食事というもの
滞りなく本日のお勤め終了である。
神の間を出たわたしを、降臨した際のデジャブが襲った。
団長しかいなかった筈のフロアに跪く神官一同。
みんな跪いているので、実は綺麗な三角形に集まっていた事がよく分かる。
頂点はあの青銀髪のボス(仮)である。
これが神殿のヒエラルキーで配列を決めているとしたら面白い。
わたしは初仕事を終えた疲労感と空腹感から、一同を無視することにして通り過ぎる事にした。
「ミコ様。お疲れのところ、申し訳ありません。」
わたしの気付いているのに気付いていないふりは、ボス(仮)に通じなかったようだ。
何しろ、声をかけるタイミングが絶妙なのだ。遠いと聞えないフリが出来るが、それが通用しない距離で声をかけてきた。しかも跪きながらチラリとコチラを見ている上目遣いが、俺がお前を見極めてやるぜと言っている気がする。被害妄想ならいいのだが、相手はボス(仮)である。
若くして組織のトップにいる人間は大抵ロクな奴じゃないのだ。
「昨夜、本日であれば話を聞いていただけるとの事でしたのでお迎えに上がりました。」
そう言われて、わたしはミコ語が勝手にそんなコトを言っていたのを思い出した。
『なんとなく嫌そうなオーラ』で返事をしたわたしを、ボス(仮)は空気が読めない顔でスルーした。
ちなみにこの技はKYな人には通じない。空気が読めないからである。
だが、ボス(仮)のようにあえて読まない人間もいるのだ!
わたしが最も苦手とする種類の人間である。
そういえばさっきからわたしがボス(仮)と心の中で呼んでいるコイツは誰なんだろう。
毎度『恐らくボスと思われる』ってなると長いから(仮)にしたが、団長みたいに勝手に自己紹介はしてくれないのだろうか。
とりあえず話題を変える事にもなるからと、わたしはボス(仮)に聞いてみた。
(てか、あなたは誰なんですか?)
「そなた、名はなんと言う。」
「はっ!わたくしは大神官を務めさせていただいております。」
案の定、名前が長かった。そして覚えられなかった。
わたしはただでさえ、名前を覚えるのが苦手なのだ。
何年経っても、こいつは山田でいいんだっけ?と頭で何度も確認していても山口だったりするのだ。そんな訳で、怪しい時にはそれっぽい名前を聞き取りにくい声で言って誤魔化していたものだ。
とりあえず、大神官の後ろの紫髪の人が「猊下」と呼んでいたのが聞えたので、わたしも猊下と呼ぶコトにした。後はミコ語が上手く変換してくれるだろう。
とにかく偉いミコ様は下々の名前を覚えてなくてもいいのである。
※ ※ ※
わたしは大人しく連行される事にした。
ミコ様としては下々の話を聞いてやらないといけない時もあるのだ。偉い人としては義務のようなものである。決して断る理由が思いつかなかったわけではない。
またズラズラと付いてくるかと思った一団は気が付いたら減っていた。
先導する猊下と適度な距離で後ろを付いてくる団長に挟まれながら神殿を練り歩いていると、食堂なのかでかいテーブルのある広い部屋に辿りついた。
何かいい匂いが漂っていたのだ。食堂に違いない。しかし、美味しそうな匂いである。
「朝食もご用意させていただきました。お口に合うといいのですが。」
食事を人とするのが苦手なわたしであるが、匂いに釣られ猊下に勧められるまま椅子に座った。
さりげなく上座にわたしを座らせた猊下は向かいの下座に座った。ちなみに団長は入り口脇に立っている。
テーブルの向かいといっても猊下は遠い。長方形の短い部分にお互い座っているのだ。漫画に出てくるお金持ちの食事風景のようである。
だが、人と食事をするのが苦手なわたしには好都合と言える。
そういえば神の間で、神様が異世界トリップをすると食事で一波乱起こるものらしいと言っていた。
味覚やレシピ革命を起こして、てんやわんやらしい。特にお菓子なんかが定番だとか。
一体わたしの世界の神様たちは何を吹き込んだのだろうか。
わたしは空腹がまぎれればいいタイプなので、あまり期待していないで欲しいとだけ返しておいた。
・・・くそ!
返事を間違えた事に気付いた。わたしは料理ができない事にしているのだった。
どうりで神様が期待しないでおくと笑いを含みながら言っていたわけだ。
わたしは偉いミコ様であるので厨房に立つ気はない。
宇宙食で暫く過ごしたわたしに死角はない筈である。多少味が濃いとか薄いとか程度なら問題はない。ゲテモノでも食べてみせよう。
そこまで考えたが、これ以上フラグになりそうな事は考えるべきではないという結論に至った。
ここは異世界。相手は宇宙人でもないので、食べれない物が出る筈がないのだ。
しかも薔薇をパク・・・インスパイアするような神様の作った世界の人間である。
わたしは表情に出せなくて残念だが、澄ました顔の気分で料理を待った。
先ほどの一団にいた紫の髪の人が料理を運んできた。
皿に乗っているのは野菜のようである。見た感じは洋風のようだ。
食器はフォークとナイフなので、使うのに問題はない。
味も悪くない。わたしはフラグを回収することにならずに済んでホッとしていた。
「いかがでしょうか。お口に合いますでしょうか?」
紫髪の人が恐る恐る声を掛けてきた。
本来ならわたしは自分がモグモグしているのを見られるのが嫌なのである。
だがあまりにも紫髪の人が、それもナイスミドルな洋風中年が下手に声を掛けてきたのでわたしは満足気に頷いてみせた。
ミコ様は偉い分、下々を気遣う心も必要なのである。
ちなみに頷き方の参考資料はセレブのおっさんである。家族に無理やり連れてこられたレストランで見たおっさんは太っていたので、ゆっくりめにするのが肝である。あまり他人を見つめられないわたしだが、あまりのテンプレ成金なおっさんにガン見して習得したのだ。
紫髪の人は目も濃い紫をしていたが、わたしの頷きにその目をキラキラさせていた。
「ありがとうございます!」
あまりにも嬉しそうな紫髪の人を見て、調子に乗ったわたしは苦しゅうないと殿様の気分で頷き返した。
厨房に伝えます!と去っていく紫髪の人を見送ったわたしは入れ替わりに入ってきた人が持っていた皿に度肝を抜かれた。
肉である!
分厚い、血が滴りそうなステーキである!
朝からステーキという習慣らしい事に多少ビックリしたが、野菜料理をモグモグしているわたしを素通りしていった肉を見て、それまで静かだった猊下の椅子がガタリと音を立てた。
だが、ちょっと腰を上げた猊下はわたしを見てすぐに座った。この世界は朝からステーキな文化じゃないらしい。猊下も朝から分厚いステーキが来た事にビックリしたようだった。
猊下が皿を運んだ人の肩を掴んで、何か小声で言っている。胃がもたれたらどうすんだと文句を言っているのかもしれないが、わたしには残念ながら聞えないのだ。いかんせんテーブルが長すぎる。
わたしもあの量では胃がもたれそうだが、昨夜は何も食べていないのでステーキでも行けそうな気がした。
だが、そんなわたしの元に戻ってきた紫の人の皿にはステーキが無かった。
なん・・・だと?
思わず遠くからでも厚みの分かる猊下のステーキと、野菜たっぷりの皿を見比べてしまった。
するとわたしの視線を追った紫の人が分かりやすい位に飛び上がった。
「ミコ様の前で罪深い肉なんて・・・申し訳ありません!」
見事なスライディング土下座である。
わたしはその勢いに見惚れ、ステーキの事はどうでもよくなりそうだった。
「ミコ様、申し訳ありません。すぐに下げさせますので暫しの辛抱を。」
向こうの方から猊下の声が聞えた。あの距離でしっかり声を届ける猊下は流石である。わたしはミコ語の助けがあっても声が届く自信がない。
紫の人から猊下へ視線を移すと、ステーキを持ってきた人が猊下の隣でワタワタしていた。
とりあえず猊下の小難しい言葉をわたしなりに噛み砕くと、その人は紫の人に先を越されたので、土下座以上に何をしたらいいか困っている事と神様に肉類はNGであるという事だった。
厨房は一般人が仕切っているので、配慮が足りなかったとか言っている。
わたしは肉がNGな神様ではない、ミコ様である。
下げられそうになったステーキを見て、思わすわたしは言ってしまった。
(捨てるんじゃないだろうな。もったいない!)
一瞬スタッフが美味しくいただきましたというテロップが脳内で現れ、消えた。よくよく考えれば手をつけてないステーキだ。厨房の人が食べるかもしれないのである。早まったと思ったが、そこはミコ語がしっかりと仕事をしてくれた。
「待て、命を粗末にする方がより罪深い。大神官よ、命に感謝して己が血肉とするがよい。」
わたしは食べる事に拘りはないが、食物を粗末にするのは嫌いである。
こっちに寄越せとか言ってもどうせ量的に全部食べられない。猊下と半分ずつにするなんて提案をミコ様であるわたしからは口が裂けても言えない。そうなると結論はお前が食べろ。ミコ語は流石である。
とりあえずミコ語のお陰でその場は収まった。ステーキは猊下の腹に収まった。
肉が食べれる事が言い出せなくなったが、ミコ様としての体面の方が大事なのだ。
満腹になれば満足のわたしとしては肉に拘る必要はない。
そして、デザートは残念ながらとてもおいしゅうございました。
コーヒーとしか思えないモノを飲みながら、わたしは神様に期待に沿えず申し訳ないと明日言おうと思った。
もちろん(笑)付きである。
「ミコ様。早速ですが。」
猊下の言葉にわたしは顔をあげた。遠いから表情はよくわからないが、腹は苦しくないのだろうか。完食させといて何だが、わたしは珍しく他人の心配をしてみた。ミコ様となったからには慈悲深くないといけないのである。
「本日の奇跡はとても素晴らしく、太陽を久しぶりに見れて皆感謝しております。」
わたしが人と食事をするのが苦手なもう一つの理由は相手と喋らないといけないからである。
食べるタイミングと喋るタイミングが上手くつかめないのだ。
でかいテーブルと喋りかけてこない猊下のお陰でわたしは落ち着いて他人と食事が出来た事に浮かれていた。
「飢えに苦しんでいた地域の者も不信心な者へも、分け隔てなく飴を与えたその偉業に各国より問い合わせが殺到しております。」
わたしの浮かれた気分が急降下していく。
チヤホヤされたい願望(笑)とニヤニヤする神様の幻が見えたが気のせいである。
「近隣の王家からも面談の要請がありましたが。」
ここで猊下は腹が苦しいのか、言葉を止めた。
続きを待つわたしの半目は、細められすぎて4分の1目になりそうだった。
ちなみに面談しろと言われたら、だが断るの一択である。
ゴホン、と猊下が仕切りなおすように咳をした。ステーキの逆流は防げたようで何よりである。
「ミコ様のお心を煩わす事のないよう、我等誠心誠意尽くさせて頂きます。」
うむ、と頷くわたしにハハーっと平伏しているかのような様子で紫の人が頭を下げていた。一々動作が大げさで、時代劇に出てくる殿様の爺やのようである。わたしはミコ語も殿様っぽい喋り方をしているのに合わせて、紫の人を爺と呼ぶことにした。まだ中年を爺呼ばわりはどうかと思うが、そこはミコ語任せである。
ミコ様は宇宙に関心を持つ前は時代劇に嵌ってたようです。実はミコ語にその影響が出てたりします。
名前を覚えられないミコ様はちゃんと聞く気もないようです。しかも勝手にあだ名を付け始め、ミコ語に頼ればいいと開き直りました。
次回もテーブルの端と端で大神官は声を張り上げ続けるのか。
だらだらと続きます。