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4人のベルセポネー  作者: 望月 薫
第2章:魔法戦士に憧れて
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第6話

 名前を聞いても、愛美はあまりピンとこなかった。だが『速秋』とう言葉はどこかで聞いたことがある。

「もしかして……『速秋津比古神(はやあきつひこ)』の速秋?」

 速秋は途端に嬉しそうに声を高くした。

「そう。よく知ってるな」

 速秋津比古神は、日本神話に登場する伊耶那岐(いざなぎ)伊耶那美(いざなみ)が神を生み出したという『神産み』の際、港の神として誕生した神である。

 この神は速秋津比売神(はやあきつひめ)と男女一対の神で、水戸(みなと)の神であり、禊の神様でもある。比古神は河を、比売神は海を司ると言われている。

「うちの両親が大学で日本神話や歴史を教えてて、子供の名前にも神の名前を付けたんだ。速秋津比古神と速秋津比売神は2人で1つの神様だろ?だから将来いい人と結婚出来ますようにって願いがあるんだって」

「にしても珍しい名前ね。神話好きの人が聞いたらすぐに飛びつきそうな名前」

「俺も神話が好きだからな。この名前気に入ってるんだ」

 速秋は楽しそうだった。話が合う仲間を見つけて共有できたことが嬉しいのだろう。

 愛美もわずかに顔が緩む。一人で熱中するだけでいいと思っていたが、いざ分かる人がいると面白いものだ。

「いつか比売神を見つけるってわけね。でも二人は兄妹よ。案外近くにいたりしてね」

「そう思う?俺はやっぱり海にいると思うけどな」

 自然に目の前に座る速秋を咎めることなく、愛美はノートをぱたんと閉じた。




「で、課題もそっちのけで話が盛り上がって吉田さんに追い出されたってわけ」

 若菜が呆れたように言った。

「馬鹿だね」

「いや、アホだね」

「え~、間抜けの方がよくない?」

 思い思いに言葉を放つ3人に、愛美は刀身の向こうから睨みつけた。

「じゃあ誰か相手してくれるっていうの?みっちり教えてあげるよ」

「すみませんでした」

 真っ先に頭を下げたりんを見て、皆笑った。

 シリンダーに弾を入れ、安全装置がしっかりかかっていることを確認すると、薫は内ポケットにしまう。

 愛用のリボルバー式のコルト・パイソン。

「てなわけで課題が終わってないの。薫、この哀れな私を助けてくれない?」

「まあいいよ。今日は早く終わりそうだし」

「愛美、たまには私が教えてあげようか?数学得意だよ」

 刃先を綺麗に手入れしながら、りんは自分を指さし言った。それを愛美が手を振って拒否の意を示す。

「りんだとどうしても話が逸れちゃうんだよねえ。現実逃避しちゃうのよ」

「あ~、確かに。あんたは自分の話しすぎ。もはやお茶会になっちゃうね」

 機関銃につけられているベルトを軽々と肩にかけ、若菜は軽く鼻で笑った。

「え~、どういうことよそれ。私は真面目にやってるよ」

「いや、賢いことは認めるよ。ただ盛り上がっちゃって勉強にならないの」

「そうそう。薫はそこんとこ真面目だからこっちもやらなきゃって思うんだよ」

「そう、その通り」

 愛美と若菜が頷き合っているのを、りんは大鎌の刃先を丁寧に布で拭きながら納得がいかないような目で見つめる。

「いいもん。別にいいもん」

 わざとらしく頬を膨らませるりんに、薫は小さく笑いかける。

「そんなにむくれないの。終わったら愛美が特製ミルフィーユご馳走してくれるって」

「え、本当?」

「ちょっと薫。なんで私がミルフィーユ作ったの知ってるの?」

「昨日ミルフィーユの作り方検索してたじゃん。履歴に残ってたんだよ」

「やったー。愛美のケーキ大好き!」

「じゃあ皆で愛美の家に転がり込むか。ついでに晩御飯作ってよ」

「え、ちょっと何勝手に……」

「はい決定。そろそろ時間だから行くよ」

 薫が手を叩き立ち上がる。

「もう、皆勝手なんだから……」

「さあ、愛美の手料理が待ってるんだから、ちゃちゃっとやっちゃいますか」

「駄目よ。私鬼ごっこがしたいんだから」

「はいはい。思う存分走り回ってください」

「薫、返事が適当だよー。ひどいなぁ」

 並ぶ4つの影はドアに向かって歩く。まだ幼い影に不釣り合いな形の影が付く。それは月の形をしていれば、細長い棒のような形もある。

 薫がドアノブに手をかけると、その影は瞬く間に赤みを帯びた。


「全ては正義の名の元に」


 薫の言葉を皮切りに、4人は駆けだした。






 後ろを振り返りながら必死に逃げる男だったが、足がもつれ派手に転んでしまう。愛美はその隙を逃がさず刀を男の首筋に振り上げた。

「ぎゃ!ああぁーーー!!」

 叫びと共に血飛沫が噴き出す。的確に脈を切り裂いたので瞬く間に顔が青くなっていく。

 愛美はその様子を黙って見ていた。

 男の血にまみれた首輪が赤く点滅していた。それはどす黒い血の赤に紛れることなく、LEDの人工的な光を放っていた。

 対象者の証。死刑執行の判断が下ると、沈黙していたランプが赤く光るのだ。

 それは死への警告。狩人に対する獲物の目印。今いる世界の別れへのカウントダウン。

「愛美。終わった?」

 薫が駆け寄ってくる。手には愛用のコルト・パイソンが黒く光る。

 愛美は愛刀・軻遇突智かぐつちを振り、付いた血を払った。

「終わったよ。そっちは?」

「怯えて腰砕けになってたから楽勝。向こうも終わったって」

「じゃあ帰ろうか」

 2人が頷き合ったその時だった。


「で、あなたはそんな所でなに固まってんの?」

 薫の言葉にその影はびくりと体を震わせた。愛美は刃先をその影に向け、強い眼光で睨みつける。

 先程穏やかな表情で話していた2人の顔が鋭いものに変わる。

 ビルの影に隠れて、2人を怯えと恐怖の顔で見つめて、震えている里中の姿があった。


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