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祈るということ  作者: 吾井 植緒
神殿編
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神殿騎士というもの

降臨してから何日か経ったが、わたしは相変わらず朝の祈りを淡々と続けている。

神様にはもちろん、食事革命(笑)は諦めるようにお伝え済みだ。

発光体のくせに、神様はハンカチを出してキーッと噛み締めるリアクションをしてくれた。

どうやら神様は向こうの神様たちに吹き込まれた異世界トリップのテンプレとやらを一通り実践したかったらしい。

残念ながら、偉いミコ様はメイドさんに『わたしは偉くなんてないから、様付けしないで』なんて言う訳がないのである。


祈りの結果としては、荒れた西の海で暴れていたクラーケンみたいなイカの化け物が消えた事、渇水していた東の地域に雨が振った事などなど。

結果が出た各地からお礼やら来ているらしいが、全部猊下任せなのでわたしは祈るだけである。

ミコ様の世話係について諦めていない猊下はそんなこんなで忙しいらしく、あれから顔を合わせていない。

爺とリジーは世話係りは自分だと言わんばかりに訪ねてくる。

まあ、そんなリジーのお陰でパンツを手に入れる事ができたので、少しは構ってやろうかと思ったのだが、やっぱりあの妄信的な目は怖いので適当に冷たくしている。

ミコ様は優しいだけの存在ではないのだ。



本日もミコ部屋の扉の前には扉係りの騎士が立っている。

どうせ部屋にはわたしの許可が無いと誰も入れないのだが、騎士達は扉であっても守らないといけないようなので好きにさせている。

たまに廊下で遭遇する騎士達同様、あの団長に習ってよく訓練された空気っぷりだ。

この世界は基本男女平等らしく、女性騎士もたくさんいる。

わたしは平等主義者のフェミニスト達がヒステリックになる事が嫌なだけなのだが、この世界の平等さはいいと思う。

なんとこの世界、体の作りが違うだけで体力や筋力に性差はないのだ。

ゲームで言うと基本ステータスはほぼ同じ数値である。

女性でも力に割り振れば、力に振ってない男性を軽く捻る事ができるのだ。

この分かりやすさは流石神様である。


神殿騎士には扉係り以外に犬の世話係もいる。

わたしに似て、人見知りのライが慣れるだけあって犬の扱いは超一流である。

しかも団長に次ぐ空気っぷりで、視界に入っても気に障らない稀有な存在だ。

セイルース・フォン・なんたらとやたら長い名前の彼は貴族らしいが、わたしはセイと呼んでいる。ミコ様は貴族より偉いのである。

なぜ途中までとはいえ名前を覚えたかと言うと、セイが毎度名乗るからだ。毎日彼は挨拶して、名乗る。貴族のしきたりは理解不能である。

流石にわたしも毎日名乗ってくれれば、大体覚えるのだ。山田だって、毎度名乗ってからわたしに話しかければ・・・山口だったっけ?とにかく覚えた筈である。

ちなみに猫の世話係はいない。恐らく愛らしいユキを巡って争いになっているのだろう。

未だに世話係が決まった様子はない。


「ミコ様、おはようございます。セイルースでございます。」


朝、祈りの時間の頃になると扉の向こうからセイが声を掛けてくる。

フルネームを言うのをやめてくれたが、名乗るのは相変わらずである。

セイはかなり低い声だがよく通る。肺活量の関係だろうか。

最近は犬係りのセイが団長に代わり、神の間までの護衛をしている。


(おはよう、セイ)


「おはよう、セイ」


自分からはしないが、された挨拶には返すのがわたしの礼儀である。

扉を開けると必ず跪いているのは、騎士の流儀なのか。立ち上がると190近い長身だが、細マッチョなせいか団長より威圧感のないのがセイである。

短めの薄い黄緑色の髪と濃い緑色の目をしているセイもハリウッドスターばりなイケメンだ。猊下が所謂大御所系の映画スターならば、セイは若手のドラマスター系だ。我ながら、容姿の表現は相変わらずである。


神の間までセイを従えて行く。

最近は廊下で神官に遭遇する事が多くなっていた。

わたしを見かけると皆跪く。気分は大名行列である。


「ミコ様、お願いが!」


甲高い声がしたかと思うとわたしは白い壁にぶち当たる。

おかしい。真っ直ぐ歩いていたはずなのに、壁にぶつかるとは。


ガションという音で壁はセイの鎧だと気付いた。

どうやら前の壁はセイのようである。

無礼者!とか言って、跪いてた神官達がワラワラ前に群がっているようだ。

何がなにやらさっぱりなわたしはセイの脇から恐る恐る顔を出す。

わたしは咄嗟の状況に弱いタイプなので、何事も慎重かつ熟考しないと事態が把握できないのだ。


どこに隠れていたのか、たくさんの騎士に誰かが押さえつけられていた。

口も押さえる念の入れようから、不審者と思われる。

女性相手にたくさんの騎士なんて、と思ってはいけない。もしかしたら彼女はパワー戦士タイプかもしれないのだ。あっという間に数人の男性を蹴散らせる女性が存在する世界にフェミニストはいない。

赤髪の神官がセイの脇から出ていたわたしの顔に気付いて、すぐに連行しろ!と指示を出した。

爺やリジーと同じ色の神官服を着ているところから見て、赤髪の神官は若いながらそれなりの地位のようである。神官は色で地位を区別されるのだ。ちなみに猊下はデザインが微妙に違うのを着ているらしい。爺に一点豪華主義的な説明を受けたが、微妙な違いすぎてよくわからなかったのはどうでもいい思い出である。


「申し訳ありません、どうもミコ様に私的な願いを叶えていただこうと企む輩が増えておりまして。」


わたしが忍者のように素早く女性を連行する騎士達に感心していると、赤髪神官が頭を下げていた。

なるほど。奇跡を起こせる存在がいるとなると、そう願う人間が出るのは致し方ない事ではある。

世界の平和より目先の利益、人間とは浅はかな生き物なのだ。


(ま、あまり乱暴に扱わないように。)


「そうか。あまり無体な事はせぬようにな。わたしの力では個人に報いる事はできないのだと、伝えておいてくれ。」


逆恨みは嫌だと考えたわたしの意を酌んだミコ語は幾分か穏やかな声を出した。


「おお、ミコ様!なんという慈悲深いお言葉。」


大げさな動作で天を仰ぐ赤髪神官だが、神官達は基本欧米的なリアクションなのでもう慣れっこである。だがすべてはミコ語のお陰なので、少し居たたまれない気分もする。わたしは基本正直で小心者なのだ。


(いや、お断りしますって遠まわしに言ってるだけなんだけど)


「悪いが、そなたらで力になれるようであれば彼女を導いてやってほしい。」


実に慈悲深いのはミコ語である。しかもちゃっかり神官に洗脳を促している。恐ろしや、ミコ語!

それに気付いてない赤髪の神官や、他の神官達は目をキラキラさせている。ちょっとうっとおしい。

ちなみにミコ語はわたしの耳には遅れて入るが、他の人には口の開閉に合わせて聞えるらしい。

最初は微妙と思ったミコ語だが、凄い性能である。流石は神様、時間も弄れるようだ。


セイはわたしの前からどいて、空気となって脇に控えている。騎士たちのいい所は神官のように一々感動せずに空気になる事である。

まあ、神官には敬ってもらわないといけないので、多少うっとおしくても大げさにやらないといけないのだ。これもミコ様としての務めである。

感動に震える神官たちに適当にうむうむ頷いてみせて、わたしは神の間へと向かった。


今日の祈りでは、南の地域で流行していた病を一掃した。

それのどこが地道なのかはわからないが、神様レベルだとこれでも地道らしい。あんまり大掛かりなのを続けると、神様的に力の加減ができなくなるそうだ。

それに世界が安定した途端、有難みが薄れるのも面白くないと神様は言う。分からないでもない。

人間は忘れる生き物だ。感謝しても、それは一時の事である。


神の間から戻るとセイが階段下を向いて立つ後ろ姿が見えた。どうせ階段下にも騎士達がいるのだろうに、律儀なセイである。

祈りの後は階段の途中で窓から外を見るのが、わたしの恒例になりつつある。

はめ殺し窓からは海も見える。崖に荒波が打ち付ける様はサスペンス劇場のようだ。

神殿の周りは森のように木が茂っている。異世界らしく見たこともない木だと言いたい所だが、わたしは植物に詳しくない。針葉樹とか名称は覚えていても判別が付かないのだ。木は木である。

崖の一角から少し右に行くと小さな港と集落が見える。

セイに聞くと、島にはいくつか集落があるらしい。

神殿騎士は集落出身者もいれば、世界各地から来ている者もいる。国はバラバラだ。世界最大宗教に国は関係ないのだ。貴族のセイも下っ端から始め、ようやく本部の騎士になれたそうだ。意外と実力主義で健全運営なのが、この宗教のいい所といえる。なんだかんだ言って、神様がわたしを預けたのもそういった点を評価しているのだろう。


一通り変わり映えのしない風景を眺めて、ミコ部屋に戻る。

ライが尻尾をブンブン振って待ち構えているので、セイに中庭へと連れ出させる。最近ライはすぐに息が切れるわたしより、セイと走り回るのがいいと素気無い態度である。

わたしは中庭で転げまわる犬のようなセイと犬のライを見ながら、ビミャ~と鳴くユキを撫で回した。


朝食は爺が持ってくる。相変わらず野菜尽くしだ。

食堂で食べたのは、猊下との一度きりだ。道を覚えていないので、部屋に篭っていたら爺が持ってきてくれるようになったのだ。

ライとユキのご飯は神様が向こうから取り寄せてくれるので、問題ない。よくよく考えると神様は至れり尽くせりである。まあ誘拐犯なので、それ位は当然の事ともいえる。

食後のお茶を飲んでいる頃になると、ライは日向ぼっこを始めるのでセイはいつの間にか部屋に控えている。アレだけ動いたのに汗一つかかないセイは二次元のイケメンとしか思えない。神殿騎士の鎧は神の衣ばりに汗を分解するのだろうか。

食事中は静かに給仕していた爺も、お茶を出した後は勝手に猊下の仕事状況とかミコ様への面談希望パネェとか色々話し始める。

爺の話はリジーに比べれば大人しいもので、わたしの返答は不要な事ばかりだ。そうと分かれば聞いているようで聞いていないなど、わたしクラスになると息をするより簡単な事である。爺が満足するまで好きに話させる。


「おっと、もうこんな時間でしたか。ではミコ様、また後ほど。」


爺は素早く食器をワゴンに収納すると部屋を出て行った。幹部である爺は書類仕事もあるので、意外と忙しいらしいが、食事の世話は断固として譲らない。絶対に自分がやるのだと、なぜかわたしに宣言したのだ。わたしとしても、食事のたびに違う人間がくるとなると緊張するので反対する気はない。そういう意味では、爺もまたわたしにとっては稀有な存在といえるのかもしれない。


わたしは祈り以外にやることはない。

暇を持て余した事がないと言うと語弊があるが、わたしは何もする事がなければ何もしないで平気な人間なので苦にはならないのである。

洗濯もパンツだけなので、すぐに済んでしまう。リジーはパンツを洗うと主張したが、ミコ様が穿いたパンツなんて危険な代物を預けるなんて怖い事はできないので自分で洗っている。断った時にリジーの目に涙が浮かんだのだが、そんな事で泣ける事がおかしいのでわたしは間違っていないと思う。

問題はパンツを干す場所なのだが、室内干しより天日干しを取ったわたしは無敵である。恥じらい的な意味で。セイや爺という異性がいようが、干すと決めたら干すのである。だがリジーの必死の訴えにより、植木で隠れパッと見ではパンツが干されていると分からなくなったので、恥じらい的な意味ではリジーに感謝しないといけないかもしれない。

掃除をするという手もあるが、ミコ部屋にはチリ一つないので不要である。ちなみにそれは神様の力ではなく、セイが汚れを発見次第すぐに掃除するからである。

神殿騎士とは特殊能力でもあるのだろうか。

いつの間にか手に箒を持ち、雑巾をどこかから取り出したセイは瞬く間に汚れを排除してしまうのである。どこに掃除道具を収納しているのか疑問ではあるが、わたしはそれを追求したいとは思えなかったので疑問のままにしている。わたしが大概の事は疑問のままにしてしまうのは、質問する為に話しかける気にならないからである。


セイは一日部屋に居るわけではない。爺が昼食を持ってくる頃に一旦退出する。午後にまたライと戯れないといけないので戻ってくるのだが、朝食兼昼食とは、犬係りも過酷な仕事である。

本来の飼い主として、別に休んでくれてもいいのだがセイは職務に忠実なようだ。

慈悲深い声で休んでもいいと言ってみたが、真顔で年中無休だとお断りされてしまった。

そういえばわたしも年中無休のミコ様になったのだったと、律儀に通ってくるセイに少しウンザリしたのは仕方がないといえる。


異世界に慣れてきたミコ様もちょっと対人ストレスが溜まってきたのか、思考がダレてきたようで文章がダラダラとしてきました。

ミコ様は犬係りと思ってますが、セイルースはミコ様の護衛騎士です。

あいかわらずパンツの話題に触れないと気が済まないミコ様は爺の事はそれなりに気に入ってるようです。リジーにはパンツの恩程度には相手をしてる模様。



次回はいよいよ王族と遭遇、前後編の予定です。


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