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4人のベルセポネー  作者: 望月 薫
第3章:ピアスで隠せるものなら
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第3話

『遅かれ早かれ死ぬのは同じなんだから逃げないで欲しいんだけど』

 耳越しに聞こえる向こうでマシンガンをぶっ放しながら若菜が言ったのを薫は苦笑して聞いている。

『走るのは嫌いだって言ってるのに。結構大変なんだから、これ担いで走るの』

「相手はそんなこと知ったこっちゃないでしょ」


 だんっ。

 1人。


 広い閑散とした倉庫なので銃声がよく響く。

『そうだけどさ、なんでそこまで必死になるんだろうね。身から出た錆なのにここまで抵抗する意味が分からない』

 幼い頃から死ぬことを恐れずに教育を受けてきたから素朴な疑問だろうと、薫は思った。

 自分の命の危機に恐れを感じた時、暗殺者として仕事を全うできなくなる。私たちはそういう世界で生きているのだ。

「死を恐れる人間は愚かな臆病者でしかない」

『間違いないね』

 若菜は笑う。


 だんっ。

 2人。


 目の前の男の体が大きくのけぞり音を立てて倒れた時だった。いきなり現れた気配に、薫は眉を寄せて振り向く。

 赤い月を背にして悠然とたたずむ影。ドアがない広い入口に複数の男たちが立っていた。ざっと20人はいるだろうか。

 銃口から煙を出ているまま腕を下ろし、大勢の影の先をじっと見据える。すると下世話な笑い声を発し、不自然に体を動かした。まさしく獣の目だ。そえもひどくたちの悪い、骸を好んで食らうハイエナのようだ。いつも相手にする標的と違い、その瞳は勝ち誇った歪んだ光を放っていた。

 典型的な集団の倫理がそこにあった。どんな弱者でも、集団も味方につければ自然と勝ち気になる。

 無駄だというのに。しょせん獲物は獲物だ。

「見つけたぞ。お嬢さん。ちょっと調子に乗りすぎてるんじゃないか?」

「俺らだってなあ、ただやられるだけじゃないんだよ。大勢ならそんな銃一つで何もできないだろう」

 全員でじりじりと近づいてくる。囚人服の袖をまくり腕を回し、わざと指で太い音を出し、大股開きで来るやつもいる。

「俺らも馬鹿じゃないんだよ。4人の中でお前が一番手薄なのは分かってるんだ。標的を見つけたら1人になる。その隙を狙ってたんだよ」

 下ろしていた銃を持っている腕を上げようとすると、また声がかかった。

「おっと。抵抗するなよ?俺らは強いぞ?柔道の有段者もボクサーも武道全般マスターしてるやつもいる。それだけじゃねえ。俺達は力に自慢があるやつばっかりだ。お前の細い首なんかポキッだ」

 薫はついと目を細める。男たちの中に、首輪を赤く光らせた奴が1人いた。だが先程始末した奴と違い、恐怖はおろか余裕さえ感じられた。それが僅かに疎ましさを仰ぐ。

「さんざんいたぶってやるよ。そしてここから出る方法を吐かせてやる。痛い目会いたくなかったら大人しく教えといたほうが……」


 だんっ。


「がっ!」

「……え……?」

 先頭に立っていた男の足に銃弾が吸い込まれたと思ったら、とっさに出たわずらわしい叫びが響いた。

 男達は何が起こったのか瞬時に反応できず間抜けな表情をしている隙に、薫は他の男たちに狙いを定めて引き金を引いた。


だんっ。だんっ。


「ぐあっ!」

「ぎゃっ!」

 2人の男が撃たれた膝を抱えるようにしてその場で転がる。そこでようやく状況を理解したようだ。拍子抜けした顔が見る見るうちに怒りと憎しみで歪んでいく。太い血管が浮き彫りになってる男もいる。

「てめえ……。覚悟はできてるんだろうなぁ」

「……」

 驚くほど低い声で発せられた脅しをもろともせず、薫はコルト・パイソンをまるで左手の薬指にはまった指輪を光にかざして輝きを楽しんでいるように、頭上に少し上げて黙って見つめる。そして何事もなかったように制服のポケットに入れた。それを見て1人の男が口を開く。

「はっ。弾切れってか。打つ手がないな」

 撃たれた個所をいまだ抱えて悶えている奴を一瞥し、他の男が言う。

「覚悟しろよ、お嬢さん?」

 無気力な瞳を向けて、薫は男たちに向き直る。その眼はどこか遠くを見据えていた。



「薫?ねえどうしたの?」

 マシンガンから伝わる熱を感じながら、若菜は突如応答しなくなった薫に呼びかけた。

 薫の返事の代わりに、耳の向こうで男たちの怒号が聞こえた。地面を擦り、何かを打ち付けるような鈍い音。その中に僅かに木が折れたのような音がした。

『あぁ若菜?ごめんごめん。』

 ようやく聞こえた薫の声は途切れ途切れで、だがいつもと同じ淡々とした口調だ。

「何やってるの?そっち騒がしいんだけど」


 がんっ。ぐきっ。どっ。


『あー、『ブドウ』を引き当てちゃってね。』

「え、また?薫多くない?」


 ぼきっ。どん。がっ。


『お、おいこっち来るな、来るなよ……。』

 聞きなれた男の怯えた醜い声。

『私が一番目立つ武器持てないからでしょ。単純というかなんというか。』

「馬鹿ってはっきり言っちゃったら?実は薫が一番強いのにね」


 ばきっ。ごんっ。


『おい、皆起きろよ。なんでこんなガキにやられて……。おい、お前黒帯だって自慢してたじゃねぇか。おい……!』

『勘違いしているようなので教えておきます。』

 標的に向ける冷ややかな声だ。薫が腰を抜かしている奴を見下ろして立っている様子が想像できた。

『人を殺すのに強い弱いは関係ない。勝敗など必要ない。どれだけ腕に自信があろうとここではいかに殺しのテクニックがあるかです。形やルールに縛られた武道の型など読むのは安易なので役に立ちません。』


がこっ。


 何か鈍い、外れたような音。

『若菜、一応終わったら来てくれない?』

「もう向かってる。走るのは嫌いだけどね」

『さすが。』

 薫のセリフが肉声と交わる。工場の入口で足を止め中を見た。

 大勢の男たちがか細いうめき声をあげ倒れている中に一人だけ、平然と立つ薫がいた。ぶらりと下がった拳に血が飛んでいて、制服のあちこちが汚れている。だがその血は決して薫のものではない。辺りを見渡すと、コンクリートの壁にいくつもの血跡があった。

 弱り果てた蛇のように小さくうねる男たちの体は、さまざまな部位が異様な方向に曲がっていたり、顔から派手に出血して声を出すにも出せない状況の奴もいる。だが皆かろうじて息があるのは見て取れた。皆が薫を恐れ、脅威の目で見る。

 異様な光景の中で、薫は孤高で苛烈な魅力を放っていた。耳に黒髪を掻き上げる。

「あたしが来るまでもなかった?」

 薫は何も答えず薄い笑いを若菜に向けた。

 標的以外は殺さない。だが外傷を与えてはいけないというわけではない。死なない程度に、だが確実な激痛を与える。それが薫のやり方だった。

 薫はうめき声をあげている男たちの中を歩き、一人の男の襟を掴み仰向けにした。男の首には赤いランプが光っている。そしてポケットからコルト・パイソンを取り出すのを見て男はひっと悲鳴を上げるが、すぐに弱い笑いを向けた。

 それを流し目で見て薫は小さく呟く。

「……誰も弾切れなんて言ってないんですけどね」


 どんっ。



「やっぱりちょっと不便じゃない?」

「何が」

 向かいに座る薫の顔の血を拭いながら、若菜はため息をつく。

 今日は2人だけの出勤だったので部屋には他に誰もいない。皆の私物が散乱している部屋に似つかわしくない、大きな鎌と刀が立てかけられていた。若菜はそれらにちらりと視線を送る。

「あんた『ブドウ』に狙われやすいんだから、業物の一つくらい持ってなよ」

「大丈夫よ。今日も全員どこかしら折ってやったから」

「でもさ、毎回それじゃいくらあんたでも疲れるよ」

 乱暴にタオルを当てたので、薫が僅かに顔を歪めた。

「やっぱりあの刀じゃないと駄目なの?それならあげなきゃ良かったのに」

「そういうわけじゃないよ」

 若菜の手からタオルを取ると、薫は苦笑しながら手の血を拭う。

「あの刀は確かに素晴らしかった。でももう私のものじゃない。あれは愛美のものだよ」

 昔を懐かしむような、穏やかな響きを持っていた。

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