プロローグ
『緊急速報です。我が国に怪物が現れました。怪物です。政府は今日まで隠していたようです。繰り返し伝えます。我が国に怪物が現れました』
『怪物は世界各地に出現しておりたくさんの人々を殺して回っているようです』
『私たち、ΩσTVは自らを犠牲にしてでも国民の皆様に事実を伝えます。この情報は政府は公表しません。ですが信じてください。これは真実なのです』
『国民の皆様は外に出ず、怪物から隠れてください』
『繰り返します。我が国にかいぶつがっ・・・・・・・・・・』
『ピ--------------------』
『ザアアアアアアアアアアアア』
そんな嘘みたいなニュースが流れ早10年。
世間はそんな誰でもわかる嘘のニュースなど信じるわけもなく、また政府からの問題追及や国民からの苦情や抗議が多数あったせいなのか、ニュースを流したテレビ局は潰れた。
そして、その悪ふざけなニュースは凶悪事件や大震災の山に埋もれて政府や国民から忘れられた。
かく言う俺もそんなニュースなど忘れて、馬鹿のように友達とゲームの話をしたりテレビの話をしたりとそんな何でもない学校生活を過ごしていた。
そんな何でもない日常をいつも通りに過ごしていたある日、俺は散歩がてら、近くの公園の中にある全長5kmのマラソンコースを歩いていた。
もう夜遅くのせいか人影は見えない。
道の端には昔ながらの電燈があるだけのつまらない道。
どの時間帯に歩いてても他の人に出会うことが稀な人気のない道である。
だが俺はこの道が好きだった。
なんで好きになったのかはもう覚えてはいないがそれでも、答えを出すなら昔家族全員で何回も訪れたからなのかもしれない。
……俺は一人になりたいときによくこの公園に来る。
つらいとき、楽しかったとき、怒っているとき、嬉しかったとき、落ち込んだとき、そんないろいろな感情のとき、ここに来ると自然と鎮まり落ち着くのだ。
前に、このことを友達に話したら「「中二病かよ」」と笑われたがそれでも真実なのだから何も言い返せない。
そんなわけで今日も俺は心を鎮めるために、公園を歩いているのだ。
歩き始めて10分が経過しただろうか。
俺の後ろに何かの気配を感じる。
もしかしたら幽霊なのかもしれない。
その証拠に足音は聞こえないが、後ろから夏の暑さに似合わない冷たい風が吹き付けてくる。
俺は突然の出来事に混乱しそうになるが、なんとか正気をたもつ。
幽霊はそんな僕の反応を楽しんでいるのか時折首元冷気が吹きかけられる。
(はああ、なんでこんなことに。そもそも幽霊なんて実在するのか?)
俺は恐る恐る、携帯の画面に反射させ後ろをのぞこうとする。
「……」
俺は息をするのも忘れゆっくりと携帯を上にあげていく。
(もし、後ろから何かついてきてるのならばこれでわかるはずだけど)
そしてとうとう俺の頭よりも上に携帯が上がる。
……だがそこには何も居なかった。
「はあああああああっ 気のせいかっあ」
安堵のあまり緊張感が解け俺は下を向き大きくため息をついてしまう。
そして安心し前を向いたときそこには、何かが居た。
「えっ?」
俺はあまりの驚きに呼吸をするのを忘れてしまいそうになる。
「これはなんだ? 動物?」
俺の目の前には車以上の大きさの動物が居た。
動物の口からは血が溢れ、両目は飢えた獣そのものだった。
(なんだこれは? 生き物なのか?)
俺は今まで見たことがない巨大な存在に圧倒されていた。
こいつはいったいなんなんだ。
熊、ワニ、ライオン? わけがわからない。
それはもう一言で表せば。
「怪物だよなあ」
怪物は俺を睨み付けながら前足をゆっくりと前に出しだんだんと近づいてくる。
(何これ? なんかの撮影?)
俺は混乱しすぎてそんなことを考えていた。
だってここは日本だぞ。
しかも街中だ。
こんな場所に、こんな怪物が居るわけがないじゃないか。
俺は震える体をそう強引に考えることで無理やり動かそうとするが体は正直なのか一歩も動かない。
なんでこんなことに?
「ん? そうか、わかったぞ」
俺は昨日の夜の事を思していた。
昨日は発売したばかりの、怪物殺しハンターという戦闘ゲームをひたすらプレイしていたのでる。
昨日の夜は徹夜していたため寝ていない。
だからそうか。
きっと俺はゲームをやりすぎたせいで脳が疲れて幻覚を見てるんだ。
だからきっとこれは幻覚だ。
そう信じると体の拘束は徐々に解け始め歩く程度ならできるようになっていた。
よし。幻覚ならなんてことはない。
俺は前に幻覚として存在する怪物の横を通りすぎようとする。
だが怪物は俺の目の前にすばやく移動し立ちはだかる。
まるでこの先に俺を行かせないと言ってるみたいだった。
怪物が直接俺に言ったわけではないが、なぜか俺にはそうしか思えなかった。
(これはまた凄い幻覚だな)
(俺ってどんだけ疲れてるんだよ)
俺は幻覚のしつこさに苛立ちながらも、幻覚なら別に避ける必要はないのではないかと思い。
怪物の体を押しのけ通ろうとする。
だが怪物は触られるのを嫌ったのか俺から20m位前にジャンプする。
怪物は放物線を描き地面に着地する。
……次の瞬間俺の立っている地面に振動が伝わり俺は思わずしりもちをついてしまう。
「あれ?」
俺はつい間抜けな声を出してしまった。
(今の振動はもしかして怪物のせい?)
怪物は驚く俺を鋭い目つきでにらみつけジリジリと近づいてくる。
(これはやばいかもしれねえな。こうなったら……)
そこまで判断したところで俺の足は勝手に怪物の反対側に方向転換し走っていた。
……『人はね本当にやばいときには体を縛るリミッターみたいのが外れて狂人的な行動をすることができるんだよ。例えば火事場の馬鹿力みたいにね』
と前に友達が話してくれた事があったが、どうやらそれは本当だったようである。
俺の足は過去最高速度で走り続けていた。
ひとまずは人通りに出ればだれか助けてくれるだろうと期待しながら走り続ける。
「それにしてもなんでこんなことに……」
……気分転換に散歩中怪物に襲われ必死に逃げる。
ゲームやアニメの中の話ではよくある話だが現実世界では起きるはずがない現象。
そんな現象を前に俺の心臓は未知への好奇心と恐ろしさで満たされていた。
よくゲームの主人公はここで怪物に立ち向かうのが常識とされているがそんなのはしょせんゲームだからできるわけであり、現実世界ではできない。
だから俺には逃げ続けるしかない。
それが弱者の人間の限界行動である。
しかしそんな行動にも限界がある。
俺の呼吸は乱れ、足は震え今にも心臓が停止してしまいそうになる。
……人間は死んだらリターンは出来ない。
だからこその人生である。
だがこの場合に関しては。
余計なルールである。
これがゲームならセーブポイントに行くだけである。
これは勝つ可能性が0のクソげーである。
俺はこの理不尽な世界に怒り同時に絶望する。
「……つまんねぇ。これがゲームならクソげー決定だな」
そのせいかどうやら、考えていたことが口に出ていたようだ。
それにしても。
(なにかまだ生き延びる方法はないのか?)
…………
10秒くらい考えた結果、俺は携帯を持っていたことを思い出す。
携帯で誰かに助けを求めればいいんじゃないか?
でも、こんな事情誰に話しても信じてくれないよな。
はぁ、どうしよう。
こんな時は……。
そうだ、いるじゃないか。
俺たち国民が払う税金により職種を得る公務員が。
……俺は警察に助けを求めるために何回もコールする。
だが電波が悪いのか、怪物のせいなのかわからないが繋がらなかった。
警察に繋がらないとなると。
……これだけは俺の命も危険になるからやりたくなかったけど仕方ないか。
一人では死にたくないし。
俺は大きく息を吸い込み、ある言葉と一緒に吐き出す。
「たすけてくれえええええええええええええ」
夜の公園で大声を出して助けを呼ぶという、場合によっては捕まるかもしれない俺の渾身のアイデアの大声も近くに置いてあった大きな宣伝用の看板に吸収されてしまったせいかあまり響かず誰も来ない。
「……誰でもいい……助けてくれ」
そう小さな声でつぶやいた瞬間、俺の体力はもう限界状態に到達してしまったのか両足は地面に倒れていた。
当然俺の上半身も引っ張られて頭を打ち付けるような感じで地面にスライディングしてしまう。
当然だがとても痛い。
「ぎゃあああああああああああああああああああ」
俺は今まで体験したこともない痛みからくるダメージのせいかこの世の声とも思えない声を出していた。
……もしこの場所にほかの人が居たら奇声を発する不審者として通報されるのかもしれない。
だが、残念ながらこの場には誰もいないのか。
それとも怪物によって殺されたのか。
いくら待ってもパトカーの音が聞こえることは無かった。
……数分後俺の目の前には怪物が居た。
どうやら俺の叫び声を聞いて場所がばれてしまったらしい。
せっかく逃げ切れたと思ったのにな。
俺は後悔の渦に飲み込まれそうになる。
……両親が交通事故で死んでから早10年。
早く天国で両親に会いたいと願ってはいたがまさかこんな形で会う羽目になるとはとことんついてない。
これじゃあ両親に顔向けできないな。
だから俺は死ぬわけにはいかない。
……でも、もう足はこれ以上遠くに進むことは出来ないし。
今の状況は絶望的だが諦めたくはない。
だからどうやってでもいいから、何か方法を探す。
そして怪物を倒し明日を生きるんだ。
そう決心し立ち上がろうとすると全身に痛みが生じる。
だがそんなのは死ぬのに比べたらたいしたことでは無いと思い痛みを無視する。
……痛みなんてどうでもいい。
とにかく怪物を殺すんだ。
そう活き込んで強く握りしめたこぶしを怪物にぶつけるために歩き出そうとした瞬間、俺の周りに突如雨が降ってきた。
今日は降水確率0%のはずなのに何でだろうと不思議に思い俺は天を見上げる。
そこには宙に浮いている女の子がいた。
年齢は自分と同じくらいだろうか。
花柄のワンピースを着て手には青い氷を持っていた。
「助けてあげようか?」
女の子は口をにいと開き笑顔で僕に話しかけてきた。
宙に浮いているのを無視すればとてもかわいい。
でも宙に浮いているし。
というかどうやって浮いているんだよ。
俺は目の前に怪物が居るのに、つい女の子に聞いてしまいそうになる。
だが状況が状況だけにどうにか我慢していると。
「君、もしかして不思議に思ってる? 私が宙に浮いているから」
女の子はそんな僕の様子を察したのかまた口をにいと開き笑顔で答えてきた。
今度は俺も我慢するのをやめ、女の子に聞こうとした瞬間。
怪物が俺に向かって襲い掛かってきた。
……どうやら怪物は俺たちの話を聞いていたわけではなく足のばねを思いっきり曲げてとびかかる準備をしていたようだ。
「うわぁっ」
俺は恐怖のあまり目を閉じてしまう。
次の瞬間俺の体は怪物に粉々にされて・・・と思っていたが、そうはならなかったようである。
恐る恐る閉じきった目をゆっくりと開けていくと女の子が怪物の攻撃を透明なバリアみたいなもので止めていた。
「大丈夫ですか?」
女の子は怪物の攻撃を左手から生み出すバリアで防ぎながら俺に訪ねてくる。
「ああ、大丈夫ですか」
俺は驚いてしまった為変な言葉を使ってしまう。
そんな俺をみて女の子は笑う。
そして。
「変な言葉を使いますね、ふふ」
女の子は完全に俺の言葉遣いがツボに入ってしまったらしく笑い続ける。
俺は女の子に笑われ恥ずかしいからか下を向いてしまう。
そして気がついた。
女の子がバリアで防いでいる向こうで地面に顔を付けた怪物の口が赤く光っているのが。
「怪物の顔が光ってる‼」
俺はやばいと思う。
だから叫び女の子に気づいてもらおうとする。
女の子も俺の表情と言葉に気づいたのか後ろを振り向くと突如爆発があり、俺と 女の子は怪物の反対方向に10mくらい吹き飛ばされてしまう。
だが、運が良かったのか10m飛ばされた割には全然痛くないなぁと思って下を見ると青い光に包まれた柔らかい水があった。
どうやらこの水が守ってくれたらしい。
「これはいったい何なんだろう?」
俺は疑問のあまりつぶやいてしまうと俺の後ろ5m位に吹き飛ばされた女の子がさっきまでとは違う真剣な顔をしながら。
「さっき水をかけといてよかった~」
と呟いていた。
「さっきの水?」
俺は混乱しながらもなんとか思考回路をフル回転させさっきの出来事を思いだそうとする。
そして気が付いた
「ああ、さっきの雨?」
俺はさっき、いきなり空から降ってきた雨のことを思い出していた。
今日は降水確率0%なのにどうしてかと思っていたけどどうやら女の子が降らしたらしい。
方法は不明だが、今までの様子を見る限り普通じゃないことが今目の前で起きているのだろう。
それならいくら考えても無駄だろう。
だから俺は女の子に直接聞くことにした。
「えーと、ちょっと色々聞きたいことがあるんだけど」
俺は女の子に訪ねてみる。
だが女の子は怪物との戦いのほうが重要であると考えているのか俺の質問には何も返してこない。
「解放 遣い神」
「変幻、水剣」
女の子はいきなり言葉を言ったのと同時に手から溢れる水を青く光らせ剣を生み出し、そして一瞬のうちに怪物に向けて構えていた。
怪物はどうやらまた足のばねを使おうとしているらしく身を小さくしようとしている。
女の子はそんな怪物に真っ向から勝負するつもりなのか剣を剣道でいう上段の高さまで持ち上げ殺気を放っている。
一方怪物は準備が終わったのか女の子を殺そうと攻撃に移る。
次の瞬間女の子の高いところからの剣の攻撃と怪物の飛び攻撃が混ざり二つの力はどちらもゆずらず大きな爆発を起こした。
当然、目の前で爆発が起きてしまったので俺はまたも後ろに吹き飛ばされる
「っあ」
今度はさっきみたいに水が守ってくれなかったのか俺は背中から地面に思いっきりたたきつけられ、一瞬息が出来なくなる。
そんな俺を女の子と怪物は気にせずにまた爆発を起こしながら戦い続ける。
(……今なら逃げれる)
そんなことを俺は考え始めていた。
俺の体は走り続けた披露+爆発によって吹き飛ばされた際に受けたダメージでもう限界に達している。
……仮定の想像だがもう何回か吹き飛ばされれば確実に動けなくなってしまうだろう。
だからそうなる前に逃げればいいのだ。
そしたら怪我をした俺を町の人たちは心配して警察に電話してくれるだろう。そしたら俺は死なないで済むだろう。
……だが俺は後悔の渦に一生まとわれ続けるだろう。
……今、必死に俺を助けようとしてくれている女の子を見捨てて一人逃げようとしているのだから。
俺は自分さえ助かればあとはどうでもいいと考えれるような人間ではない。だから女の子を見捨てれない。
……仮に見捨てたらどうなるか。
答えはいたって簡単である。
(女の子はきっと怪物に敗れて殺されるだろう)
その証拠にさっきまで怪物を押しとどめていたのがだんだんと俺のほうに押されている。
さらに女の子はつかれ始めたのかさっきまでは上段の位置で放っていた剣裁きが中段になっている。
女の子が勝てる状況だったら見捨てたのかもしれない。だけどそうではない。だから俺は次の瞬間一つの行動に出た。
「はあああああああああああっ」
俺は雄たけびをあげ自らを奮い立たせ怪物の首付近に握りしめた拳を打とうとする
そのために今残っている全ての力を出し切り一歩一歩足で地面を蹴りながら怪物に迫っていく。
……俺は死ぬのが嫌いだ。だけどそれ以上に嫌いなのがある。
……それは目の前で、困っている人を見捨てることだ。
女の子は結果はどうあれ俺を命がけで助けてくれようとした。
だから今度は俺が女の子を助けるんだ。
「くらええええええええええええええっ」
俺は女の子との戦いに夢中になっている怪物を殴ろうとする。
当然、怪物も走ってくる俺に気づいたのか、鋭い眼で俺をにらんでくる。そして攻撃対象を俺にしたようだ。
「えっ?」
女の子もいきなり走って怪物に挑んだ俺を驚きながら見て思わず声が漏れてしまったようだ。
……さっきまで戦っていたからよくわからなかったが女の子は泣いていた。
気持ちは痛いほどわかる。
それほどまでに怪物は恐ろしかった。
例えるならライオンと鳥がまざわりあった存在が目の前に居るのだ。これで泣かない人間はいないだろう
だから俺はこう言った。
「助けてくれてありがとう」
そう女の子にお礼を言った瞬間怪物は大きく口をあけ飛び込んでいく俺を食べようとする。
怪物まで残り30cm位だろうか
俺は必死に怪物の首を狙おうとする。
……女の子はどうやら気づいていないようだがさっきまで怪物はなぜかのどだけは守っていたのである。
だからおそらく怪物の弱点は首なのだろう。
……だから首を攻激しようとする。
だが失敗に終わったようである。
なぜなら怪物が大きく口を開けてしまったせいで首が見えなくなってしまったのである。
(……これは……終わったかな)
俺が絶望し命を諦めそう思った瞬間、俺の両手からたくさんの水があふれてきた。
「・・・」
「えええええええええええええええー なにこれええええええええ」
俺は驚きのあまり叫び、そして硬直しそうになる。
そんな俺をしり目に水は手からどんどんあふれてくる。
……次の瞬間俺は真っ暗な水の中にいた。
「ここは、どこだ?」
そう呟いてみるが誰も反応してくれない。というよりも人間が居ないどころか、生物そのものが居ないのか俺の声だけが波紋のように広がっていく。
さっきまで怪物に立ち向かっていたのになぜこんなところに居るのだろう。
俺は不思議に思いながらも周りを見渡すために首を回そうとする。
その時上から声がした。
≪汝はだれだ。何故ゆえに我の前に現れた≫
人の言葉を話すがどこかぎこちない。まるで外国人がしゃべってるみたいだなあと素直にそう思った。
「・・・えーと俺自身もよくわからないんです。気づいたらここにいました」
俺は天から聞こえる声に正直に答える。すると。
≪汝は導きに従え≫
と、また声が聞こえた。
「導きに従え?それはどういうことですか?」
俺は訳がわからなくなり藁にも縋る気持ちで訪ねてみる。
≪我の力を解放せよ≫
力を解放ってどういう意味だろう。不思議に思いながらもう一回訪ねてみようとするとまた上から声が聞こえた。
≪身を我に預けよ、されば汝を救済しないこともない≫
≪叫ぶのだ、我の名を、汝は知っている≫
「名前なんてわからないよ」
俺は正直に答える。
≪汝にはわかるはずだ≫
≪心の底に眠っている言葉を言え≫
俺は心に問いかける。だがわからない。何なんだ。
これはもう一度聞いてみようかなと思った瞬間、俺の頭の中に電流が走り、ある言葉が流れてきた。
……でもこれはいったい?
≪叫ぶのだ、汝も死にたくはないだろう。≫
≪我と汝を繋ぐ線叫ばなければ消えるぞ≫
≪汝を救え。自らの力で≫
「くっ」
俺は意を決して呟いていく
「海を司る神よ」
「我を救い」
「我の力を解き」
「我を導き」
「我を救済せよ」
そこまで言った後、天からの声は聞こえなかったが俺の心の中にある一つの言葉が思い浮かびあがった。
……それはある神の名と、その神が使う武器の名だった。
次の瞬間俺は現実世界に居た。
どうやら戻ってきたようである。
そして目の前には怪物がいた。
俺はまだ死にたくない。
だからさっきの声を信じ大きい声で叫ぶ。
「解放せよ、海の王!」
次の瞬間、僕の周りにあふれた水が右手に集まってくる。
そして僕は二つ目の言葉を叫ぶ。
「変幻 三又の銛」
そして水は長さ1mほどの銛に変わった。
残り10cmそこまで近づいた怪物にほかにする手が思いつかなかったのもあり、俺は怪物に銛を突き刺そうとする。
怪物は今までの態度が嘘かのように僕から逃げようとする。
だが、近づきすぎたせいか、僕が銛を刺すほうが早かった。
怪物の口がもう触れるところまで来ていたが銛の攻撃が聞いたのか怪物は
「ぐぎゃゃあああああっ」
と苦しみだし大きな叫び声をあげた。
そして怪物は最後に刺した僕を見て唸ってにらみながら粉々に分解して消えた。
どうやら怪物に勝ったようである。
「はあああああああああああああっ」
俺は怪物の重圧から開放されたせいか安堵しため息をついてしまったようだ。
俺の隣を見てみると女の子もホットしたのか、一番最初に出会った時の笑顔に戻っていた。
「助けるなんて言ったくせに助けられちゃいましたね」
女の子は真っ赤な顔を隠すように下を見て俯きながらしゃべりだした。
「本当に恥ずかしいです。まさか一般人を助けたつもりがまさか元神なんですから、それもポセイドンの力を持っているなんて」
「なにそれ?元神ってなに?」
俺は女の子の言葉を聞いて不思議に思ったことを素直に聞いてみる。
「えっ、あ、すみません。いきなり元神なんていってもわからないですよね」
女の子は一番最初のころと明らかに態度が変わっていた。なんでいきなり態度を変えたのかわからないからそれも含めて質問してみる。
「えーと君の名前は?あと今の怪物のこととかさっき生み出した水とか君のこととか教えてくれる?正直な話さっきから何が起きているのかいまいちわからないんだ」
「はい。ええと、私の名前は花村杏理です。今年で15歳になります」
「15歳だったんだ、俺と同じ年齢だね」
「はい」
「・・・ああごめん。話を折っちゃって」
「いえ、大丈夫です。」「ええと、まずはさっきは助けてくれてありがとうございました。元神様。」
「元神様?」
俺をなんでそう呼ぶんだろう?という表情が出てしまったのか女の子は慌てて説明し始める。
「ええと、元神とは一言でいえば超能力者のことです。」
「超能力者?あのエスパーとか使える仮想の存在でしょ。」
「仮想ではありません!!」
杏理は俺が仮想の存在というといきなり大きい声をだし否定してきた。
「あっ、・・・すみません」
「いや、えーと、こちらこそ・・・・」
「・・・・・・」
「・・・10年前の出来事を覚えていますか?」
俺が謝り10秒後杏理は唐突に質問してきた。
「えっ、・・・・」
杏理は俺にそうたずねてくるが何も思いつかない。それどころか頭がパンクしそうになる。
そんな俺を杏理は心配そうに見ている。
「ごめん。わからない」
10年前だけでは何のことか意味が不明なので僕は正直に杏理に告げる。
「えっ。知らないんですか?ニュースにもなったのに」
杏理は本当に不思議そうにもう一回確認してくる。
「・・・10年前の・・・ニュース?・・・あっもしかしてあの神様の遣いがどうとかのあのニュースのこと?」
「はいそうです」
杏理は俺の回答に満足したのか、笑顔で肯定してきた。そして、
「世界にはたくさん、神の力を宿す超能力者がいるんです。その人たちの事を総称として<神々の遣い人>と呼んでいます」と僕に説明してきた。
「じゃあ、もしかして俺も神の遣いの一人だからさっきあんな不思議な現象が起きたの?」
「 そうです。あなたは<海を操る神>の力を持っています。因みにあなたの様な名のある神々の遣い人のことを元神といいます」
「ああ。だからさっき俺のことを元神って呼んでたんだ。・・・ん?あれ?ということは名のない神の遣い人もいるの?」
「はい、遣い人には、名のある神々、ようはポセイドンやゼウスなどの固有名詞が付く神に仕える遣い人。そしてもう一つは名のない神、こちらは説明が難しいんですが、なんというか普段私たちが何気なくお願い事をするような神様に仕える遣い人の二種類があります。・・どちらも超能力を使うことができますが名のあるほうがより強力な力を使うことができます」
「へええ。俺超能力者だったんだ。あっ、そういえば元神の由来ってあるの?」
「はい、「元素使いの神遣い」を略して元神と呼んでいます」
「ん?元素使いって何?俺のさっきの力もしかして元素からできてるの?」
「はい。私たちは生身ですので神の力をそのまま使うことは出来ません。例えるなら自動車に飛行機のエンジンを積んで走ってるみたいな感じです。だから私たちは自然化に存在する水素、酸素といった元素を代用する形で神の力を再現しています。たとえばさっきの水槍とかは水素と酸素を代用することで作り出しています」
「なるほどなあ。あ、あと怪物のことも教えてよ」
「わかりました。と言いたいところですが、ここにずっと居るとまた怪物が引き寄せられてしまいます。ですからできれば私たちの国、オリンポスに来ていただけませんか。勿論来てくだされば命の保証をしますし、何より、能力の使い方を勉強することができます」
「いいよ」
「…ですよね。いきなりすぎですよね。・・・って・・・ええええええ、いいんですか。?普通一回断りませんか」
「え、なんで断るの?そこに行ったら命の保証してくれるんでしょ。だったら俺じゃなくてもだれでも行くでしょ」
「で、でも家族の方と相談は?」
「ああ大丈夫。俺の家族10年前に交通事故で死んでいるから」
「そう・・・だったんですか・・・」
「別に杏理が気にすることではないよ。それより、どうやってそこに行くの?」
「ええと天馬は知っていますか?」
「馬に翼がある仮想の動物でしょう」
「そうです。それに乗っていきます。ちょっと待ってください。今呼びます。」
「呼ぶって簡単に言うけどほんとに居るの?」
「はい。一般的には知られていませんがペガサスは存在しています。もちろん今じゃあオリンポスにしかいませんけど。ええと、後、5分くらいで来ます。その前に注意事項を言いますので必ず守ってください。守らなかったら、まあ、わかりますよね」
「どんな決まりなんだ?」
「決まりは一つです。《天馬には絶対に敵対しないでください》あの子たち、とっても強いですから。下手をしたら殺されてしまいます」
「・・・・・・やっぱり行くのやめようかなあ、死にたくないし」
「大丈夫ですよ。いままで天馬に乗って殺された元神は居ませんから」
「そうなんだ。よかったー」
「大けがをした人はいますけどね」
「・・・えーと、大けがってどれくらいの怪我したの」
「え?それはもう酷い有様でしたよ。右手が無くなって、頭も半分吹き飛ばされて、そして」
「ああああああああああああああああああああ。やめてくれえええええ」
「はい、わかりました。これ以上は止めますね」
「杏理って結構酷いな」
「え?なんでですか」
「はあ、余計にたちが悪いよ」
「?」
杏理はそんな俺の発言を聞いても怒らずにただただ、首をかしげるだけだった。
「杏理って天然だね」
「そんなことないですよ」
(うーん。天然にしか見えない)
・・・そんなやり取りをしていた間にもう時間が過ぎたのか遠くの空に黒い影が見えてきた。全長は3m以上はあるのだろうか。
「あれが天馬なのか?」
初めて見る生物にも関わらず俺はそこまで驚かなかった。
見慣れた馬と鳥が組み合わさっていたからなのか、既にもう怪物を見ていたからなのかは、わからないが冷静に頭はさえていた。
そんな俺を見て杏理は不思議そうな顔で瞳をのぞき込んでくる。
「……驚かないんですか。普通は驚きませんか?」
「それが自分にもよくわからないんだ。怪物を見た後だからかもしれないけど」
「そういうものですか。私の時は驚きすぎたせいか逆にペガサスが困惑してましたけどね。」
「ペガサスでも驚くことなんてあるんだ」
「そうですよ。ペガサスにも心はありますから」
「それで乗り方はわかりますか?」
「いや、いまいちわからないんだ。教えてくれるか」
「基本的には馬に乗るのと変わりません。ペガサスにまたがるだけです」
「またがるって簡単に言うけどねえ、高すぎて無理だよ」
「それなら命じてください。ペガサスにしゃがむように」
「それはわかるけど、なんて言えばいいの?」
「しゃがんでっていうだけですよ。ペガサスって頭いいから理解できますし」
「えっ?言葉を理解できるの?!」
「全ては無理ですけど。まあ常識的なことなら大丈夫ですよ」
「じゃあ、ペガサス、しゃがんでくれませんか」
次の瞬間、ペガサスは足を曲げ腹が地につくくらいしゃがみ始めた。
「あっ・・・」
ふと横を見ると唖然とする俺をみて、杏理は笑っていた。
「ペガサスに敬語を使う人なんて初めて見ました。やっぱりあなたは変わったお人ですね」
「いや、杏理がさんざんペガサスの怖いことを言うから、敬語を使ったほうがいいのかと思ったんだ」
「それくらいなら大丈夫ですよ。ペガサスにとってフレンドリーに話しかけても敬語で話しかけてもとらえる意味は一緒ですから」
「そうなんだ。よかったああ。これからずっと敬語じゃないとダメなのかと思った。おれ敬語苦手だからさ」
「良かったですね。それじゃあさっそく、オリンポスに行きましょう」
「ああ、行こう」
「そういえば私の名前は言いましたけど、あなたの名前をまだ聞いてませんでしたね。ですので教えてください。いつまでもあなたと言うのはなんだか恥ずかしいんですよ」
「そうだったな。俺の名前は青木俊介。友達からはしゅんって呼ばれてるから杏理もそう呼んでくれたらうれしいな」
「わかりました。しゅん」
「なんだ、杏理」
「呼んでみただけです」
「なんだよそれ」
「ふっふっ、じゃあ出発進行。私たちの国オリンポスへ」
『……この時の俺はまだ知らなかったんだ。俺が関わることでかみ合っていた歯車が狂い始め世界に恐怖が訪れる事になることをこの時はまだ知らなかったんだ』