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4人のベルセポネー  作者: 望月 薫
第2章:魔法戦士に憧れて
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第7話

 濃い線香の匂い。まとわりつく煙を感じながら、愛美は呆然とその光景を見ていた。

 すすり泣く声が当たりに木霊する。よく分からないお経がそれに合わさって幻想的にさえ聞こえる。

 暗く重い会場とは対照的に、写真の中で満面の笑顔をする、一人の青年。

 その周りは花で飾り立てられ、まるで天国から舞い降りてきたようだった。

 隣に座る緑が暗い顔を隠すように俯いている中、愛美はずっと前に座る紗恵の顔に焦点を当てた。

 真っ赤に目を腫らし、悲痛の面持ちで正面の写真を見つめている両親の隣で、紗恵は静かに座っていた。

 泣くことも喚くこともせず、感情を読み取ることができない表情は逆に痛々しく感じた。

 恐ろしく冷たく、沈んだ面持ち。濁った大きな瞳。


『紗恵はブラコンだよね。』

 いつかに嫌味でなくそう言った愛美に、紗恵は笑って誇らしげに言った。

『そうよ。私は兄さんのこと大好きだもの。』

 もう紗恵があんなふうに笑うことはないだろうと、愛美はどこかで確信していた。

 あぁ、それはなんだか嫌だなあ。

 なんでそうなっちゃったんだろうなあ



 ほんと、余計なことしてくれるよね。




 ひきつった顔を浮かべながら、里中は震える手で2人を指さし言った。

「み、見たぞ。お前ら人を殺したな」

「それが?」

 切っ先を向けたまま歩み寄る愛美に思わず後ずさるも、負けるものかと声を張り上げた。

「俺も口封じに殺すってか?そんな簡単にやられて……!」

「そのつもりはない」

 そう言うと、腕を下ろし刀を鞘に納める愛美を見て、里中はおびえながらも無理に顔を笑わせて言った。

「そ、そうだ。賢明な判断だな。俺は2人殺してるんだ。そいつみたいに簡単じゃねえよ」

「……」

「交換条件だ。このことは黙っといてやるからここから出る方法を教えろ。刑務官だと思ってた奴らにこんな気味悪い所に連れてこられてこっちはイラついてるんだ」

 自分が優位に立ったと思ているのか、里中は上からものを言う態度を見せた。嫌な余裕を見せ、2人を侮蔑の瞳で見つめる。


『何でなの?なんであいつは今でものうのうと生きてるの?』


 あぁ、こんな奴にかつての沙恵は殺されてしまったのか。

 本当に腹立たしい。



 愛美は薫の方を振り向いて言った。

「どうする?」

「教えてあげるのが親切ってものよ」

「そうだね」

 そして再び里中の方に向き直る。

「いいよ。教えてあげる」

「おっ。聞き分けがいいな。安心しろ。俺は口が堅いんだ。ここから出ても何にも言わねえよ。早くこここからで出たいぜ」

「死ねばいいの」

 笑ったままの表情で里中の顔が固まる。だが右頬だけが痙攣して動いているのが見て取れた。

 構わず愛美は続ける

「死ねばいいの。それ以外にここから出る方法はない。簡単でしょ?」

 里中の顔が歪み、歯を噛みしめている。ただでさえ目つきが悪いのに、さらにぎらついた怒りの目を向けてきた。

「てめえ。調子のってんじゃねえぞ」

「本当の事を言ったまでよ」

 その言葉が決定的だった。里中はかっと目を見開き拳を振り上げる。あと少しで愛美の頬に吸い込まれる瞬間だった。



だんっ。



 聞きなれない音を拾った瞬間、左耳が激しく熱を持つ。そして擦る痛みが襲った。

「ぐあっ!いってぇーーー!」

 予想していなかった激痛に、思わず腕を下ろし左耳に手を当てた。生暖かい何かが手を濡らす。

愛美の後ろに控えていた薫の手には、静かに銃口から煙を出す銃が握られていた。

「あぁ、一発無駄にした」

「いってえーー!いてえよー!ああぁぁ!」

 地面を転がりながら喚く里中を見て、愛美は舌打ちをする。

 うるさいな。ちょっと掠っただけで大騒ぎしすぎなんだよ。これだからボンボンは。

「く、くそ……。やりやがったな!」

 情けない涙目で、なおも左耳を抑えたまま里中は立ち上がった。

「……ねえ薫。2人目の被害者の外傷ってどんな感じだったけ?」

「まず背中に6つ。肺と腎臓の辺り。それから致命傷の心臓に5つ。あとはお腹をひらすらに」

 それを聞いて里中の顔色がさあっと引く。

 愛美が頷きながら懐から大ぶりなナイフを取り出した。

「お、おい。なにするんだよ。なあ……」

 里中はゆっくり後ずさるも、混乱と恐怖と何かが頭を駆け巡ってうまく体が動かない。

 ナイフのケースを取る。赤い光に照らされて刃が輝く。


『あんなやつ、死ねばいいのよ!!』


 そうだね、沙恵。

 こんなやつ、死ねばいいよ。



 がんっ。



 ナイフは尻餅をついた里中の頬を掠め、背中の木製のコンテナに突き刺さっていた。

「あ……あ……」

 里中は声も出ない。目の前で強い視線を向ける愛美が言った。

「お前はここから一生出られない。時が来たら私があんたと同じやり方で殺してあげる。それまで思う存分喚くがいいよ」

 もう、里中は何も言ってこなかった。恐怖で顔を歪めて動かない。

 涙を流しながら恐怖で笑っていた。壊れたおもちゃのようだ。

 愛美はナイフを引き抜き立ち上がると、薫に笑顔を向けた。


「さあ、帰ろう」




『悪者はいなくなった。再び平和が訪れた。』


 あぁ、このセリフが言えるのはまだまだ先だなぁ。


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