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祈るということ  作者: 吾井 植緒
帝国編
40/47

夜のお茶会というもの

「取り乱しまして、申し訳ありませんでした。」


ポンポンと垂れ下がるセイの肩を叩くと興奮状態から落ち着いたのか、謝罪の言葉が出てきた。

蛇王一行はその謝罪をホッとした様子で受け取ってくれた。


「おう、まぁコッチこそふざけ過ぎたからな。悪かったよ。」


改めて謝罪する蛇王の言葉にセイは軽く頭を下げる。


「ま、お互い発言には気をつけようね。じゃ、部屋に戻ろうか、ミコ様。」


アイドル笑顔のボクっ子にわたしは頷いた。


 ※


蛇王達とは部屋の前で別れた。

彼らは夕食後にまた迎えに来ると言っていた。そういえばお茶会がどうのと言っていた気がする。


「おいたわしや、ミコ様。」


「馬場で危険な目に合われたとか。」


「「やはり厳重な警護が必要にございますね。」」


リビングっぽい大部屋でくのいちが待ち構えていた。

こうして喋られると右くのいちも左くのいちも銀髪なので、本当に双子のようである。顔は似てないが。


「でもミコ様は厳重な警護を望んでいないんだよ。確かにフォーメーションMはちょっと仰々し過ぎるけどさ。」


ボクっ子が困った顔をしてそう言った。

もしやフォーメーションMとは肉饅頭化するアレの事だろうか。饅頭のMか。肉饅頭だからNの方が正しいと思うんだがどうだろう。それとも違う意味の頭文字なのだろうか。


「アレは団長の肝いりだし、隙が無いからいいんだけどね。確かに視察には向いてないよな。」


隙間から覗けってのもなぁと赤髪騎士がぼやいた。いや、あの肉饅頭は隙が無いからというか、隙間が無いという感じである。


「ミコ様だって観光を楽しみにしてるんだし、そこは騎士で上手く調整してよね。ボクもミコ様から離れないようにするし。とにかく蛇王はこれ以上近づけたくないんだから、外敵から守りつつ、蛇王からガードしつつで頼むよ!」


ボクっ子の言葉に騎士達は神妙に頷いていた。


 ※


暫くしてメイドさんらしき女性が食事を運んできた。いい匂いがするが、残念ながらわたしは食べられない。サソリとか鼠とか蛙とかも食べてみたかったのに、実に残念である。

夕食は皆、リビングっぽい部屋でとるという。寝室がある部屋は数室しかないから、騎士達は相部屋か雑魚寝をするしか無いようだ。

わたしは騎士達が食事を始める前にと自分の小部屋へと早々に引っ込んだ。流石に目の前で肉を食われてイラッとしない自信がないのだ。食に拘らないといいつつ、わたしは懐が狭いのである。


わたしに宛がわれた小部屋、と言っても結構な広さなのだが、入るとライとユキがふかふかの絨毯に寝そべっているのが見えた。実に平和な情景である。アニマルセラピーと思いながらそれぞれを軽く撫で、わたしは豪華なソファーに寝転がって林檎を取り出した。小言を言いそうな側近のボクっ子はお食事中なので咎める者は居ない。


黄金の林檎をシャキシャキしているとノックの音がした。匂いが入らないように扉を閉めていたのである。


「ミコ様。」


「入ってもよろしいですか?」


「「お茶をお持ちしました。」」


そう言った癖に返事を待たずにくのいち達が入ってきた。

扉の向こうでは申し訳無さそうに食事をする騎士達と、コチラに匂いが入らないようにアラビアンなあの大きな扇子で仰いでいる騎士達が見えた。わたしはなんだかその光景に微笑ましくなってしまった。


しかしくのいち達は早食いでもしたのだろうか。


「ミコ様には申し訳ありませんが。」


「騎士は交代で食事をとっております。」


「「早急に済ませますが、コチラに匂いが入らないといいのですが。」」


わたしの疑問を察知したように、ガラスのテーブルに茶器を置いたくのいちが言った。ということはくのいちはまだ蛙だのを食べていない事になる。


(早食いは身体に悪いですよ。ゆっくり鼠だのを楽しんでください)


「匂いは気にするな。ゆっくり食事をとるといい。」


ミコ語が慈愛120%な声を出すと、くのいちは感激したように胸の前で手を組んだ。


「側近殿はあまり気にするなと言うのですが。」


「気にしすぎるのも嫌味とも言われたのですが。」


「「やはりミコ様は慈悲深く、懐が深くあらせられるのですね。」」


まあ、同じく気にするなと言ったらしいボクっ子なら、わたしの目の前でも気にせず食事しそうである。それよりもこの程度で慈悲深いと言われるとはミコとはラクな職業である。


 ※ ※ ※


食事も終え、ユキやライ同様にダラダラしていたら、くのいちが来客を告げてきた。


「ミコ様、お茶会ですぞ!」


今度は昼間と違ったマッチョダンディーズ二人が迎えに来ていた。


「会場には隊長が配置についております。」


「ご安心してくださいませ。」


「「けれど適当に切り上げて、お早くお戻りくださいませね。」」


くのいち達はマッチョダンディーズが居るというのにそう言った。

こういう時は普通、楽しんできてくださいとか言うのだろうが、神殿の騎士は何でも早く戻って来いと言うよなぁとわたしは思った。


マッチョダンディーその3、その4の先導でエレベーターへ向かう。

今回もボクっ子とセイが付いて来ている。わたしの隣を歩いていたボクっ子が少し興奮したように言った。


「エレベーターなんてどうやって手に入れたの?」


マッチョダンディーその3が振り返った。


「機械公国に軍事演習に行った際に入手いたしました。」


機械公国、初めて聞く名だ。ああ、とボクっ子が頷いた。


「あそこには神殿も発注してるんだけど、中々届かないんだよね。」


「軍部のテコ入れに力を貸しましたからな。その礼に早めてもらえたのです。」


マッチョダンディーその4の言葉にボクっ子はじゃあ、もっと恩を売らないとなぁと恐ろしい事を呟いていた。


今度は1階ではなく、3階でエレベーターは止まった。


広いエレベーターホールを抜け、とある一室の前でマッチョダンディーズは止まった。

扉の前に立っていた人が扉を開くと、中に大きなテーブルあり蛇王とメロンさんが座っているのが見えた。レースのカーテンを引かれた窓の向こうはすっかり暗くなっていた。


「お待ちしておりましたわ、ミコ様。」


メロンさんがそう言って席を立つ。蛇王も席を立つとテーブルを周って、上座らしき長方形テーブルの短い部分にあった椅子を引いた。どうやらココに座れと言う事らしい。


「ミコ様には、とっておきの茶を出すからな。」


席に座ると蛇王がそう言って、コチラを覗き込んだ。わたしはとっておきというお茶に興味は無かったが、とりあえずウムと頷いておいた。

わたしの斜め横にはボクっ子が座る。セイはわたしの斜め後ろに立って空気になっている。

そんなに長くは無いテーブルなので、声を張り上げる必要もない事にわたしはホッとしていた。


蛇王は向かいの席、マッチョダンディーズとメロンさんはその脇の席に付いた。

静々とメイドさん達がティーポットを抱えてくる。注がれるソレは琥珀色をしている。どうやら紅茶のようである。蛇王がとっておきと言うだけあって、大変いい匂いがした。


「カンパイって言うのも変だよな。」


繊細な意匠の茶器を太い指で掲げ、蛇王が苦笑した。きっとこういった会には慣れていないのだろう。もちろんわたしも慣れていない。というか、お茶会自体始めてである。


「おい、メロヌール。こういう時どう始めりゃいいんだよ。」


「適当に歓談でも始めればいいのでは。」


唯一、慣れてそうなメロンさんに出された蛇王のSOSはあっけなく散っていった。どうやらメロンさんもお茶会経験が無いらしい。


「歓談つってもなぁ。とりあえず世知辛い話でもすっか。」


茶をズズッと吸って蛇王は言った。


「昼間の馬の件なんだが、厩舎の奴が一人姿を消した。アンタらが消したんでなきゃ、犯人で間違いないだろう。」


蛇王はボクっ子を見てそう言った。ボクっ子はツンとした顔でお茶を飲んでいる。


「我々が調べた所、未だに新興宗教の一派である『軍神』や『筋肉の神』を信心している者がおるようでございまして、消えた者もそういった信者であったようにございます。」


深刻な顔でそう言ったマッチョダンディーその3の言葉にその4が続いた。


「これまで神殿の方々のお力を借りて、創世神がその役割もすべて担っているという事で改心させてきた筈だったのですが、どうも創世神のお姿に筋肉が少ないとか、やはり理想の筋肉が付いた神がいいとかでまた戻ってしまったようなのです。」


嘆かわしい事です。とその4は溜息を吐いた。

筋肉の少ない創世神の姿ってアレか。神殿で水吐いてるイケメンの事か。確かにあれは細マッチョって感じだったな。あれでは帝国の人々には物足りないのかもしれない。筋肉的な意味で。

しかしいもしない神様を信じるのは勝手だが、それによって他の宗教を弾圧するのは良くないと思う。特に神の使徒であるミコを害するのはもっと良くないと思う。


「あーもう!そういったお話は歓談とはいいがたいですわ!」


プリプリとしてメロンさんが言った。


「それよりもミコ様、明日はドコに行きたいですか?側近殿と相談したんですけれど、名所があり過ぎて絞れないんですの。なんだったら全部周れる位、長期滞在して欲しいのですけれど。」


無理ですわよねぇとわたしの後ろを見ながら、メロンさんは溜息を吐いた。


「別にいいんじゃない。」


ボクっ子が口を付けていたカップから顔を上げてそう言った。途端、メロンさんの顔が輝いた。


「よろしいんですの?」


「今回ミコ様の滞在期間は決められてないんだし。ミコ様が望むなら長期滞在もアリだとボクは思うな。」


あくまでもミコ様が望むならだけどね、とボクっ子は続けた。

そんな事を言うから、今度はメロンさんはキラキラした目でコチラを見る。


「昼間のハゲのせいで陛下の事を気になさってるなら、大丈夫ですわ。陛下には溜まった仕事がありますし、私と一緒に各所を周りましょう。」


頬を染めてそんな事を言うメロンさんは結構偉いのか、大臣をハゲ呼ばわりしていた。


うーん、困った。別段、どうでもいいんだが。


そんな時、蛇王がガタリと音を立てて席を立った。

なんだ俺をハブるなとでもいいたいのか、と思っているとテーブルの中央に何かが落ちてきた。

それは黒尽くめな人だった。


「「陛下!」」


「バカやろう、俺より聖人だろうが!」


マッチョダンディーズの焦った声に蛇王が怒鳴り返す。

落ちて来た黒尽くめはテーブルに叩きつけられたのにも関わらず、すぐに体制を整えた。


「ミコ様!」


セイが乱暴にわたしの椅子を引いた。グラリと体制が崩れそうなので慌てて椅子にしがみついた。

キン、と音を立てて何かがわたしの前で弾かれた。


「ちょっと、どうなってんの!」


短剣が床を転がってゆく。どうやら爪を出しているボクっ子が弾いてくれたらしい。

黒尽くめが次なる短剣を構えるのが見えると、蛇王が「どっせい!」とテーブルを蹴り上げた。テーブルは結構な勢いでかなり撥ね上がる。短剣を構えていた黒尽くめは体制を崩し、転がり落ちていった。

すぐさまセイがわたしの前に立った。

そしてまた人が落ちて来た。否、下りてきた。


「申し訳ありません、ミコ様!」


そう言って下りてきたのは、忍者だった。


忍者は刀・・・じゃない剣を構えると、すぐさま黒尽くめを組み敷いた。


「ミコ様、大丈夫ですか。」


静かな声に顔を上げると、セイが心配そうにコチラを見ていた。

ちょっと突然のアクションシーンでドキドキしたが、わたしは無事である。

わたしはウムと頷いた。


黒尽くめは現れた忍者隊に引き渡されていた。

忍者がわたしの前に膝を付く。


「ミコ様、お騒がせをして申し訳ありません。」


頭を下げた忍者の後ろで、黒尽くめを捕まえているのとは別の忍者隊が素早くテーブルを整えるのが見えた。


「鼠を追うつもりが巣をつついてしまったようで・・・此度の失態はいかようにも罰を受けます。」


わたしはそうかそうかと言う意味でウムと頷いたが、ボクっ子に怒られてしまった。


「ミコ様、ウムじゃなくて何か言ってあげなよ。」


それにウム、と頷きそうになってわたしは慌てて顔を上げた。


(終わりよければすべてよし!)


「お前達騎士はよくやっている。罰を与えるつもりはない。」


適当に良い事を言ってみたら、ミコ語が上手く変換してくれた。流石ミコ語である。威厳もバッチリだ。


「ミコ様、これからも御身をお守りいたします!」


ハハーっと頭を下げた『隠密部隊』一同にわたしはウムと頷いたのであった。



お茶会ってどう始めるんですかね。


次回、お茶会の続き・・・の予定。

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