。そして嬉しそうに両手で包むと、俯いていた顔を上げ笑顔を作った。

「お姉ちゃんありがとう。」

ぺこりと頭を下げ踵を返し、小走りで駆けだしていく後姿を眺めながら、りんは小さく呟いた。

「アイスココア・・・、か。」

そしてりんは茫然とアイスココアのディスプレイを見つめお金を入れると、隣のコーラのボタンを押した。

















夏の暑い日だった。まだ小学生で『テリトリー』での仕事をしていなかった頃。午前中に『訓練』を終え、4人で外で遊んでいた時の事だ。喉が渇いたとりんが言うと、薫が自動販売機に行って買ってきてくれたのがアイスココアだった。4人でそれを回し飲み、笑いながら話をした。話題はその日の『訓練』の片岡の言葉になった。

『なんで人は死を恐れると思う?それぞれ考えてみろ。』

「なんでだろうね。そう言えば考えたこともなかったね。」

「痛いからじゃない?」

「でもそれって一瞬だよね。死んでからも痛いのかな?」

木陰で体を寄せ合っている子供達はそれぞれに考えを巡らせていた。うるさいくらいに鳴く蝉の音にも臆することなく、甲高い声が木霊する。

「天国に行けないからじゃない?地獄で舌を抜かれちゃうのが怖いとか。」

「でも犯罪者じゃない人でも死ぬのは怖いよ。天国でも行きたくないってことじゃないの?」

「そっかー。じゃあ美味しいものが食べられなくなるとか?」

「それりんだけだよ。」

するとずっと黙っている薫に気付き、若菜は尋ねる。

「ねえ、薫はどう思う?」

問いかけられてもすぐに反応しなかった薫はしばらく考えた後、落ち着いたハスキーボイスで言った。

「私はね・・・。」

直後に薫の語った内容は、私達をひどく納得させるもので、とても衝撃を受けたことを覚えている。

薫の考えが、それからの私達の死に対する基盤になっていった。そしてその時交わした、4人だけの生涯の約束が、私達を繋ぐ強い絆として出来上がっていったんだ。







私にとってアイスココアは、4人での約束の味。そして・・・。



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