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祈るということ  作者: 吾井 植緒
神殿編
8/47

宗教というもの

「ミコ様に紹介したい者がいます。」


猊下の言葉と共に入ってきた女性が猊下の隣に立った。

神官と同じ服を着ているので、彼女も神官だろう。わたしは一団にも女性が混じってたのを思い出した。


彼女の顔はアジアンビューティーってヤツだ。わたしは容姿の表現が苦手である。

日焼けではない、褐色の肌は輝いている。

健康美なスタイルで、アラビアンな衣装が似合いそうである。

それよりも髪である。

緑なのだ。瞳も緑だ。もちろん眉も。きっと産毛も緑だろう。

しかし、ただの緑ではない。

ビリジアンである!断言しといてなんだが、たぶんそんな名前だった。あの濃い緑である。

24色絵の具で見た時の衝撃は忘れまい。横文字と無駄に多い色の使い道に戸惑った思い出が蘇るがどうでもいい思い出だった。

だが、わたしはどうでもいい事をよく思い出してしまうタイプなのだ。仕方がない。


せっかくなので、彼女はリジーと呼ぼうと思う。男だったら、ビリーにしていたところだ。

そう、ビリジアンのリジーである。

と言うのもリジーが何やら自己紹介したのを聞き流してしまったからである。

まあ遠くてよく聞えなかっただろうし、覚えられない名前を聞いても仕方が無い。


(しかし、遠いな)


「大神官、話があるならもう少し近くでするべきではないか?」


わたしの独り言はミコ語により、気の利かない猊下の為にここは一つミコ様が言ってやったぜ的な言葉に代わった。

流石はミコ語である。慇懃無礼の代名詞のような声を出ていた。

爺とリジーがビクッとしていたが、猊下の鋼の神経にはあまり効いていないようである。


「は!それでは、ミコ様のお部屋にお伺いしてもよろしいでしょうか?」


※おおっと※

猊下の提案に、わたしは間違えて石の中に突っ込んだような気分がした。

なぜそうなるのだ、猊下。

このテーブルには猊下とわたしの座っている椅子しかない訳ではない。

近くの席に移ればいいのに、なぜミコ部屋へ行こうとなるのか。


「この者が、今後ミコ様の身の回りの世話を致します。せっかくなので、そちらでお話が出来ればと思いまして。」


しれっと言う猊下はやはりロクな性格をしていない。

爺はいそいそとお茶セットをワゴンに乗せ、行く気満々である。

別にミコ部屋に行くのは構わないのだ。そこまでわたしは排他的なつもりはない。何しろ慈悲深いミコ様である。

だが、部屋には干してあるパンツがある。厳密には風呂場だが。

コイツらが風呂場に侵入するとは思えないが、世話係とやらのリジーが仕事熱心だった場合、風呂場のタオルを交換しようとか思いつかない保障はないのだ。

しかもそんな事を思いついたせいで、わたしはなるべく意識しないでいようと思ったノーパンツだった事実まで思い出すハメになった。


「ミコ様、何かお気に召さないことでもありましたでしょうか?」


白々しい!猊下は許しを得たのだからと、近付いてそんなコトを言ってきた。

気遣うフリをして、部屋に入れないなんて何か隠してるんだろ?的な目をしているに違いない。

被害妄想かもしれないが、わたしは人と目を合わせられないので確かめる術がない。

最後の抵抗とばかりに『嫌そうなオーラ』を出したが、それに気遣う視線を向けてくれたのはリジーだけだった。


 ※ ※ ※


またしても、猊下と団長に挟まれながら神殿を練り歩く。

わたしが気持ち内股になるのはノーパンツだと思い出したからだ。『神の衣』は絶対に捲れないと言われてもそこは警戒を怠らないのがわたしである。

爺とリジーはわたしの後ろでワゴンをゴロゴロ言わしながら付いてくる。


正直、食堂からミコ部屋への道は神様ナビには無かったので猊下の先導は有難い。

名前を覚えるのは苦手だが、道を覚えるのは得意なわたしなので、一度覚えてしまえば問題ないのだ。

だが、流石に初見の場所で迷い無く行くのは神様ナビでもない限り無理な話だ。

色々曲がったり、上がったり降りたりしてミコ部屋に辿りついた。なぜこうも入り組んでいるのか不思議な神殿である。

ミコ部屋の扉の前には騎士が2人立っていた。

猊下が、さあ開けろ!今すぐ開けろ!と言わんばかりに扉にわたしを促した。


渋々ドアノブを開けて、皆を入れる。


「ビア~。ケッ。オゥ~ン。」


出迎えたユキを抱き上げて、振り返ったら一同が固まっていた。


「なんと、ミコ様の神獣様の声でありましたか・・・。」


目を丸くしている猊下にわたしは頷いた。そう、先ほどはユキの鳴き声である。

白い子猫的風貌に似合わず、ユキはネコらしくミャーなどと高い声で鳴いた事がないのだ。


何やらブツブツ呟いている一同をリビングに残し、わたしはユキを寝室に置いてくるフリをして風呂場のパンツを回収した。残念ながら生乾きである。

偉大なミコ様のイメージを守る為であって、これは乙女の羞恥心云々ではない。それにこの綿パンツは貴重な一品なのだ。明日のノーパンツを防ぐ為にも、わたしは何とか奴らを追い出してパンツを乾かそうと心に誓った。

猊下たちを残したリビングから風呂場は見えない。脳内シュミレーションの甲斐もあって、わたしにしては素早い動きでクローゼットにパンツを隠す事に成功した。

というか、わたしはその作戦を考えていたせいで食堂からの道を覚える余裕がなかった位である。


リビングに戻ると、無駄にフカフカしている白いソファーに猊下が座っていた。

リジーも爺も立ったままだ。身分とは世知辛いものである。団長は護衛なので扉の脇だ。

猊下はわたしが戻ると立ち上がった。

わたしが座ると猊下も座る。ミコ様が一番偉いので当然なのだが、律儀な猊下である。


爺とリジーがお茶を出している間に中庭を見ると、ライが茶色の毛をキラキラさせながら日向ぼっこをしていた。わたしのお陰でいい天気になったのだが、実に気持ちよさそうである。わたしも芝生に寝転びたいものだ。そしてパンツを干したい。


(で、話しって?)


「それで、話したい事とは何だ?」


お茶を一口飲んでから話を切り出す。あまり自分から話しかけないわたしであるが、さっさと用件を済ましてもらわないといけないので仕方が無いのだ。ミコ語もなんだかぞんざいな口調である。


「は!今後の事でありますが・・・。」


猊下からは神殿のあれやこれや説明がされた。長くてよくわからないので端折るが、神殿には神官と神殿騎士達が常駐している事。島には信者が住む街があるので、食事などは信者が作りに来ている事。

島の対岸と言ってもいい位近くに大陸があり、そこは王家も熱心な信者でよく寄付してくれている事。

参拝にもよく来てるから、遭遇したらゴメンネ的な事を言われた。流石猊下、王家に偶然遭遇イベントを拵えるつもりだ。

ピン!と来たわたしは『嫌そうなオーラ』が出してみるが、やはり猊下はスルーである。


「海が荒れておりますので、ここ数年王家が来た事はございません。」


リジーは控えながらも、はっきり言うタイプらしい。隣の爺が、ちょっおまって顔をしている。

ちなみに王家は来てないが、根性ある信者は荒れた海に挑んでまでこの島に来るそうだ。

死人も出るとのリジーの話にわたしは呆れた。とんだ殉教者である。

わたしは宗教を心の拠り所にするのを否定する気はない。だが、死んでまで祈りに行こうというのはどうにも理解ができないのである。

それに神殿はこの島だけではない。世界各地に支部があるのだ。総本山の有難みも分かるが、祈りなんてどこでしても同じである。現にミコ様の勤務地は神の間となっているが、遠くにいた場合はどこで祈っても構わない事になっていた。

トイレだろうが、真剣に祈ればいいのだ。場所は大事ではない。祈りなんてそんなものである。


(信者に無理するなって言うべきだな)


「海は当分荒れるだろう。信者の祈りの場はこの神殿である必要はない。」


「ですが、ミコ様。ミコ様降臨に沸き立つ民に、そのような事は酷でありませんか!」


食いつく猊下にわたしは片手を振った。態度は軽いが話すミコ語は威厳たっぷりである。


(客寄せパンダになる気はないし)


「わたしは騒がしいのを好まぬ。」


「そんな・・・。」


熱心な神官らしい爺には悪いが、実は神様は宗教を必要としていない。

神様は世界の崩壊を防げく為にミコ様が必要で、その世話をさせる為に自分の信者を利用しているに過ぎないのだ。


(熱心なのがいるなんて、面倒な事になりそうなのは後回しですよ)


「わたしはこの世界の安定の為に来た。信者の為に来たのではないのだ。」


「ミコ様!」


(しつこいな、猊下)


「大神官、教えを忘れたわけではあるまい。民の祈りはどこでしても神に届くのだ。」


「ミコ様のおっしゃる通りでございます。」


諭すようなミコ語に応え、頭を下げたのはリジーだった。


「神のお告げにも、ミコ様を煩わす事の無いようにとありました。世界を安定させるのが神の望みとあれば、我ら信徒がそれに従うのも必定でありましょう。」


しっかりと猊下を見据えるリジーは神様命らしい。わたしには澄んだ目がちょっと妄信的で恐ろしい。神官にも色々なタイプがいるようだ。爺の熱心さが可愛く思える。


(まー、海もそのうち静まるだろうから、それまで我慢してくださいな)


「いずれ時が来れば海も静まる。」


「神の御心のままに。」


そう言うと猊下は胸に手をあてて、世界の安定より目先の海ですいません、的な事を言った。分かってくれて何よりである。


(んで、世話役なんていらないんですが)


「わたしに世話役は不要だ。神官には民を導く事に専念してほしい。」


またしてもミコ語、グッジョブである。どうやらミコ語はある程度わたしの感情、つまりリジー怖ぇ、でも正直に言うとこういうタイプってもっと怖い事になるしなぁってのを酌んでくれたようである。


「ミコ様・・・。」


リジーの目がキラキラしていた。上手い事勘違いしてくれたらしい。

わたしはすぐに、かつ自然な動作でリジーから目を逸らした。わたしクラスにもなれば、気取られずに視線を逸らすなぞ、朝食は食べたが朝飯前である。


(リジーには悪いけど、無かったことにしてくれ)


「特に熱心なようだしな、リジーは。」


「は?」


「リジー?」


「ダレ?」


(あ、勝手にリジーって付けたけど、気に入らなかったら変更します?)


「わたしが付けた名だが、気に入らないなら変えるか?」


ビリーに。


「い、いえ!とんでもない、光栄です!ミコ様。」


喜んでくれて何よりである。女性にビリーは流石にないな、と思ったわたしの真心が伝わったようだ。嬉しそうなリジーの隣でなぜか爺がハンカチをかみ締めていた。

猊下はこのやり取りの最中ポカンとしていたが、とにかくミコ様を煩わせない程度に担当を付けると宣言すると、名残惜しそうな爺とリジーを連れて部屋を去った。

一人になってホッとしたわたしは、最後に一礼して部屋を出た団長が終始空気になっていた事に気付き、その仕事ぶりに関心したのだった。



相変わらずパンツに拘るミコ様。

ミコ様はたまに面白いと自分では思っている事をチマチマ挟んできます。

素直じゃないミコ様は荒れた海をすぐ何とかしようとは言えなかったようです。宗教についてはミコ様なりに考えがあるようで、殉教とか狂信とかは迷惑で怖いものと思っています。

ビリジアンについてはミコ様の記憶による知識です。正しいかどうか別にして、リジーの名前をビリーに変更するかと聞いたのはホンキです。常識ぶるわりにそういった非常識な事をホンキでミコ様は言ったりします。


次回は神殿騎士との交流の予定です。

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