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4人のベルセポネー  作者: 望月 薫
第3章:ピアスで隠せるものなら
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第5話

部室のドアを開けると、なにやら盛り上がっている話し声がした。若菜が入ってきた物音でそれは止まる。見ると、理沙たちが輪になって話し込んでいた。その中心には、学校のゴシップに詳しい真理がいる。さほど広くない部室に5,6人が固まっているのは暑苦しく感じるが、いつもの事なので誰も何も言わなかった。

「あ、若菜。丁度良かった。今ハリセンの話してたの。」

「ハリセンの?」

若菜が椅子を引きずりその輪の中に入ると、真理が顔をにんまりと笑わせる。

「若菜が来るの待ってたんだよ。あんた危ないんじゃないかって言ってたんだから。」

「?話が読めないな。一体どんな噂?」

「ハリセンが前いた学校の子から聞いたんだけどね。」

真理は他の学校に必ず一人は知り合いがいると思わせるほど、顔がとても広い。初回限定の漫画を買い忘れたとぼやくと知り合いにお願いしたと言って譲ってくれるし、合宿に行くことになったら電話一本で格安でお得な旅行プランを提供してくれた。テスト情報を聞けばそれはもう詳しく教えてくれる。いったいどこから情報を仕入れているんだ?と思うほど、それは正確で細かい。そして嘘偽りがないのがすごい所だ。情報の信憑性においては薫といい勝負だ。

「噂なんだけどね、ハリセンって昔なんかやらかして警察沙汰になったことがあるらしいよ。」

「やんちゃなお年頃だったらあってもおかしいことはないけど。」

「違う違う。教師になってからよ。」

真理は大げさに首を振る。

「それもね、女子生徒に手を出したんだって。人気のない教室に呼び出していきなりガバッと!」

真理が腕を上げ襲う仕草をすると、周りの女子達がキャーッと声を上げた。

「ま、噂だけどね。大事になったから名前も変えてるって言われてるけど本当かは分からない。」

「もー、驚かさないでよ真理ー。」

けらけらと笑う女子達をしり目に、若菜は興味深そうに頷いた。


ハリセンは不細工でもなければ美形というほどでもないし、太っている訳でもやせ細っている訳でもなく。でも柔らかい人当たりにそれなりにノリが良い所があるので普通に生徒から好意は持たれていた。ただ、人の悪い所を見つけては一言浴びせる所があるが。

「でも噂ってなにかないと立たないから何かしでかしたのは確かなんじゃない?」

「冷静に分析しないで若菜。なんだか怖くなってきた。」

「で、若菜。あんたよく呼び出されてるんだから気をつけなよ、って言いたかったの。」

びしっと若菜に指さし、真理は高らかに言った。

「そうそう。若菜ってクールでその手の男子に人気あるんだよ。」

「陸上部のエースだし。」

次々とそう口にする女子に、若菜は首を傾けた。

「んな訳ないでしょ。皆大げさだよ。」

「まあ鈍いあんたなら大丈夫かもね。さばさばしてるし。」

溜息をつきながら理沙が言った。

「あんたはもっと女子力をつけなさい。中身は男っぽいしそこも魅力的なんだけどねえ。」

「余計なお世話だ。」

若菜がびしっとそう言うと、どっと笑いが起こった。














だんっ。だんっ。

最後の一体を倒し、薫はだらんと腕を下ろした。見慣れた「Complete」の文字が画面に映る。前回よりスコアは伸びなかったが、まあ悪くはないタイムだ。

1人でもよく来る行きつけのゲームセンターでは、ほとんどこのシューティングゲームしかやらない。たまにりんと来て他のゲームに誘われてやることもあるが、やはりこのゲームが一番しっくりくる。

もう一回やろうか悩んでいると、隣でチャリンと100円玉を入れる音が聞こえた。隣を見ると、こっちを見て微笑んでいる男がいた。

それでしばらくゲーム機を独占していることに気付き、薫は男に譲ろうと置いていた鞄を手にした。するとまさかの男から声がかかる。

「君、『IKUKO』でしょ。これのランキング総なめにしてる。」

鞄を肩にかけ今まさにその場から立ち去ろうとしてた薫は、ぴたりと動きを止める。そしてゆっくりと表情のない顔を向けた。

年は同じくらいだろうか。黒のシャツにネイビーのジャケットを身に着け、薄めの色のジーンズにデザイン性の高いスニーカーを履いていた。はだけた首元から細い金色のネックレスが癪に障るが、平均より整っている顔立ちに、少しだけかけられているウェーブがどこかいい育ちの青年を思わせた。

薫が黙っているのを気にすることなく、男は再び口を開く。

「俺もこれ好きなんだけど、『IKUKO』には勝てなくてずっと探してたんだよねぇ。見たことない?『RUI』って名前で一回ランクインしたんだけど。」

その名前には見覚えがあった。最近まで3位の位置にあった名前だ。しばらくして薫が上位3位を独占したので名前は見なくなった。

薫がぴくっと眉を動かしたのを見て男は確信したのか、ゲーム機を親指で指して言った。

「ちょっと対戦しない?奢るし。」

「結構です。」

考えることなく即答すると、薫はそそくさと出口に向かって歩いていく。


なんだ、あいつは。馴れ馴れしい。ゲームセンターだからああいう輩がいるのは知っていたが、絡まれたのは初めてだ。

ゲームセンターの外に出る。爽やかな空気を吸い込んだ時、ゲームセンターの空気はいかに濁っているか常に思い知らされる。先ほどの出来事もあったからなおさらだ。

男が追ってこなかったのが幸いだった。ガラス越しに見ると、対して気にすることなくゲームを楽しんでいる。どっちにしたって男もここの常連らしい。またいつか会うかもしれない。

「しばらく来ない方がいいか・・・。」

数少ない休息の地を奪われ、薫は肩を落とした。


が、耳に入ってきた機械音に、すぐさま背筋がしゃんと伸びる。顔を上げ辺りを見渡すと、歩行者天国である道に一台の救急車が入ってくる所だった。人々は慌てて道を開け、そこをうまく救急車がすり抜けていく。

赤いランプと甲高い音がその場にあまりにも溶け込んでいないのが不思議だった。救急車は薫の目の前を通り過ぎ、やがてある小さなビルの前で止まると、担架を持って出てきた救急隊員達がビルの中に駆け足で入っていった。たちまち近くには野次馬の群れができる。薫は遠くからその光景を見つめていた。目を細め、冷たい目を向ける。すると近くで人ごみを見ていた二人組が話し始める。

「何々?どうしたの?」

「なんでも急に誰かが発作起こしたらしいぜ。それも結構な有名人だってよ。」

「えー、芸能人とか?テレビとか来ないかなあ。」

「ちげえよ。国のお偉いさんだとよ。」

「なあんだ。私難しいこと分かんないや。なにか食べに行こうよー。」

2人がその場から遠ざかるより先に、薫は人ごみと正反対の方へ歩き出す。


響き渡る、サイレンの音。現在のものと過去のものが交差して聞こえる。歩くたびの過去の音が大きくなる。それ同時に聞こえる、か細く泣く声。赤く汚れたテディベアのぬいぐるみ。擦り切れて痛む膝。

「・・・・・・忌々しい。」

鞄からイヤホンを引出しiPodのボタンを押す。お気に入りのバンドの激しい音にかき消されるように、サイレンの音は完全に耳から離れていった。


















担架に乗せられてビルから出てきた男の左耳にほくろがあったことなど、薫は知る由もなかった。




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