部屋選びというもの
部屋選びは大人しくわたしと肉饅頭の餡になっていたユキに任せた。
ライはセイに付いているので、選ばせてやらんのだ。
ユキを抱っこしていた腕から下ろすと、何かを確認するようにフンフンと匂いを嗅いでいる。
やはりその愛らしさからか、皆ユキの動向に目が離せないようで固まっている。
「あっ!」
誰かがそう言った。
ユキが比較的広い一室に入ったからだ。
ほおっと皆から息が漏れた。幾らユキが愛らしいからと言って集中しすぎだろうと思う。
ユキに続いて部屋に入ろうとしたら、流石に肉壁は付いてこなかった。ライもセイから離れて付いてくる。ライは何だかんだいって最終的にわたしの所に戻ってくる愛い奴だ。
「お部屋が決まりましたか、ミコ様。」
「ではこの部屋は封鎖いたします、ミコ様。」
部屋に入りユキがベッドに転がり、ライがあちこち部屋の匂いを嗅いでいたのを眺めていると背後から女性の声がした。振り返ると何時の間にやってきたのか、部屋の扉の付近に女性騎士が二人立っていた。
この出現の仕方は忍者隊、つまり『隠密部隊』だろうと思う。
「「不審者は何人たりとも入れる事はございませんので、ご安心ください。」」
すらっとした女性騎士達はそうハモると、続いて入ってこようとしたセイに剣を向けた。セイはタレ目をイラッとした感じで吊り上げた。
「私は不審者ではない。冗談はやめろ。」
「冗談はソチラでしょう。」
「この部屋はミコ様が寝泊りするお部屋。」
「「男性が軽々しく入っていい場所ではございません。」」
この女性騎士達は似てないけど、双子なんだろうか。片方が喋り、もう片方が喋り、最後にハモるが様式美のようだ。
「何を言っている。私はミコ様の専属騎士だ。部屋の確認をするのは当然だろう。」
普段無口なセイも騎士相手には結構喋るらしい。そして確かにセイは専属の犬係だから、ライの居る環境を確認するというのもお仕事の一つであるなと思った。
「各部屋の確認はすでに我ら『隠密部隊』が行っております。」
「やって来たばかりの専属騎士の安全確認等、不要でございます。」
「「退出なさいませ。」」
剣を下ろさず、そうハモったくのいち達。いや、『隠密部隊』と言ったらくのいちだろう。
セイはあからさまに舌打ちした。
「どうあっても、この私を引き離すと言うのか。ならば・・・。」
セイがそう言って腰の剣に手をかけたその時、パン、パン、パン!と手が叩かれた音がした。
これまでセイの後ろで見守っていたボクっ子である。
「ハイハイハイ、それまでだよ。番犬ども!ミコ様の前でみっともない争いはしない!・・・もう、先行部隊も部屋の確認位させてあげなよ。別段、皆を締め出してミコ様と二人っきりになろうとしてんじゃないんだからさぁ。」
ボクっ子の言葉にコクコクと勢いよくセイは頷いた。
「しかし。」
「しかし。」
「「今回我らがミコ様の警護を任じぜられたのであって・・・。」」
「そりゃおかしいな、今回警護の責任者は俺なんだよねー。」
くのいちの反論に赤髪騎士が入ってきた。お陰で扉の付近の人口密度はかなり高くなっている。
「確かに俺の隊には女性騎士が居ないから、ある程度のフォローは頼んだけどさ。同僚まで締め出すような事されちゃ、困るのよ。専属騎士がウザイのは分かるけどね。そんなんじゃ、何かあった時連携とれんでしょ。ミコ様の警護で気張るのは分かるけど、これ以上ミコ様の前で騎士の情け無い姿晒すのはやめようや。」
赤髪騎士の言葉にくのいち達は顔を見合わせた後、わたしを振り返り剣を収めた。
ココは一つなんかそれっぽい事を言わんといけないのかな、とわたしを見る皆の視線で気付いたが、わたしは何も思いつかなかったのでとりあえずウムと頷く事にした。
赤髪騎士はホッと息を吐いて、おどけるように言った。
「じゃあ、俺もミコ様の選んだお部屋を確認させて頂こうかな。」
ジロリと睨んだセイの肩を叩いて、赤髪騎士はベランダに続く窓辺などをつらつらと眺めたり、あちこち触れたりしている。
時折ライがじゃれ付きに行っているのを見るに、赤髪騎士は犬係(仮)だったのを覚えられているようだ。
「ここは帝国となりますので、神殿や船と同様には参りません。ご不安でしょうが、就寝時以外はお傍を離れませんので、ご安心ください。」
こういう生真面目な所が同僚にウザイと言われてしまう所以なのだろうか。近寄ってきたセイが片膝を付いてそう言った。
ちなみに神殿で寝る時、セイが傍に居た事はない。扉係は外に居るし、ミコ部屋のセキュリティーは神様印で安心だからだ。毒盛り事件以降セイは傍に居たがったが、睡眠を取らんといけないからと帰らせていた。しかし船では大変だった。なぜか同室だったボクッ子も居るし、交代の騎士が外にいるからと言っても傍を離れんと聞かなかったのだ。そうして睡眠不足になりながらも安心したように傍に居るセイは今回、犬係にも関わらず相当気合が入っているようだった。
わたしはその気合に感心しながらも頷いた。
ホッとしたように頷き返すセイの後ろで、赤髪騎士がヤレヤレと言った風情で肩を竦めていた。
※
「んじゃ、ボクは隣の部屋にするね。何かあったら壁を叩いてネ。」
そう言って、ボクっ子は隣の部屋へと去って行った。この警備体制なら何かあったら壁を叩く前に気付いて欲しいものである。
赤髪騎士隊によって、荷物が運び込まれる。といっても、ライやユキのエサやトイレしかないんだが。
それよりもアレはどこ行った?そう、キョロキョロとしていたわたしにセイが差し出してくれたのは大事なパンツ+レギンス入り巾着である。唯一のわたしの荷物であるソレを厳かな気持ちで受け取った。そうしてわたしは豪華でいて繊細な高級そうなタンスにそれを仕舞ったのであった。
荷物を仕舞い終えたらやる事はない。
マッチョダンディーズは昼食後に来るとか言ってたし、林檎でも食べるかとわたしは黄金の林檎を取り出した。もちろんわたしはペットの世話をキチンとする飼い主であるので、ライとユキの水とエサは用意済みである。
林檎をシャクシャクしているとセイがお茶でも用意しますかと言った。実に気が利く騎士である。
神様の言う普通ならやたらお世話をしたがるメイドがきてもおかしくないのだが、そういった様子は微塵も感じられない。もしかしたら帝国は王国でのゆるふわ隊の偽メイドを知っていて、わざわざメイドを用意していないのかもしれない。今回は流石にそこまでする隊じゃないと思うんだが、メイドに成りすまされたりするのはどこだってイヤだろうな。まあ、わたしはお世話の必要がない完璧なミコ様なので別にメイドは居なくてもいいんだが。
早々危険な事は起きないと思うのだが、くのいち達は部屋内で扉の両側に立っている。
お茶の用意でセイが出入りする度にギロリと目を光らせていた。実に仕事熱心な騎士である。
食べ物は黄金林檎しか受け付けないが、水分は別である。
多分セイが毒見したんだろうが、更に銀のスプーンと用意周到な事である。この世界でも銀は毒に反応するようだ。わたしがスプーンを眺めているとセイが言った。
「神力で特殊な毒にも反応するよう、コーティング済みですのでご安心ください。」
またしても何でもアリな神力である。
だが今回はありがたいと思っておこう。誰だって毒は喰らいたくないものだ。
※
林檎も食べ終え、何だかスパイシーなハーブティーっぽいお茶を飲んでいると、赤髪騎士がやって来て来客だと告げた。
マッチョダンディーズ再来である。
蛇王を先頭にマッチョダンディーズは二人に減っていた。
「ちゃんと林檎食ったか?これから城を案内してやるぜ。驚くなよ。」
そう言うと、蛇王はわたしの周りに肉壁が出来る前にわたしの手を取った。
「ちょっと!」
ボクっ子が抗議の声を上げ、セイが構える。
すると蛇王はもう片方の手をヒラヒラと振った。
「俺が隣に居て聖人に対して事を起こさせる訳ないだろうが。つまらん心配しないで、恩人について来い。」
毒事件で役に立ったのを引き合いに出した蛇王にボクっ子とセイはぐぬぬとなっていた。わたしとしてはまた肉饅頭で城を巡るのはノーサンキューだったので構わない。
蛇王の手はグローブのように大きくしっかりとしていた。すこしシットリしているのは、わたしの手汗でない事を願うばかりである。
「コッチだ、ミコ様。」
コンパスの違いはあれど、蛇王はわたしに合わせて歩いてくれた。後ろにマッチョダンディーズとセイとボクっ子が付いてくる。赤髪騎士達はライとユキが居る事もあり、部屋に残るようである。
「メロヌールがな。飯は部屋で済ませるだろうから、夜にお茶会を開くってよ。俺としては酒盛りがいいんだが、ミコ様は好きじゃないんだろ。」
だから参加してくれよな、と蛇王が言うのでわたしはウムと頷いた。途端に後ろから叱責の声がする。
「ミコ様、そう簡単に頷かないでよね!」
「聖人をそう縛るんじゃねーよ。聖人は神殿のモンじゃねーんだ、神の使徒なんだ。自由意志ってモンを尊重しやがれ。」
ボクっ子の言葉に振り返った蛇王は厳しい声でそう言った。
確かにわたしは神殿の者ではないので間違ってはいないなと思ったので、ボクっ子がどんな顔をしているのか一々見たりはしなかった。
まさかそれがあんな大事件に繋がる・・・事もなく、我々は階段のあった所とは別のフロアに辿り着いた。壁に大きな扉のあるフロアである。
地球で見覚えのあるボタンをポチっとなと蛇王が押すと、扉はスッと開いた。
中には小部屋というか、小空間。
これはまさか。
皆がそこに入ると、扉付近に居たマッチョダンディースその1がボタンを押す。
扉が閉まると、スッと下がるような感覚がした。
やはりこれは。
エレベーターじゃあないスか!
なんだよ。こんなんあったんなら、あんな階段上がりまくる必要なかったんじゃね?とわたしが頑張って表情筋に言う事を聞かせて眉間に皺を寄せていると蛇王が笑った。
「神殿には無いから、今の感覚にはビックリしただろ。エレベーターって言うんだぜ、コレ。」
「これがエレベーター。あの、勝手に上下に動くという。」
ボクっ子がなんともいえない怯えた表情を見せた。セイも戸惑った顔をしている。わたしは戸惑った二人に戸惑った。あんなデタラメな神力の神殿関係者がエレベーターに驚くとは。
チン、という音と共に扉が開く。
皆が出ると、来た時に覚えのある1階の風景だった。
「ハーッ。早いね、ミコ様。これなら来る時使わせてくれればよかったのに。」
ボクっ子の言葉にわたしは同意の意味で頷いた。本当にまったくもってその通りである。
「来た時はあれだ。人数多いし、聖人が来たぞって知らせる意味もあったんでな。」
いや、もったいぶって悪かったよ、と蛇王は言った。確かに肉饅頭では人数制限に引っかかりそうではあったし、これからはこれを使わせてくれるなら許してやろうと思う。
「さ、まず庭だな、庭。ミコ様は馬が好きだっつーから、後で俺の愛馬も見せてやるよ。」
わざわざ案内する庭も気になると言えば気になるが、できれば馬を先に拝見できまいか。
わたしは植物より動物が好きなのである。
※
居住区側から抜けたので、中庭というのだろうか。
庭というか庭園は素晴らしいモノであった。
小動物が居たのだ!
いや、庭園もすばらしく造りこんであって美しいモノである。
しかしモフモフ。モフモフである。
異世界うさぎは初めて見るが、地球のうさぎとそう変わらないように見える。
ヒクヒクと動く鼻はカワイイ。垂れ耳もピンと立った耳もいい。
蛇王にビビッてすばしっこく逃げられてしまったが、リスも居た。
猫も居て、わたしに残るユキの匂いを嗅ぎに来たりした。
「やっぱ聖人だな、動物に好かれやがる。」
蛇王の言葉に、わたしは動物に好かれるならミコ様をずっと続けたいとそう思った。
エレベーター登場。地球リスペクト異世界では何でもアリです。
次回、ミコ様に手汗の限界が訪れる・・・かもしれない。




