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祈るということ  作者: 吾井 植緒
帝国編
39/47

危険とは隣合わせというもの

命大事にモードのわたしは常にパーソナルスペースを侵された状態であっても気にはならない。

ならない、が。

流石に手繋ぎでい続けるには限界があった。手汗的な意味で。いやそんなに湿ってはいない。小動物を眺める間はむしろ忘れていた位だ。だが、今更ながら湿ったら困ると思うと湿ってきそうな気がしてきて、気が気じゃなくなってきたのだ。


よって穏便に(手を離してください)と頼んだのだが、ミコ語によって


「いい加減、手を離せ。」


命令口調になってしまった。


「なんでだよ。」


しかし蛇王は笑った。


「あんなもっさい警護より、こっちの方が楽しいだろ。」


そう言って、蛇王は繋いだ手を振る。子供だったらキャッキャするかもしれんが、わたしはしない。ググッと表情筋に力を込めて、眉間に皺を寄せようとしたわたしは突然引っ張られた。

気が付くと、今居た場所から反対側に移動しており、繋いだ手も反対になっている。


「しかもこんなに優秀とくりゃ、文句ナシだろうよ。」


何時の間にか近付いていたセイに向かって蛇王が言った。見るとセイが奥歯をギリリとさせている。どうやらセイがわたしと蛇王を引き剥がそうとしてかわされてしまったらしい。


「・・・今回だけだ。」


セイがタレ目を吊り上げて蛇王を睨んだ。


「だってよ、ミコ様。ウチに居る間、あんな警護でいいのか?あんなんじゃ、楽しめないぞ。」


蛇王に覗き込まれて、わたしは確かに肉饅頭では動物とも触れ合えまいと頷いた。


「ミコ様、またすぐ頷いて!」


するとコラ、と言わんばかりにボクっ子に怒られた。わたしは言い訳をする訳じゃないが、蛇王に提案する事にした。


(別に手を繋がなくてもいいんじゃないんですかね)


「蛇王ならば、手を繋がずともわたしを守れるだろう?」


下手に出たわたしの意を汲んだミコ語が威厳たっぷりに言った。

ミコ語に褒められた形になった蛇王はヘヘヘと照れたように笑う。


「バレたか。」


蛇王のかわいくないテヘペロにセイがギラリと目を光らせ、どす黒いオーラを漂わせる。

その時、庭園の生垣の向こうから声が聞えてきた。


「誰かぁー!」


「ああっ、マルチネスが!」


「普段は大人しいアイツがどうして!うわぁっ!」


人々の叫び声になんだと思っているとドカドカと音が聞えてくる。

生垣から覗くと庭園の向こうは馬場になっているのか。かなり開けている。

柵の向こうで土ぼこりを上げてコチラに走ってくる馬には誰も乗っておらず、どうみても普通じゃない走り方をしていた。


「何事だ。」


未だに手を離さない蛇王がギュッとわたしの手を握りしめた。ちょっと痛い。

柵を越えた馬は蛇行したりしながら、逃げたり押さえようとしたりしている人々を蹴散らしている。完全にあれは暴れ馬だ。


「ミコ様、ココは危のうございます。」


そう言ってセイがわたしを促すが、蛇王の手は離れない。


「こんな所に居たら危ないでしょ。いい加減手を離してよね!」


ボクっ子の甲高い声に反応したのか、暴れ馬がコチラを見た気がした。

セイは馬がコチラの方向に向かってくるのを見て、生垣の前に立ち腰の剣に手をかけた。ボクっ子が空いているわたしのもう片方の手を取ろうとすると、その前に蛇王がわたしを抱え込む。


「まぁ待て。ウチの馬をそう簡単に斬るなよ。」


緊張感も微塵も無い蛇王の言葉が凄く近くで聞えて不思議な感じがする。そして逞しいその腕の中から、わたしはマッチョダンディーズが暴れ馬に向かっていくのを見ていた。


「「ふんぬぅ。」」


生垣の前で、暴れ馬と対峙したマッチョダンディーズは気合の入った声と共に背中の筋肉を盛り上げた。

ピチピチの軍服が弾け飛ばないのが不思議な位の筋肉の盛り上がりだ。その凄い筋肉の盛り上がり様に思わず「背中に羽が生えてるよ!」と掛け声をかけたくなる。


「はぁっ!」


「どっせい!」


太い声を出したマッチョダンディーズはガッシリと暴れ馬を押さえた。

その1が首を、その2が暴れ馬の身体を押さえている。しかし暴れ馬も負けていない。力と力のぶつかり合いだ!


「「どー、どー。」」


声だけは穏やかに、しかししっかりと押さえ込んだマッチョダンディーズに軍配は上がったらしい。暴れ馬は少し大人しくなった。


「これは・・・!」


「あー、鐙に何か仕込んであるな。」


マッチョダンディーその2の驚きの声に、わたしを解放した蛇王がそう言って元暴れ馬に近寄った。


「陛下、まだ安心はできませぬぞ。」


「お前らが押さえてるんだ。問題ないだろ。」


マッチョダンディーその1の注意に蛇王は暢気に答える。

鐙を探って蛇王は何かを取り出した。キラリと光るそれは針のようである。

馬からマッチョダンディーズが離れた。


「陛下、ありがとうございます!」


そうして逃げ惑っていた人々が蛇王に近寄ってきて頭を下げた。


「普段大人しいマルチネスがこんなになるなんて、おかしいと思ったんですよ。」


すっかり大人しくなった元暴れ馬のマルチネスはブルブルと首を振った。ハーヤレヤレと言いたげな振り方だった。


「いやはや牽制かね、こりゃ。」


蛇王が針をグニャリと折り曲げながらそう言った。


 ※


「証拠の品はコチラにお渡しいただきたい。」


突然現れた忍者がそう言って蛇王に手を差し出した。


「居たのか。」


見てたのか、と言った響きで蛇王が曲げた針を掲げた。


「いいのか、もう曲げちゃったぜ。それにこれはウチの責任で上げなきゃいけない事件だろう?」


キリっとした顔をした蛇王に忍者は首を振った。


「どんな事でも、ミコ様がその場に居た時点で、すべて神殿預かりとさせて頂くと約束した筈では?」


そう言った忍者に蛇王はあーと頭を掻いてから、渋々針を渡した。針を受け取った忍者はすぐさま姿を消す。その見事な素早さにわたしは感心した。流石忍者である。


「ったく、どこにでも湧いてきやがる。」


ぼやいた蛇王にセイがニヤリと笑った。


「他に気にするべき存在が居るのではないですか?」


セイの言葉に蛇王は苦笑いをした。


「国を治める者としては、異分子はどれも気になるモンなんだよ!」


 ※ ※ ※


暴れ馬事件のお陰で蛇王から一定の距離を保つ事に成功したわたしは今度はマッチョダンディーズに挟まれ、馬場へと移動していた。


「ミコ様、陛下。ようこそ。」


厩舎から責任者らしき老人が現れた。


「用意は出来ておりますぞ。相乗りでよろしいかな。」


老人がそう言って蛇王と共に厩舎に消えるとなぜかマッチョダンディーズが拍手をした。


「素晴らしい!」


「ミコ様と陛下の相乗りとは、いい記念になりますな!」


ハハハ、と快活に笑うマッチョダンディーズにボクっ子とセイが苦い顔をした。


「ちょっと、そういうことは勝手に決めないでよね。」


腕を組んだボクっ子の肩をマッチョダンディーその1が叩く。


「まぁまぁ、そう堅い事を言わずに。」


「痛いよ!」


細身のボクっ子は悲鳴を上げて跳び退った。


「ミコ様は馬に乗れますかな。」


マッチョダンディーその2に問われ、わたしはウムと頷いた。と言ってもデュランダルにしか乗った事は無いのだが。しかも相乗りは子馬のミゲル以来である。


「ご安心ください。ミコ様と陛下なら息もピッタリにございましょう。」


確証もない事なのだが、妙に自信満々のマッチョダンディーその2。胸を張り、腰に手をあてたその姿はキレキレなポージングのようである。


厩舎から出てきた馬は灰色の毛並みで立派な体躯をしていた。団長の愛馬並みに大きい。馬はマッチョである蛇王を軽々と乗せていた。

ポクポクと馬を歩かせて蛇王がコチラにやってくる。


「どうだ、いい馬だろう。」


馬は黒い目を輝かせてわたしを見ていた。蛇王の言うようにカッコいいだろ、と言っているようである。思わずわたしは馬に頷いてみせた。馬は気を良くしたのか頭を下げたので撫でさせてもらう。実にカッコいい馬である。


「さ、ミコ様。」


そう蛇王から差し出された手に、ついわたしは馬の誘惑に負けて手を乗せてしまった。

グイっと引っ張られてあっと言う間にわたしは馬上の人となる。蛇王はわたしを前に座らせていた。デュランダルより視界が幾分か高い気がした。


「軽く一周してくるか。」


蛇王の言葉にボクっ子が叫ぶ。


「あんまり遠く行かないでよね!」


蛇王は楽しそうにハハハと後ろで笑っていた。


 ※


リズムに乗って、風になって馬は走る。

生垣を飛び越え、小動物を驚かせながら庭園を抜ける。


城の前の噴水を通り越し、帝国の軍人だろうか訓練している横を抜けた。


そうして城の周りを一周して戻ってくるとセイとボクっ子が仁王立ちで待っていた。


「遠くに行かないでって、言ったじゃない!」


プンスカとなるボクっ子の横でマッチョダンディーズが何故か拍手で迎えてくれる。


「素晴らしい!最短速度でしたな!」


「陛下とこのように馬に乗れるとは、流石はミコ様。息ピッタリでしたな!」


とにかく蛇王の前で必死に手綱に捕まっていたわたしとしてはそう褒められてもなんとも言えない。後ろで操っていた蛇王が流石なのだろうと思う。

ちなみにどんなに走っても尻が痛くならないので、もしかしたらコレも『神の衣』の効能なのかもしれないと思った。


「楽しかったか、ミコ様。」


後ろからニカッとした蛇王に覗き込まれて、わたしは正直にウムと頷いたのだった。


 ※


相乗りした事に拗ねたのか、厩舎に居たデュランダルがヒンヒン言うので一頻り撫でてやった。

他の馬も撫でて撫でてと頭を出すので、順番に撫でてやる。どの馬もキレイな目をしたいい馬である。


そろそろ戻るかと言う蛇王の言葉でエレベーター前まで行くと、ソコには髭を生やしたハゲ頭の老人が立っていた。


「お初にお目にかかります、ミコ様。」


挨拶をした老人をマッチョダンディーその1が大臣だと紹介した。老人はニヤリと笑った。


「陛下と相乗りなされたお姿、拝見させて頂きました。大変お似合いにございます。」


「オイオイ、聖人に変な事言うなよ。ジジィ。」


ボクっ子が噛み付く前に蛇王が苦笑して言った。


「いくら聖人といえど、ミコ様は肉体を持たれた女性にございます。変な事ではございますまい。」


「さようにございますな!」


マッチョダンディーズがまた拍手で大臣に賛同した。


「ハン!ミコ様は小さいから、蛇王と並ぶとバランスが良くないもんね!」


ボクっ子の反論なのだろうか、お似合いじゃないと言いたいらしい言葉にセイがウンウンと頷いた。わたしは自分が小さい事は気にしていない、というか異世界人がどいつもこいつもデカ過ぎるんだろうと思う。女性でも皆わたしより大きいのだ。


「多少アンバランスでも相性さえ良ければ問題ありますまい。見た所、お二人は相性も中々と見受けられますな。」


どこをどうみたら相性がいいと思えるのだろうか。仲は悪くはないが、ハテとわたしは首を傾げた。


「お手を繋がれた所など、とても仲睦まじく。」


「いい加減にしろ!」


大臣の言葉を遮って、あの無口なセイが怒鳴っていた。


「ミコ様は神の使徒。邪な国にこれ以上は居られない。専属騎士の権限として、即刻帰らせてもらう!」


セイがガシリとわたしの腕を掴んだ。ボクっ子が目を丸くしている。


「いやいや来たばかりでそのような。」


「悪ふざけが過ぎました。どうか落ち着いてくだされ。」


マッチョダンディーその2がセイの前に立ち慌てたようにそう言うと、大臣もビックリしながら頭を下げた。マッチョダンディーその1はオロオロしている。


「そうだ。ふざけ過ぎだぞ、お前ら。悪かったな、ミコ様。だから帰るなんて言わないでくれ。」


縋るような目をした蛇王にも前に立たれ、わたしが帰ると言ったんじゃなくセイが帰ると言ったんだがなと思った。


「そうそう、あんまりふざけた事言うと番犬が黙ってないんだからね!」


沈んだ空気を軽くするようなボクっ子の軽い言葉に、フーッフーッと興奮している様子のセイが犬に見えてしまった。わたしは鎧越しにセイの背中を落ち着くまで撫でてやったのだった。



セイ爆発。ストレスが溜まってたようです。

ミコ様は人の名前は覚えませんが、動物の名前は覚えます。


次回、メロヌールさんとお茶会の予定。

ミコ様視点で続きます。

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