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4人のベルセポネー  作者: 望月 薫
第3章:ピアスで隠せるものなら
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第1話

「遅い」

 そのまま直帰できるはずが、指令室に寄るように言われた4人は並んで黙っていた。無表情を貫き、ただ声に耳を傾ける。

 恐ろしく整頓され埃一つない部屋は、さらにその場の空気を重いものにさせていた。

 正面の大きなデスクに腰かけ、直立する4人を細い目で見ながら、片岡大介は再び口を開いた。

「平川、薫。たった2人だ。それだけにどれだけ時間をかける。ゆっくりお茶でも飲んでいたのか」

 声を荒げることなく、冷ややかな声音で淡々とそう告げる片岡に対し、名指しされた二人は沈黙を貫く。

 4人に指示を出し、統括する片岡大介に対しては、4人はいつものようにはしゃぐことはない。仕事以外は全く関わらず、人情も尊敬のかけらも与えることがない片岡は、4人を武侮蔑的な目で見る。ささいな出来事があれば呼び出し、その度に落ち度を攻撃的に責める。初めは反論していたが、理不尽であれ的を得た発言と威圧感に負け、結局耐えるしか道はないという結論に至った。

 それだけならいいのだ。それだけなら、いくらでも耐えられるのだが……。

「申し訳ございません。いろいろと不都合なことが起きまして」

 薫がそう言って軽く頭を下げても、その口調はまったく変わらない。

「不都合、ね……」

 薫をじっと見つめると、片岡はフッと鼻を鳴らして立ち上がった。

「じっくりお前の口から聞こうか。後は帰っていいぞ」

 その言葉に、りんの肩が一瞬だけ震える。愛美が分からないように後ろからりんのジャケットを引っ張った。薫は表情を変えることなく顔を上げた。

「……失礼します」

 若菜はそう言うと、静かにドアを開けた。それについて行くように、愛美、りんと続く。

 だが3人は大きく重厚なドアがゆっくりと動き、薫の横顔が見えなくなるまで廊下に留まっていた。

 冷たく広い廊下に、容赦なくドアが閉まる音が響いた




「弾が一つないな」

 薫のコルト・パイソンのリボルバーを確かめ、片岡は言った。

「標的は1人。お前はいつも的確に急所を狙うから一人一発で片がつく。なのに二発足りない。どういうことだ?」

 先程より誘発的な響きを持たせる片岡に、薫は淡々と言い放つ。

「他の受刑者が混乱して襲いかかってきまして。威嚇に使ったんです」

「お前ならそんなことをしなくても片付けられたんじゃないのか?」

 薫は答えない。片岡は気にすることなく銃を元に戻す。

「まあ、別にいいがな」

 大きな椅子を引き立ち上がると、ゆっくりと薫の正面に立つ。視線を床にやっていた薫は驚くこともなく顔を上げた。

 向けられた大きめの瞳に、片岡は満足そうに鼻を鳴らす。

「お前の髪は本当に綺麗だな」

 肩にかかっていた髪を一筋すく上げ、なめらかで艶やかな光を楽しんでいる。

 薫は何も言わず、ただゆっくりと目を閉じた。



「私のせいだ」

 マンションへの帰り道、愛美は肩を落として頼りなく進んでいた。

「私の勝手な行動でまた薫に……」

「愛美。そういうことは言わない約束でしょ」

「そうだよ。薫も愛美のせいだって思ってないよ」

 若菜とりんがそう言うも、愛美の気は晴れない。

「辛いよ。薫だけがされるままになってるなんて」

「薫はあいつの『お気に入り』だからね。なんとかしてあげたいけど……」

「本当に許さない。上司じゃなかったら半殺しもいいとこだよ」

「りん、それ冗談に聞こえないから」

 それからしばらく沈黙が続く。今この時間、薫が弄ばれていると思うとやり切れない気持ちが募る。

 しょぼい電灯が次第に立派な明かりをともす電灯に変わり、見慣れた住宅街に入った時、若菜がぽつりと言った。

「あたし、あいつ嫌い」

 いつになく真剣みを帯びた声に、愛美とりんは若菜の顔を見る。

「若菜?」

「嫌いだよ、あいつは」

 2人が首を傾げ目を合わせる中、若菜は少し早足で進んでいった。




「お前は捨てられたんだ」

 小学3年生の時、1人呼び出された若菜に片岡は言った。

 いつも一緒にいる薫たちがいない上、睨むような視線にいつも怒っているような表情を向ける片岡が怖かった若菜は、怯えて小さく座っていた。

「お前の父親は有名な医者で、母親はその不倫相手だったんだ。お前にはまだ意味が分からんかもしれんが」

 自分の指をせわしなく動かし、片岡は続ける。当時の若菜には大きい皮の椅子は、冷たくじっとりとしている。

 白い壁。大理石のテーブル。複雑な模様の絨毯。本棚に並ぶ分厚い本。

「お前の母親はな、一度は捨てられたのにもかかわらずその男を忘れることができなかった。だから邪魔なお前を捨てたんだ。寒空の下、丘の上に立つ小さな孤児院に」

 何を言っているのかその時は分からなかったが、良い話ではないことは感じ取れた。

 閉じきったブラインドのせいで、部屋は光がささず冷たい空気が立ち込める。

 嫌だ。早くここから出たい。みんなと遊ぶんだ。

 もじもじと若菜が動いていることに気付き、片岡は口だけで笑う。

「その耳たぶのほくろ。あの男と同じだな。金を払えばなんでもする、女たらしのあの男と」

 一言一句脳裏に焼き付いた片岡の言葉。

 なぜ片岡がそんなことを話したのかは分からない。

 だがその言葉の意味を理解するにつれ、両親への疎ましさが芽生えたのは確かだった。



「溜息ばっかついてて全然進んでないぞ」

 速秋が肩肘をついて言った。愛美はハッとしたようにノートを見る。

「考え事するなら勉強はできないぞ」

「ちゃんとやるよ」

 結局その日は勉強する気になれず、次の日速秋に付き合せている。

「さすが歴史好きというか、頭よかったんだね」

「神話ものなら完璧に覚えてるのに勉強はできないとは思わなかったよ」

 テスト前なので部活はない。授業が終わり皆さっさと帰っていったので教室には2人だけだった。

 まだ日は高く、教室にいてもじっとりと汗をかく。

「で、ここはこの公式を当てはめて……」

 速秋が説明しているときに何気なくグラウンドに目をやると、丁度若菜の体が浮いていた。

 その飛んでいるフォームがとても綺麗で、愛美はその様子をじっと見つめている。

「おい聞いてるか?あ、工藤さんだ。またやってるのか」

 愛美の視線を追い、速秋は言った。

「そういえば若菜と同じクラスだっけ。部活も同じだよね」

「まあね。俺は800mだけど」

 速秋も一緒に、外でバーを飛び越える若菜を見ながら言った。

「工藤さんを見るとさ、才能のある人ってこういう人を言うんだなあって思うよ。他の人より群を抜いてる」

「そんなもんなの?私は違いが分からないけど」

「ただうまいってやつはたくさんいるけど、比べるとやっぱり違うよ。伸びシロがある感じ。ただ……」

 これまで流暢だった速秋の口調が鈍る。

「いつも見て思うけど、なんというか、必死なんだよな。まるで地面より宙を漂ってたいって感じで」


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